ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜 作:プロテインチーズ
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俺達二人はイベントボスが現れるという巨大なモミの木に立っていた。それは聖夜に相応しい神秘的な存在感を放っていた。
「時間だ」
キースの言葉と同時に視界の端に写るデジタルの時計が零時へと変わった。
「来るぞ」
そして、どこからともなくリンリンと鈴の音が聞こえた。すると上空に白い光の線が見えてきた。
それは巨大なソリを引いた赤い衣装を着た約三メートルはある巨大なモンスターだ。こいつが《背教者ニコラス》だ。
灰色の長い髭を生やしたサンタクロースのコスプレをしながらも、いかにも《mob》らしい醜悪なデザインをしている。紅い眼をギョロギョロさせながら俺の身長ほどはある《片手斧》を持っている。
関係ない。こいつがどれだけ強かろうと《蘇生アイテム》を持っているなら……
サチ……ケイタ……テツオ……ササマル……ダッカー……待ってろよ。 こいつを殺して必ずお前達を……
「うるせぇよ」
「黙れ」
キースも同じ事を考えていた。既に《盾》と《片手剣》を構えている。俺も背中から《片手剣》を引き抜く。クエストの開始なんて待ってられるか! ただこいつを殺してアイテムを奪う!
『うおおおおお!!』
やはり年の一度のイベントボスなだけの事はあった。俺はキリトとスイッチを繰り返しながらギリギリを見極めて《背教者ニコラス》と戦った。
だが勝ったのは俺達だ。生き残ったのは俺達だ。被ダメージこそかなりあったが幸いレッドの域には達せず勝利する事が出来た。
そしてトドメを刺したのはキリトだ。つまり《ドロップアイテム》は俺ではなくキリトの手に渡った事になる。俺だとしても渡していたので意味はない。それは分かっているのに何だかその事実が嬉しかった。
その手には青い宝石があった。
「それが例のアイテムか」
「らしいな」
早く見たいと思ってるかもしれない。何しろ、こいつはずっと求め続けていたのだから。でも、これだけはもう一度言っておこう。こいつの為にも。
「キリト、何回も言うが期待しすぎるなよ。お前の考えているような代物じゃない可能性もあるんだからな」
「あぁ、分かってるさ」
そして、キリトは苛立たしく返事をしてそのアイテムにタッチした。メニューからヘルプを見てアイテム詳細を読んだ。
あの情報が本当ならこれは間違いなく《蘇生アイテム》だ。これがあればキリトが俺と出会う前に一緒に居たというギルドの仲間達。彼らを復活させる事ができる筈だ。
「グッ……!」
一通り目を通したキリトの表情が一瞬に変化したのだ。期待していたものに裏切られたかのような。ただ絶望に染まっていた。そして雪が積もった力無く、地面に座り込んでいた。
嫌な予感がした。まさか……
俺もすぐにこの《還魂の聖晶石》という名前のアイテムに触れて確認した。
そこに載っていた説明は確かに情報通り《蘇生アイテム》だった。でも、
「対象のプレイヤー死んでから十秒以内だと? クソが、クソがっ! だったら最初っからそう言えよ! 茅場ぁ!」
俺はアイテムを叩きつけて踏みつけてやりたくなった。そうしないとこのやり場のない怒りが抑えられそうになかった。俺が殺した友人に裏切られた時以上のものだった。
キリトは地面に座り込んだまま暗い空を眺めている。いや、何も見ていなかった。ただその瞳に写っているのは暗い絶望だけだった。
俺はこのクエストに行く前のシキの言葉を思い出していた。
確か、あれは俺がこのふざけたクソクエストにシキを誘った時だった。
「本当にあるのか? その《蘇生アイテム》とやらは」
「情報源はNPCらしいぜ。今まででそういったフラグ情報で嘘ついたNPCはいなかったしな。信頼性は充分にある」
そう言うとシキは、ふぅんと返事をして興味を失くしたように俺から視線を外した。
「そっか。でも、もしそんなのが本当にあるんならそれは」
ーーー『死』に対する冒涜じゃないかーーー
確かシキはそう言ったんだ。
それから俺達はクライン達の元へ引き返した。クラインはアイテムを見て、ただ俺達に涙を流して生きてくれと言った。キリトは何も返さなかった。俺はただ頷くだけだった。俺も気づけば泣いていた。
《蘇生アイテム》はクラインに渡した。ギルドを率るあいつの方が使う機会は確実に多いからだ。
「キリト、ごめん」
帰り道、俺は勝手に口が動いていた。特に理由はなかったのに。
「どうしてお前が謝るんだよ。どうして……!」
それから俺達は口を開く事もなく帰途に着いた。
俺達が拠点にしている街へ行くと、そこにはシキがいた。ずっと俺達が来るのを待っていてくれたのか。俺達の様子を見ると何か察したらしい。ただ黙って見つめるだけだった。
「笑えよ。アンタの言う通りだったよ、シキ。《蘇生アイテム》なんて存在しなかった」
キリトは焦点が合っていない。その目には全く覇気がなかった。
それでもシキはいつも通りの憂鬱そうに、そうかと素っ気ない返事をして俺達を眺めていた。
「上手い飯屋があるんだ」
唐突だった。シキが関係ないの話を振るのは割とあるが、流石にこの空気でそれはないだろう。どこぞの名家の生まれらしく料理にうるさい。そのシキが上手いという飯屋は相当なんだろう。
キリトは呆気に取られていた。俺達の成果を馬鹿にされると思ったのだろう。勝手に突っ走っして勝手に落ち込む俺達を。
「隠れの名店らしくてな。多分俺以外知らないと思う。サブクエを攻略しないと入れないんだぜ。あぁ、攻略した奴の紹介があれば食えるけどな。キースも来いよ」
キリトの手を引いてひたすら歩く。嫌がるかと思ったが生憎、勢いに着いてこれていなかった。一番付き合いの長い俺でもこれには苦笑するしかない。
案内された店は入り組んだ路地裏に建っておりその癖、中もかなりこじんまりとしていた。客はクリスマスだってのに俺達以外に誰もいない。
俺達を適当に空いた席に座らせ勝手にNPCに注文していた。俺とキリトの反応も見ずにだ。
運ばれた料理は確かに美味そうだった。でも俺もキリトも手をつけなかった。そんな気分になれなかった。こいつが俺達を励まそうとしてくれているのは分かる。でも今回ばかりはそれに乗れなかった。
「気持ちは分からなくもないけど。今は食えよ。俺の奢りだぜ。こんな事滅多にないんだからな」
確かに滅多にない事だ。こいつは自分だけで始まり、自分だけで完結している奴だから。
「どうして? どうしてだよぉ……?」
手を膝の上に置いたままキリトは泣いていた。顔を俯かせ涙がポロポロと垂れていた。
「さぁな。何となく俺がそうしたかっただけだ。俺より年上の癖に泣くなよ」
「るせぇ!」
そして、キリトは泣きながら、出された飯に次々とガッついていた。俺もその様子を見て我慢の限界に達した。それはもう酷かったと思う。良い年した男二人が泣きながら年下に奢ってもらった飯を口一杯に頬張ってるのだから。
「ご馳走様。ありがとう、シキ」
シキは構わないと言うように手をヒラヒラさせた。
その時、誰かのメッセージの着信音が聞こえた。それはキリトだった。
「サチからだ……」
サチ。確かキリトが例の件で失ってしまった仲間の一人だったか。でも死んだ筈じゃなかったか。
キリトが操作すると取り出されたのはメッセージを保存出来る《記録結晶》だった。そういう事か。お前への最後の伝言って訳か。
俺はシキに目配せをして、店から静かに立ち去った。
後ろから聞こえてきたのはキリトが漏らした嗚咽の声だった。
こうして、俺のこの世界での二度目のクリスマスは終わった。