ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜   作:プロテインチーズ

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キリト久しぶりに出てきます。



罪咎叙述

 その日、俺は最前線の迷宮区に一人で潜っていた。

 前にシキとフレンド登録をしてコンビを組んだのは良かったものの、結局俺達はソロで《レベリング》をしている。

 

 別に喧嘩した訳ではない。一言で言うなら男の見栄というやつだ。

 いくらシキが《英雄》と呼ばれる一流プレイヤーでも年下の子供に寄生プレイをし続けるのは俺が耐えられなかった。それと同時に俺の住居もシキと同じではなくなっている。それでも隣の部屋を借りているのだが。

 

 ずっとシキに頼ってばかりなど俺はごめんだった。もちろん、いつも一人ではなく気が向いたらシキと二人で出向く時もある。それでも睡眠時間を殺してまでするシキには到底及ばない。

 

 今日も俺は夜までここで《レベリング》をしているつもりだった。

 俺があらかたの《mob》を倒して一息ついていると入り口側からフラフラと誰かがやって来た。最前線には俺の命を狙うあいつらは来ないので心配はしていないが、それでも万が一がある。

 

 俺はすぐに警戒して腰に差してある長剣に手をやる。

 来たのは全身黒ずくめのコートを着て《片手剣》を背負ったプレイヤーだった。顔は童顔寄りで背は俺よりも低い。俺よりも一、二歳年下と言ったとところだ。でも、そいつは俺の事など眼中などないと言わんばかりに目の前を通って行った。

 一言ぐらい声を掛けても良さそうなものだが?

 

 

 不思議に思ったが、よく見ると目の焦点が合っていない。

 俺は相手の顔つきを見て何を考えているのか分かった。いや分かってしまった。

 

 ーーーこいつは死にたがっているんだ。

 

 

「おい! 待て!」

 

 呼び止めるも返事をするどころかやはり無視だ。俺は去ろうとするのを肩を掴んでいた。

 

「おい、待てったら!」

 

「あ、あぁ……何だ、アンタは」

 

 ハッとした風に振り返り、ようやく俺の存在を認知したらしい。

 

「何だ、あんたは、とかじゃねぇよ。お前、大丈夫か?」

 

 さっきまで俺の事に気付いてさえいなかったのにな。

 

「何がだ。アンタに心配される覚えなんてないが」

 

「そんな今にも死にそうな顔をして良く言えたもんだな。お前、どれくらい潜ってる? いや、何日寝てない?」

 

 そう聞くと顔を顰めてだんまりを決め込んだ。

 

「何も言わないって事は図星か。やっぱり全然寝てないんだな」

 

 あの無茶ばかりするシキでさえ毎日ちゃんと寝ている。そうでないといずれボロが出るからな。そんな俺の反応が気に食わなかったのが今にも殺さんばかりに睨んでいる。

 

「アンーーー」

 

「アンタには関係ない、とか言うなよ。目の前で無茶し過ぎている奴がいるのを見て黙ってられるか」

 

「うるさい。アンタに何がわかる? 俺は戦わなくちゃいけないんだ」

 

 あたかもそれこそが自分の義務かのように語るこいつの顔は泣きそうだった。それを必死に我慢してこいつは強くあろうとしていた。

 

 それでも、こんな顔をしてまでは睡眠時間を削ってまでやるべきじゃない。精神的疲労が溜まり倒れてしまってしまう。そうしたら迷宮区内で《mob》どもに殺される未来が待っているだけだ。命あってのモノダネ。それがこの世界の原則だ。

 

「何があったのか知らない。そんな戦い方してると死ぬぞ。ここにソロでいるって事は攻略組なんだろ。なら少しでも自分の命を……」

 

「うるさい! アンタに何が分かる! 俺はもう、こうするしかないんだよ! 俺はみんなを……サチやケイタを……」

 

 そう泣き叫んばかりの勢いで怒鳴ると、溜まっていた疲労が一気に噴き出したのかそいつはそのまま倒れてしまった。

 

「はぁ、何でこうなるかねぇ……」

 

 

 

 気付いた時、俺はベッドに寝ていた。何故、こんな所にいるのか。記憶があやふやで覚えていない。

 確か、最前線の迷宮区にいたはずだ……そこで誰かに会った事を思い出した。

 

「ようやくお目覚めか。気分はどうだ、黒いの」

 

 そうだ、この男だ。俺が迷宮区を探索して声をかけてきたのは。余計な事をしてくれた。だが助けてくれたのは事実だ。疲労が溜まり倒れた俺をここまで連れて来てくれた。

 

「助けてくれた事は感謝している」

 

「そうは見えない。余計な事をしてくれたって顔に書いてあるぞ」

 

 俺は指摘され黙るしかなかった。紛れもない事実だったからだ。

 でも、俺はそうするしかないんだ。俺の思い上がりが壊滅させた、いや、殺した。《月夜の黒猫団》はもう帰ってこない。

 こんな事ぐらいしかサチに……みんなに……出来る事がなかった。生きてる事が辛い。それでも死ぬ事は出来なかった。自分の弱さに吐き気がする。

 

 自分でも無茶だと分かっている《レベリング》をして意味もなく、誰にも知られず死んでいく、それこそが俺の……

 

「何があったかは俺には分からない。でもな。あんな場所で死ぬのを見てるのは寝覚めが悪過ぎるぞ。それにその辛気臭い顔をやめろ。まるで自分が世界で一番不幸じゃないといけないって言ってるようでな」

 

「それは悪かったな」

 

「はぁ、もういい。とにかくあんな事はもうするな。手前の管理ぐらいは手前でしろ」

 

 俺はただ、あぁと適当な返事をした。さっさとここを出て行って迷宮区に戻ろう。どうせもう、会う事はない。

 しかし、目の前の男は無表情の俺の顔を見つめていた。男に見られて喜ぶ趣味はない。不快なだけだ。

 

「何だ? 何か俺の顔についているか?」

 

 しかし、男は、違うと否定した。じゃあ、なんなんだ? 俺が怪訝に思っていると男はいきなり驚く事を言ってきた。

 

「お前、俺と組め」

 

 はっ? 何を言っているんだ、こいつ?

 

「何を言っているんだ? 知り合ったばかりのアンタと組めって言うのか?」

 

 そんな事出来る訳がない。俺は自分のレベルを隠し、こそこそと他人のギルドに入り込み、その挙句に俺は彼らを殺したんだ。そんな俺が今さら、人と組むだと? あり得ない。

 

「じゃあ、俺じゃなくても良い。誰か他に組めそうな奴いないのか? 今のお前を一人にさせといたらいずれ潰れるのは目に見えてるからな」

 

 そもそも俺にはフレンドは少ない。クラインやエギルぐらいだ。そんな彼らも自分達の都合がある。俺が見捨ててしまったクラインは自分のギルメンがあるし、エギルは商人として自分の店が忙しい。

 とてもじゃないが彼らとコンビを組むなんてそんな厚かましい事を今さら、どの面下げて言えばいい?

 

「その様子だといなさそうだな」

 

 俺の沈黙を肯定と捉えたらしい。事実だが。仕方がない。レベルを言い訳にするか。強く突き返せば勝手に離れていくだろう。

 

「アンタの実力じゃ……」

 

「安心しろ。俺も足を引っ張らない程度はあるさ。曲がりなりにも同じ最前線の迷宮区にいるんだからな」

 

 確かに、と思う。あの時間までソロで戦えるのはかなりの実力がある証拠だ。少なくとも足を引っ張る事はない、か。

 待て。という事はこいつ攻略組か? いや、攻略会議にこんな奴は見た事がない。だったらこいつは一体……

 

「反論はないな。だったら俺と組んでもらおうか」

 

 この男の正体を考えているうちにパーティ申請がきた。こんな強引にされるなんてこっちの身にもなれよ、こいつ。

 俺がどうしようが勝手だろうが。俺はこれからもソロで戦う。

 

 あぁ、この男はいい奴なんだろう。倒れた俺を助けてその上、部屋まで貸してソロの俺に組めというのだから。とんだお人好しだ。

 

 でも、そんなお人好しのこいつもサチ達のようにいつか俺が殺してしまう。そうなる前に。

 俺はパーティ申請の表示に《No》を押そうとした。

 これでいい。これでーーー

 

「どうした? 承諾するにしろ、断るにしろ、早くしろ」

 

 なんで手が動かない? ここで断ってこいつと縁を切ってそれで終わりじゃないか。もう、会う事なんてないんだから。

 いや、本当は分かっていた。

 ソロで戦う事が俺の犯した罪を償うなんて自分に言い続けながら、俺は嫌だったんだ、一人でいる事が。誰かと一緒にいたかった。情けない。馬鹿だ、俺。

 

「……一つ聞いていいか?」

 

 俺は返事を保留にしながらある疑問が湧いた。

 

「答えられる事なら」

 

「どうしてここまで俺にしてくれる? 普通なら助けるまではしてもソロで戦え実力があるなら、何も知らない俺にパーティ申請なんてしない」

 

「似てるんだよ」

 

「似てる? 誰に?」

 

 俺のような奴がこのお人好しの周りにいるとは思えない。

 

「昔の腐った、いや、さらに腐っていた昔の俺にな」

 

 俺がこの男に? こんな良い奴はそんないない。ましてや俺のような薄汚い奴に似ているなんて。俺が口を開こうとするのを手で制して自分の過去を語った。

 

 昔、自分は友人を殺してしまった事。

 その事が原因でオレンジになった事。

 その罪に耐えきれず逃げ出し、俺のように自暴自棄になった事。

 そして、そんな自分を助けて、今でも一緒にいてくれた友人が出来た事。

 

「直接殺したのは相手が俺を傷つけたオレンジのみだったから色は変わってないけどな。それでも人殺しには違いない」

 

 俺は想像がつかなかった。こんなお人好しのこいつにそんな暗い過去があるなんて事を。

 

「俺だってあの時、そのダチが来てくれなかったらどこぞの迷宮区で野垂れ死んでいた。俺はお前を見て重ねたのかもしんねぇ。それが理由だ」

 

 俺はこいつのように直接手を下した訳じゃない。でも、やった事は同じだ。

 俺は気付けば勝手に口が動いていた。

 俺がサチ達にレベルを隠していた事。

 その思い上がりが原因で、彼らを死なせてしまった事。

 

 それに何の反応も示さなかった。てっきり罵倒が返ってくると思ったのだ。それを言うとヘッと苦笑して、

 

「俺は当事者じゃないし、そのサチって子の事も知らないからな。何も言えないよ。でも、これだけは言える。俺は死なない。俺は彼らより強い! お前を一人にして死んでたまるかよ!」

 

 俺はその時、フッと肩の力が抜けた気がした。自分は生きて良いのだと。一人じゃなくて良いんだと。そう言われた気がした。

 

「お前が心配してる事なんて万が一もない。安心しろ。だったら俺がお前を守ってやるよ」

 

 その軽口に笑ってしまった。そんな事言われてどう返せばいいんだよ。本当に馬鹿で超がつくほどのお人好しだよ、こいつは。でも、俺は嬉しかった。心の中で空いていた物が埋められたような。そんな気がした。

 

「へっ、言っとけ。これでも攻略組じゃ上から数えた方が早いんだぜ、俺は」

 

 そ軽口を返して俺はパーティ申請を承諾した。

 

「おう! あぁそうだ。一つ言い忘れていた」

 

「何だ?」

 

 すると、ニッと笑って手を差し出してきた。

 

「自己紹介していなかったな。俺はキースだ。よろしく」

 

 そう言えばまだしていなかった。出会ってこんなに時間が経っていたというのに。そのじじつに笑ってしまった。

 

「俺はキリトだ。これからよろしく頼むな」

 




実はサチ生存ルートは考えてありました。しかし、ヒロインは別にいるのにそのまま助けるとなると自分の実力ではその後扱いきれなくなると思い、泣く泣くお蔵入りしてしまいました。サチ、すまん。
また次の機会があればそういう話も考えます。

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