ソードアート・オンライン 〜直死が視る仮想世界〜   作:プロテインチーズ

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殺人記録Ⅲ

 いつの間にか俺が見ている景色は空っぽの何もない部屋になっていった。話しているうちに俺自身が過去にのめり込んでいた。過去といってもここ最近の話だが。

 

 話を聞き終わったシキは本当に何とも思っていなさそうだった。こいつ、俺がオレンジだって事を本当に分かってるのか? それとも襲われても、返り討ちに出来るという実力の表れなのか?

 

「なかなか面白い話だったぜ。暇な時間は潰せた」

 

 今の話はこいつにとって本当に自分の好奇心を満たす為だけのものだったらしい。俺の話に少しでも価値があったら俺としても幸いって所だ。

 

「お前、さっきオレンジは殺しの対象って言ったよな? 俺を……その……殺さないのか?」

 

「普段なら殺すよ。でもお前は殺さない。お前を殺しても意味がない」

 

 その言葉は再び俺をゾッとさせた。いくら相手がオレンジと言っても躊躇いなく殺すというこのプレイヤーが空恐ろしかったのだ。

 

 でも、あいつらとはどこか違った。

 俺はこいつの正体に勘づきつつあった。俺はそれを口にしたくなかった。恐らく、こいつは俺を恐怖させた例の奴なんだろう。その事実は俺を安堵させるのか、不安にさせるのか分からなかった。とにかく俺はここでは死なないらしい。

 

  「で、お前また迷宮区行くの? そんなに死にたいんなら止めはしないぜ。それとも檻の中へ行くか?」

 

 シキはドアを開けて俺を外へ出て行くよう促す。恐ろしいほどの美形なだけにかなり様になっていた。

 

 でも、俺はその一言で固まってしまった。

 俺はこれから……どうすればいいんだ? また迷宮区に行くのか? それとも罪を償う為に黒鉄宮の牢獄へ? 

 

 分からない。それで俺の罪は清算出来るのか、いや、そんな事はあり得ない。

 

「何だ、行かないのか。俺は迷宮区に行くぞ。話は済んだんだからさっさと出て行けよな」

 

 飾りもしないその言葉は俺の心に深く染み渡った。現実世界の親戚のように陰険な嫌味を言わず、俺が殺した友人のように裏切りもしないのだろう、こいつは。

 もし、こいつともっと早く出会っていれば……

 

 シキは言うだけ言うと迷宮区に潜る為に部屋から離れていく。

 

 俺は無性に憧れのその背中を止めたくなった。ここで別れるとこいつとは、もう会わないかもしれない。この出会いを俺にとって、この時だけのものにしたくなかった。

 

「ま、待て!」

 

 俺は立ち上がるが駆け寄るのを我慢して脚を抑えた。

 

「俺を助けてくれ! お前も俺と同じ人殺しで似たもん同志じゃないか!」

 

「似ているねぇ……まぁ、確かに似ているかな? お前も俺も空っぽだしな。いいぜ、何を助けてほしいんだ? 出来ることしかしないぞ、俺は」

 

 まさか承諾するとは思わず呆気にとられた。

 俺はこいつに何を求めているんだ? 勝手な事をほざきやがって! 自分の馬鹿さ加減に殴りたくなる。

 シキは俺の焦りも知らず、身長差的に怪訝そうに見上げている。

 

「俺は元の仲間から逃げてきて追われている。匿ってくれ!」

 

 そうだ、シキの強さならあいつらに襲われても多分大丈夫だろうし、この部屋も人に知られているとはいいがたい。かなり《圏内》端っこの住処の一部屋だ。

 

 今はあいつらから隠れる事を最優先だ。手持ちの金も多いとは言い難い。数泊なら宿屋で何とかなるが、ずっととなると厳しい。

 

「隠れ家か……そんなもんこの部屋ぐらいしかないぞ。ここでいいなら好きにしろ」

 

「……いいのか?」

 

「そんなんでいいならな。助けるってそんな簡単な事でいいんだな」

 

 こうして俺はこの奇妙なプレイヤーと同居する事になった。

 運命なんて、神様なんて信じた事もなかったけど。今この瞬間はそれに当てはまるのかもしれなかった。

 

 

 朝、俺はギィというドアが開く音で目覚めた。あの悪夢を見なかった。ここまで寝つきが良いのはいつ以来だっけか。かなり久しぶりだ。

 

 昨夜から俺はこの殺風景すぎるこの部屋に住む事になり、その後すぐに迷宮区の攻略(という名の自殺)で身体的にも、精神的にも疲れて寝ようした。

 すると、この部屋の持ち主は言った通りに迷宮区に行っていた。俺はすぐに帰るだろうとタカをくくっていた。

 

 俺は目が覚めても、数少ない物の中に毛布に包まり、放ってある枕らしきクッションに惰性で寝転がっていた。どうせすぐ眠くなる。

 メニューにある時計を見ると4時だった。起きるには早すぎるが、家に帰るには遅すぎる。

 

「お前、今迷宮区から帰ってきたのか?」

 

「起こしてしまったか、悪いな。迷宮区の探索はだいぶ前に終わった。これは野暮用」

 

 野暮用。俺は何となく予想がついたが黙っておく事にした。時間を考えろと怒鳴りたくなったが、揉めるのも嫌だし、お世話になってる身なので何も言えない。

 

「お前、どうすんの? 俺は今から寝るけど」

 

「俺もまだ寝とくさ。それと俺は偶然起きただけだ。気にするな」

 

 シキは俺の返事を聞くと手を振り、アイテムストレージから毛布とクッションを取り出し、やがて眠りに入った。

 その寝顔は子供みたいで人形のようだった。いや、今見てみると、こいつ俺より年下か。口調とか雰囲気が憂鬱そうで達観してるから年上に思えた。こうして見ると高校生ではないな。中学生くらいか?

 俺みたいなオレンジのすぐ側で寝ていて危害を加えられると思わないのだろうか。

 

 知らない天井を見上げながら昨夜の出来事を思い出す。

 

 俺の予想通りなら、こいつは俺の憧れで、オレンジにとって恐怖の対象でしかない例の奴だった。その強さも見た目も噂以上のものだった。

 こいつは例の奴だ。勝手にそう決めつける事にした。

 

 でも、なんでそんな事をしているか俺には分からない。こいつは己の正義感に駆られてオレンジを殺しているとは思えない。この寝顔を見せられると余計にそう思う。そして、何より俺を殺さなかった理由も分からない。

 

 

 

 いつの間にか寝ていたらしい。時計を見るともう朝だった。しかもシキは出掛けていた。朝帰りと来てもういないとは。これじゃあ、本当に寝るだけの部屋だな、ここは。

 

 暇だったので俺も外に出よう。あいつらに見つかるとまずいが、こんな朝には活動していないだろう。一応、《圏外》には行かないが。どうせ今の俺にしたい事なんてない。暇潰しにはなる。

 

 外へ出るとフラフラと《圏内》を歩き回った。確か、シキは攻略されている最前線の層に部屋を借りているとか言っていた。ここの層が攻略されればすぐ居を移すのだろう。

 

 今更ながら、あんな子供が一人でこんな部屋に暮らしている事がとても不自然に思えてきた。俺は間違っているだろうか?

 

 ブラブラと街を回る。ここの最前線の最も大きな街だけあってかなり賑わっている。レアアイテムっぽい装備をつけたプレイヤーがNPCの店屋や生産職のプレイヤーを冷やかしている。

 

 見た目はプレイヤーもNPCも変わらないというのにその中身はてんで違う。

 いや、よく考えるとそんなに変わらないのではないか。

 

 この世界の為に作られたAIとこの世界の為に無理やり囚われたプレイヤー達。この世界の支配者は茅場 晶彦だ。それ以外のものは全て等しいんだから。あいつ一人の采配でこの世界は全て決まるんだ。

 

 この世界での彼らの中は満たされているんだろうか。

 少なくとも俺の中には何もない。

 

 ーーーこの世界で俺を満たしていたのは、俺が殺した友人との絆と、俺の憧れに近づきたいという思いだった。いや、俺はそれに縋っていただけだった。だから友人はあんなにあっさり俺を裏切った。

 

 メッキが剥がれた俺は裏切った友人のせいにして、あいつらの仲間になった。

 あいつらにしたくもない殺しをさせられた。それをする事が俺の中身なんだと。本性なんだと叫びたかった。

 

 その時、俺は進む事を止めたんだ。進む事を止めただけなら良かった。停止しただけなんだから。

 

 でも、俺はあいつらからも逃げた。あいつらに無理矢理脅されて殺ったんだと、自分に言い訳をして。

 逃げて、逃げて、逃げた。でも、やっぱり、どんなに逃げても俺の中は空っぽだった。そんな俺は誰にも必要とされない。

 

 ーーーただの無価値だ、クソッタレ。




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