今更ながらこいつの危機感はおかしいと思う。
やっぱり、赤の他人の前でのうのうと飯を食うとか俺には無理だ。
「ムシャムシャ」
即興で作った野菜炒めをうまそうに食べる少女は、どう見ても行き倒れた人間には見えない。
「?」
「どうした?」
「いや、箸が止まってるなあ、と思って」
「ああ、なんか、自分の作った料理を人に食べてもらうって久しぶりだなあ、って思ってな」
実際、一人暮らしの俺には大体の家事スキルがついているが、誰かに料理をふるまうのはそうそうない。
「お父さんとか、いないの?」
「物心ついたときにはいなかったな」
「ふ~ん、そういえばさ、大丈夫なの?」
「何が?」
「いや、こんな時間にレディ連れ込んで、彼女とか……」
レディって言える年齢かお前。明らかに中学生だろ。
「まあ、少し前まではいたけど、今は独り身だな」
俺は竜平と違って「彼女ほしいな~」とか言ってハーレムを作ったりしない。
恋愛ぐらい自由気ままにしたいよな。
「へ~ なんか意外」
「何がだ?」
彼女がいたことか? 今いないことか?
「なんか顔怖いし、不愛想だし、彼女いない歴=年齢かと」
失礼だなこいつ。
まあ顔については自覚はしてる。
ジト目、とよく呼ばれる眼に生気は少ない。また、鋭い犬歯は印象が良くない。
「顔は生まれつきなんだよ。てか」
「何?」
「お前はなんでそんな奴のこと頼ったんだよ」
俺だったらこんな奴からはすぐに尻尾を巻くだろう。
「なんでって… なんとなく?てかボクはお前じゃない」
質問に質問で返すなよ。
ったく、これだから今どきの若者は…
てか名前とか別にいいじゃん。
「じゃあボクからも質問。
なんでボクを助けたの?」
「なんでって… なんとなく?」
訂正。俺も今どきの若者でした。
そしてこいつはなぜか満足そうだ。なんかうぜえな。
「ごちそうさま、風呂入りたいんだけど…」
「それなら廊下を出て右だな。
服は… 悪いが今着てるのを着てもらうしかないな。」
「ええ~」
なんだかんだ言いつつ、部屋を出てく。
なんか飯食ったら生意気になったな。
服は、明日メサイアに行ったら、竜平攻略ヒロインの誰かに頼もう。てか押し付けるか。
シャワーの音がする。なんか眠くなってきた。
無理もない。今日は訓練から帰ってきたら、よくわからないことの連続だ。頭が理解の範疇を超えている。
ちなみにもし俺が竜平なら、なぜか風呂場に行き、なぜかバスタオルだけを身にまとった女子に遭遇し、なぜかその子のバスタオルが落ち、なぜか竜平は殴られる――――殴られるのは当然か。
竜平はこんなラッキースケベを不幸と言う。
いや、まず風呂場に行った時点で自業自得だし、女子の一糸まとわぬ姿とか、なかなか見れるもんじゃない。
―――眠い。
俺はついに睡魔に耐えられなくなり、その場で意識を失っていった。
-----
朝だ。
隣で少女が寝息を立てている――――――
俺のパーカーを着て。
「はぁ…」
思わずため息が出る。
竜平なら、速攻でフラグを立てるところだが、俺の場合はそうはいかない。
むしろ自分から追っていくスタイル。俺マジ紳士。
キモイな俺…
「ん…」
やばい、そろそろ起きそうだ。とりあえず部屋の外に出よう。
ベランダに出て、冷たい風を浴びて頭を整理する。
「俺は中学生に手を出したりしていない俺はロリコンじゃない俺は…」
もはや洗脳だこれ。
「何してんの」
いつの間に起きたのか、日向が背後に立っていた。
「ああ… 目覚ましに朝の光を…」
「そう…」
今の「そう」には「うるせえ」ていう意味があった。
-----
「で、今日はどうするの?」モグモグ
フレンチトーストをほおばりながらしゃべるなよ。
「メサイアには午前中に行くべきだろうな。
あとは、女性隊員にお前のこと紹介して、午後は服買ったりとか…
まあ、身元捜索とかは後になりそうだ。とりあえず生活面を優先しよう」
「そう」モグモグ
少し思ったが、こいつは自分のことに無頓着すぎる気がする。
記憶を戻したくないのか?
「まあ、食い終わったら出発するつもりでいてくれ」
「いいよ~」モグモグ
-----
「じゃあ、行くか」
とりあえず、まっすぐメサイア本部へと向かう。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「ボク、魔物見てないんだけど、ほんとにいるの?」
「魔物って言っても、野生のものはごく少数。だいたい悪の組織の手下で、そいつらが活動するのも週に一回くらいだしな」
だからメサイアの活動なんて基本訓練とパトロールみたいなもんだ。
本当はさっきから魔物の気配がする… 何もしてこないけど。
「へ~」
そろそろ着きそうだな。
自宅から徒歩十分。我ながらいい物件に住んでいる。
「あれがメサイア本部、数多くいるメサイア隊員の中のエリートが集まる精鋭部隊の本拠地だ。」
警視庁顔負けの高層ビルには、職員、隊員、延べ3万人が所属している。その中に各ジョブごとの部隊があって、様々なジョブの人間で結成された小隊があったり、割と大規模な組織である。
「自分で自分のことエリートとか……」
そこ、引いてんじゃねえ。
てか、もしホントならお前もエリートじゃん、別にいいじゃん。
まあ、とりあえず竜平たちのところに行くか。
そんなわけで、エントランスのオペレーターさんのところへ行き、入場許可を得る。
「隊員NO.171360 本部 第9小隊隊員 ジョブ:工作員 月詠秀人さんですね。
ただいま入場許可を与えます」
カードの番号を見ると、なんか自分が新参者なんだなぁ、って思ってしまう。
全国にいるメサイア隊員数は、約18万人。
てゆうか、創立から5年にしてはなかなか大規模な機関だ。
まあ、中には警察官が兼任しているところもあるそうだが。
「お連れの方は隊員証をお持ちですか?」
「あ、これです」
アイツが倒れた時に持ってた隊員証を見せる。
てかこういう時「あ、」って最初につけちゃうのって何なんだろうな。別につけなくてもいいのに。
「隊員NO.184235 本部 小隊未所属 ジョブ:聖職者 日向光咲さんですね。
入場許可を与えます」
へえ、俺よりも新入りなのか、それで本部隊員ってことはなかなか素質があったんだろうな。
小隊未所属なら、いろいろやりやすい。記憶喪失のせいで小隊の隊員とか覚えてないとめんどくさそうだ。
そんなことを脳内でつぶやきながら、入場許可がもらえるのを待つ。
「入場許可取得完了 入っていいですよ」
そうだ、竜平のこと忘れてた。
「あ、すいません」
また「あ、」って言っちゃったよ…
「第9小隊の隊長、神野竜平って今どこにいるかわかります?」
「はい、竜平さんなら、ただいま第9小隊のチームルームにいらっしゃいます。
同じく第9小隊の
あいつらもいるのか… あ、でもあいつらに押し付ければ全部解決じゃね?一応女子だし。
ずっと俺ん家に住むわけにはいかんだろうし、専門家に見てもらわないけど理解してもらえるだろう。
こいつも今着てる服は昨日の服だしな…
てかさっきから襟を引っ張るな襟を
「なんだ?」
「いや、ボクこれからどこに連行されるのかなあ、っておもって」
「いや、とりあえず俺一人じゃ何もできんからな。仲間のところに連れて行こうと思って」
そこから、あの施設はなんだとか、小隊ってなんだっけ、とか説明しつつ、チームルームに到着。
第9小隊は実質竜平のための部隊だ。
武器に選ばれる、というイレギュラーなできごとのせいで、上層部は対応に困り、とりあえずどこかの小隊に入れようとしたが、どこも入隊を断った。
そんなわけで、新入りを適当に組ませた結果が、第9小隊だ。
「第9小隊のメンバーは、なかなか個性が強くてな、特にさっきの竜平は……」
第9小隊を説明しつつ、ドアを開けると――――
竜平が成瀬を押し倒していた。
明らかにその左手は成瀬のつつましい胸に触れている。
いやどうしてこうなった…
俺がノックしなかったせいか。
とりあえず静かにドアを閉める。
「とまあ、あんな感じにいつも女の子と触れ合っているんだ」
「ちょおおおおおお 秀人おおおおおおお」
うるせえな竜平。
「へ、へえ~」
こいつの顔めっちゃひきつってるよ。第一印象最悪だな竜平。
「なんかめっちゃ不名誉な紹介をされた気がするうううう」バゴォン
あ、殴られたな。ツンデレって怖ええ。
-----
「さっきのは見なかったことにすること。いいわね?」
「おう…」
成瀬の迫力に気おされてか、日向はものすごく首を縦に振っている。
「? ていうかあなた誰?」
今更かよ… てかどう説明すっかな……
「あー、こいつはメサイアの新入りでな…「あなたには聞いてないの」はい…」サーセン
「?」
めっちゃオドオドしてんじゃん。大丈夫なのかよ。
記憶喪失のこととかまだ全然言ってないんだけどな…
「ボクは日向光咲。ええっと、たぶんメサイア本部の新入りで、そのことを言ったら秀人がここに連れてきた」
わりと大丈夫だった。敬語使う気ゼロなのが気に障るが、大丈夫だろう。
「へえ、私は成瀬千春。第9小隊副隊長、ジョブは侍、よろしく」
「ボクのジョブは聖職者、よろしく」
なんか俺空気だな。
「なんか俺空気だな…」
まじか… 竜平と思考が被っちまったよ。世界一アホの子の竜平と…
「秀人失礼なこと考えてないか?」
エスパーかよ
「…兄さん、私の方が空気…」
「おお、我が妹の優香、いつからそこに?」
「多分お前が来る前からいただろうな…」
優香は影が薄い。それを生かして工作員になればいいのだが、体力面に不安があるから、魔導士として活動している。
最も、基本的にクエストの受注やオペレートをするだけだが、魔力量はそこらの魔導士の数倍あるだろう。
「まじかよ…」
いや気づけよ。鈍感難聴主人公。
「まあ、とりあえず簡単な自己紹介をしていこう。な?」
「…」コクッ
まあ、こういうとき、場を仕切るのがうまい竜平はせこい。
ましてや、優香が多少ブラコンなので許してもらえるのもせこい。
「ええと… 俺は神野竜平。秀人から聞いてるかもしれないけど、第9小隊の隊長で、剣士やってる。よろしく」
「…私、神野優香… そこの竜平の妹… ジョブは魔導士…」
「よろしくお願いします」
「光咲は、何か小隊には所属してないのか?」
いきなり名前呼びかよ… こいつすげえな。
あ、そういえば
「そういえば、ボク、記憶喪失なんだった。」
いやお前が忘れるなよ。
-----
「記憶喪失ね… 何か思い出す手がかりとかはないの?」
成瀬はたまにオカン属性を発揮するな。面倒見がいいのはいいことだ。
「ええっと… 何にも覚えてなくて…」
「昨日こいつが俺ん家の前に行き倒れててよ。まあ雨も降ってたし、とりあえず家に…」
「家に連れ込んだの!?」
は? 別によくね? 雨に濡れてる人を助けるのは当然のことだ。
「いや、そのとき警察に届ければよかったろ」
その発想はなかった…
珍しく竜平にまともなこと言われた。なんか悔しいな…
「いや、拾ったもんはしょうがないし、とりあえず衣食住の面を相談しに来たんだが」
「たまにあなた抜けてるわよね…」
「いいから、服とか買ってきてもらえないか?
その間に、俺と竜平で寮の手続きとかするからよ。
確かお前、2人部屋で1人空いてたろ。
日向もそれでいいよな?」
「まあ、何とかやっていけると思うけど…」
とりあえずメサイア本部の寮に住めばいい。
なんか日向は成瀬になついてるし、大丈夫だろう。
俺にしては珍しくついている。
「ああ… それなら先週から私、一人部屋にしたわよ」
俺はいつも通りついてないな。
「じゃあ竜平ん家に住もう」
「「「え?」」」
ハッピーアイスクリーム!……このネタ知ってる奴いんのかな。
別にいいじゃん。竜平ん家広いし。
「な、な、なんでそんなことになるのよ!」
「いや、俺ん家何にもないし、防犯とかなってないし、
もう竜平ん家に一緒に住めば連絡とか楽かなって……」
自慢じゃないが、俺ん家には泥棒が数回入ってきたことがある。全部倒したけど。
魔物とか入ってきても、誰かを守りながら戦うのは苦手だし。
「ああ、なるほど」
「ええええええ?!」
「あ、俺も住むよ。
メサイア本部隊員が3人いれば大丈夫だろ」
「ええ… でも…」
なかなか納得しない。
成瀬にとっては、好きな奴のとこにわけのわからん女が住むわけだ。確かに心配だろう。
「ちょっとこっち来い」
「?」
壁際に呼んで、本当の理由を教えるとしようか。
「実は、昨日から日向の周りを魔物がうろついてんだよ。
理由はわからんが、いつもの数倍は魔物に出くわしてる」ヒソヒソ
「なるほど、そういうわけね… いいわ、協力してあげる。ただし…」
「ただし?」