大学受験でここ二週間ほどはスマホを触ってすらいなかったのです……漸く暇が出来たので執筆した次第です。
引っ越しやら何やらで遅くなるかもしれませんが、今後も『比企谷八幡は平穏な生活に憧れる』をよろしくお願い致します。
今は昼休み。そして私と戸塚はテニスコートでテニスの練習をしている。
この学校のテニス部は正直弱い。高校総体でも成績を残したという話は聞いたことがないし、選手を見てもパッとしないのが数人って感じだ。
戸塚もその例に漏れず、体力も少ないしフィジカルも弱い弱小選手だったが、彼は『努力を惜しまないものが最後に勝つ』『継続は力なり』という精神論を持っていて、こうやって昼休みにテニスコートを借りて練習をしているのだ。
1年の頃から練習を続けたおかげで体力も付いてきて、この前の県大会では3回戦まで進むことが出来るほどに成長した。こうして努力して強くなっていく姿は同学年だけでなく顧問や3年生にも認められ、高校総体が終わった後は部長を任されるらしい。
そして私は戸塚の練習の手伝いをしている。1年の頃から戸塚と一緒に練習しているおかげで、私もそこらのテニス部顔負けのテニスの腕を身につけてしまった。(勿論実力をつけたからといってそれを自慢気に振るう事はしない)
練習の手伝いは1年の頃、戸塚に誘われて日々の運動として始めたものだ。戸塚は私をテニス部に勧誘するつもりだったようだがね。
「……そろそろ休憩しようか」
「ああ、そうだな。それにしても戸塚は上手くなったもんだ。最初は20分も経たないうちに根を上げていたのに」
「八幡が練習に付き合ってくれてるおかげだよ。実はさ、今度の総体にAチームで出る事になったんだ。先輩たちのためにもこれまで以上に頑張らなきゃ」
「Aチーム⁉︎凄いじゃないか!」
えへへ……と恥ずかし気に笑う戸塚はどう見ても女子にしか見えない。そんなことを口に出すと機嫌を損ねてしまうので言わないが。
戸塚もその見た目で女子と間違われることを気にするくらい、心も身体も男なのだ。漢という言葉に強い憧れを抱いているらしく、強くなろう、男らしくなろうと努力をしている。微笑ましいとか言ってはいけない。
「僕なんてまだまだだよ。結局この前の県大会だってストレートで負けちゃったし……」
「次に勝てばいいさ。こんなに頑張っているんだから、次は勝てる」
「……うん。ありがとう、八幡!」
そう言って笑う戸塚には、1年の頃には見られなかった自信が垣間見えるようになっていた。自分が強くなっている自覚はあるようで、大胆な攻めも増えたような気がする。危なっかしくもあるが、消極的になるよりは何倍もいい。
「あれ?ヒッキーとさいちゃんじゃん!」
何故かテニスコートに由比ヶ浜がやって来た。何時もなら雪ノ下か三浦たちと駄弁っている時間である。
「あ、由比ヶ浜さん。珍しいね」
「ちょっとゆきのんとね。じゃん負けして罰ゲームで飲み物買いに来たんだ」
「雪ノ下が?あいつ賭け事とか嫌いそうに見えるけど、そんな事もするのか?」
「最初は渋ってたんだけど、自信無いんだーって煽ったらすぐ乗ってきた。それでさ、ゆきのん勝った後安心した顔してちっちゃくガッツポーズしてるの!可愛くない⁉︎」
「へぇ!雪ノ下さんってクールでカッコいいイメージだけど、そういう所もあるんだね!」
ただ負けず嫌いで精神がガキンチョなだけに見えるがな。それに性格も面倒くさいし、戸塚と雪ノ下は絶対に合わせたくないな。戸塚は何かと影響されやすいから悪影響を受けかねん。
「あ、そういえば!ちょっとヒッキー!なんで奉仕部に来ないし!部員じゃないの⁉︎」
「は?いや別に部員じゃないよ?あの時はただその場にいたから流れで手伝っただけで……」
「八幡ってあんまり目立つの好きじゃないから……クッキー作りを手伝うなんて、一生に一度あるかどうかじゃあない?八幡がそんなことに関わったのって、由比ヶ浜さんの時くらいだよ?」
「前半は同意するけど、さすがに言い過ぎじゃあないかな……俺そんな薄情なヤツに見られてんの?」
「……そっか、あたしだけなんだ……えへへ……」
由比ヶ浜はボソボソと何かを呟いて俯いている。何を言っているかは聞こえないが、頬を若干赤らめているところから見ても私に対して悪い印象を持ったわけではないようだ……ハァ、ほぼ確定か?これは……
恐らく、由比ヶ浜は私に好意を抱いている……
あのクッキーだって、私向けの可能性が高い。元々、誰に贈るにしても教室であからさまに私にお礼と言って渡すのなら、『男子に手伝ってもらいました』と公言しているようなものだ。それが贈った相手にバレたとなれば、一気に印象が悪くなるだろう。幾ら頭の出来が悪いと言っても空気を読むことに長けている由比ヶ浜がそのような失敗を犯すのは考えづらい。
つまりあのクッキーは、男子には『お礼』と思わせておきながら、女子に対して『領有権の主張』を行ったと私は考える。女子はそーいう事に関してはIQが3倍になると聞いたことがあるし、深読みしても損はないだろう。
まあ深読みは置いておくにしても、由比ヶ浜が私を好いている事は確かだ。実際あんなあからさまに私を好いている川尻が居る時にクッキーを渡すなんて正気の沙汰じゃあないし、クラスにいる時もチラチラ私を見ているからな。元々感づいてはいた……
チッ……いったい何処で目をつけられた?クッキー作りの時か?恥ずかしがったのは失敗だったか……いや、もっと前か。クッキーは恐らく私向け、つまり……いや、これ以上考えても仕方が無い。
前にも言ったが由比ヶ浜の様な騒がしい奴らに向ける行為は持ち合わせていない。実際は『気付かないふり』をするのが良いと思うが、私がやるべき事はそれに加えて『告白だけは絶対にさせない』事だな。
私の事を許可なく材木座に話した経緯があるし、フッたら三浦辺りに話しかねん。空気を読む事を重視する奴らだからその話を大っぴらにしたりはしないだろうが、あいつらは声がでかいから教室でその話でもされたら男子からどんな目で見られるか……由比ヶ浜は人気があるからな。
「とにかく俺は部員でもなんでも無いから奉仕部とやらには行かんぞ。雪ノ下も毒を吐くだけだし、面倒くさいだけだ」
「えー?楽しそうじゃん。依頼を解決するとか」
「じゃあお前が入り浸るようになってから依頼はあったのか?」
「え?いやー……で、でもゆきのんとおしゃべりするだけでも結構楽しいよ?」
「それ部活じゃ無いと思うんだけど……」
普通に考えてよく知らん奴に悩み相談をしようとは思わんだろうし、名前も知られてないんだから雪ノ下のファンも来ない。つまり来るとしたら平塚先生に相談した奴が…………平塚先生、自分で相談に乗ってやれよ……
そこで昼休みがあと5分で終了になる事を知らせるチャイムがなった。休憩に入った時はまだ15分くらいはあったが、話し込んでしまったか。
「そういえば由比ヶ浜、雪ノ下のパシリは?」
「パシリじゃ無いし!罰ゲームで……あ!忘れてた!」
いちいち大声を出すなうざったい。
《次の日の昼休み》
「さいちゃんと八幡くんは今日もテニスをするのよね?」
「うん、そうだよ」
「テニスと言えば『松岡修造』や『錦織圭』じゃあない?『錦織圭』は『エアケイ』ってのをやるって聞くけど、実際何が凄いのかよくわからないのよねぇ〜」
「まあ戸塚とテニスをしてる俺からしても、ジャンプしてからショットを打つだけで何が凄いのかよくわかんないな」
「あれは錦織圭自身が周りに比べて背が低いから、高い打点で打てる事が良いんだよ。打点が高い方がキツいコースに決まるからね」
「へぇ。でも地面に足が付いていた方が強い球が打てるんじゃあないの?体幹がブレて威力が落ちそうなもんだけど」
「僕とかがやっても威力が落ちるだけだけど、錦織圭はいつもと同じ威力で打てるんだよ。あとは普通のショットより打つまでのテンポが速いからタイミングがズレて、受ける側からしたら普通より速く感じるんだって」
「なんかよくわかんないわ」
「お前な……」
実際はエアケイを打つような場面なら、普通のショットでも決まるものらしいが、トッププロのパフォーマンスの面もあるのだろう。
無駄話も終わり、テニスコートの鍵をもらいに向かう。テニス部顧問の先生には1年の頃許可をもらいに行った時に大層喜ばれ、鍵は勝手に取っていいとまで言われた。生徒がやる気を持つ事を喜ぶ気持ちもわかるが、管理責任とかが緩そうに見えたので、若干私の中の株が下がったな。
そのままテニスコートに向かうと、何故かそこには三浦とその一団がいた。こちらを見るなり
「ねー戸塚、あーしテニスしたいんだけど」
と言ってきた。
私からすると信じられないほど横暴ではあるが、こいつらからすれば自分たちの立場なら許される範疇なんだろう。
自分勝手が過ぎるなこいつら。雪ノ下の『厚化粧の猿』と言うのも案外的外れではないような気がしてきた。
「え?……いやでも、僕たちこれから練習するから……」
戸塚はボソボソと気弱そうに言う。戸塚は心優しく純粋で、その分気が弱い。三浦のような輩は苦手にするだろうな。それに付け込むように三浦が威圧的に言う。
「練習?比企谷も居るんだし別にあーしたちがいても良くない?」
「それは練習を手伝ってくれてるからで……」
「何?聞こえない」
もはや戸塚は涙目だ。ここで奴らに目をつけられるのは嫌だが、引いてしまうとこいつらは益々付け上がるだろう。それは私のプライドが許さんし、何よりこんな奴らが横で下品な声を出しながら遊んでいるというのは精神衛生上とてもよろしくない。
だからと言って三浦に文句を言うのはリスクが大きい。ここは……葉山を使ってこの頭スッカスカの金髪ロールを黙らせるのが良いだろう。
「俺と戸塚は許可を貰ってるんだよ。それにお前らにテニスコートを使わせたら怒られるのは俺らなんだ。頼むよ」
ここですかさず葉山に目線で訴える。後ろでメガネの女がとつはちがどうとか喚いているがそれは無視する。
葉山は『怒られる』という言葉に若干顔を歪めたが、少し考えたのちに
「あはは……で、でもほら、みんなでやったほうが楽しいし」
と言いやがった……チッ、葉山からの加勢は得られないか……結局はこいつも頭の悪い動物に過ぎないという事か。
すると葉山の加勢が得られるとわかった三浦が「早くテニスしたいんだけどー」などと急かし始めた。だが、私がここで雪ノ下のようにこいつらを論破しても、ハイ終わり、とはならない。とても不愉快なことにな……
このテニスコートという場においても、ここが『総武高校』である限り奴らは『与党』で、奴らにたてつく私たちは『野党』だ。雪ノ下が許されたのは奴が『人気者』で強い立場にあるからで、仮に言葉で追い払っても、奴らが納得して自ら引かないなら、それは私たちのみっともない『批判』と見られるだろう。それに三浦が不機嫌になり、私に目をつける可能性が極めて高い。
と言うより、私は論破という行為がとても嫌いだ。言葉というのは曖昧で、『正しさ』が複数あり、『間違い』を指摘しても、続けようとすれば水掛け論が永遠に続いていく。
論破された側はその事を思い出す時、必ず心の中で論破し返すものだ。そして自分が正しかったと言い訳をし、勝手に納得して相手を見下す。『ほら、お前は間違っていて私が正しいぞ』といった具合にな。
そもそも口の言い合いでは『どちらが正しいか』ではなく『どちらが機転がきくか』で決着が着くため、正しさを主張する事そのものが不可能だ。かの『柳田理科雄』がプレゼンをすれば、ドラゴンボールの『孫悟空』は『アラレちゃん』に勝つ事は不可能である、とその場にいる全員を納得させる事が出来る。
……つまり、私はこの場において『この低能どもを口喧嘩で勝利させ、その上で追い払う』事をしなくてはならない。
ま、それでも手はある。こんな腐れ脳ミソ共を追い払う事など容易い、奴らにとって都合がいい事を都合が悪いように思わせて誘導し、こちらを論破させ帰るのを待つだけだ……
「君たち、何をしているのかね?」
……⁉︎平塚先生ッ……⁉︎何故こんなところに……
由比ヶ浜か……!ふざけるのも大概にしろよ胸だけのパープリン女が!
平塚先生の後ろには三浦たちに言い訳をしている由比ヶ浜。つまり奴は奴なりに機転を利かせ、私たちのサポートをしようと中立の立場である教師を連れてきたという訳か。
その考えは特に間違っていないが、平塚先生を連れてくるだけでそれが単なるイヤガラセに変わってくる。このロクデナシ暴力装置は私にとってとんでもなく都合が悪い。
「ほう……なあ三浦こいつらはちゃんとテニス部顧問の許可を得て昼練をしているんだ。だから比企谷は部外者じゃあないんだよ」
「えー?別にあーしたちが居ても……」
「だが!しかし!私はこういう展開が大好きでな!テニスコートの使用権をかけて『勝負』をしようじゃないか!」
「え、何それ超面白そう」
そう言って三浦と平塚先生は笑いながら私を見ている。
やはりか……このアマ……スポーツ紙にスキャンダルをスッパ抜かれた『ビートたけし』のようにッ!生徒であるはずのこの私に!復讐をしようというのかッ!
「え?あの……僕たちは……」
「まあ良いじゃあないか。実戦練習も大切だろう?それに賭けるものがあったら緊張感もあるしな」
このクソアマ……!黙っていれば調子に乗りやがって……!何故私がこんな目に……
それに三浦たちや平塚先生(親しみやすいのか舐められてるのか知らんが、人気がある)が騒いでいる所為で人が集まってきた。こんな所で勝ってしまっては目立つどころの騒ぎじゃあない。かと言って負けてしまうのは癪に触るし奴らに『テニスコートで遊んでいい』と言う考えを持たせてしまう……
由比ヶ浜は自分の思惑が外れて困惑している。大方私に良いところを見せたかったのだろう。私の気を引きたいのなら、テニス部の顧問か体育の厚木を連れてくるべきだったな。もう後の祭りだが。
どうすれば……いや、こんな時こそ希望は訪れるはずだ……
「ふむ……だがこのままでは戸塚有する比企谷チームが有利だからハンデを」
「そんなのはいらないし。あーし経験者だから。中学の頃は県代表になったこともあるし、逆にハンデあげてもいーよ?隼人も居るしねー」
「ならハンデは無しでいいな。時間も無いから1ゲーム取った方が勝ちで良いか」
勝手にルールを決めるんじゃあ無いクソアマが!
そうしている間にも野次馬共が集まってきている……チッ……もはや逃げられない……どうすれば……
……………………………………これは……
フフ……ハハハ……いや、まだだ……これでは不充分……ん?……
…………勝てる…………
「八幡……どうしよう……」
「なあ戸塚……悔しくはないのか?」
「え?」
「あんな奴らにコケにされて、挙句コートも奪われかけている……俺はとてもイラつく。凄く悔しい」
「そりゃあ、僕も悔しいけどさ……三浦さんは県代表に選ばれたらしいし……葉山くんだって……」
「大丈夫だ。三浦は運動神経は良いが、女子だし部活もしていない。体力は無いだろう。それに葉山だってテニスは初心者だ。少しコースを狙ったりすれば取れはしないさ」
「……」
「何故俺たちが怯えなきゃいけない?悪いのはあっちで俺たちが『正義』だ。下痢腹抱えて公園のトイレを探して、『お願い神様助けて』って具合に逃げ回らなきゃならないのは理不尽だろう?叩き潰してやろうじゃあないか」
「……そうだよね。うん……僕たちが正しいのに、逃げ回るのは可笑しいよね……」
「ああ。そうだ。戦力的にも申し分ない、容赦なく初心者の葉山を狙い撃ちすれば、観客も多い中あいつは自分の人気が枷になり、逃げられない」
「それに三浦さんが庇おうとするから、経験者の三浦さんの運動量も上がって疲れやすいから一石二鳥?」
「わかってるじゃあないか戸塚……」
「フフッ、僕も闘志が湧いてきたよ……」
「「調子に乗ってるあいつらを、このコートから叩き出してやる」」
次回、テニス編
多分あんまり長くはならない。