比企谷八幡は平穏な生活に憧れる   作:圏外

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何気に前から決めていたサブタイトル。


手作りクッキーを作りに行こう!

ノックされた時、正直私は酷く焦っていた。

 

 

くそっ、さっさと帰ろうと思っていたのに……こんな所によく来れるな、と心の中で悪態を吐く。ここで雪ノ下と知り合いということがバレてしまうと少々面倒だ。

 

 

出来れば私の事を知らない上級生がベストなんだが、夏休み前で受験の事を考え始めなければならない上級生が来るというのは考えにくい……なら1年が……

 

 

「失礼しま〜す……え⁉︎なんでヒッキーがいるの⁉︎」

 

 

最悪だ。

 

 

入ってきたのは同じクラスの最上位グループに属する由比ヶ浜結衣だった。高2のクラス分けの後、初対面にもかかわらず『ヒッキー』と言う安直かつ人を馬鹿にしているようなあだ名を付けてきたので覚えている。

 

 

短いスカートにボタンを二つほど外したブラウス、茶髪に化粧と如何にも『イマドキ』って感じに見える。川尻は何を以ってこんな風になりたいのだろうか。

 

 

個人的にはこいつはあまり好きではない。と言うか、こういう騒がしい系な奴らに関わるとろくな事がないので騒がしい奴らは大抵嫌っている。それに手もキチンとケアは欠かしていないようだが、明るい色のネイルと言うのは全くもって好ましくない。

 

 

それにしても、同じクラスか……

 

 

誰かにこんな所にいると見られたというだけでもマズいのに、まさか同じクラスの知り合いが来るなどと思いもしなかった。思わず冷や汗が流れる。

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん?なんでこんな所に……」

 

「こんな所とは失礼ね。貴女は2ーFの由比ヶ浜結衣さんね、どうぞ」

 

「あたしのこと知ってるの?」

 

「同じ学年の人なら大体覚えてるわ」

 

 

前に私に言ったことと同じ事を言っている。由比ヶ浜は「凄い!」と声をあげて驚いていた。雪ノ下の様な奴に知られているのは嬉しいのだろうか。

 

 

単純な奴だ。雪ノ下とは気が合うかもしれないな。

 

 

「ヒッキーはなんで奉仕部にいるの?」

 

「えっと、俺平塚先生と仲良くてさ。なんかよくわからんうちに連れてこられた」

 

「あら、連行されてきたの間違いじゃなくて?」

 

「べつにそういうわけじゃねぇよ……」

 

「ん〜、なんか楽しそうだね‼︎」

 

 

それを本気で言っているのならお前の耳か脳は何か重大な欠陥があると思うぞ……

 

 

「……それで、何故ここに?」

 

「えっと、平塚先生にここで願いを叶えてくれるって言われてきたんだけど……」

 

 

やはり平塚先生か……もしかして嫌がらせのつもりなのか?ここ数日で先生の株が下がり続けているが、もう呼び出されても無視する事にしよう。どうせ呼び出されるような事をする気もないし。

 

 

「少し違うわ。願いを叶えるのではなくて、願いを叶えるための手伝いをするだけ。行動するのは貴女自身よ」

 

「どう違うの?」

 

「飢えた人に魚を与えるのではなくて、竿を与えて魚の取り方を教える感じね。自立を促す、と言ったらわかるかしら」

 

 

そう言えばさっきも人ごと世界を変えるって言っていたな。つまり自己改革を促す事で、人の価値観を変え、その延長線上で世界を変えていくという訳か。

 

 

これだけ聞くと、まるで風車に立ち向かうドン・キホーテのように無謀に見えるが、実際中々効率的な手段だと思う。

 

 

そんな事を考えて話しているのかは知らんが、これを続けていくと『奉仕部に相談しに来た人』、つまり『雪ノ下と関わりを持つ可能性がある人』の中で『雪ノ下に同調した人』だけが変わる事になる。

 

 

そしてその同調派は雪ノ下から離れていかないが、その理念に反発をする者は雪ノ下から離れていくだろう。これで考えの違う『邪魔者』を排除できる。

 

 

そして同調した奴らを集めたグループを作る事で『雪ノ下の周りの世界』が雪ノ下に都合が良くなるというシステムだ。

 

 

離れていった奴らは、『雪ノ下の周りの集団』と考えが違うので、他のグループに属して雪ノ下たちには関わらない。つまり『集団対集団』という構図になり、手が出しにくくなるので平和も維持できる。

 

 

こいつはマジに効率的な手段だと思う。コレを『雪ノ下システム』と名付けよう。そう1人感心していると、由比ヶ浜はよくわかっていなさそうな顔をして、

 

 

「なんかすごいね!確かに魚が獲れるようになったら一人で出来るようになるし、良いもんね!」

 

 

と言った。おお、同調派が増えそうだな。雪ノ下の未来は明るいようだ。

 

 

「必ずしも願いが叶うとは言えないけれど、できる限りの手伝いはするわ」

 

 

雪ノ下も満足気だ。同調派が増えるのは計画の穴を埋める面からしても喜ばしい。

 

 

この計画の穴は『同調派が増える前に、反対派が増え過ぎてしまう』場合である。こうなると雪ノ下は仲間を作る前に敵が増え、敵が多いと仲間も増え辛くなるので集団を作るのが困難になってしまうが、既に仲間がいる場合、攻撃を受ける可能性が格段に減るだろう。

 

 

さらに最初に出来るのが『同調派』だと、2人目が来た時点で『同調派』が『多数派』になっているので、集団心理的にも『同調派』を増やしやすい。まさに一石二鳥という訳だ。

 

 

「それで、何を頼みに来たのかしら?」

 

 

「えっと……その……」

 

そう言いながら由比ヶ浜は恥ずかしそうに私の方を見ていた。大方男がいると話し辛い事なんだろう。

 

 

「じゃあ俺は飲み物でも買ってくるよ」

 

「私は野菜生活100いちごヨーグルトミックスでいいわ」

 

 

お前の飲み物じゃ無い。だが買っておいたほうが自然か?いや、舐められるのは嫌だからな……

 

 

そんな事を考えながら、私は廊下に出た。

 

 

 

《家庭科室》

 

結論から言うと、由比ヶ浜はクッキーを作りたいらしい。ちなみに飲み物は買ってこなかった。

 

 

好きな男だか恩人だかにあげるクッキーなので手は抜きたく無いが、料理に自信も無い。だから手伝って欲しいそうだ。だが、

 

 

「それくらいなら、何もこんな所に来なくてもいつも一緒にいる三浦たちにに頼めばいいんじゃあないか?」

 

「えっと……こういう事ってあたしのキャラに合わないし……それに、こんな雰囲気、友達とは合わないし……」

 

 

バツが悪そうに目を泳がせる姿を見ていると、やはり人間と言うのは難しいなとしみじみ思う。

 

 

おそらく今までも友達と会話をしているというよりは、空気を読む事に重点を置いてきたのだろう。将来の話や恋愛などの重い話はできないという事か。

 

 

「確かに貴女みたいな軽そうなタイプには、手作りクッキーと言うのは似合わないわね」

 

 

確かにそうだ。だが『雪ノ下システム』的には結構良い相手だと思うぞ。根が素直な奴らを集めるのが得策だと思うしな。

 

 

「だ、だよねー。あたしにはそんなの似合わないよね……」

 

 

俯きながら乾いた声でそう言う由比ヶ浜は、「でも」と続けた。

 

 

「それでも、あたしはちゃんとお礼がしたいんだよ」

 

 

決意を持った目をしている。『何が何でもやり遂げてやるッ!』という様な良い目だ。

 

 

「良い心がけね。私そういうの嫌いじゃないわ」

 

 

だろうな。どこか嬉しそうだ。

 

 

「で、俺は何をすれば良いんだ?料理はそれなりにできるが、クッキーは流石に作った事ないぞ?レシピも知らんし」

 

「もともと未経験者には期待はしてないわ。器具や材料の準備と味見をお願い」

 

「わかった」

 

「よーし、やるぞーっ‼︎」

 

 

……今更ながら何故私がこんな事をしなくちゃあならないんだ?くそっ、何もかも平塚先生が悪い……

 

 

だがまあ、クッキーなら作った事がある。昔小町と一緒に作った時は、小町が焼きすぎて少し焦げのついたクッキーを2人で食べたもんだ。

 

 

あれはあれで美味しかった。思い出補正とかもあるんだろうが、クッキーごときでそこまでの失敗も無いだろう。さっさと終わらせて帰らないと、今日の夕飯は私が作らないといけないんだ。

 

 

 

 

 

 

そして1時間後、何故かそこには木炭の山があった。

 

 

「な、なんで?ママはちゃんと出来てたのに……」

 

「一体何故あそこまでミスを重ねる事ができるのかしら……理解出来ないわ……」

 

 

調理工程は、そりゃあ酷いもんだった。卵を割るときに四散させるところから始まり、からも取り除かないまま順番もよく見ないで生地を混ぜていき、ダマになったままの小麦粉に何故か大量の塩を入れ、もちろんバニラエッセンスと牛乳も目分量でどばどばと。 バターは湯煎なんかせず固まったまま入れて混ぜ始める。

 

 

さらには隠し味とか言ってどこから持ち込んだのかインスタントコーヒーの粉をこれまた目分量でどっさりと入れていた。さっき入れた塩と同じくらいの量を。

 

 

途中まで注意していた雪ノ下が、オーブンを遠い目で見ながら引きつった笑みを浮かべていた時は多分私も同じ表情をしていたと思う。

 

 

流石の私もこれにはビビった。雪ノ下と意見があったのはこれで2回目だな。マジでどうしてここまでミスができるのか理解に苦しむ。

 

 

「見た目はアレだけど、食べてみたら意外と美味しかったりして……」

 

「本当にそう思うならまずお前が食べてみろよ」

 

「味見役として来ているのだから比企谷くんが食べるのが道理ではなくて?」

 

「お前暗に死ねって言ってないか?」

 

「酷すぎない⁉︎」

 

「あら、男の癖に意気地なしね。一応食べられる食材しか使っていないのだし、死にはしないはずよ?」

 

「一応とか死にはしないとか言ってる上に疑問形だ⁉︎」

 

「とりあえず、食べてみないと始まらないわ。……全員で食べましょう」

 

 

やっぱり食わなきゃダメなのか……これは味見じゃあなくて毒味だな。

 

 

一つ目を頬張ると、ザラザラとした不愉快な食感が口の中いっぱいに広がった。オーブンの時間は間違っていなかったはずなので、強火で焼き続けてあると予想できる。

 

次にインスタントコーヒーの苦さがやってくる。これは前の炭の味がクッションの役割を果たしてくれたのか、苦さはそれ程でもなかった。問題は、その苦さが大量の塩の異常なしょっぱさとともにくる事だろう。この塩がマジでヤバい。食ってはいけないと脳が警告を送っている。簡単に言うと、吐き気がする。

 

それでも食感と味を確かめていくと、半焼けの部分と粉っぽい部分が交互にあり、さらに明らかに溶けていなかったバターの味が一切しない事もわかる。ちゃんと混ぜ切れていないのも致命的な様だ。

 

 

とりあえず、一個は食いきった。雪ノ下と由比ヶ浜も青い顔をしている。これは残りは廃棄処分で全員一致だろう。

 

 

「うう……まずいよ〜……なんでこんなにまずいの?」

 

「それは俺がお前に聞きたいくらいなんだが、大まかにオーブンの火が強すぎる事と、生地がよく混ざっていない事と、コーヒーと塩だな」

 

「ええ、それに卵の殻が入っているわね……生焼けの部分もあるし、大きさもバラバラだわ」

 

 

これは時間がかかりそうだ……雪ノ下だけならまだしも、同じクラスの由比ヶ浜に私が飯を作っている事がバレると、周りに広まって目立ってしまう可能性がある。つまりこの理由で帰るわけにはいかない。さっさと帰らないといけないのに……

 

 

「さて、どうすればいいか話し合いましょう」

 

「由比ヶ浜はもう料理をしないで、諦めて市販のクッキーを相手に渡す」

 

「それ完全に諦めてない⁉︎」

 

「比企谷くん。それは最終手段よ」

 

「それで解決しちゃうんだ⁉︎」

 

「つっても、これじゃ貰った側がキレるレベルだぞ。いくら女子のプレゼントでも」

 

「あはは……やっぱりあたし、才能とかそういうの無いし……料理向いてないのかなあ……」

 

 

驚愕と落胆が素早い奴だな。それにそんな事を言うと……

 

 

「解決法は努力あるのみよ。由比ヶ浜さん、貴女今才能が無いって言ったわね、その認識を改めなさい。最低限の努力をしない人間には、才能がある人間を羨む資格なんて無いわ」

 

 

ほれ、こうなる。ここまで雪ノ下を見てきてわかったが、こいつは妥協や諦めを良しとせず、努力に重きをおくようだ。

 

 

「成功できない人間は、成功者の努力を想像できないから成功できないのよ」

 

「で、でもさ。こういうの、みんなやんないって言うし……あたしには合ってないんだよ……」

 

「そういう周囲に合わせようとするの辞めてくれるかしら?自分の不器用さ無様さ愚かしさの原因を他人に押し付けるなんて、恥ずかしくないの?」

 

「……」

 

 

ああ、こういう事か。そりゃ1人になるわけだ。

 

 

雪ノ下が言っている事は確かに正しい。正論だ。だが、この場に置いてこの正論は全くもって正しくない。それは由比ヶ浜が依頼者で、雪ノ下は請負人だからだ。

 

 

客に向かって正論で論破するような店に客が来なくなるように、曲がる事を良しとしない雪ノ下に寄り添う人間は居なくなる。そうやって少しずつ敵を増やしていく。

 

 

個人的には周囲に合わせる事も重要だし、生きていくために必須のスキルだと思うが、雪ノ下の中では『周囲に合わせる=諦め』のようになっているのだろう。

 

 

せっかく作った『同調派』が離れていってしまうぞ。まったく、こんな事では世界を変えるなんて何年経ったとしても……

 

「か、かっこいい……」

 

「「は?」」

 

「建前とかそういうの全然言わないんだ……そう言うのなんかかっこいい……」

 

 

頭おかしいんじゃあないか?もしかしてドMか?雪ノ下もおかしなものを見るような目で由比ヶ浜を見ている。

 

 

「は、話聞いてたのかしら?私結構ひどいこと言ったつもりだったのだけれど……」

 

「確かに言葉は酷かったし、ぶっちゃけ引いたけど、でも本音って感じがする。あたし、人に合わせてばっかだったからさ……」

 

 

『本音』って感じ、か……

 

 

「あたし、次はちゃんとやるよ!だから雪ノ下さん、どうすれば良いか、教えて」

 

 

これを聞いて、雪ノ下もやる気になったようだ。どうやらこの2人、思った以上に相性が良かったらしい。どちらも根は真っ直ぐで、単純だからだろうか。

 

 

信用できる友人は出来たし、本音で話せる妹もいるが、『似た者同士』と言われるような奴はいないから、こういうのは少し羨ましいかな。

 

 

 

 

そして雪ノ下に教えられて由比ヶ浜が作ったクッキーは普通に食べられるレベルだった。ちゃんとクッキーってだけで、何か感慨深い気持ちになる。

 

 

「うーん……なんか違う……」

 

「どうしたら伝わるのかしら……」

 

 

何故か2人は納得がいっていないようだ。充分食えるレベルになったんだから、これで良いように思えるんだが……

 

 

「もうこれで良いんじゃあないか?普通に食えるようになったし、努力は伝わると思うぞ?」

 

「それじゃあたしの気持ちは伝わんないし‼︎」

 

 

はぁ、すっかり雪ノ下に毒されてしまっている。別に悪い事ではないんだが……私は夕飯を作らなくてはならないので、さっさと帰らなくてはならないんだ。

 

 

「由比ヶ浜の目的は『手作りクッキーを作ること』だったんだし、俺はコレを貰ったら嬉しいと思うぞ?」

 

「でも、妥協をするのは良くないと思うわ。気持ちを伝えたいのなら全力を尽くさないと……」

 

「それに、最初の反応からして渡すのは男なんだろ?だったら女の子から手作りクッキーなんてもらえたら大喜びするに決まってるだろ。コレは一生懸命作った物だって事は判るし」

 

「ヒッキーも、これ貰ったら喜んでくれる?」

 

 

何やら上目遣いでそう聞いてくる。狙ってやっているわけではないようだが、それはそれで問題な気もする。一応、恥ずかし気に言っておくか。

 

「……さ、さっきも言っただろ?嬉しいし、喜ぶぞ」

 

「……そっか」

 

 

何やら満足そうな顔になる。一先ず成功したようだな。長引かれても面倒だし。

 

 

「ありがとう雪ノ下さん。ヒッキーも、ありがとう。あたし頑張ってみるよ」

 

 

そしてエプロンをつけたまま家庭科室から飛び出して行ってしまった。ふう、やっと帰れるな……無駄に長引いてしまった。

 

 

「あれで良かったのかしら」

 

 

雪ノ下は結果に満足いっていないようだ。だが、前提として奉仕部の活動に雪ノ下の満足はいらないんだよ。

 

 

「由比ヶ浜が満足していたからそれで良いんだよ。じゃあ俺も帰らせてもらうぞ」

 

「……それはただの自己満足よ」

 

「お前が満足する必要が何処にあるんだ?」

 

 

結局、由比ヶ浜の自己満足か、雪ノ下の自己満足かと言うだけじゃないか。どうでもいい。

 

 

 

 

 

 

その後、お礼と言って私にクッキーを渡してきた由比ヶ浜と、それを見ていた川尻との間に一悶着あったが、それは別の話である。




比企谷八幡……帰宅後、夕飯が遅くなって不機嫌な小町のご機嫌とりに苦労する。その後、何故遅くなったかを根掘り葉掘り聞かれる。
『根掘り葉掘り』ってよォ〜(ry

雪ノ下雪乃……家に帰り、今日の反省と予習復習、そして入浴と食事をいつも通り決まった時間にこなし、いつも通りの時間に寝た。ちゃんとした生活習慣こそ、ローマ彫刻のような美しい肌のコツ。

由比ヶ浜結衣……この後、サブレの散歩に行った。

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