比企谷八幡は平穏な生活に憧れる   作:圏外

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短め。
書いていると勝手に筆が動くかわりに話がどこへでも飛んで行ってしまう……


平塚静は怯まない

《雪ノ下side》

 

「はぁ!?」

 

「……」

 

 

 平塚先生が驚きの声を上げる。無理も無い、先生が先に声を出さなかったら私が叫んでいただろう。

 

 先生が奉仕部に連れてきた比企谷八幡という男は、周り全てを騙しながら自分を押し殺して生きる人だった。

 

 私の姉と同様に、驚異的なまでに堂に入ったその言動や態度を演技だと見抜く事ができるのは、この学校では姉をよく知る平塚先生と私くらいのものだろう(まぁ姉さんの方が上手だと言う確固たる自信はあるけれどね)。

 

 そんな彼が私との勝負の商品に望んだのは、『私と平塚先生の右手首』

 

「どうした?急に黙り込んで。どこか体の調子でも悪いのかね?フフフ……」

 

 彼はそう言って不敵に嗤う。本心で言っている事はわかる、わかりたく無くともわかってしまう。

 

 普通に装っている彼の中に潜むドス黒い感情が嫌でも伝わってくる。私にまるで興味を持っていないくせに、私の手首を見て嗤う彼に対して、『気持ち悪い』と吐き捨てる為の気力が『恐怖』に押し潰されそうになるのを、私は自らの『プライド』でなんとか持ちこたえていた。

 

「そんなものが認められるわけが無いだろう!?」

 

「自分がされて嫌な事は他人にもするなと学校では教えていないんですか?貴女が反論と口答えは認めないと言ったんでしょう。ただの仕返しですよ」

 

 平塚先生は目の前の男が怖くは無いのだろうか。なぜいつも通りに話をして居られるのかが、私には理解できなかった。

 

「だからと言って……!」

 

「まぁ良いんですよ。とにかく、勝負とやらをするのなら、商品は貴女方の手首だ」

 

 恐らく彼が望んでいるのは、勝負を無効にしてもう此処に来ない事だ。それは理解できる。私だってこの奉仕部にこんな男入れたくはないので、利害は一致していると言える。

 

 でもそんな事とは関係無く、手首が欲しいと言うのは『本心』だ。

 

「それにしても急に静かになったなぁ、雪ノ下雪乃。これがお前が望んだ私の本性だぞ。どうだ、さっきまでと今とでは()()()()()()()()()?」

 

「……今の貴方に決まって居るでしょう。さっきまでの貴方も気持ち悪かったけど、今はそれを通り越して吐き気を催すわ……」

 

「ホレ見ろ。人間なんてそんなもんだ」

 

 ……異常性癖を勝手に暴露したのはそっちでしょう。人間みんなが貴方みたいに異常だったら、社会が成り立つはずが無い。

 

「これでわかっただろう?何故お前が心を偽ることを嫌うのかは知らんが、他人にまでそれを強制するのはただの独裁者だ」

 

「……」

 

「別にお前に私の事を理解しろとは言わない。別に理解して欲しくも無い。だからこそ、私は本心を隠して生きてきた」

 

「闘争は、私の愛する平穏な人生とは相反しているから嫌いだ……ま、戦ったとしても私は負けんがね……で、どうするんだ?乗るか?降りるか?」

 

 彼の目的はわかっている。そして、それは私にもメリットのあるものだ。

 

 私だけなら負けない自信はあるのだが、平塚先生の手首まで賭けるのなら話は別だ。私の負けず嫌いで彼女を危険に晒すことなど出来ない。彼の目は本気だ。本気で手首を切り落としかねない。

 

「フン、腹は決まったようだな。ま、それが正しい判断だろうさ「待て」

 

 話を遮るのは平塚先生の声。

 

「続行だ。勝負を無効にはしない」

 

「先生!?」

 

「私は教師だ。道を外した生徒を導くのは、私の役目だ。あぁ安心しろ。雪ノ下を危険な目に合わせたりなんかしないさ。生徒を守るのも教師の役目だからな」

 

 その言葉を聞いて、目の前の男の凄みが増した。腐った目、と先ほどは称したが……その瞳には悍ましい漆黒の意思が宿っていた。

 

「……先に言いますが、私は要求を曲げたりはしませんよ」

 

「教師の見ている前で生徒を傷つけようとはいい度胸だな。だが、お前の考え方にも一理ある。世間からすれば周りに好かれる為の仮面を被るお前達が正しいだろうし、雪ノ下は間違っているのだろう」

 

「私がそれを認めたく無いのは、只のエゴだよ。ガキの我が儘だ。わかっている」

 

 平塚先生はこの手の話をする時、少し悲し気な表情になる。正直者が生き辛い世界は何も間違ってはいないと言うことを認めてもなお、彼女は教師としてそれに抗い続ける。

 

 認めたくは無いが、彼も平塚先生と同じ考えを持っているのだろう。だが、彼は諦め、平塚先生は諦めなかった。何時もはそこはかとなく残念臭がする彼女ではあるが、その実誰よりも強く、気高かった。

 

 先生は両腕の袖を捲った。

 

 それを私は見てるだけで、止める事も、声を上げることすらできなかった。先生の『覚悟』を無駄に出来るわけがなかった。

 

 私は、このままでは力不足なのだろうか?2人が作り出す異常な空気と、自分の裡から溢れ出す虚無感に、私は呑まれかけていた。

 

「雪ノ下を危険な目に合わせないと言ったろう。

 ……私の『両手首』を賭けよう」

 

「だが断る」

 

 

《比企谷side》

 

「ちゃんと話を聞いてください平塚先生。私は要求を曲げないと言ったんですよ?先生は両腕が右手なわけでも無いでしょう?」

 

「だいたいこんなの冗談に決まっているでしょう。何が両手首を賭けるですか、馬鹿馬鹿しい。私が勝負なんてしたく無いことくらい先生ならわかるでしょうに。それでも無理矢理勝負を続行するのが先生のやり方ですか?」

 

「私は何も困っちゃあいない。信頼できる友も、家族もいる。現状に満足しているのになぜリスクを冒さなければいけないんです?」

 

「とにかく、私は勝負なんてしません。もうここにも来ません。明らかにリスクとリターンが釣り合わない。こんな所で悩みを相談するくらいなら、親か友達に話をしますよ。それでは」

 

 私はそう言って教室を出て、帰路につく。

 

 私の気持ちをガン無視し、勝手に感動のストーリーを作って悦に入られても困るんだよ。先生の心の中には勝負を通じて大切なものを見つけていく私と雪ノ下が居るんだろうな。

 

 大切なものなら、とっくの昔に見つけているさ。それこそ、性を隠して生きていくのも悪く無いと思えるほどの物を。

 

 自分がリア充かどうかなんて当事者だからわからんが、少なくとも充実した生活を送っていると胸を張って言える。

 

 あいつらの前でこんな事を言ったら、戸塚は素直に喜び、川崎は雪でも降るんじゃあないかなどと言い、川尻はまた引っ付いてくるのかね。

 

 全く、本当に馬鹿馬鹿しい。結局自分の意見を押し付けるところは何も変わっていないじゃあ無いか。骨折り損のくたびれもうけだった。

 

 何も得るものがない時間と言うのも癪に触るので、今日は顔を赤くして恥ずかしがる平塚先生でも想像して眠りに就く事を誓い、帰路に着いた。

 

 


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