比企谷八幡は平穏な生活に憧れる   作:圏外

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雪ノ下雪乃は偽らない

 

 

「なあ、比企谷。お前はどうしてその能力を生かそうとしない?」

 

「だから俺はそんなに頭良くありませんって」

 

 現在私達は特別棟へ向かって歩いているようだ。何をされるのか、と質問をすると奉仕活動をして貰う、との事だった。

 

 最初は何時もの雑用の手伝いとはっきり言えば良いのに、と思ったが、どうやら毛色が違うらしい。

 

「君もなかなか強情なやつだな。どうせバレているのだから別に良いだろう」

 

「そんな能力が無いのに言う事もありませんね」

 

 嘘だ。正直テストの問題を解いている時に考えている事は、『何処が間違えそうな問題か』である。

 

 無論私も人間なので常に全教科満点とまでは行かなくても、恒常的にトップやそれに近い順位には入る自信があるが、どうもこの学校は頭は良くてもオツムが良くない奴らが多い様でね。

 ……これは別にこの学校に限った話でも無いが。

 

 頭が良い奴にはそれ相応の能力と努力が必要らしい。そんな弱味を見せない事だけを考える生き方などまっぴら御免だ。

 

「まあ良いだろう。だが君のような人間が生まれてしまうのは、教師として見ているのが辛いよ。何せ、そうする事で事態が良い方向に向かってしまうんだから、それは間違っているとも言えないしな」

 

「……それはきっと、その行動が間違っていないからですよ」

 

 2人共若干自嘲気味に言い放つ。少し悔しげな平塚先生と、諦めたような私だ。考えている事と考えた結果は同じでも、その『先』が違うらしい。

 

 そんな事を話しているうちに、先生はある空き教室の前で止まった。

 

「着いたぞ」

 

「ここ、ですか?」

 

 私の質問には答えずに平塚先生がその扉を開けると、そこには黒髪ロングの少女が1人で本を読みながら座っていた。

 

 確か……この女子生徒は雪ノ下雪乃と言ったか。私が見たわけではないが、入学式で新入生代表としてスピーチをしたと聞いている。

 別にそんな話を戸塚達とした訳ではないが、そんな話をしている奴らをよく見かける。彼女にしたいだの、性格がキツそうだの。下衆なものだ。

 

 何処の世界でも男子高校生は誰が可愛いだの好きな女子は誰だのと言った話を好むらしい。手に入れるための努力もしないくせに。

 

(それにしても美しい『手』だな。良く手入れされていて、まるでローマの彫刻のようだ)

 

 第一印象はそれだった。黒髪ロングの彼女が陽を背にして座っているそれは、美しくもあり何処か儚げな絵画を見ているような気分になる。

 

「平塚先生、入るときはノックをしてくださいといつも言っているでしょう」

 

「ノックをしても君は返事をしないじゃないか」

 

「それは返事をする前に先生が入ってくるからですよ」

 

 なんとなく中学の頃、初めて性癖に目覚めた時の事を思い出していると、雪ノ下がこちらを向いて怪訝な顔をしていた。

 

「平塚先生、そこの人は?」

 

「ああ、彼はこの部活に体験入部する事になったんだ。仲良くしてやってくれ」

 

「は?」

 

 何を言っているんだ?体験入部?そんな話はしていないだろう。奉仕活動とは何だったんだ。

 

「いやいや!先生、話が違うでしょう!どうして奉仕活動が体験入部になるんですか!?」

 

「そう『普通の奴みたいに』驚くなよ。とにかく君はこの部活に体験入部して貰う。以後反論及び口答えは認めん」

 

「ちょっと待ってください。私はそんな事聞いていませんよ」

 

「当然だ。言ってないからな」

 

 ……このアマ、まさか思いつきでこんな事をしでかしたのではあるまいな。いや、平塚先生なら十分あり得る。雪ノ下も何も聞いていないらしいしな。

 

「とにかく少し2人で話してみろ。私は残った仕事を片付けてからまた来る」

 

「ちょっと待ってください平塚せんせ」

 

 それだけ言うと平塚先生はピシャリと扉を閉めて出て行ってしまった。仮にも生徒の模範たる教師のする事ではないと思う。誰だこんな人を生徒指導にしたのは。

 

 マズい、厄介ごとの匂いがプンプンする。とにかくここで雪ノ下に興味を持たれるのはマズい。

 

「……とりあえず、座ったら?」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 とにかくここは何処にでもいる普通の奴らしく振舞うしかない。

 

「えっと……君は雪ノ下雪乃さん、かな?」

 

「そういう貴方は比企谷八幡君」

 

「何で俺の名前を?」

 

「うちの学校の生徒なら殆ど覚えているわ」

 

 如何にも気取ったオジョウサマな雰囲気を醸し出している雪ノ下は、何故か自信ありげにそう言い放った。とりあえず感心したような顔をしておく。

 

「それはそうと、貴方は何故ここに?別に何か問題を抱えているようには見えないのだけれど」

 

「さあ……俺もよくわからないうちに連れてこられたから……部活って、何部なんだ?」

 

「ふむ……そうね。ではゲームをしましょう。貴方は何部だと思う?」

 

 そう来るか。1人で謎の部活をやっている割によく喋るもんだな。ま、人気者ならそんなもんか。

 

「うーん……文芸部かな?」

 

「あら、その心は?」

 

 ベタな答えを言っただけだよ。問題を抱えているヤツが来る部活を文芸部だと思う訳がないがな。

 

「1人で出来そうな部活で、特に知られていなくて、雪ノ下さんが本を読んでいたからかな」

 

「残念ながらはずれよ」

 

 少し勝ち誇ったように雪ノ下は言う。どうやらこいつは少々ガキっぽい性格をしているようだ。負けず嫌いと言えば聞こえは良いか。

 

「降参だ。ここは何部なんだ?」

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って与える。人はそれをボランティアと呼ぶわ。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、迷える生徒には解決法を、困っている人に救いの手を差し伸べる。ようこそ奉仕部へ。歓迎するわ」

 

 歓迎するのかよ、とツッコミたくなるのは置いといて、何だそれは。よくそんな活動内容が認可されたもんだ。どうせ平塚先生がなんかやったんだろうが。と言うか、そのセリフ前から考えていただろう。得意げな顔が隠しきれてないぞ。

 

 それにしても奉仕活動と言いながら奉仕部なる部活に強制的に入れるとは、私も考えが及ばなかった。

 

「はあ、だから奉仕活動と言われたのか……」

 

「私も部活の事を教えたのだから、その演技くさい喋り方はやめなさい。とても不愉快よ」

 

 ……こいつ、何故それを。

 

「あら、驚いたかしら?生憎貴方より演技が上手い人を知っているのよ。それくらい見抜けるわ」

 

「……ごめん、何を言っているかわからないな」

 

「そう、あくまでもシラを切るのね……まあ良いわ。先生が言いたいのはその性格の矯正ね」

 

 チッ……どうやら確信を持たれてしまったようだ。性格の矯正なんて頼んでないし、不自由もしてはいないぞ。

 

「正直まだ話の流れがよくわからないけど、性格の矯正なんて頼んだ覚えはないんだけど……」

 

「そう?でもそうやって普通を演じていてもいつか私みたいに気付く人が現れるわよ。私から見たら貴方はとても気味が悪いわ」

 

「……本心で雪ノ下さんと話していない、と言うなら間違ってはいないさ。ただ、それは演技と言えるほどのものじゃない。

 誰もが雪ノ下さんみたいに堂々としていられるわけじゃあないんだよ……これくらいなら誰でもやってるさ」

 

「要領を得ないわね。私が言っているのは、周りから見ても貴方は異常だということよ。そこまでして自分を偽って生きている人なんて居ないわ。貴方、生きてて楽しい?」

 

 このクソアマ……何故他人にそこまで言われなければいけないんだ?急に毒を吐きやがって……お前こそ性格の矯正が必要なんじゃあないのか?

 

「とにかく、俺はこのままで満足してるし、少ないながら信頼できる友達もいる。少しくらい本心を出していないからといって、別に辛いわけでもない。特に問題はないと思うんだけど?」

 

「その言葉も『普通の人ならどう答えるか』を考えた上での言葉でしょう?それが気味が悪いのよ。もう一度言うわ、生きてて楽しい?」

 

 はぁ、面倒なことになったもんだ……第一私は『楽しく』生きたいんじゃない。『楽に』生きたいんだ。

 

 激しい喜びはいらない……その代わり深い絶望もない……そんな『植物の心』のような人生を……そんな『平穏な人生』が私の望みなんだ……

 

 そんなことを考えていると、平塚先生が教室に入ってきた。タイミングが悪いな……もしかしてタイミングを見計らってたんじゃあないのか?

 

「どうやら比企谷の矯正に手間取っているようだな、雪ノ下」

 

「彼が問題を自覚していないからです」

 

「さっきから黙って聞いていれば……俺は困ってないって言ってるだろ!無茶苦茶言いやがって!性格の矯正なんてはっきり言って迷惑だ!」

 

「その怒っているような喋り方ですら、私から見れば演技くさいのよ。実際演技なんでしょう?その腐った目を見ればわかるわ」

 

「目は関係ないだろ!」

 

「まあまあ、落ち着け2人とも」

 

 そう言うと平塚先生はとても楽しそうな目をしていた。あんたは教師だろうが。まずはこの高飛車毒舌女をなんとかしろよ。幾ら演技とはいえ結構ムカついては居るんだぞ。

 

「良いぞ、 実に良いッ(ディモールト・ベネッ)!私好みの展開になってきた」

 

「古来より、ふたつの正義がぶつかり合う時は勝負をするのが少年漫画の習わしだ。つまりこれから君達には自らの主義主張を賭けて戦ってもらう。そして私はこれから君達へ悩める生徒を連れて来るので、彼ら彼女らを自分のやり方で救うのだ。そして自分の正義を示したまえ!」

 

「嫌です」

 

 おお、初めて意見が合ったなカス女。それに、私がこの部活に入ること前提で話を進めてもらっては困る。

 

「そもそも俺らは別に正義を主張しあっているわけではないんですけど」

 

「ふむ、ならば勝者には、敗者に『なんでもひとつ』命令できる権利をやろう」

 

「はぁ?」

 

 ふざけているのか?この教師。男女間でその賭けは普通に犯罪に等しいと思うのだが……

 

「嫌です。その目の腐った男から身の危険を感じます」

 

 そう言って私に冷たい目線を浴びせる。ま、当然の反応だな。女の立場だったら誰だってそーする。私だってそーする。同じ女であるはずの平塚先生もわからんはずは無かろうに。

 

「なんだ?あの雪ノ下でも流石に負けるのが怖いのか?」

 

 この一言でさっきまで私に絶対零度の目線を浴びせていた彼女の雰囲気が変わる。オイオイオイオイオイオイオイオイ、そりゃあ無いだろう……

 

「良いでしょう。その安い挑発に敢えて乗ってあげましょう」

 

「いや待てよ雪ノ下さん。流石に沸点低すぎない?今時小学生でもあんな見え透いた挑発には乗らないぞ……」

 

「あら、負けるのが怖いの?男の癖に意気地なしね」

 

「そう言うことを言っているんじゃあ無くてだな……」

 

「諦めろ比企谷。お前も男なら覚悟を決めろ」

 

 ……………………

 

 さっきから黙って聞いていれば、舐め腐りやがって……

 

「はぁ……わかったよ。それじゃあ()は、前以て勝った時の褒美を決めさせてもらおう。言っておくが、これは決して冗談じゃあない」

 

「あら、それが貴方の本性かしら?それはそれで欲望丸出しで気持ち悪いわね」

 

「ほう、あの比企谷が本気になるのか。ますます面白くなってきた」

 

「何も言っているんですか平塚先生?これは貴女にも関係がある事ですよ」

 

「へ?」

 

 人の心が、そんなに美しいか。

 

 ……なら私の『本心』は、何色に光って見える?

 

「その勝負とやらで私が勝ったら、お前ら2人の『右手首』を貰おう」

 

「これは『契約』だ。勝負を無理矢理行うというのなら、拒否は認めない」

 

 人の本性など、汚くて残酷で、身勝手なものだ。

 

 全てを晒け出すのが正しいと言うのなら、晒け出してやろう。

 

 だが、すべての人の本性が晒け出される世界なんて、私はこれっぽっちも見たくは無いがね。


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