今は8月の初旬、夏休みも中盤を迎えて、全国の学生が『まだ慌てるような時間じゃあない』と現実から逃げるのにちょうど良い季節だ。
私か?私は課題は計画を立てて急がず焦らずゆっくりと終わらせる派なので今は大体3分の2位が終わっている程度だ。
まぁそんな季節だが、私たちのグループにはある動きがあった。川尻が『折角だから思い出作りをしよう!』と言ってキャンプの計画を持って来たのだ。
キャンプと言えば小学生の頃に母親に行かされた林間学校を思い出したが、何の因果かその林間学校の手伝いのボランティアをやろうと言うことだった。なんでも『千葉村で林間学校の手伝いをすれば場所代もご飯代もタダ』らしい。交通費だけでキャンプが出来て、更に内申点を貰えるという話だそうだ。
個人的には千葉村での林間学校は小学生の頃毎年のように行っていたので行くなら海が良かったが、戸塚と川崎が食いついたので意見を言うまでもなく決定してしまった。
戸塚も川崎も『友達とお泊り』と言うイベントを経験していないらしく、経済的に厳しい川崎にとって場所代も飯代もかからないと言うのが魅力的だったのだろう。しかも学校が募集しているボランティアなので戸塚も部活をちゃんとした理由で休むことができる。とんでもなく都合が良かったのだ。
因みに川崎はバイトの事件の後、両親に謝罪し大志も含めて家族会議を行いスカラシップを申請する事に決め、この前晴れて受理されたらしい。そして川崎は思うところがあったのか、遊びの誘いに積極的に乗るようになった。おそらく両親にも何か言われたのだろうな、前のままだったら今回のキャンプも『小さい子の面倒を見なければいけない』とか言って断っていたと予想できる。
そしてキャンプの事を小町に話した所、
「キャンプでしょ?小町も行く事になってるよ」
と返された。
何故にと聞くと、川尻から誘いを受けたとの事。ボランティアの募集が『中学生・高校生』となっていたらしく、『総武校に合格する為にも内申点が欲しい』だそうだ。勉強は私が全力を持って教えているので成績は結構伸びたと思うが、まだ安全圏には達していないので不安なのだろう。ま、多分受験勉強から逃げたいだけだと思うがね。ボランティアと言っておけば塾の夏期講座も休むことができるだろうし。
そんな私も正直結構楽しみにしてはいる。小学生の頃は他人など1ミリも信用する気はなかったし、中学生の頃は友人がいなかったので『友人との泊りのキャンプ』と言う物はなかなかそそられるものがあるのだ。小学生が居るのは少々面倒だが、ぶっちゃけ放っておいても問題は無いだろうし、仮に
1つ懸念があるとすれば、おそらく引率が平塚先生だと言うくらいか。そこも放任主義のきらいがある平塚先生だ、問題を起こさない限り問題はあるまい。……何か嫌な予感がするが、平塚先生くらいならなんとかなるだろう。
そんなこんなで私たちはボランティアをする事に決め、それに向けて準備やらなんやらをやって来て漸く千葉村に来たわけだが……
「…………」
「やあ!比企谷君じゃあないか!君たちもキャンプに?」
「おー!比企谷君じゃん!ヤッベー!オレ前から比企谷君と仲良くなりたいと思ってたんだよね!」
「え⁉︎戸部っちその話詳しく!どこら辺を見て惚れたの⁉︎まさかのとべはち、いやこれは誘い受け⁉︎」
「そーゆー話な訳無いでしょ。擬態しろし」
あ、ありえない……こんなことがあって良いはずが無い……
「え、ヒッキー⁉︎もしかしてヒッキーたちも合宿?一緒に頑張ろうね、ヒッキー!」
「あら?比企谷君がボランティア活動なんてするとは思えないのだけれど。どういう風の吹き回しかしら?」
し……しまった……
そうだ……『学校募集のボランティア』……誰か同じものを見ていないという確証がどこにあるというんだ……
それに『奉仕部』……普通に考えるとボランティア活動をする部活だと思うはず……建前としてボランティアをやっているということか……
くそ……少し考えれば気付きそうなものだ……こんな奴らと二泊三日か……
……しかし、考えてみるとそこまで酷い状況でも無い。阻止しなければならないことといえば三浦や雪ノ下に目を付けられることと由比ヶ浜と2人きり(若しくは戸塚と3人)になる事くらいで、小学生の引率や自由時間程度でボロを出すような私ではない。
ただ少しテンションが下がったがな……いくら私と言えども『自分たちが中心的存在』だと言う自負がある連中をコントロールするのは面倒だし、全員を完全にコントロールするのははっきり言って無理だ。休みの日までこんな奴らを気にして生きなければならないのか……
チッ、腹いせに仕事を葉山に押し付けてやる……
「比企谷君、聞いているのかしら。人と話しているときに考え事をするのはどうかと思うのだけれど」
「ああ、悪い。ボランティアと言うか、俺らも葉山たちと同じく林間学校の手伝いをすればタダでキャンプが出来ると聞いてな。戸塚が部活をしているから、みんなでキャンプをするにはコレが絶好のチャンスだったからさ」
「……そう。くれぐれも迷惑をかけないようにね」
……?若干避けられ気味か?好都合だが、てっきりこいつは自分と違う考え方には真っ向から反発するタイプだと思っていたのだが……
雪ノ下と軽い会話をしていると、何故か目をキラキラと輝かせた小町が寄ってきた。
「ちょっとちょっとお兄ちゃん。誰よあのすっごい可愛い人。まさかの新たなお嫁さん候補?」
「……そんなわけないだろう。あれが雪ノ下だ。ホラ、前に話しただろ?」
「あー、お兄ちゃんが犯行予告したって言う?」
「人聞きの悪いことを言うな。私はただ2度と関わり合いにならないように布石をだな……」
「ハァ……これだからごみいちゃんは……んで、もう1人の茶髪でおっぱい大きい人は?」
「ん?あれは木炭クッキーの由比ヶ浜だ」
「へぇ〜あの人が。いや……んー?どっかで見たような……」
何やら意味深なことを口にしている。影響を受けたりしないでくれよ?小町は時々頭悪そうな雑誌を読んでるからお兄ちゃん心配だよ……
それはそれとして、川尻が若干気まずそうにしている。自分たちだけだと思っていたのが葉山たちや雪ノ下が居て、言い出しっぺとしては気まずいだろうな。
「……なんか思ってたより大所帯になったな」
「よく考えれば募集をかけられてたんだから私たちだけだっていう保証もなかったのよね……ゴメンね」
「いや、良いよ。葉山くんたちなら話したことないわけじゃあないし、別に問題ないでしょ」
「そうだね。折角なんだから気にせず楽しもうよ」
川尻は未だ表情が晴れないが、どちらにしろ私たちもそれなりのグループであり、こう言った事態を上手く受け流すのは容易だ。葉山のグループなら空気を読んで私たちだけで楽しんでいれば放っておくはずなので実質問題は皆無である。
どちらかと言うと葉山たちの方がもっと気まずそうだ。それもそのはず、三浦の天敵である雪ノ下がいるからな。葉山は気にしている素振りはないが、由比ヶ浜や戸部辺りがソワソワしている。変に争われてこちらまで飛び火、と言うのはやめて欲しい所だ。
「よし、全員集まったようだな高校生諸君」
まあ予想はしていたが、引率は平塚先生だ。問題はないと思っていたが、引率が平塚先生だと予想した時点で奉仕部という可能性について考えるべきだったな……
「えー、私が今回のボランティアで君たちの引率を務めることになる。わかっているとは思うが、節度ある行動をとること。ハメを外しすぎるなよ」
「小学生から見たら君たちは立派な大人だ。子は親の背を見て育つというように、彼らは君たちを見て行動するだろう。問題行動……特に不純異性交遊は絶対にしてはいけない。わかったな」
「「「ハイ!」」」
確実に私怨が混じっているが、まあ言ってる事は普通の事だ。この性格が親しみやすいのか軽く見られているのか知らんが、この先生やけに人気があるから困ったもんだな……
「それではオリエンテーリング、始め!」
小学校の先生の号令で生徒たちが動き出す。今回の私たちの仕事は彼らのサポート、もとい安全確保の為の監視だ。その他トラブルが起きたら私たちがなんとかしなくてはならない。はしゃぎ過ぎて怪我を負ったヤツを介護し先生たちの所まで送り届ける事や、コースアウトしそうなグループを止める事などが仕事として挙げられる。
まぁどうせ小学生だ。自分たちの楽しさ最優先ではしゃぎ回るだろうし、ちょっと怪我したくらいで注意するのも面倒だ。平塚先生ではないが、放っておいても特に何も言われはしないだろう。
「ほら、もう大丈夫。ただのアオダイショウだから毒も無いし、何もしなければ噛まないよ」
「きゃーすごーい!」
「お兄さんよく触れるねー!」
「はは、これくらい平気さ」
それに、小学生女子は『金髪の爽やかイケメン高校生』をご所望のようだしな……男子は寧ろ干渉されるのを嫌うだろうし、私たちが動く必要は皆無だ。早速葉山が役に立った、葉山たちや雪ノ下を上手く使うことが出来れば、結構いいキャンプを満喫することができる気がする。
「……お兄ちゃんお兄ちゃん!」
「どうした小町?」
「マズいよ!あのイケメンを相手にしたらお兄ちゃんの勝ち目ゼロだよ!」
「……それがどうした?」
「ハァ……もっとやる気だそうよ。しのぶさん取られちゃうよ?」
「心配しなくても私は八幡くん一筋よ、小町ちゃん」
「お、お姉ちゃん……!」
「……その寸劇やる意味あるのか?」
「あはは……」
全く……ん?あれは……
「……」
ほう、いじめられっ子……と言うか、ハブにされているのか。なんとなく容姿が雪ノ下に似ている気がするが、まあ関係は無いだろう。容姿を妬まれてハブにされているようには見えないし、コミュニケーションが苦手なタイプか何かだろうな。
雪ノ下は早くも気付いている……由比ヶ浜と、葉山もか。意外だな。
ま、微塵も興味はないがね。
オリエンテーリングも無事終わり、昼飯は飯盒炊爨でカレーを作る。
「八幡くん、それ取って」
「ほらよ」
「ありがと」
小学生たちはグループ毎に分かれてカレーを作る訳だが、小学生だけで包丁を持つのは危険だという事で私たちが手伝いをしている。私の頃は普通に小学生だけで作った記憶があるが、最近は過保護だな。しょうがないといえばしょうがないが。
「……」
「カレー、好き?」
ふと声がした方を見ると、葉山があのぼっち少女に話しかけていた。
……ま、葉山ならそうするだろうな。流石と言うか、やはりと言うか……放っておいてやればいいのに。年上に気にかけられても惨めなだけだ。事実彼女は顔を顰めている。
「別に。カレーとかどうでもいい」
「あ……」
走り去る彼女を見て、彼女と同じグループの女子たちがせせら嗤う。周りから下に見られ馬鹿にされ……まったく、こうはなりたくないものだ。馬鹿にする側にしてもされる側にしてもな。
「えっと……」
「ねーお兄さーん!こっち手伝ってー!」
「あ、うん……じゃあ折角だし、何か隠し味入れようか。何か入れたいものある人ー!」
葉山にしても、『孤立しているから、とりあえず声をかけてみた』という感覚なんだろう。即座に他の小学生の相手をすることに切り替えたようだ。この場ではそれが正解だな。深追いをしてイジメが過激化しでもすれば目も当てられん。
「八幡くーん!ちょっと来てくれるー?」
「はいはい、今行くよ」
「大丈夫かな……あの子」
無事に私たちの仕事が終わり、夕食を食べ終わった後に由比ヶ浜が呟く。『あの子』とは、虐められていた『彼女』の事だろう。
「何か心配事でもあるのか?」
「ちょっと孤立気味の子がいたので」
葉山も気にはしていたようだ。ただ孤立しているから助けたいという正義感なのか、先ほど声をかけてもどうにもならなかったことに対する意地なのか、あるいは無力感からくる使命感か……
「それで、君たちはどうしたい?」
「……俺は、可能な範囲でなんとかしてあげたいです」
「可能な範囲で、ね……」
「ッ…………」
「貴方には無理よ。そうだったでしょう?」
……険悪なムードを作るな、胃に悪い。どうせ今回限りの付き合いなんだから気楽にやれば良いのに。
「先生、これは奉仕部の活動内容に含まれますか?」
「林間学校のサポートスタッフを奉仕部の活動の一環としている訳だから、原理原則としては含まれるだろう」
「そうですか。ならば彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」
雪ノ下も何やらムキになっているようで……青春するのはいいが、そう言うのは仲間内だけでやってほしいものだな。あらゆる手段ってなんだ?物騒な。
「反対のものはいるかね?…………よろしい。ではどうしたら良いか、君たちで考えたまえ。私は寝る」
おい奉仕部顧問。少しは責任を持とうという気はないのか?顧問でなくてもウチの責任者だろうに……
まあそれから会議が始まったが、特に良い案は出ない。『あの子可愛いから可愛い子同士つるめば良い』だの『趣味に生きよう』だのとそれっぽい案は出るが、決定には至らない。
「やっぱりみんなで仲良くする方法を考えないとダメか」
そう葉山が口にするが、
「そんなことは不可能よ。ひとかけらの可能性もありはしないわ」
雪ノ下が否定する。こいつに突っかかるのはリスクが大きすぎるから放っておくが、これではいつまでたっても終わらないな……
「ちょっと、雪ノ下さん?あんた、何?」
「何が?」
「その態度。せっかくみんなで仲良くやろうとしてるのになんでそういう事言ってる訳?別にあーし、あんたのこと好きじゃないけど、楽しい旅行だからって我慢してんじゃん」
やはりこうなるよな。どうせどこかで起こると思っていた雪ノ下と三浦の衝突が起きた。両方とも自己中心的だからな……
「まあまあ、優美子落ち着いて」
由比ヶ浜がフォローするが雪ノ下も納める気がないらしく、
「あら、意外に好印象だったのね。私はあなたのこと嫌いだけど」
……なんで雪ノ下はこうも喧嘩っ早いのか。
「ゆきのんも抑えて抑えて」
「ちょっと、ユイー?」
「あなたはどちらの味方なのかしら?」
2人の板挟みにされている由比ヶ浜がかわいそうに見えてくるから不思議だ。
「え、えっと……そうだ!ヒッキーたちは何か案はない⁉︎」
……こっちに話を振ってくるのか……この険悪な雰囲気の中話を回されるこちらの身にもなってくれよ。
「そうね。比企谷くんはどうするのかしら?」
「そー言えば何も喋って無かったよね?あんたはどうすんの?」
ハァ……私の意見?決まってるだろそんなこと。
「そうだな……
何も決まってないなら、取り敢えず葉山の案で良いんじゃあないか?」
「「⁉︎」」
雪ノ下と由比ヶ浜は驚いたような顔をし、逆に三浦は勝ち誇ったような顔をする。葉山は何かホッとしたようで、川尻たちは私の次の発言を待っているようだ。小町は……何か諦めたような顔。これだけは少し心が痛む、悪いな小町。だがお前は私の味方をしてくれるだろう?
「なんだ〜良いこと言うじゃん比企谷!」
「どういうつもりかしら比企谷君。貴方考え無しに言っているんじゃあないでしょうね」
考え無し?バカを言うな。私が1番よく物事を考えているさ。
「いや、みんなで話し合って仲良くなれればそれで良し。そうでなくてもイジメるのは気まずい、って雰囲気になるだろ?確か今回来てるのは6年生だったよな?」
私たちの事をな。小学生がどうなろうと知ったことじゃあない。過激化するなり仲良くなるなり勝手にしてくれ。
「イジメがなくなるのが1番だが、ダメでも来年中学で友達ができればそれで良いじゃあないか。気まずくはなるかもしれんが、そこは我慢だ」
恐らくイジメは無くならない。小、中学生は『チクリ野郎』と言う人種を毛嫌いするからな。どうせ徹底的に無視されるか、イジメが過激化するだろうさ。
「俺らのグループはみんな違う中学からきている。でも今は親友と呼べる友達なんだ。その子にも、きっと良い友達ができるさ」
イジメが過激化すれば人を信じられなくなり、同じ中学に進んだ奴らに『新しい友達』とやらが加担してもっと酷くなる。当然、友達を作る難易度は跳ね上がる。こんな所で泣き言を言うようじゃあまず無理だ。
「さっすが比企谷君!良いこと言うべ!」
「あーしらも同じ中学ってわけじゃあないし、あの子可愛いから絶対新しい友達と仲良くなれるっしょ?完璧じゃん!」
「……そうだな。仲良くなれなくても、新しい友達ができれば結果オーライか」
葉山グループは味方につけた。雪ノ下もわかっているだろうが、結局のところ数が多い方の意見が通るんだよ。
「そうとは限らないわ!そんな事をしても……」
「雪ノ下さんだって由比ヶ浜と出会ったのは高校からだろ?2人は仲良いじゃないか。ならあの子だって大丈夫さ」
「ッ……!」
否定できないよな?何故ならやっと出来た友達を否定することになるんだから。由比ヶ浜と一緒にやる奉仕部活動は楽しかっただろう。なら黙ってその環境を享受していろ。
「じゃあ、もう遅いし解散にしようか。具体的に何をやるかは明日にしよう」
葉山の言葉で解散になる。雪ノ下は悔しそうに俯いているが、この際雪ノ下は切り捨てよう。どうせ関わる機会は同じクラスである三浦より圧倒的に少ないのだから、雪ノ下につくよりは何倍もマシだ。
あの少女は見捨てる。見知らぬ小学校のイジメなど毛ほどの興味も無いしな。中学校ではいい友達に恵まれる事を祈っているよ。
ま、どうでも良いがね。
吉良八幡は善人などではなく、『身内以外はどうなろうが知ったこっちゃ無い』という考え方です。
原作八幡の策を自分以外の誰かを犠牲にして平気で行える奴です。