比企谷八幡は平穏な生活に憧れる   作:圏外

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なんかキャラ崩壊している気がしますが、八幡的黒歴史製造って事で1つ


川崎姉弟・その2

《ホテルニューオオタニ幕張前》

 

「……」

 

「……」

 

「ここだ……どうした?何をそんなに固まって……」

 

「いや固まるでしょ!学生がバイトするところじゃあ無いわよここ!」

 

「オイオイあんまり大声出すなよ。と言うか呼び出した時点で大体分かってたろ」

 

「いや確かに……でも流石にねぇ……」

 

 

今私たちは千葉市内のグランドホテルの前にいる。服装は私と戸塚がスーツ(親父から借りた)、川尻が白を基調としたアフタヌーンドレスだ。

 

 

いつもはLINEで手短に伝えるが、格式高い店だという事なのでメールで『ドレスコードのある店に行くからそれなりの格好してきてくれ』と頼んだのだ。まあその時点で学生が行けるようなところじゃあないのは目に見えていたから大丈夫だと思っていたが、実際来てみると萎縮してしまったらしい。

 

 

「それにしても、何か就職活動でもしてる気分になるなこれ。川尻のは結婚式とかで着るアレか?」

 

「え?ああ、お母さんに『ドレスコードをパスできる服持ってる?』って聞いたらこれ貸してくれて……じゃなくて!嘘でしょ⁉︎沙希こんなとこでバイトしてんの⁉︎」

 

「調べた所、千葉県内で『エンジェル』から始まる店名の今年の4月時点でバイト募集してた店がここのバーとあと1つしかなくてな。んで、こっちの方が時給が高いからこっちだと……」

 

「いやいやいや……いくらなんでもこんな所でバイトするかなぁ……?」

 

 

ぶっちゃけそう思うし私も一瞬悩んだが、金に困ってるならこっちだろう。一応学生でも『応相談』だったので働くことは出来るし、時給もかなり良い。川崎は顔立ちも良いし、採用には問題は無いと思われる。

それに……

 

 

「もう1つってのが『えんじぇるている』って言うメイド喫茶だったんだが……川崎がやると思うか?」

 

「思わない」

 

「即答だな……いや俺もそう思ったけど」

 

 

もう1つは絶対に無い。いくら金が無いからといってメイド喫茶は絶対に無い。時給もそこらのコンビニあたりと変わらんし、あいつがメイド喫茶にバイトの面接に行く所など想像出来ない。

 

 

「とにかく情報からしてここのバーで間違い無いだろう……一応言っておくが、注文はジンジャエールとか頼んでおけよ」

 

「マジ?マジにここに入っていくの?と言うかこーいうトコのジンジャエールとかってちょっとしか入ってないのに2000円位するんじゃあない?」

 

「調べた所ジンジャエール500円だったぞ。あ、言い忘れてたけどここのバー最上階にあるから」

 

「なんでそんなこと言うの⁉︎余計怖いわよ!席に座っただけでお金とか取られないでしょうね……?」

 

 

お前の中のバーのイメージ、ぼったくりバーで固定されてるのか?こんなホテルの最上階のバーがぼったくりバーな訳ないだろう……

 

 

因みに戸塚は私たちが喋ってる間ずっと縮こまって固まってた。……コレ、私が1人で川崎を説得するしかないのか……?

 

 

 

 

 

 

《エンジェルラダー~天使の階~》

 

 

バーの中に入ると、格式高い空間が広がっていた。

 

 

仄かな灯りが周りを包み込み、ドレスを着たピアニストがBGMを奏でている。それに如何にも上流階級らしき客もチラホラ、どう見ても高校生が来て良い場所じゃあない。

まあそんなに長居するつもりも無いので問題は無い……

 

 

「………………うぅ……」

 

「お、おち、落ち着くのよ私、大丈夫大丈夫、堂々としていれば大丈夫……大丈夫……」

 

 

何だろう、やけに不安だ。

 

 

戸塚は顔を青くして震えてるし、川尻は何か呪文のように呟きながら俯いている。

 

 

「ほら、行くぞ。みっともないから顔を上げて顎を引け」

 

「あ、うん……」

 

 

因みに今のが戸塚のここに来てから初めての発声だ。未だに顔色は悪いが一応気をつけの姿勢で顎を引いている。借りてきた猫のように縮こまってはいるがね。何か最初の頃のカマクラを思い出すな……

 

 

そんなことを考えていると、バーのカウンターでグラスを磨いている川崎を見つけた。

 

 

すると川崎も私たちを見つけたようで、顔が驚愕に染まる。何故ここに、バレたらまずい、どうしよう、みたいなことを考えてるのが容易に想像できる。

 

 

とりあえず私は震えてる2人を連れて川崎の前に座る。2人は川崎を見るなり少しホッとした表情を見せた。それを見た川崎は気まずそうな感じだ。

 

 

「…………ご注文は?」

 

 

一通り悩んだ末、注文を聞くことにしたようだ。カウンターを離れないところを見るに、どうやら話をする覚悟はできたらしい。

 

 

「ジンジャエールを」

 

「じ、ジンジャエールを……」

 

「…………」

 

「…………畏まりました」

 

 

戸塚は注文を失敗した。小動物系ってこういうのを言うんだろうな……中々に面白い、今度このネタでからかってやろう。

 

 

「ふぅ……なあ川崎、話を聞かせて貰っても良いか?」

 

「……どうしてココが?家族にすら教えてなかったはずなんだけど」

 

 

注文したジンジャエールが2人分届いたので、川崎の説得に入る。川崎は表情を硬くしているが、焦っているのがバレバレだ。

 

 

「お前の弟がウチの小町と同じ塾に通っていてな、小町が相談を受けて俺らまで伝わったんだ。お前の弟曰く『エンジェル何とか』から電話があったらしいぞ?んで、いろいろ調べたらココしかないと分かった訳だ」

 

「大志か……それでも私はバイトを辞める気はないよ。コレはウチの問題だからさ、悪いけど関わんないてくれる?」

 

「……だからと言って引き下がる訳にはいかないでしょ?学生がこんな遅くまで働くのは条例で禁止されてるわ。もし見つかったら停学か退学に……」

 

「そんなドジは踏まないよ」

 

 

取り付く島もないな……もちろん予想はしていたがね。もとよりココで決着がつくとは思っていない。

 

 

「……なあ、お前が働く理由って、学費だろ?」

 

「ッ…………それも大志?」

 

「いや、勝手な予想だ。当たってたようだけどな」

 

 

まずは川崎をどこかへ連れ出すこと。

こんな所で説得なんて迷惑なことはできないし、下手すりゃ学生がいると通報される可能性もある。今の時刻は10時半ほど、見つかって補導されようものなら川崎関係なく大問題だ。長くここにいる訳にはいかない。

 

 

「家の経済状況は厳しいが、大学には行きたい。でも弟たちの学費のことを考えると金は足りない。ならば自分の学費くらいは、って所か?実際は弟と自分の予備校の費用くらいは、だと俺は思ったが」

 

「……だったら何?あんた達に何が出来るの?心配してくれてるのはわかる。けどさ、あんまり家の問題にまで口出さないでよ……!」

 

「沙希……」

 

「川崎さん……」

 

 

3人とも辛そうな顔をしているな。そりゃあそうか、大切に思っている人に助けを求めることが出来ないのも、助けることが出来ないのも辛いだろう。それはよく分かる。

 

 

「……ここじゃあ店にも迷惑がかかるし、あまり俺らも遅くまで居られない。悪いが明日の朝6時半に通り沿いのマックに来てくれ」

 

「え?ちょ、八幡君?」

 

「……あんたに何が出来るっての?私は私なりに……」

 

「川崎」

 

「……何?」

 

「直接は何もできなくても、負担を減らす事ならできるし、その為の策をみんなで考える事も出来るだろ」

 

「…………」

 

「助けを求めるのは辛いかもしれないけど、求めて貰えないのも同じくらい辛いんだよ。大志も、みんなもお前が大切なんだ。もっと頼ってくれよ、友達だろ?俺たち」

 

「……あんた、よくそんなこっぱずかしい事言えるよね。いつもぶっきらぼうな癖に」

 

「うっせ。とにかく明日の朝6時半にマックだ。こなかったら怒るからな。あ、お代ここに置いとくから」

 

「……ハァ、分かった。6時半ね」

 

 

良し、約束は出来た。コレでここには用は無いな。川崎もさっきまでの重苦しい表情ではなく、呆れたような笑みを浮かべている。約束を破る事は無いだろう。

 

 

「ホレ、もう帰るぞ。何時までも固まってるんじゃあない」

 

「あ、うん……私の分のお代は……」

 

「さっき払ったよ」

 

「えっと……ゴメン、ありがとう」

 

 

……それにしても、今日は8時間睡眠は無理そうだな……ハァ、私の健康な生活が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……し、死ぬかと思った……大丈夫だよね?何か足の感覚がおかしいんだけど……」

 

「戸塚……お前テニスではあんなに強気なんだから少しは……」

 

「ごめん……実は私も……あんなに味がしないジンジャエール初めて飲んだ……」

 

「お前ら……」

 

 

 

 

 

《次の日・通り沿いのマック》

 

 

「そうよ、コレよコレ。こー言うジャンクな空間こそ高校生にふさわしいわ」

 

「うん、その通りだよしのぶちゃん。今となってはマックが何か凄い安心感を与えてくれるような気がするよ。流石マック。マック最高」

 

「……お兄ちゃん、昨日何があったの?」

 

「何も聞くな、何も」

 

 

どうやら2人には若干のトラウマを植え付けてしまったようだ。将来ああいう店に行く時に何か問題がなければ良いが。

 

 

「……で、八幡さん。姉ちゃんは……」

 

「まあ待て、そろそろ来るだろ……お、来たみたいだぞ」

 

 

川崎が店に入ってきて、私たちの方に気づいた。川尻たちを見て怪訝な表情をしているが、川崎弟を見ると顔を歪めた。

 

 

「大志……」

 

「姉ちゃん……またこんな遅くまで……」

 

「……あんたには関係無い」

 

 

川崎の声には力が篭っていない。バイトの疲れもあるんだろうが、それよりも気まずさがあるのだろう。やはり家族には弱いタイプだったようだな。

 

 

「関係ないわけ無いだろ!……俺たちの気持ちも考えろよ……どんだけ心配させれば気がすむんだよ……」

 

「……私、大学行くつもりだからさ。その事で親にも大志にも迷惑かけたく無いんだよ……だから」

 

「あの、ちょっと良いですか?」

 

 

川崎姉弟の言い合いに割って入ったのは小町だ。

 

 

「うちも両親共働きなんですけど、小学校の頃、家に帰っても誰もいないのが嫌で、家出したんですよ。その時両親じゃなくてお兄ちゃんが迎えに来てくれたんですけど……」

 

「……結局、何が言いたい訳?」

 

「そのですね、その頃はお兄ちゃん、グレてたって言うか何ていうか……本当に誰にも本音で話してなくて、まぁ小町は何となくわかってたんですけど、お父さんと遊んでる時もやけに無理してはしゃいだりですね……」

 

 

……あぁ、そんな頃もあったか。懐かしいな。

 

 

「多分今と変わらないくらい大人だったんですよ、お兄ちゃん。小町もそれとなく探ってたんですけど、お兄ちゃんは1人で何でもできちゃうし、中々心を開いてくれなくて……すっごい辛かったんです。お兄ちゃんが無理してる事が分かってるのに、何もできなくて……」

 

「近くに居るのに本当の事を話してくれないのは、本当に辛いんですよ。だから小町はこんなシスコンで小言がうるさくて、いつでも本音で喋ってくれるお兄ちゃんが大好きなんです。あはは、立派なブラコンですね、私」

 

 

耳が痛いな、私は川崎に言える立場じゃあない。小町がいなければ、こいつらの事すら一切信用せず外面的な付き合いしかしていなかっただろうな。それどころか、

 

 

自分に負けて、誰か『殺して』いたかも知れない。

 

 

本当に、小町には頭が上がらないよ。

 

 

「………………」

 

「だから沙希さんも、もっと本音で話しても良いんじゃ無いかなーって。そっちの方が、下の子的には嬉しいんですよ」

 

「……姉ちゃん、確かに俺は頼りないかもしれないけどさ、せめてサポートくらいはさせてくれよ。比企谷さんが言った通り、辛いんだよ」

 

「そういう事だ。ホレ」

 

 

私は書類を川崎の前に差し出した。

 

 

「……何これ」

 

「予備校の費用を削減する為に調べた。1番安くなるのが駅前の代々木ゼミナールでスカラシップとる事だな。成績が良くなきゃ出来ないけど、川崎の成績なら問題無いだろ」

 

「……スカラシップ?って何?」

 

 

やっぱり知らなかったか。事前に調べればすぐに分かる事だろうに。焦りすぎて周りが見えてなかったのか?いつもは冷静なんだがな。

 

 

「予備校の特待生制度みたいなもんだ。成績優秀者の授業料を免除できる制度だよ。予備校側も優秀な生徒を引き入れて実績を作りたいからな」

 

「……そんなのあるんだ」

 

「ああ、一応さっき言った代々木以外にも通える範囲でいろいろ集めてみたから、家族で検討してみてくれ。それでも金が足りないってんならもう何も言わないが、1人で抱え込むなよ」

 

「私たちも沙希の負担を減らせるように頑張るから!」

 

「僕じゃ頼りないかもだけど、それでも力になるよ!」

 

「……みんな……」

 

 

もう大丈夫だな。川崎弟が置いてけぼりな気もするが、知らん。小町に手を出そうとした報いだ。

 

 

「そんじゃ、学校行くか」

 

「そう言えばみんな一緒に学校行くのって初めてだよね。下校は結構あるけど」

 

「じゃあ今日は帰りも一緒ね!沙希、大丈夫だよね?」

 

「え?ああ、今日はシフト入ってないから……」

 

「それじゃあ帰りにサイゼ寄って勉強会しよ。この前はあんまり出来なかったからね」

 

「……そう、ごめんね。迷惑掛けて」

 

「聞こえない聞こえない。ホラ、早く行こ」

 

「……うん」

 

 

ふぅ、もう本当に心配はいらないようだ。川崎も少し丸くなったか?絆が深まったというのかな、コレは。

 

 

今日は安心して熟睡できそうだ。昨日は資料を集めたりで結局あまり熟睡できなかったからな……もうこれっきりにしてくれよ?全く……

 

 

 

「……ねぇ、比企谷」

 

「何だ川崎?みんなもう外に出てるぞ。お前も……」

 

「……ありがと」

 

 

……ま、偶にはいいか、1日くらい。

 

 

「……気にすんな。いつでも頼ってくれ」

 

「フフッ、頼りにしてるよ」

 

 

大切な友人の為だからな。夜更かしなんて安い安い。




作者の心と行動に一点の曇りなし
私は『サキサキ派』だ。

あ、やっぱ小町も好きです。

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