「……」
「……フン!」
「……なぁ、そろそろ機嫌を直してくれても良いんじゃあないか?と言うか、この件は俺が悪いの?違うだろ、勝負ふっかけてきたのは」
「八幡八幡」
「ん?なんだ戸塚」
「そっちじゃあないよ」
「……え?じゃあ何なんだ?テニスの件でさえ怒られるのは理不尽なのに、他になんかやったか?心当たりがないぞ」
「え〜っと……ゴメン、実は……」
「?」
「ちょくちょくテニスの練習に由比ヶ浜さんが来てること、ついうっかり……」
「なにィ〜〜⁉︎」
め、面倒な……あの『プッツン由花子』ほどではないにしろ……『女の嫉妬』……これほど厄介なものなどそうそうないと言うのに……
川崎は『我関せず』の姿勢を貫いているし……私が……何とかするしかないと言うのか……
私はなにも悪くはないのに……
「い、いや……違うんだよ……ただ、えーと、ホラ!テニスコートの近くに自販機があるだろ?あれに来た由比ヶ浜が時々……」
「フン!誤魔化そうったってそーはいかないわ!どーせ私はペチャパイよ!」
「マジに違うんだって……と言うか由比ヶ浜みたいな派手目のヤツは好みじゃあ無いし……」
「ま、それもそうね」
コロッと態度を変える川尻に私と戸塚はズッコケた。
「お、お前な……」
「からかってただけよ。と言うか別に付き合ってるわけじゃあ無いんだし、怒るのも『御門違い』ってやつでしょ?ま、付き合うのならいつでも大歓迎だけど?」
「ハァ……心配して損した……」
「それはそうと、そろそろ職場見学があるじゃあない?八幡君、何処に行くか決めたの?」
こ、こいつ……話をすり替えやがって……
いや、落ち着け……別に怒るほどことじゃあない……ただの『じゃれあい』だ……
「この野郎……はぁ、職場見学ねぇ……」
職場見学……実に意味がない行為だと思う。将来を見据えて学習に取り組め、という理屈はとても良くわかるが、そんなことをしようがしまいがやる奴はすでに将来を見据えているし、やらない奴は何時まで経っても将来何ぞ見ようともしないだろうさ。
「今の所特に無いかな……普通にカメユーあたりで良いんじゃあないかと思ってるけど」
「やっぱり夢がないわねェ〜〜。みんなは?」
「僕は八幡と一緒で良いかな。まだ将来とかわかんないし」
「私はしのぶと一緒で良いよ」
「私と一緒ねぇ……私も特に決まってないのよね。職場見学の紙に『自宅』って書くわけにもいかないし……」
「自宅?なんで自宅なんだ?」
「そりゃあもちろん八幡君と結婚して専業主婦になるって事よ」
「よくもそんなこっぱずかしい事をスパッと言い切れるもんだな……」
私の将来か……個人的には県内で名前が売れてる程度の会社の平社員か係長辺りで一生を終えるのが望みかな。
結婚はどうなんだろうな……
「そう言えば今回の職場見学、『三人一組』だったよね。どうしよっか」
「うち4人グループだしねぇ……」
「とりあえず男女で2人ずつに別れれば良いんじゃあない?それが1番無難でしょ」
「まぁそれで良いわよね。八幡君、あと1人空きがあるからって由比ヶ浜さんと組んだりしたら本当に怒るわよ」
「組まないさ……由比ヶ浜も三浦たちと女子3人グループ組むだろうし……」
そこらで適当に余ってるやつと組めば良いか。クラスが3人で割り切れる人数だから、どこぞで弾かれて余る奴がいるだろう。
《放課後・奉仕部side》
「ねえゆきのん。職場見学って、どこ行くか決めた?」
「私はシンクタンク等の研究施設に行くつもりだけれど」
「さすがゆきのん。やっぱもう決めてるんだ……」
「由比ヶ浜さんは何処へ行くつもりなのかしら?」
「あはは……まだ決めてないんだよね……でもパン屋さんとか行ってみたいかも」
「由比ヶ浜さん、貴女は食品を扱う店には行かないほうが良いと思うわ。場合によっては前科者になるわよ」
「ゆきのんあたしのことなんだと思ってるの⁉︎」
奉仕部は現在雪ノ下と由比ヶ浜、2人の部活だ。実際は部活の規定人数は3人以上なので同好会扱いなのだが、部費を必要としない活動内容なので特に不自由はしていない。更に平塚先生と言う顧問も付いているので、他の同好会よりは良い立場にいる。
「まあ由比ヶ浜さんの料理の腕は良いとして、貴女将来の展望とかは無いの?」
「えー?まだまだ先の事じゃん。それより一度しか無い高校生活を楽しんだ方が良くない?」
「高校生活を謳歌するのは悪い事ではないけれど、同時に将来のことを真剣に考える時間でもあるわ。大人になってからじゃあ遅いのよ」
「うっ……で、でもあたし勉強とか向いてないし……」
「向いてないじゃあ済まないのよ。仮に専業主婦になるとしてもこのご時世共働きが普通なのよ。それに相手の職業も考えたらそれなりの……」
「あーもう!ゆきのんお説教多いよ!もっと楽しもうよ、高校生活を!青春だよ?それこそ大人になってからじゃ遅いんだよ?ゆきのん結婚向いてなさそうだし!」
「ぐっ……貴女なんてことを……まあ良いわ。とにかく将来の事はよく考えた方が良いわよ」
「はーい……」
由比ヶ浜は生返事をしつつ携帯をいじり始める。雪ノ下はため息をついているが、いつものことかと思い、文庫本を読み始める。
「ん……」
携帯をいじっていた由比ヶ浜が顔を顰めて少し声を出し、雪ノ下はそれにすぐに気付いた。
この2人、まだ1ヶ月半程だが2人きりでいただけあり、互いの変化にはすぐに気付くようになっていた。
「由比ヶ浜さん、どうかしたの?」
「いや、ちょっと変なメールが来たからうわってなっただけ」
雪ノ下は迷惑メールか何かだと思い、そう、
とだけ返してまた本を読み始める。
今まで携帯をいじっていた由比ヶ浜はそういう気分じゃなくなったようで、携帯をバッグに戻した。
「ゆきのーん」
「どうかしたの?」
「ひまー」
「さっきみたいに携帯をいじって居れば良いじゃあない。何なら私の本を貸すわよ?」
「いやそうじゃなくて……依頼来ないかなーってさ」
「依頼なんて本来ない方が良いのよ。ここまで来るってことは本当に切羽詰まっている人なのだし」
「でもさー……もういっそ材木座くん?で良いから来てくんないかなー」
実際、由比ヶ浜が入部してからあった依頼(訪問者とも言う)は一件のみである。それが材木座義輝の『取材』であった。
「私個人的にはあんなに根掘り葉掘り聞かれるのはごめんだわ……」
材木座は奉仕部にて『自分の小説のリアリティを高めるため、取材を受けて欲しい』と称して2人に大量の聞き込みを行った。その聞き込みは部活が始まってから終わるまでの2時間にわたって延々と続き、2人は高校生ながらにして『マスコミに追われる問題を起こした芸能人』の気持ちを味わったのだ。
「いや取材はもうこりごりだけどさ……編集者みたいなのはもっかいやってみても良いなーって」
「確かあの時由比ヶ浜さん、小説読んで無かったと記憶してるのだけれど……」
「あのあと読んでみたら結構面白くてね。推理はちょっとよくわかんなかったけど、何ていうの?臨床感?があってさ、ドキドキみたいな」
「臨場感と言いたいのかしら?」
「そうそう!」
「まぁ、確かにあの『能力バトル』と『推理サスペンス』を融合したスタイルは良いと思ったけれど、いかんせん分かり辛いのよね」
材木座は『ネットで投稿なんてしたら作品の格が落ちる』だの『あいつらは自分の好みじゃあないものを酷評するだけ』だのと言って、取材のついでに2人に小説の感想を頼んだ。
因みに材木座の作風は『能力サスペンスホラー』。『対象者の人生のストーリーを読み取る能力』を持った人気小説家が数々の事件を取材しに行き、犯人の『能力』を暴いて行く、と言う内容だ。
だが、材木座自身の感性や表現が独特なので、整理してあっても内容が分かり辛いのである。物語を読み進むのは何故か苦では無いが、最終的に『何が起こっていたのか』が全くと言って良いほど頭に入ってこない。
ついでに言うと材木座は絵がとても上手く、雪ノ下が舌をまく程の腕だ。それにとても描くのが早いので、いっそ漫画家になったら良いんじゃあないか?と雪ノ下と由比ヶ浜が提案をしたが、材木座は、ぼくは小説家になりたいんだ!と2人に熱く力説している。
雪ノ下はこういった夢を目指して必死に努力しようとする姿勢にとても弱く、何だかんだ文句を言いながらも徹夜してまで小説を読み切り、問題点を紙にまとめたり、小説の読み辛い部分に付箋や赤線を引いたりしてそれに応えている。
材木座はぶつくさ言いながらもそれを直して賞に投稿し、現在次回作を執筆中だという。原稿が出来上がるのは早くても数週間後だろう。
「ああ言う依頼なら幾らあっても良いのだけれどね……まさに自分を高めるための依頼なのだし」
「そうだよ!その為にもさ、もっと宣伝しない?みんなに奉仕部を知ってもらったら……」
「そんな事をしても下心で近づくような人が集まるだけよ。由比ヶ浜さんも嫌でしょう?」
「そうだけどさ……」
由比ヶ浜はリア充グループに属していて、とてもルックスもよく、胸も大きい。勿論告白などは何度もされて来たし、下心のみの告白も沢山あった。
そのうちに下心の有無は直感的にわかるようになっていたのだ。下心のみで話しかけて来る男は、何というか生理的にキツい。何かゾワッと来るらしい。
「はぁ、そうだよね……ゆきのん可愛いもん」
「ええ」
「否定とかしないんだ……」
「だって事実ですもの。否定できないわ」
当然のように言う雪ノ下を、由比ヶ浜は呆れながらも少し羨ましいと思った。空気も読むだけで自分の意見を言うことができない事を気にする由比ヶ浜は、『確固たる自分』を持つ者に憧れを抱くようになっていた。
「あら、もうこんな時間ね」
時計を見ると、完全下校の30分前になっていた。話を振るのが由比ヶ浜しかいないこの部活は、(特にやる事も無いので) 普通は完全下校の1時間前頃には切り上げるのである。
「そろそろ帰りましょうか。鍵は私が返しておくわ」
「あ、私も一緒に行く」
2人がそんな事を話しながら帰る準備をしていると、
コンコン、と扉がノックされる音。
平塚先生か?と2人とも思ったが、入って来たのは金髪の男子生徒だった。
「えーと、奉仕部ってここで合ってるかな?」
次回、チェーンメール編。彼がいない状況で依頼は達成されるのか。