後、今回からジョジョ4部のキャラが数人出てきますが、基本絡ませる事はないので『モブの声』と考えてください。
「はっ!」
三浦のサーブ、これは実際とても強烈だ。上手く決まれば戸塚でも取れない程だが、今は焦りのせいか、サービスエリアに入らずフォルトになる。
「八幡!チャンスだよ!」
「おう!」
戸塚が声を張る。セカンドサーブは外せばダブルフォルトでポイントを奪われるため、精密さ重視の威力に欠けるサーブになる。それでもそこそこのサーブだが、私のリターンで葉山側のコースに打ち込み、私たちのポイントになった。
「ナイス八幡!」
昔ならまだしも今の戸塚は自分のテニスに自信を持っていて、『こんな奴らに負けるはずが無いッ!』と強気である。昔はもっと天使みたいで『闘争心』などとはかけ離れた性格だったんだがな。
次は葉山のサーブだが、もはやここはカモだ。強気の戸塚は初心者にしては強い程度の葉山のサーブなど容易く中間地点へ返し、またポイントを奪う。これでここのゲームポイントは私たちのものだ。そして次の私たちのサーブで最後のゲームになるだろう。
同時に三浦が舌打ちをするが、今の私にはそんな逆恨みが何一つ恐くない『理由』があるのでね……フフフ……
「戸塚くーん!頑張ってー!」
「キャー!戸塚くーん!」
「ぐ腐腐……強気の戸塚くんの攻めに押され気味の隼人くん……そして裏で糸を引く鬼畜の黒幕比企谷くん……糸を引く(意味深)……腐腐腐……」
私たちのポイントが決まると同時に歓声が上がる。観客も熱を帯びてきたが、その中でも女子生徒が熱くなる理由は、男子ほど単純じゃあない。
私たちの応援は、主に3種類に分かれている。
まずは『戸塚のファン』
元々、その中性的な顔立ちと愛くるしいキャラクターで、『テニスの王子様』と呼ばれ密かに女子生徒からの人気は高い。恐らく純粋な人気で言えば、葉山に次いで2位になるだろう。
それでもここにいる女子生徒は葉山派8割、戸塚派2割程度だろう。それでもこちらの応援は全体の5割ほど、女子生徒で言えば6割を超えている。
それが2つ目の『三浦アンチ派』
コレが戸塚派を装い私たちの応援をしている事が、勝っても問題ない理由の1つだ。
この『三浦アンチ派』が応援をしていることで、後の三浦の行動を抑制する事が出来るというわけだ。
考えてみてほしい。自分が嫌いな奴が何かしらの勝負に負け、それの腹いせをする嫌いな奴。それを見てどう思うだろうか?
答えは『嘲笑』。『あいつ、負けたからって嫌がらせをしてるんだぜ!みっともねー』とそいつをバカにする。それが自分より優っているならば尚更だ。自分より優れている奴に対して、優越感を覚えることができる絶好のチャンスなのだから。
三浦は『女王サマ気取り』で、『葉山に1番近い女子』である。元々気にくわない性格をしている上に、学年1番人気の男子を独占しているのだ。葉山に心酔する女子からどんな感情を向けられているかは想像に難くない。
実は三浦は面倒見が良く、助けを求めればそれに応えてくれる。だが、他の女子など基本は嫉妬などで近寄ろうとすらしないのでそんな一面を知っているものはかなり少なく、信者よりもアンチの方が多いのが現状だ。それでもトップカーストに君臨する事ができる『カリスマ性』はもはや尊敬に値するね。
葉山は好きだが三浦は気に食わない。そんな中でも『意中の男子への好意』よりも『気にくわない奴への敵意』を優先し、こちら側に着く奴らは、総じて性格が悪い。そんな奴らの眼の前で敗北をするなら、嘲笑の目は避けられないし、そこから更に腹いせをすればもっと大きな嘲笑が待っているだろう。(最悪、この件とは関係なくとも腹いせと見なされて馬鹿にされるのが目に見えているのだ)
詰まるところ三浦は負けた時、私たちに目をつけることはおろか、その話を少しでも持ち出すと自分へのダメージとなって戻ってくることになる。『泣き寝入り』をするしか無くなるということだ。
実際私たちのクラスの女子も数人いるようだが、全てがこちら側についている。彼女らが戸塚を応援しながら三浦をバカにするような目線を向けていることに三浦も気づいているようで、恐らく負けても腹いせに私たちに攻撃、という事はできないはずだ。
コレが1つ目の理由。そして2つ目が、
「良いぞー戸塚くーん!押せ押せー!」
「ありがとう康一くん!」
無邪気に叫ぶ身長の低い彼の援護。そう、広瀬康一の応援である。そして戸塚は広瀬の応援に応えている……
現在私たちを応援している男子勢は『反リア充』と『広瀬派』である。そして私たちは広瀬にのみ反応を返す事で、周りに対して自分たちが『広瀬派』であることをアピールする。これが『第2の理由』。
フフッ……よもやあの材木座が役に立つとは思わなかったよ……ま、役に立っているのは材木座自身じゃあなく、その友人の広瀬だがね……
彼はとても『気の良いヤツ』で、学校内のカーストもそれ相応に高く、聞くところによると『騒がしい系』ともそれなりの繋がりがあるらしい。その情報で仲良くする気は失せたが、この場においてそれほど頼もしいことはない。
実際、広瀬とともに来た連中のうち、葉山と関わりがある奴以外はすでにこちらの応援についている。これで大体応援の量が半々程度になり、勝つことによる葉山側の男子からの敵意を分散させる効果もある。
それに、何か互いにシンパシーでも感じたのか戸塚とはそれなりに仲良くなったらしく、戸塚の応援を中心にやってくれている。つまり戸塚を活躍させ戸塚のおかげで勝ったようにすれば、私は目立たずに葉山グループの奴らを抑えることもできるという訳さ……
広瀬が来てくれたのは幸運だった……
自らで動く事ができない不安要素がなくなるんだからね……これでストレスを感じることもなく、安心して熟睡できる。もっと言えば、勝負をする前より環境が良くなる可能性すらある。
「やあっ‼︎」
戸塚のサーブを受けた葉山は何とかそれを返すが、サーブの勢いに持って行かれて緩やかな球がこちらのコートに帰って来た。私は三浦が『ギリギリ強い球を返せる』くらいの場所にボールを出す。
「舐めんなしっ!」
三浦のバックハンドが私の左に鋭く決まり、ポイントを取られる。その鮮やかなショットに葉山側の歓声が湧くが、こちら側の女子は落胆の声を上げていた。さながら代理戦争のようだな……
「くっ……悪い戸塚」
「ドンマイドンマイ!大丈夫だよ八幡!」
そうだ、それで良い。この場における『主人公』は戸塚でなければならない。『敵役』は三浦で、私と葉山は『サブキャラ』だ。(決して『モブ』なんて言う不名誉な役ではない)
大事な場面での勝負では、私はアッサリと決まったり決められたりするしかないが、『主人公』の出番は掘り下げられる。この勝負の決着は戸塚と三浦の『一騎打ち』でなければならないのさ。
ま、ちょっとした『思考誘導』だ。印象に残る場面を戸塚に任せる事で、この勝負は『戸塚のもの』であると見せる。これは『念のため』。一応、私の印象は薄くしとかなくちゃあな。
戸塚のサーブが三浦のコートに刺さり、ポイントを得る。これで
実力が拮抗している者同士では、より冷静な判断力を持った者が勝利する。結局力んだボールがネットに引っかかり、私たちのポイント。これで
だが、私のサーブでは三浦には通用しない(事にしている)。簡単に決め球で返され、ポイントを奪われる。私と三浦の勝負は印象を薄くしなければならないので、一瞬で決まらなくてはならない。(単に私が力負けしていると言うわけではない、決して、本当に)
戸塚のサーブを葉山が返す。私の方に飛んできたボールを葉山に返してラリーになるが、少しずつコートの中心に寄せ、戸塚にボレーを決めさせると両方の陣営から歓声が沸いた。ボレーやスマッシュといったテクニカルなプレイは、この勝負の主役は戸塚だと周りに認めさせる結果となる。
私はもう勝負はついたな、と思った。三浦は諦めていないようだが、サッカーでいつも自分がいる中心のポジションが、この場では戸塚のものだと理解した葉山は諦めムードだろう。
結局、ゲームは戸塚のサービスエースで幕を閉じた。
満足気な平塚先生(後でテニス部顧問の先生に、この事をチクってやる)の宣言と私たちの握手で勝負は終わった。もうそろそろ昼休みも終わりとなるので、ちょうどいい時間に終わったものである。
「カッコよかったよ戸塚くん!最後のボレーやサーブにもシビれたよ!」
「ありがとう!それに、応援してくれてありがとう康一くん!」
笑いあう2人。私はそれを近くで見ているだけだが、特に何を言われる訳でもない。私は自分の計画が成功した事を確信した。
元々この勝負で勝利してしまうことのデメリットは
・必要以上に目立つこと
・三浦たちに目をつけられる危険性
・対抗馬として反三浦葉山派に擦り寄られる危険性
この3つだった。
このうち必要以上に目立つことはさほど問題ではない。ただ私が実力を隠せばいいだけの話だ。
だが後の2つは自分で動く事ができない。行動をすればそれだけ印象を強めてしまうため、注目の自然消滅を待つしか無くなるわけだ。それは待っている間常に気を使わなければいけないので、長い間心の平穏が侵されることになる。
先程も言ったように三浦の動きはアンチの女子で抑制するとして、対葉山派の奴らが寄るのを防ぐ事は、奴らに『後ろめたさ』が無いため抑制は難しい。余り大っぴらに奴らを避けてもダメージが大きいので気を使う必要がある。
そこで、対抗馬の役割を広瀬に『押し付ける』。
嬉しい誤算だ、広瀬が来てくれなかったらこれまで以上に生活に気を使わなければいけないところだったが、反リア充・反葉山の連中も戸塚と広瀬の周りを囲っている。これで私たちは『広瀬の友人』というイメージを連中に植え付ける事ができ、時間が経てば名前も忘れられるだろう。どうせ土日を挟めば、私たちは『広瀬の友達のテニス部』になっているはずだ。
これで私たちの不安は比較的少なくて済む。元より私が望んでいるのは『植物の心のような平穏な生活』であり、『幽霊のように誰にも気付かれない生活』ではない。三浦たちを抑える事ができ、反撃を受ける心配がないのなら、この勝負はメリットの方が大きいくらいだ。
「八幡!やったね!」
「比企谷くんもカッコよかったよ!前も思ったけど、テニス上手いよね」
「……ああ、ありがとう広瀬」
「グレートな試合だったぜ〜戸塚に比企谷?だっけか。ナイスなチームワークが最高だった」
「く〜〜っ!これよこれ!俺こーゆーのに弱くてよぉ〜〜!まさに『男と男の真剣勝負』!『長嶋茂雄vs新庄剛志』や『白鵬vs朝青龍』みたいなよぉ〜」
「気持ちは分かるが三浦が居たから男と男じゃあねぇじゃんかよ〜」
「こまけーこたァ良いんだよ仗助!とにかくナイスファイトな勝負を見せてくれてありがとよぉ〜!」
「ナイスファイトな勝負って意味かぶってんじゃねぇか」
「うっせー!意味が伝わりゃ良いじゃあねーか!」
最後の最後で……なんて『災難な日』だ……『静かなる人生』を送りたいこの比企谷八幡が……あんなクソカスどもとかかわり合いになってしまうなんて……
ひどすぎる。なんてヒドイ目にあう1日だ……
と言うかこの学校は進学校なのにコレで良いのか?髪染め、ワックス、果ては制服改造まで認めるのはやりすぎな気がするが……(ま、真面目なヤツとそうでないヤツの区別がしやすいからいいがね)
《翌日の昼休み・テニスコート》
「ふぅ……じゃあ休憩しようか」
「あぁ」
結局、三浦からの報復も特に無かった(たまにニラまれたりはしたが)ので、平穏は保たれたようだ。
しかし昨日の最後のあいつら……広瀬はなんであんな奴らと平然とかかわり合いになれるのか……理解に苦しむよ……
「あ、ヒッキー!さいちゃーん!」
チッ、また騒がしいのがやってきた。
「昨日はごめんね……その、優美子たちが迷惑かけて……」
「由比ヶ浜さんが謝る事ないよ。三浦さんの事も気にしてないし」
私は気にしているし恨んでもいるがね。正直お前が平塚先生を連れてきた事もな。
「あ、2人ともカッコよか「いたいた。貴方が戸塚くんかしら?」
「え?あ、うん……僕が戸塚だけど……」
何やら急に黒髪ロングの女がやってきた。オイオイ、こんなヤツあの時の野次馬の中にいたか?少なくともこんな長髪の女はいなかったはず……一体何の用だ?戸塚に用があるみたいだが……
「へぇ〜確かに可愛らしいじゃあない。あ、私は山岸 由花子。康一くんの彼女よ」
「康一くんの彼女さんなの⁉︎康一くんもやるなぁ……」
驚いたな……見た目も綺麗だし背も高い。背が低い広瀬とは凸凹コンビな感じだ……
それより、広瀬の彼女が何の用だ?戸塚『くん』と呼んでいたから、『嫉妬』って訳でも無いようだし……ん?何故由比ヶ浜が固まっている?あいつはもっと騒がしく話しかけていく奴なのに。
「ええ、そうよ。今日はちょっと忠告をしに来たのよ、戸塚くんに」
「ちゅ、忠告?なんで僕に……⁉︎」
すると山岸由花子は言い切らないうちに戸塚の耳元に顔を寄せた。戸塚は急な接近に顔を赤くしている。
彼女は、底冷えのするようなドス黒い『殺気』を纏わせた声で、
「男女の分際で康一くんにちょっかいかけてんじゃあねーぞカマ野郎が」
と耳打ちして、すぐに顔を上げて、
「フフッ、康一くんと仲良くしてあげてね」
とだけ言って去って行った。
「……」
「……」
「……え、えっと……」
後から聞いた話だが、彼女は『プッツン由花子』と影で呼ばれているヤンデレ女らしく、広瀬と付き合う前にも拉致監禁やらストーカーやら色々やったらしい。今はかなり丸くなった方だという。
彼女が言った『康一くんの彼女』と言うのは一応本当の事らしいが、最初は脅しているだの秘密を握っているだのウワサされていたそうだ(当たり前だろう)。だが、その噂も一週間ほどで無くなったらしい。何をしたのかはご想像にお任せしよう。
あんなトチ狂った女と付き合える広瀬は菩薩のような心を持っているか、同じくトチ狂っているか……おそらく前者なのだろうが……
広瀬とは、とりあえず距離を置こう。3人の心はそれで一致していた。
康一くんはもう出さないと言いましたが、出た上にストーリーに関わってますね……
大人は嘘を吐くものじゃあないんです……間違いをするだけなんです……(ゴメンナサイ)