目を覚ました。
「知らない天井だ」
言ってみたい言葉だったが、こんなところで言うことになるとは思わなかった。
「おぉ、ギュノス殿。起きられましたか」
「ぁ、あぁ、ありがとう。それじゃ、ツル集めに行ってくる」
NPCの弁当とかいう身も蓋もないアイテムを貰い、森に向かう。
索敵スキルでネペントさんを見つけて討伐するだけの作業。
なんとも単調だ。
というかネペントさん気持ち悪すぎる。
「ウツボカズラが……動くなァッーー!」
〈ソニック・リープ〉でひたすらネペントを狩り続ける。
ツルが出たり出なかったりの状態なので何体も何体も何体も何体も何体も何体も何体も何体も何体もネペントを狩る。
かなり時間も経った。あまりに退屈な作業に、ボクは時間すら忘れていた。
あ、NPCの弁当は結構良かった。
「いっそ、いっぱい出てくれないかなぁ……」
ツルの文字がないリザルトを眺め、がっかりと肩を落としながら呪いの言葉を吐く。
現在装備中の白の剣と盾、軽鎧は耐久度特化の装備らしく、これだけの時間ひたすら使い倒したのに未だ余裕がある。
素晴らしい。
レベルもだいぶ上がった。現在8だ。
ネペントも動きを全て見切ったので一対一ならソードスキルもいらない。
そして、退屈退屈と悪態はつくが、湧き上がっている高揚感によって今のボクはネットスラングで言う所の『もう何も怖くない』状態に近かった。
システム外状態異常があるとは……!
そんな時だった。
「これは……!?」
ネペントさんの異常な大量発生。
しかも十や二十どころじゃない。
数えるのも面倒だ。
いやいや、一気に来いとは言ったけどこんなにはいらない。
近寄ると、人の声が聞こえた。
やばい襲われてる!?
急いでフードを目深に被り、STRと一対九の割合で振っている敏捷値にモノを言わせて全速力で駆け出す。
今にも死にそうな一人のプレイヤーが居た。
すれ違いざまにネペントを薙ぎ払う。
「っ、あ、」
「さっさと転移して!」
結晶の所有の有無は分からなかったから素早くトレードを終わらせて男を帰還させる。
囲まれている……女顔剣士に助太刀。
「助太刀致す!」
「かたじけないっ! ってなんでそんな昔の言葉を!?」
軽口を叩ける程度には余裕があるらしい。
#
一言で言えば大収穫祭だった。
如何に数の不利があろうと動きを見飽きるほど見たボクにとっては動くだけの的でしかなく、それは女顔剣士ーーキリトにとっても同様だった。
とはいえ、やっぱり辛いものは辛かった。
「……ーーッ、ハァッ……こ、これで打ち止めか……?」
「……ぽいかなぁ……お、集まった」
今は二人してへたり込んでドロップの確認をしている。
「さて、と。改めて自己紹介。ボクはギュノス。キミは?」
「あー、えっと、俺は、キリト」
じゃあフレンド登録しとこっか、と軽いノリでフレンド登録を行い、その場は別れた。
お互いもうどうしようもなく疲れている。
ゆっくりと、泥の様に眠った。
#
白荊ノ外套は実に良いアイテムだった。
防御力こそ上がらないが、デザインが素晴らしい。
白地に赤い縁取り、白い茨が巻き付いたようなデザイン。
全身白い。
試しに着て見た。かっこよかったが、外見的に姫騎士になってしまう。これだけが残念賞。
この外見と、ネペントに襲われた少年ーーコペルとかいうらしい彼によってもたらされたボクの評判と、鼠とかいう情報屋によってボクに二つ名がついた。
『白騎士』
ーーいや、やめて。恥ずかしい。
そんなボクの意見は通らなかった。
一カ月。一カ月もかけたのに通らなかった。
そんな今日は攻略会議だ。
なんでもディアベルさんとやらがボス部屋を見つけたとかなんとか。
トールバーナの広場。
何人ものプレイヤーが集まっている。
ディアベルさんの司会で始まった会議の体を成してない報告はある一人の登場でぶち壊された。
彼は……なんだっけ、えっと、関西弁な……まぁ、いいや。
その人が難癖付けてベータテスターから持ち物所持金含めて巻き上げようとしていた。
こういうのなんて言うんだっけ。
ゴネ得?
まぁいいや。そんな彼は黒人系のガタイのいいおっさんーーエギルさんに論破されてスゴスゴと引き下がっていった。
ハハッ! ザマァッ!
内心で嘲笑っていると、今度はボクの顔が青ざめた。
気を取り直したディアベルさんがみんなでパーティ組んでー! とか言い出したのだ。
外見とかあって全く友達の居ないボクにそんな意地悪言うのは天罰ですか。
ゴネ得のおっさんを嘲笑ったボクへの天罰ですか。
「……おい、ギュノス? おーい?」
「……んん? あ、キリトか……良かった。知ってる奴がいた…………ん?」
キリトが来た。
背後にフードの女を連れている。
「……あーと、パーティ、組もうぜ」
「……あ、うん」
女は最後まで口を開かなかった。
まぁ臨時パーティだし、野良だし。
大して気にするようなことでもないかな。
正直、ネットマナーがなってないのはマイナスだけど。
あいさつは大事だよ、あいさつ。
「……あ、ギュノスさん、ちょっといいかな」
「ん? あぁ、ディアベルさん」
その場を去ろうとすると、ディアベルさんに呼び止められた。
「……すごく言いにくいお願いしていいかな」
「……えっと、本名以外なら」
「あはは。そんな事はしないよ。ただ、出来たらその装備を色付きに新調しないで欲しいんだ。白騎士の名前は実に大きい。多分、幾人かは君の名を見て参加を決めたんじゃないかな。モンスターの群れから颯爽とプレイヤーを助けた騎士。その代名詞が色の付いた装備をしていたら格好つかないしね」
「……あー、うー、まぁ、いいか……」
現在のレベルは11。それなりには安全な筈だ。
出来れば硬い鎧を見つけるべきだが、みんなの士気に関わるならば仕方ない。
ボスがどんな奴かは知らないが、今のレベルならば堅実に立ち回れば死なないはず。
「分かったよディアベルさん。その代わり、ボクは堅実に戦うから特攻はしない。いいかな?」
「特攻なんて命じないよ。よし、ナイト同士、頑張ろう!」
握手を交わして別れた。
さっぱりしたいい人だなぁ。
#
さて。
2022年12月3日。
今日がこの世界で最初の希望の日だ。
出来れば完璧に終わって欲しい。
「俺から言うことはただ一つーー勝とうぜ!」
ボス部屋の前で爽やかな笑顔で笑ったディアベルはそれだけを言った。
それだけで十分だったし、返事は割れんばかりの歓声にも似た大音量。
ボクも盾を掲げて返事をした。
「ギュノスのパーティは遊撃と露払いを頼む!」
「了解した」
ボクのパーティではなくてキリトのパーティなんだが、まぁそれはいいだろう。
危なげなく寄ってきた衛兵ーールイン・コボルト・センチネルの武器を吹き飛ばしてキリトかアスナにスイッチ。
湧いて出る雑魚にイライラしながら片付けていると、キリトが尋常じゃない表情でボスのいる方向を見ていた。
三メートルくらいのデブコボルト。
イルファング・ザ・コボルト・ロードというらしい奴は、今まで持っていた武器を放り投げて刀を持っていた。
それに向かっているのは、もう、人生の絶頂にいるかのような笑顔のディアベルさん。
「やめろ!」
キリトの叫びはしかし届かず、ディアベルは一撃、イルファング・コボルト・ロードにぶった切られた。
ーー間に合え!
「お、お、おぉーーッ!」
ディアベルをタックルして吹き飛ばし、イルファング・コボルト・ロードの三連撃刀スキルからどうにか退避させる。
「ギュノス!?」
「あー、デブのくせに機敏だなぁ」
憎々しい、と壁、壁、天井、と跳躍を重ねるイルファング・コボルト・ロードを眺め、盾を構えた。
そして訪れるイルファング・コボルト・ロードの三連撃。
一撃。
盾で受ける。
尋常じゃ無い重さに両手で抑え込むが、それでも全然足りない。
なら受け流す。
力に逆らわず、しかしその軌道を全力で上に。
盾を持ち上げるようにして刀は上に逸れていく。
上手くいった!
二撃。
全力の受け流しの後で、半ば宙に浮いたようになった瞬間に当たるだろう。
盾で再び防ぐのは間違いなく無理。
武器で受けるのは論外だ。まず間違いなく武器破壊が起きる。
であればシンプルに回避を狙うのがベストだ。
「--くっ、うぉぉ!!」
ギリギリで床から離れていない右足を軸に回転。
同時に押し出すようにして背後に跳躍。
大した距離は跳べないが、しかしギリギリ--鼻先数センチで回避することに成功する。
三撃。
--直撃した。
腹に受けてレイドメンバーの頭上を通って床に転がる。
HPはもう無い。多分、今ならフレンジーボアでもワンパンでボクを殺せる。
「う、おぉおぉ!!」
トドメだ、と迫ったボクを助けたのは、ディアベルさんだった。
「すまない! すこし先走った!」
「さっすがナイト……」
それは君もだろうギュノス。とディアベルが笑いかけてきた。
エギルに助け起こされ、回復をしてから再び剣を構える。
ローブは腹に受けた一撃で引き千切られていた。
「はは、白騎士ギュノスか、中身まで真っ白だな!」
「うるさいよキリト。ほら、さっさと戦いに戻ろう」
茶化したキリトを睨みで黙らせた。
紅い瞳での睨みは怖いのだよ、結構。
夜に不意に鏡に映った自分を見てびっくりする事があるくらいだから。
キリト、ディアベル、ボク、アスナ、エギルを核とした主力にサポートを回し、その後は危なげなくイルファング・コボルト・ロードを討伐した。
ラストアタックはキリト。
それよりびっくりしたのは、アスナがスーパー美少女だった事だ。
美少女でネトゲーマーとか都市伝説だと思ってました。
そんな和気藹々とした雰囲気をぶち壊したのはアホの関西弁だ。
「なんでや! なんでそんな奴らと笑っていられるねんディアベルはん! あんたはそいつらのせいで死ぬとこやったんやで!」
「……は……?」
「は? やないで白いの。あんさんとこの黒いのは刀スキルの事を知っとったやないか!」
ざわざわと周囲が同意と敵意を向け始める。
ーーいけないな、このままだとみんなバラバラだ。
こういう奴がチートだのオレンジだのよりよっぽど迷惑だ。死ねとまでは言わないが、始まりの街で埃と結露だけ食ってかろうじて生きてろ。
「……それは……」
「いい。ギュノス。ありがとう」
言い返そうと口を開いたが、キリトが手でボクを制した。
「ちょ、ま、」
「は、俺をあんな素人連中と一緒にしないでほしいな!」
一緒に戦ったエギル、ディアベル、アスナは苦い顔をしている。
しかし、ここで口を出したらみんながバラバラになってしまう。
キリトを犠牲として、結束を固める。
これが現状の最善だった。
あくまでボクらの、この場の、であるが。
多分もっと時間をかければ良い案も出ただろうが、残念な事に時間はない。
やがて、悪い顔で悪い顔をしながらラストアタックボーナスで手に入れたらしい黒いコートを纏って行ってしまった。
慌てて追いかけようとディアベルとエギルにフレンド登録を飛ばして振り返ると、キリトは途中でアスナに呼び止められていた。
「……ギュノス。悪いな、庇ってもらって」
追いついて一番にキリトがボクに言った。
「気にすることはないんじゃないかな。形はどうあれ、君は攻略組の結束に一役買った。はぁ、あの関西馬鹿が憎たらしいよ」
「仕方ないさ。ネットゲーマーなんてあんなもんだ」
「分かってるよ。でも、今はゲームじゃない。あんな幼稚な馬鹿をメンバーに数えているうちは、ボクも一緒に動きたくないな」
呆れた目でキリトがボクを見てきた。
「む、なんだいその目」
「いや、ギュノスも幼稚だなって。あぁ、いや、悪い、悪かったから笑顔で剣を構えるなよ!」
「はぁ。まぁいいや。君はしばらくアスナと動くんだろう? ボクはボクで適当にレベル上げするから、次は攻略会議……かな?」
そうだな、とキリトは背中を向けて歩き出した。
とんとん、と肩を叩かれた。
アスナがいた。
「……ねぇ、もしかしてーー」
喜色満面の笑みを浮かべた凄腕の細剣使いアスナ。
嫌な予感がする。
「キリト君の事好きなの!?」
「……はっ? ボ、ボク、男なんだけど!?」
「…………胸あるのに……?」
詳しく説明しないとありもしない噂を立てられそうだったので二層の宿にアスナを引きずり込んだ。
#
「で、どうなの?」
「……ありません。ボク、両性具有なんですよアスナさん。生殖能力を持たないし、外見の事もあって、好きな人を作らないようにしてるんです」
「……両性具有……?」
「あー、と、なんというか、両方あるというか……その……」
「……ふぅん。まぁいいわ。でも、気になる人はいたんでしょう?」
あー、ダメだこれ。
多分恋話とかガールズトークに飢えてたんだ。
誰だこんなにこの子にエサを渡さなかったのは!!
「……あー、その、まぁ……女の子ですけど……」
引いて! ここで普通なら引くよアスナさん!
どう見てもレズビアンじゃん! って引くとこだよアスナさん!
「あー、やっぱり男の子って意識があるからなのかな? ギュノスさんって見た目女の子だから相手にされなかったんじゃない?」
「んー、いえ、まずアルビノって時点でダメだとか」
「へぇーーその女の名前教えて」
怖いよ!?
部屋の温度が十度は下がったね! 間違いなく!
「告白って、一番勇気がいることだと思うの。それを外見を理由にフるなんて許せない」
「あー、いえ、良いんですよ、二年も前だし、今は高校生でお互い別々だし?」
目がマジですよアスナさん。
「……ギュノスさんが言うなら今は引くけど……」
今はじゃなくていつまでも引いていてください。
「じゃあ、アスナさん。ボクと付き合ってみる?」
「……、ーーんー、私、今は攻略に専念したいから、ごめんなさい」
やばいちょっと感動してる。
ふざけてる一環みたいな告白なのに、しっかり考えてからちゃんとした理由で振られた。
「えへへ、アスナさん。ありがとう。ごめんね、困らせて」
「……ギュノスさん、やっぱり中身女の子なんじゃないの……?」
「体はそっちに近いかなぁ。不順だけど生理はくるしね」
「……それは、あるのね……」
つらいよねー、とアスナさんと笑いあった。
でも股間蹴り上げられる方が痛いです。
持続する痛みという点では生理痛のがやだけどね。瞬間的なのはあっちが上だ。