SAO【白荊の騎士】   作:冬月雪乃

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鋼鉄の城
Hello World


 目を覚ます。

 いつか見たいと願った光景が眼下に広がり、脳が認識してβエンドルフィン等の快楽物質を分泌する。

 見渡す限りの雲海。その切れ目から覗く大地。

 大地を分断するように流れる大河に、大河の収束点である海。

 ーーそして、今立つ鋼鉄の城、アインクラッド。

 

「ついに、来れたんだ……」

 

 確認する様に呟いた言葉は浸透する様に脳を揺さぶり、再び湧き出した歓喜を抑えきれずに滝の様に涙が溢れ出る。

 

「ついに、来れたんだーーァッ!!」

 

 時は西暦2022年11月6日。

 その後デスゲームの代名詞ともなった世界初のVRMMORPG《Sword Art Online》ーー通称SAO(一部ネットゲーマーの間では竿などと呼ばれていた)が正式サービスを迎えた日。

 ボクは、歓喜の余り溢れ出る涙を止めようともしないで街を駆けていた。

 すれ違うプレイヤー達はドン引きの形容詞をそのまま表情筋に貼り付けたような顔でボクを見てくるが知らない。我慢出来ないのだ。

 思春期に入って好きな子が出来、夢でイチャイチャしたのを起きてから思い出して無意識に身悶えしてしまう様に。

 ……にべもなくフられたのを思い出してテンションダウン。

 右手側の家の窓に自分が写った。

 現実とは違う精悍な顔。

 現実とは違う短くてさっぱりした黒髪。

 現実と違う真っ黒な瞳。

 現実とは違う健康的に焼けた小麦の肌。

 現実とは違う男らしい筋肉の浮き出た身体。

 いや、現実で手足がないわけじゃないんだが。

 ーー臓器は余分についているが。

 ともあれ、それは現実の話で今は仮想世界にいる。

 姉が帰ってくる数時間だけだが今は楽しもう。

 さっそくボクはフィールドに出た。

 事前調べで〈フレイジーボア〉の攻略法は心得ている。

 即ち、突進にさえ気をつければ楽勝。

 回避して〈ソニック・リープ〉をーーってアレ?

 

「ぐふっ」

 

 ソードスキルが発動しない。

 こ、こうか!

 ようやく構えた剣が輝きを放った。

 

 

「ぐふっ」

 

 教訓。

 敵はよく見ましょう。

 この後メチャクチャ猪狩りした。

 

 #

 

 飽きもせずひたすら猪狩りをすること……二時間くらいか?

 レベルは4に上がっていた。

 〈ソニック・リープ〉の扱いならボクの右に出るものはいないだろう。それくらい〈ソニック・リープ〉した。

 今なら現実でも出来そうなくらいだ。

 多少剣術も上手くなった。

 すれ違いざまに真っ二つとか出来るようなったし。

 同行者もいないし、そろそろ良い時間だ。ログアウトしよう。

 右手を振ってコマンドを呼び出した。

 

「……おぉ……?」

 

 そこにはあるはずの物が存在しなかった。

 あいや、項目としてはあるが、そこに文字が書かれていないのだ。

 それはなくてはならない大切なもの。

 

「ログアウトボタンが……無い……?」

 

 ログアウトの文字が、消えて無くなっていたのだ。

 いや、多分プログラミングの時にログアウトの文字を入れ忘れたんだ。

 そうに違いない。

 そうしてログアウトボタンをタッチするが、ログアウトのシークエンスが発生することはない。

 ついでに言えばGMコールも無視されてる。

 時間は17:30分。

 ボクは訳も分からないまま、唐突に鳴り出した鐘の音と共に〈始まりの街〉広場に転移させられた。

 悪い予感しかしない。

 こうなった可能性を考えろ。

 一、愉快犯によるハッキングとクラッキング。

 二、偶発的バグによる発生。転移はその説明。

 三、一番考えたくないが、わざとーーつまり、これがSAO本来の仕様。

 四、実はイベント。

 個人的には四であって欲しいが、それは次の瞬間に覆された。

 結界で覆われた世界の中。スライムの様に現れた自称この世界唯一のGM茅場晶彦。

 彼が〈チュートリアル〉と称して行った現状の説明はつまり、仮想世界であるハズのアインクラッドを現実と同じ仕様に変えた(本来の仕様と言ったということは戻したが正解か)ーーつまり、アインクラッドで死ねばそのまま現実でも死んでしまうというものだった。

 これは既に各種機関によって報道がなされているが、信じなかったプレイヤーの家族によって既に死人が出ている。

 そして最後。

 これがボクにとって一番ツラかった。

 GM茅場晶彦さんがくれた手鏡とかいうアイテム。

 そこには現実の自分が写っていて、見納めかな、などと思った矢先、ボクは青白い光に包まれた。

 光が収まると、頭が重く感じた。

 ついでに視点も低い。

 さらに言えば腕も病的にーーそれこそ血管が透過されて見えそうなくらいにーー白い。

 見下ろせば、わずかに起伏を持った忌々しい胸部が皮鎧を押し上げていて、腰の辺りからは白い髪が揺れている。

 現実では若干太陽光による黄ばみがあったが、仮想世界では真っ白だ。

 もっと忌々しい事に下腹部に違和感を感じる。

 〈戻って〉来たのか。

 

「嘘だろ……」

 

 アルビノで両性具有。

 属性盛り過ぎだろと思わず天を仰いでしまう星の下に生まれたボクにとって、何よりも一番ツラかった。

 なんでよりによってここまで現実準拠にするかね。

 外面は完全にーー自分で言うのもなんだがーー美少女なので大いに活用させて貰っていたが。

 ともあれ、ずっと打ち拉がれているわけにもいかない。

 スタートダッシュは遅れたが、これから追いつけば問題ないのだ。

 とりあえず近場の狩場は奪い合いになるだろうから、村に移動しよう。

 さぁ行こう! と駆けようとしたその時、背後から腕を掴まれた。

 モヒカンな世紀末スタイルの男が立っていた。

 ……どうやってナーヴギア被ったんだ……?

 

「待てよ彼女」

 

 どんな目的がはっきりしたので股間を握らせた。

 セクハラのなんとかコードが現れたが無視する。どんなコードかわからないし、生殖能力の無い半端な人間の股間を握らされて罰を受けるとかかわいそうだ。

 固まるモヒカンの手をさっさと振り解いて走り出す。

 途中で出た敵は突進系のソードスキルで経験値とコルに変える。

 途中で森の中に小屋を見つけた。

 ……そろそろ疲れたし、休むか。

 扉をノックしてみると、おじいさんが出てきた。

 クエスト持ちだ。

 報酬は……白荊ノ外套……?

 アクセサリーだろうか。

 ただの採取クエストみたいなので受けた。

 〈リトルネペント〉とやらのツルが欲しいらしい。

 採取だと思ったらガチガチのスロータークエストでしたとさ。

 〈ある植物のツルの採取〉とか書かれてたら採取クエストだと思うでしょうよ。

 初見の敵で実に怖いが、こんな序盤だ。

 

「あぁ、旅の方。どうやら装備が壊れているようですな。こちらをどうぞ」

 

 コル半分と引き換えに真っ白なローブと剣と縦長の盾をもらった。

 何だろう、この、『死ぬ準備をさせられている』感。

 しかも性能はそのまま初期装備よりほんの少し良いくらいだし。

 どうやらネペントさんは近くの森に出るそうなので今日は泊めてもらった。

 初めての食事は実に満足出来なかった。

 

 

 


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