「――――」
宙に浮いている自分の腕を、少女は目を見開きながら見つめる。
斬られた、その事実に少女は驚きを隠せず……同時に、嬉しかった。
「っっっ」
カズキの攻撃はまだ終わっていない、息の根を止めようともう一度神機を振るった。
しかし彼の一撃は虚しく虚空を斬るだけに終わり、少女は背中の両手翼を用いて上空へと逃げていた。
「……斬った、ボクの身体を傷つけた……初めてだ、嬉しいな……」
(な、何なのあの子……!?)
あまりにも異常な言動に、アリサは寒気すら通り越し身体が凍り付いて締まったかのように萎縮してしまう。
「降りて来い、お前はここで息の根を止めさせてもらうぞ!!」
「それは嫌だ、せっかく会えたのに……ボクを受け入れられるだけの存在に会えたんだ、死ぬなんてつまらない」
「何を言っているんだ!」
「……君はボクのモノだ、絶対に……誰にも渡さないから」
恍惚な表情、妖艶だというのに限りなく冷たく恐ろしい笑みを浮かべ…少女はこの場から離脱する。
すぐさま後を追おうとするカズキであったが、先程の負傷によって限界が訪れたのか、膝を突き満足に走ることすらできない。
(くそっ!!)
今は諦めるしかない、アリサとローザだって負傷しているのだからまずはロシア支部に戻らなくては。
自分にそう言い聞かせ、カズキは思考を切り替え重傷を負ったアリサの元へと向かったのだった……。
■
――それから、一週間後。
「――それでは、そろそろ出発します」
「ええ。……寂しくなるわね、もっと色々な所へ遊びに行きたかったのに」
ヘリの発着場にて、アリサはリディアと最後の会話に勤しんでいた。
任務が終わり今から極東支部へと帰ろうとした時、リディアがわざわざ見送りに来てくれたのだ。
カズキとローザは一足先にヘリへと乗り込んでいる、どうやら空気を読んだ結果らしい。
「向こうでも頑張ってね?」
「はい。大丈夫ですよ、カズキや皆さんがいらっしゃいますから」
「ふふっ、そうね……もうアリサは1人じゃないものね」
本当に立派になった、目の前の彼女はもう誰かに守られるだけの存在ではないとリディアは再認識する。
ただ、それが少しだけ寂しいと思ってしまうのは我侭かもしれない。
「向こうに着いたらまた手紙を書きます、リディア姉さん…お元気で」
「あなたもね、アリサ」
お互いに近寄り、優しく抱擁を交わす2人。
それから数十秒が経ち……どちらからともなく離れ、アリサはリディアに一礼してからヘリへと向かって歩を進める。
そして彼女が乗り込んでから、ヘリは大きな音を立てながら離陸を開始した。
「……カズキ君、アリサをお願いね」
ぽつりと呟かれた言葉は、今の彼女が一番に願うもの。
自分ではアリサを支える事はできない、それができるのはカズキだけなのだから。
■
「――ねえお兄ちゃん、あいつ……何者だったのかな?」
ロシア支部を飛び立って暫し経った頃、ローザは呟くようにカズキへと問うた。
彼女が言ったあいつとは、無論あの時に現れた正体不明の少女だ。
「……わからない、でも僕には人間にもアラガミにも見えなかった」
「うん……ローザもそう思うよ」
「本当に何者なのでしょうか……それにあの特殊な能力を持ったアラガミも」
「わからない……とりあえずサカキ博士に報告して調査をしてもらっているから、現状では無闇に考えても混乱するだけだ」
カズキの言葉に2人も納得したのか、それ以上は何も言ってこなかった。
……しかし、カズキの中ではまだ考察は終わっていない。
一体何者なのか、それにあの尋常ではない強さ……特殊な能力を持ったアラガミに、統率のとれていたアラガミ達。
あまりにも不可解な事が多すぎる、だが何よりも――あの少女の自分を求める瞳が、あまりにも恐ろしかったという思いが格段に強い。
――君は、ボクのモノだ。
あの言葉が頭から離れない、今思い出すだけでも身体が震えてしまう。
(また出会う時が来る……その時僕は、アレを前にしても正気で居られるのか……?)
――こうして、ロシア支部での長期任務は、多くの謎を残したまま終わった。
アラガミは進化を続け、人間達は安息の日々を送る日はまだまだ先になる。
そして……人やアラガミよりも残酷で恐ろしい存在が現れた事に、カズキだけは気づけたのかもしれない……。
To.Be.Continued...
はい、ロシア編終了ですね。
スパイラルフェイト編もやってみたいですが、とりあえず次は他のキャラクターたちを目立たせたいので未定です。