神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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思っていた以上にロシア編が長くなってしまった……。


番外編6-⑦ ~飲み干す悲しみ~7

――ロシア支部のエントランスロビーは、重苦しい空気に包まれていた。

 

 神機使い達の誰もがその表情に疲労の色を見せ、数多くの戦いを繰り広げてきた事を物語っている。

 それにいつもより数が少ない、任務に赴いているとはいえ通常時の半数程度の人数しか存在していなかった。

 何故か? 無論任務に出ている者も居るが……それ以外は、戦う事ができない状況に陥らされているからだ。

 医務室で治療を受けている者はまだ救いがある、だが……既にこの世に居ない神機使いも確かに存在していた。

 

 もちろん神機使いといえどもアラガミの餌になってしまう事だってあるだろう、しかし状況は少しばかり違っていた。

 ……この数日間で、アラガミの力が遥かに増したのだ。

 力というよりも今までなかった統率力が備わったといった方が正しい、餌を求め捕喰を繰り返すだけの獣であるアラガミに本来付与されない能力が備わった。

 それは人間達にとって脅威でしかなく、この数日で犠牲になった神機使い達は既に両手で数え切れないほどになっている。

 

「……一体、どうなっている?」

「わかんねえよ……クソッ、何でいきなりこんな……」

 

 第三部隊に所属しているアーサー達も、連日の戦闘による疲労や苛立ちは確実に出始めていた。

 今まで危険ではない戦いなどなかったが、こうまで激戦を繰り返してきた事もまた無かったが故に、彼等は既に余裕など存在していない。

 

「……そういえば、アリサとカズキさんは?」

「最前線で戦っているみたいね、さすがにこんな状況じゃ新人の教育なんてしている暇は無いでしょ」

「そういえば、いきなりアラガミの様子が変わった原因の調査も同時に行ってるんだよな……ホント、すげえよ」

 

 最前線で戦うという事だけでもそれだけで重荷だというのに、同時に調査など自分にはできないとアーサーは断言できた。

 そしてそれはヘルマンとダニエラも同意である、前線の部隊の取りこぼしを倒すだけで精一杯だ。

 

(無茶してなきゃいいけど……)

 

 一方、カズキとアリサはロシア支部の外で調査を続けていた。

 

「…………どう思う?」

 

 歩を進めながら、カズキは隣に歩くアリサへと問う。

 

「明らかにアラガミの動きに無駄が無くなってますね、もちろんそれでも隙を見つける事はできますけど……何度かアラガミ能力を使わないといけない場面もありました」

「アラガミはオラクル細胞によって進化する、シオちゃん達みたいに知性を身につけたって事かな?」

「その割にはまだ捕喰欲求に従って動いているようにも見えるんですよね、まだ進化の途中なのか……それとも」

「――それとも、人為的な何かがあるのか」

「…………」

 

 だとすれば、この問題はロシア支部だけのものでは無くなる。

 何者かがアラガミに何らかの措置を施し知性を身につけさせた、もしそんな事ができるなら……そこまで考え、アリサは一瞬で思考を切り替え右手に持っていた神機を横薙ぎに振るった。

 刹那、地中から現れたコクーンメイデンが上下二つに分かれ、そのまま生命活動を停止させる。

 

「……私だけを狙っていましたね、今のコクーンメイデン」

 

 気づかれないように地中で移動して、こちらの隙を窺っていた。

 もしも自分がアラガミ化を果たしていなければ対処できなかったかもしれない……アリサの頬に冷たい汗が伝う。

 

「本当にどういう事なんでしょうか、だんだんとならまだ理解できますけど……この数日で確実に凄まじいスピードで進化してますよ」

「……わからない。とにかく今はアラガミをロシア支部に行かせないようにするしか手はないよ、みんな連日の戦闘で疲れ切ってる……このままだと」

 

 このままだと、最悪の事態に陥ってしまうかもしれない。口には出さないがカズキの表情がそれを物語っていた。

 と、カズキの通信機から音が響く。

 

「――はい」

『あ、お兄ちゃん? ローザだけど、今大丈夫?』

 

 通信機から聞こえる幼い少女の声。

 妹のローザだとわかり、カズキは口元に少しだけ笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよ。それよりそっちはみんな元気?」

『もちろんみんな元気だよー、相変わらず激戦区だけど頑張ってるから問題なし!』

「そっか、それならいいんだ。ところでどうしたの?」

『うん。あのさ……そっちでアラガミの群れが発生したんでしょ? だからツバキ教官がローザをロシア支部に派遣する事になって……今ヘリで向かってるの』

「えっ、ローザが!?」

 

 それにはカズキも会話を聞いていたアリサも驚きを隠せない。

 

『もう少しで着けそうかな。お兄ちゃんとお姉ちゃんを驚かせたくて今まで黙ってたの!』

「……あのなあ」

「でもローザが来てくれるなら心強いですよ」

『ありがとうお姉ちゃん、ローザも精一杯頑張るよ。……でも、なんかロシアって変だね』

「変って……何が?」

『うん。上手く言えないけど……あちこちにアラガミのようなアラガミじゃないような反応があるというか……不思議な感じ』

「? ローザ、それはどういう意味?」

『えっと……ごめんお兄ちゃん、ローザにも上手く説明できないんだけど……なんかアラガミなんだけどアラガミじゃないような気配を感じられるの』

「アラガミなのに、アラガミじゃない?」

 

 難とも要領を得ない言葉だ、しかしローザ自身も上手く説明できないのかその口調は小さく躊躇いの色が濃い。

 瞳を閉じてカズキは周りに意識を集中させる、確かにアラガミの気配は感じられるが……それだけだ、ローザの言ったような不思議な気配は察知できない。

 だがローザは自分達よりもアラガミ化の傾向が強い、よってアラガミ探知能力は自分達よりも鋭敏であり彼女にしか感知できないものがあってもおかしくはないだろう。

 

「……とにかく気をつけるよ、ありがとうローザ」

『うん、不安にさせるような事言ってごめん。でも本当に気をつけてね? 何だか嫌な予感がするから――』

「――ごめんローザ、通信切るよ」

 

 まだローザが話しているにも拘らず一方的にそう告げ、カズキは通信機を切り腰にあるバックパックへとしまう。

 既にアリサの表情は戦闘時のそれになっており、カズキもまた神機を握り締め戦闘態勢へ。

 

――辺りは高原、少し先には岩山が見えロシア支部からはそれなりに離れている。

 

 周囲の人間はカズキとアリサのみ、静寂が包まれる中で――命の奪い合いが始まった。

 

『――――っ!!!』

 

 2人が動いたのは同時だった。

 カズキは右方向に、アリサは左方向にそれぞれ神機の刃を振るい――またしても地面から現れたコクーンメイデンを一撃で抉り砕く。

 しかしまだコクーンメイデン達は残っている、地中から現れた数はおよそ三十。

 アリサはすかさず神機を銃形態に、カズキは剣形態のまま地を蹴り左腕をピターの腕に変形させる。

 巨大な腕を大振りに振るい、三体のコクーンメイデンを一撃で肉片に変え、その時にはアリサも二体のコクーンメイデンを銃撃によって身体に大穴を開けて倒していた。

 

 そこでようやくコクーンメイデン達が反撃に移る、頭部から貫通性の高い光弾を一斉に発射し2人の命を奪おうと試みる。

 2人はすぐさま盾を身構え両足に力を込める、光弾が盾を次々と命中していき衝撃と熱が2人を襲うがどうにか堪えきった。

 攻撃が止み、その一瞬の隙を逃さず2人は地を駆ける。

 

 身近の一体を上段からの斬撃で砕き、返す刀で二体目の身体を二つに分けるカズキ。

 一方、アリサは一体目を下段からの斬り上げで左右に分けてからそのまま跳躍し、空中で神機を可変させ貫通性の高いレーザー性の弾丸をコクーンメイデン達に撃ち込んでいく。

 一発ずつ、確実に放たれたそれはコクーンメイデンの頭部に等しく命中、それでも完全に倒せはしなかったもののダメージは大きく相手は反撃する事ができずに苦悶の声のようなものを放っていた。

 着地と同時に自分に迫っていた光弾を回避するためにもう一度跳躍するアリサ、そして再び着地した場所は――ピターの腕に変形させたカズキの左手の上。

 

「せー……のぉっ!!!」

 

 気合を込め、カズキは左手を振るいアリサの身体をコクーンメイデン達の中心へと投げ放つ。

 まるで弾丸のようなスピードで飛んでいくアリサ、その中でもしっかりと相手の姿を捉え――彼女がコクーンメイデンの横を通り過ぎる度に斬撃が舞い斬り裂かれていった。

 カズキもそれに続き地を蹴ってまだ動いているコクーンメイデン達を葬っていく。

 

「っ、ちぃ……!」

 

 しかしそれでも無傷とはいかない、真後ろから殺気を感じ回避行動に移ったカズキであったが、コクーンメイデンが放ったトゲを避けきれず右頬に裂傷が刻まれた。

 真紅の血が宙を舞い、それに伴って痛みが彼を襲うが無論構わず自分に攻撃を当てたコクーンメイデンを瞬時に斬り捨てる。

 アリサは銃撃、カズキは斬撃と変形させた左腕を用いて確実にけれど素早くコクーンメイデンの数を減らしていき――残りが三体となった時、“それ”は空から現れた。

 

「!?」

 

 上空から殺気、カズキは後方に跳躍し……先程まで彼が居た場所に別のアラガミが降り立つ。

 その正体は接触禁機種であるヘラ、厄介なアラガミの出現に2人は顔をしかめるが……同時に、ある違和感を覚えた。

 

(何だ……コイツは……)

 

 違う。

 何がどう違うのか、それはカズキ自身も理解できなかったが、目の前のアラガミが普通ではないという事だけはわかる。

 同じアラガミ故なのか、それはアリサも感じ取ったようで表情に戸惑いの色が見え隠れしていた。

 だが戦場に余計な感情はいらない、2人は瞬時に思考を戦闘用に戻し標的をヘラへと変更する。

 先に仕掛けたのはカズキ、接近して上段からの斬撃を振り下ろした。

 

 その場で大きく真上に跳躍して斬撃を回避するヘラ、すかさず背中から生えている両手翼から大型の火球をカズキに向かって撃ち込んだ。

 盾を展開してそれを防御するカズキだが、威力が高いのか受けきれず後方に吹き飛ばされる。

 続いてアリサが仕掛ける、大きく跳躍してヘラへと近づき近距離から連続で銃撃を浴びせていき、やがて銃口から弾が出なくなったのを確認してから腰にあるバックパックに手を伸ばす。

 

 彼女が取り出したのはOアンプル、銃撃に必要なオラクル細胞を回復させる薬液が入った試験管の蓋を開き口に含み飲み込んでいく。

 その隙を逃さぬとヘラが迫るが、戻ってきたカズキが左腕をスサノオの剣へと変形させ背後から突きを放った。

 完全なる不意打ち、しかしヘラは凄まじいまでの反射神経でその一撃を回避、更にはカズキへと反撃しようとして――身体に衝撃が走る。

 回復したアリサが銃撃を放ったのだ、それによってヘラの動きが止まり――カズキが左腕を振るいヘラの右肩を貫いた。

 

「とった!!」

 

 裂帛の気合を込め、この一撃で決めようとカズキは右手に持つ神機を渾身の力を込めて振り下ろす。

 完全に決まった、カズキもアリサもそれを信じて疑わなかったが……彼の一撃は、ヘラの身体を浅く斬り裂いただけに終わってしまう。

 カズキの一撃が決まる瞬間、ヘラは左肩を自らの意思で引き千切り無理矢理彼との間合いを離したのだ。

 

(こいつ……普通のアラガミ種より強い)

 

 動きも咄嗟の判断力も通常のアラガミとは一線を介している、さすが接触禁忌種と言うべきか。

 だが相手は左腕を失った状態だ、落ち着いていけば難なく倒せる――2人がそう思った瞬間。

 

 

「――――――――――――!!!!!」

 

 

 ヘラが口を開き、声になっていない声を発した瞬間。

 

「ぐっ!?」

「うっ……!?」

 

 カズキとアリサは同時に苦悶の声を上げ、その場に膝をついてしまった。

 

「な、に……!?」

「か、身体が、重い……!?」

 

 突如として、鉛のように重くなった自身の身体の変化に2人は混乱する。

 思うように動かせない、一体これはどういう事なのかと思う間もなく――ヘラが2人に襲い掛かる。

 

「っ、アリサ……!」

「きゃっ!?」

「ぐあっ……!」

 

 無理矢理身体を動かし、カズキはアリサを突き飛ばす事に成功する。

 だが……ヘラの爪が彼の上半身にくい込み鮮血が辺りに散った。

 

「カズキ!!!」

「ぐ、ぁ……!」

 

 焼けた鉄の棒を押し当てられたかのような熱と、思考が塗り潰されるほどの激痛がカズキを襲う。

 致命傷はどうにか避けられたものの彼が受けた傷は深く、赤い血が胸から腹部にかけて流れ出し地面を汚していく。

 

(ど、どうなってるんだ……どうして、いきなり身体が重く……)

(っ、ダメ……身体が上手く動かせない……)

 

 ゆっくりとカズキに近づいていくヘラ、助けに行きたいがアリサもカズキと同じく身体の変調を訴えており満足に動く事すらままならない。

 今のカズキにできる事は近づいてくるヘラを睨み付けることだけ、しかし当然ながらそんな行為など何の意味も持たず。

 

――そして、ヘラが右の翼から火球を生み出し、カズキを消し炭にしようとそれを撃ち放った。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




はてさて、カズキとアリサの運命や如何に。

補足説明ですがあのヘラは少々特殊な能力を持っていまして、カズキとアリサはそれにやられてしまったんですね、尤も普通の神機使いならばあそこまでの症状は出ないのですがね……。

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