神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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今回戦闘オンリーになってしまいました、計画通りにいかないものです……。


番外編6-③ ~飲み干す悲しみ~3

――戦える力を得る事と、実際に戦える事はまったくの別物である。

 

「うっ、ううっ……」

「グルルルル……」

「う、うあ……あ……」

 

 基礎訓練を終え、初めてアラガミと対峙した三名の新人達は、神機を握り締めたまま硬直していた。

 それはあまりにも愚行であり、自ら餌になろうとしているようにしか見えない。

 しかしたとえ戦う力を得たとしても、否、戦う力を得てしまったが故に……アラガミという存在に対する恐怖心が増してしまったのは無理からぬ事である。

 

 人間とは明らかに違う姿、まさしく怪物と呼ぶに相応しいその姿は見るだけで精神を磨耗する。

 更にこちらを単に餌としか見ないその思考、たとえ無様に命乞いをしようとも聞き入られずに容赦なく肉を喰らい骨を砕き、命というものを蹂躙していく。

 そんな未来を想像して、どうして動く事ができるというのか。訓練と実戦とでは天と地ほどの差がある。

 既に戦意を喪失した新人達に、アラガミ――オウガテイルの群れはゆっくりと近づいていった。

 アラガミ達にとって既に目の前の存在は餌でしかない、大きく口を開き鋭い牙を覗かせ、オウガテイルの一体が飛び掛ろうとして。

 

――後方から振り下ろされた斬撃によって、血飛沫を撒き散らしながら左右に分かれた。

 

『………………へっ?』

 

 何が起きたのか理解できないまま、新人達は息絶えたオウガテイルの死骸を見やる。

 

「――戦いの中で立ち止まれば死ぬだけだ、己の中の恐怖心に打ち勝たないと生き残れないよ」

「っ、こ、抗神中尉……!」

 

 オウガテイルを一撃で絶命させたカズキを見て、新人達は先程の恐怖心を完全に払拭させた。

 当たり前だ、神機使いとして最強と名高いカズキが来てくれたのだ、これならば自分達の死は免れると思うのは当然である。

 だが――カズキが次に放った一言によって、新人達は戦慄する。

 

「さあ、後は君達で戦ってみるんだ」

「えっ!?」

「む、無理ですよ……こ、こんな化け物相手に勝てるわけありません!!」

「そ、そうだ。こ、こんなのに勝てるわけが……」

「戦える力はあるはずだ、それに訓練だってしてきた。なら戦って生き残れる」

「む、無理……できるわけない!!」

 

 すっかり萎縮してしまっている新人達、けれどこれは決して恥ずべきことではない。

 誰だって死ぬのが嫌なのは当然だ、助かろうと思うのは生存本能として当然の事である。

 それがわかっているからカズキは彼等を責めない、責めないが……甘やかすつもりもない。

 

「君達はゴッドイーターになったんだ。つまり自らの意思で戦いの中に身を置くことを決意した事になる、そこから逃げることは……死ぬことと同じなんだよ?」

「そ、それは……」

「ガアアアアアッ!!」

 

 オウガテイルが二体、新人達に向かってくる。

 その声を聞いて再び硬直する新人達だが――その一秒後には、二体のオウガテイルの生命活動が停止していた。

 

「これで3対2、数の上では有利だね。……逃げたいと思う事は恥じゃない、生きたいと願う事は当たり前の感情だ。でもゴッドイーターになった以上、いつまでも戦いから背を向ける事はできない」

『…………』

「あんな程度の存在に負ける君達じゃない、それに君達の傍には互いに互いを支える事ができる仲間が居るじゃないか。向こうにはないチームワークを駆使すれば絶対に勝てるよ、自分と仲間を信じて戦うんだ」

「自分と……仲間を」

 

 少しずつ、少しずつではあるが新人達から決意の色が表情に現れ始めてきた。

 無論恐怖の色もある、ただそれでも……もう逃げるという選択を選ぼうとする者は、誰一人として存在していなかった。

 

「よ、よし……やってやる!!」

「オレは後方から援護する!!」

「よし、じゃあ俺は左から攻めるからお前は右側から回り込んでくれ!!」

「おう、わかった!!」

 

 互いに指示を出し合い、自らオウガテイルに向かっていく新人達。

 唸り声を上げて威嚇するオウガテイル達だったが、既に彼等の動きを封じることはできない。

 それを見てカズキは口元に優しい笑みを浮かべながら、いつでもフォローに回れるように待機する。

 

「――おいおい、新人達だけで戦ってるぞ!?」

「……凄いな。オレは初めてアラガミと対峙した時は、何もできなかったものだが」

 

 現場に到着した第三部隊――アーサー達は、新人達とアラガミの戦いを見て驚きを隠せない。

 後方に居るカズキに助けられる事なく新人達だけで戦っている、そうそうできる事ではないのだ。驚愕するのは当然と言えた。

 

「みんなは周囲の警戒と新人達にいつでもフォローできるように待機してて」

「は、はい!!」

(なんで背後に居るのがわかったんだ……?)

「あの、いいんですか? 新人達だけで戦わせるのはいくらなんでも危険なんじゃ……」

「だからこそ僕達がいつでも動けるように待機してるんだよ」

「しかし、どうやって新人達だけで戦わせるようにしたんですか? 普通ならば脅えて動けなくなる筈ですが」

「もちろん最初はそうだったよ。僕はあくまで背中を押しただけ、戦う意思を自ら奮い立たせたのはあの子達自身の力さ」

(そうは言うけど……そんな事を軽々とできるものじゃないのだけど……)

 

 カズキの能力に、ダニエラは心の中でツッコミを入れつつもただただ驚嘆した。

 他の2人も似たような感情を抱き、その中でアーサー達と共に戦いの場にやってきていたアリサはくすっと笑みを零す。

 カズキの優しくも勇気を貰える言葉、それを得たからこそ新人達は恐怖に脅えながらも戦うという選択肢を選べた。

 もちろん中にはそれでも逃げ出す者も居るが、彼の言葉でどれだけの存在が勇気付けられ前に進めるのか彼は些か自覚がないようだ。

 

――戦闘開始から約六分。

 

 途中、何度かカズキ達のフォローがあったものの、新人達は初めての実地訓練をまったくの無傷でクリアした。

 きちんとコアを摘出して、アラガミが霧散した後……新人達は揃ってその場に座り込む。

 

「…………生きてる」

「は、はは……生きてるぞ、俺達……」

「勝てた、アラガミに……」

 

 自分達の勝利に戸惑いを隠すことができず、けれど生き残ったという事実は彼等に安らぎを与え。

 

「――踏み出す勇気が持てたみたいだね、本当によく頑張ったよ?」

 

 カズキの労いの言葉が、今度こそ彼等に「生きている」実感を与えてくれた。

 

「…………すげえ」

 

 それを見て、アーサーはおもわずそう呟いた。

 自分でも随分と幼稚な表現だとわかってはいたが、それ以外の言葉が思いつかないほどに――カズキという存在の大きさを思い知った。

 冷静沈着な態度、全体を見回す観察眼、そして新人達を鼓舞する能力。

 その全てがただ「凄い」としか思えず、19歳にして中尉となり「最強のゴッドイーター」と一部で謳われる理由も理解できた。

 

「アリサ、また凄い人を旦那にしたわね……」

「ふふっ、さすがのダニエラもカズキの凄さに脱帽しましたか?」

「はいはい。旦那が評価されて嬉しいのはわかったからそのにやけた顔をこちらに向けないで」

「よし、じゃあ――」

 

 そろそろ戻ろう、カズキが全員を見回しながらそう告げようとした瞬間。

全員の通信機から、緊急事態を表すアラームが鳴り響いた。

 

『緊急事態です! 正体不明のアラガミが急速接近、これは……今まで確認がされていないタイプです!!』

「ええっ!?」

「な、なんだよそれ……!?」

「…………」

 

 今まで確認された事のないアラガミ、おそらくツバキから聞いたアラガミである可能性が高いとカズキは直感で感じ取る。

 それと同時に、確かに今まで彼が感じた事のないアラガミの気配が、凄まじいスピードでこちらに近づいてきているのがわかる。

 本当に速い、スピードだけならブースターを使用している時のカリギュラ以上かもしれない。

 気配がする方向へと視線を向けるカズキ、アリサも気がついたのか彼と同じ方向を見やる。

 

――やがて、彼等の前に見たことのないアラガミが現れた。

 

「な、なんだ……アレ……?」

「…………蛇? いや、ムカデに近い……?」

 

 現れたアラガミは――巨大な蛇のようなアラガミであった。

 蜂の翅を生やした巨大な身体を持つそれは、ザイゴートのように空を飛んでいる。

 あんな巨大なアラガミが空を飛ぶ姿など見た事がない一行は、おもわず上を見上げながらその場に立ち尽くしてしまう。

 

「っ、拙い……! このままだと上空から侵入される!!」

 

 普段、アラガミ装甲は支部、外部居住区を囲うようなドーナツ状に配置されており、上空には展開されていない。

 もちろん装甲をドーム状に展開させることは可能だ、現に今動いているが……相手のスピードの方が速く間に合いそうになかった。

 

(くっ……アラガミの能力が使えればなんとか対処できるけど、ここでは使えない……!)

 

 そんな事をすればたちまち本部に連れて行かれ実験サンプルにされるだろう、とはいえ支部の外の荒野ではあのアラガミの対処はできない。

 一瞬迷い、カズキはアリサ達に指示を出す。

 

「急いで街の中に戻るよ、危険だけどそこで迎え撃つ!!」

「で、でもそれは……」

「遠距離攻撃ができる者は限られてくる、その間に侵入されれば後手に回るだけだ。だったら一刻も早く戻って避難勧告を出しながらアラガミを迎え撃つしかない!!」

 

 今現在、遠距離攻撃ができるのは新型の自分とアリサ、そしてアーサーに新人1人の四名のみ。

 これで相手アラガミが落ちてくれればいいのだが、相手が発している偏食場の大きさからいってそれは厳しいだろう。

 あれは見た目からでもそうだが大型アラガミに分類される、耐久力も通常のアラガミより更に大きいとわかる。

 

「――わかりました。行きましょう皆さん!!」

「け、けど……」

「銃撃だけであのアラガミを倒すのは無理です、アーサーだってそれはわかるでしょう!?」

「……そうだな。それに万が一進入されれば住民の避難が遅れて犠牲者が出てしまう」

「だったら、避難民を誘導しつつアラガミの相手をする……そっちもキツイけど、被害を最小限に抑えるにはしょうがないか」

 

 どの道この人数では侵入を止める事ができない、全員の意見が一致した瞬間――カズキは地を駆けロシア支部へと戻っていく。

 

「速っ!?」

「ボーっとしてる暇はないわよアーサー」

「わかってる、いくぞ!!」

「……了解」

 

 一秒遅れてアーサー達も彼の後に続く、続いて新人達も混乱しながらもそれに続いた。

 

(――避難指示はもう出てるか、よし!!)

 

 ゲートを通り、外部居住区へと入ったカズキは、あちこちから鳴り響くアラームを聞いて僅かに安堵の表情を浮かべる。

 既に住民達は避難を開始している、対応の速さに感謝しつつも……決して油断するなと己に言い聞かせた。

 

――遂にアラガミが上空からこのロシア支部へと侵入する。

 

 アラガミの姿を見て悲鳴を上げる者達が居るが、カズキはそのまま真っ直ぐ相手へと向かっていく。

 両足の筋肉を膨張させ、爆発めいた速度で地を駆けていくカズキ。

 そしてアラガミへと追いつき――その近くに大きな病院がある事に気がついた。

 

「っ」

 

 狙っている、あの病院を。

 あのアラガミはあそこに自分の餌があると本能で察している。

 

だから。

 

カズキは、絶対に近寄らせないと。

 

アラガミにそう告げて、更にスピードを上げた。

 

 近くの家屋の屋根に跳躍、更に跳躍して五階建ての病院の壁を蹴り三度目の跳躍を行い屋上へ。

 こちらに真っ直ぐ向かってくるアラガミに視線を向けながら駆け、両手でしっかりと神機の柄を握り締めた。

 ただ斬っただけでは駄目だ、胴体を切断しても前の身体が病院に激突する。

 もしそれで相手がまだ生きていたとすれば、そのまま捕喰を繰り返し犠牲者が出るだけでなく建物そのものが崩れ落ちる可能性がある。

 それを防ぐにはどうすればいいのか、思考をめまぐるしく巡らせながら――身体が自然と動いていた。

 

「――おおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 裂帛の気合を込め、カズキはフルスイングで神機の刃を大きく口を開いて建物を捕喰しようとしているアラガミへと振り抜いた。

 風切り音が響くほどの速度で放たれた斬撃は、幅二メートル以上はあるアラガミの胴体を口から真っ二つに斬り裂いていく。

 だが完全に二つに分ける事はできないだろう、相手のアラガミの全長は実に十メートルはある。

 このまま切り裂いていってもいつかは斬撃が止まってしまう、だからカズキは途中で軌道を変え――アラガミの胴体に刀身を突き刺した。

 

「で、やああああああああああ……!」

 

 全身の筋肉を膨張させながら、カズキはアラガミの胴体に刀身を突き刺したまま……文字通りその胴体を“持ち上げてしまった”。

 アラガミ化を果たし、オラクル細胞によって幾多の進化を遂げたカズキの肉体だからこそできる芸当。

 そのまま彼は下に誰も居ない事を確認してから屋上から飛び降り、周囲の地面を陥没させながら自身の神機でアラガミを地面へ固定する。

 

「――後は宜しく」

 

 短くそう告げ、カズキが神機を放して後ろに跳躍した瞬間――アーサーとアリサが放った銃撃がアラガミを釣瓶打ちにした。

 今現在で撃てる全てのエネルギーを消耗してから、アリサは剣形態へと変形させアラガミへと向かい、その後をヘルマンとダニエラが続いた。

 三人の斬撃がそれぞれアラガミの皮膚を裂き鮮血が舞う、更にアリサは大きく跳躍して神機を上段に構えながら落下し。

 

「やああああああああっ!!!」

 

 渾身の一撃を振り下ろし、アラガミの頭部を完全に破壊した。

 ビクッビクッと何度か痙攣しながらも、やがてアラガミはその活動を停止させた……。

 

「終わった、のか……?」

「……ああ、そうみたいだな」

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐き、アーサー達3人は戦闘の終わりを自覚する。

 アリサは自身の神機を抜き取りアラガミのコアを摘出しているカズキの元へと駆け寄った。

 

「お疲れ様ですカズキ。すみません、遅くなってしまって」

「ううん。来てくれて助かったよ、それに先行したのは僕なんだから君が謝る必要なんかないって」

「……それにしても、こんなアラガミは初めて見ますね」

「うん。ツバキ教官が言っていたアラガミって多分コイツの事だと思うけど……こんなにも大型のアラガミが空を飛ぶだなんて、普通の神機使いだと対処しきれないぞ」

 

 もし自分がアラガミ化を果たしていなければ、この病院に被害を出さずにアラガミを倒すことはできなかったと断言できる。

 それほどまでにこのアラガミは驚異的だ、「空を飛べる」という差はそれだけでも脅威となるのだから。

 ……とにかく、このコアを極東支部に送ってサカキ博士に調べてもらおう、何かしらの弱点や対処法を一刻も早く見つけなくては。

 

「――アリサ、ちゃん?」

 

 突如として場に響く、女性の声。

 カズキとアリサは同時にそちらへと身体を向け――アリサは、表情を固まらせた。

 病院から出てきたであろうその女性は、白衣を身につけ一目見ただけで医者だというのがわかる。

 金褐色の長い髪、スラリとした四肢を見せるその姿は成熟した大人の女性を感じさせた。

 顔立ちも整っており、瞳を保護するかのように掛けている眼鏡は深い知性を覗かせ、見惚れてしまうほどの美女であるのは間違いない。

 

 しかしカズキはそれよりも、目の前の女性がアリサの名を呼んだことに対して気になった。

 一体彼女は何者なのだろう、見た目を考えれば少し歳の離れた友人に見えなくもないが……隣に立つ彼女の様子からして、少々違うようだ。

 

「アリサ、彼女は?」

「…………」

 

 返事がない、ただ呆然と目の前の女性を見つめているアリサに、優しい声が響いた。

 

「久しぶりね。元気だった?」

「…………はい、リディア……先生」

 

 

 

 

To.be.Continued...




はい、前回のあとがきで書いた予告と違ってしまいました、申しわけありません。

ちなみに今回乱入してきたアラガミの名前は「ヨルムンガルド」、漫画で出てきたアラガミです。

次回はいよいよリディア先生が登場、お楽しみに!!

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