遂に、遂に2人が……!
「――最近、カズキが冷たいんです」
(また始まった……)
エントランスロビーにて、アリサの放った言葉に聞いていた第一部隊の面々(カズキを除く)は揃って心の中でそう思った。
当たり前だ、このバカップルがお互いを邪険にするなどありえない。どうせまたアリサの考えすぎだと皆は判断する。
しかし……どうやら今回は違うようだ。
「この間も一緒に出掛けようと誘ったのに、『用事があるから無理』って……」
「いや、カズキは隊長なんだからしょうがなくね?」
「一度や二度なら私だって我慢しますよ、でも……これで通算二十七回目なんです」
(誘いすぎだろ)
「あら……それは確かに変ね」
あのカズキがアリサの誘いをそれだけ断るなど珍しい、というより初めてかもしれない。
今回ばかりは彼女の考えすぎではないと思い始め、面々は改めて耳を傾ける事にした。
「ま、まさか……他の女性と……!」
「いや、それこそありえないから」
「ですよね……カズキに限ってそんな事あるわけが……」
まるで自身へと言い聞かせるように呟くアリサ。
そう、カズキに限ってそんな事は絶対にありえない、そう思っても……一度脳裏に浮かんだ不安は簡単に消す事はできない。
「何してるのかカズキは話してくれないのか?」
「はい、事あるごとに上手くはぐらかされて……」
(ふむ…確かに怪しいな、あのカズキがアリサに隠し事か……)
彼の事だ、なにかしらの理由があるのはわかるが、かといって今のアリサに「気にするな」と言ったところで意味はない。
ましてやこのまま放っておけば彼女のコンディションは下がる一方だ、このアナグラの主戦力を失うわけにはいかない……そう思ったリンドウはタバコを灰皿に押し付けながら口を開く。
「よし、だったらオッサンが一肌脱いでやりますかね!」
「えっ?」
「それとなくカズキに訊いてみてやるよ。ミッションの最中とかにな」
「リンドウさん……ありがとうございます。私、初めてリンドウさんが頼もしいと思えました!」
「えっ……アリサの中の俺の評価ってそんな低かったのか…?」
思いがけないアリサのカミングアウトに、リンドウの心はちょっぴり傷ついた。
しかし彼はめげない、たまには年長者としての威厳を見せなくてはかっこ悪いというちょっとした意地も混じってはいるが、カズキとアリサの仲を心配する気持ちは本物なのだから。
――数日後。
「――わりい、上手くはぐらかされて何の情報も得られなかった」
「使えないオッサンですね」
「…………」
「……よしよし。リンドウ、あなたは頑張ったわ」
絶対零度の視線と口調のアリサに罵倒され、リンドウ撃沈。
その隣に座っていたサクヤは、なんともいえない表情を浮かべつつも愛する夫を慰めていた。
「けどなんだかんだで信頼されてるリンドウさんにも話さないとか……よっぽどの事なんだろうな」
「……ほっとけよ。アイツが何か怪しい事をやってんじゃねえんだから、余計な詮索は意味ねえって」
「何を言うんですかソーマ! 恋人として、カズキが何をしているのか気にならないのは不自然です!!」
「そういう相手の事をなんでも知りたがり過ぎるのはどうかと思うがな、裏を返せば恋人を信頼していない証拠じゃないのか?」
「――――っ」
ソーマの言葉に、アリサは喉を詰まらせ何も言い返せない。
「おいソーマ、言い過ぎだぞ!」
「俺は事実を言ってるだけだ、アリサがカズキをどれだけ想ってんのかは俺だってわかる。だが子供みたいになんだって知りたがろうとすれば、それはそのままアイツの負担になるだろうが」
「そ、それはそうかもしれないけどさ……!」
「……いいんですコウタ、ソーマの言っている事は正しいですから」
「アリサ……」
「リンドウさん、わざわざ訊いてくださったのにすみませんでした。……ちょっと、頭を冷やしてきます」
言って、アリサはその場から逃げるように走り去っていく。
「…………チッ」
「まあ、ソーマの言い方がキツイのは今に始まった事じゃないし……正直、俺はソーマの言い分も正しいと思うぜ」
「……そうね、私も全部が正しいとは言わないけどそう思う」
「サクヤさんまで……」
「アリサはまだ私達より子供なのよ。幼い頃に両親を目の前で失ったというのもあるけど……あの子にとってカズキは文字通り“全て”。だからこそ彼の事をなんだって知りたいと思ってしまう」
それが間違いだとは言わない、想い人の事を知りたいと思うのは当然の感情だ。
しかし――それではいつか破綻する、ソーマの言う通りカズキにとっての負担になりかねないからだ。
互いに想い合い支え合い……そして必要以上に干渉をしない、それが恋人同士の暗黙のルールのようなものだから。
「……難しいわね。恋愛というのは」
「何言ってんだよサクヤ、俺からしたらカズキがさっさと決意を固めないからややこしい事になると思うけどな」
「貴方には言われたくないと思うわよリンドウ。それにカズキはともかくアリサの年齢はまだ……」
「あれ? けど確かあと数日でアリサのやつ………」
■
「――――はぁ」
ベッドに背中を預け、アリサは自己嫌悪に陥る。
「ソーマの言う通りですね……ドン引きです……」
―――子供みたいになんだって知りたがろうとすれば。
「…………子供。そうですね……私は本当に子供です」
カズキの事をもっと知りたい、彼の事が知りたくてたまらない。
子供みたいに幼い思考、これでは恋人ではなく……手のかかる子供と親のようだ。
アリサとてわかってはいる、いくら恋人同士とはいえ自分には自分の…そしてカズキにはカズキのプライバシーがある。
現にカズキは必要以上に自分へと問いただしたりはしない、それは彼自身その行為が好ましいものではないとわかっているから。
アリサを信頼しているからこそ必要以上に知りたがろうとしない、だというのに自分は一体何をしているのだろうか……アリサは自分の矮小さにおもわず笑ってしまう。
(私がこんなんじゃ、カズキの負担になるだけ……? カズキの迷惑になるだけかな……?)
そんなのは嫌だ、彼の負担になるなど自分が望んでいる事ではない。
では……このまま恋人同士であることをやめなくてはならない………?
(っ、そんなのやだ……!)
彼が好きだ、どうしようもなく愛している。
離れたくなんかない、彼はアリサにとって全てであり無論代わりなど居る筈もない。
絶対に離れたくなんかない、そんな事をすれば心が壊れてしまう。
(だけど、このままじゃ私は……)
今だって、彼が一体自分に何を隠しているのか……それを知りたくて堪らなくなっている。
本当に自分の心は不安定で弱く子供じみている、自身の不甲斐なさに涙すら浮かべながら……ふと、アリサの視線は壁にかけられたカレンダーへと向けられた。
「…………あっ」
そして彼女は、ある事に気がついた。
それに気がついて――アリサの表情は余計に曇っていく。
(…………もう、今日はこのまま寝てしまおう)
今日は幸いにも任務はない、そもそもこんな状態では満足に戦えないのでちょうどよかった。
枕に顔を埋め、アリサは何も考えないようにしながら無理矢理眠りの世界へと旅立っていく。
(……あと、四日……)
あと四日で、アリサにとって特別な日が訪れる。
それは―――自身の十六歳になる誕生日であった。
――そして、四日後のある時間。
「――アリサ!!」
「えっ……?」
自己嫌悪を引きずりながらも、ゴッドイーターとしての任務に励んでいたアリサ。
というより、今は何も考えずに身体を動かしたかったというのが正しいのだが……そんな彼女の背後から、久しぶりに聞き慣れた声が響いた。
「………………カズキ」
「任務お疲れ様。どこか怪我しなかった?」
相変わらずの優しい声、自分を心配してくれているとわかりアリサの心は自然と弾んだ。
だが――今回はいつものようにアリサはカズキに笑みを返すことができなかった。
「……アリサ、どうかした?」
「い、いえ……別に……そ、それより何か用ですか? もし特に用事がないのなら部屋で休みたいのですが……」
自分でもわかるくらいにカズキから視線を逸らし、アリサは矢継ぎ早に言葉を放っていく。
――カズキの顔が見れない。
彼は何も悪いことはしていない、それがわかっているのに……抱いてしまった不安がアリサの心を蝕んでいる。
また問いただしてしまう、彼の事を何でも知ろうとして迷惑をかけてしまう。
だからアリサは懸命にカズキから離れようとしているのだが、その心を彼は汲み取ってはくれなかった。
「……大切な話があるんだ。とても大切な話が」
「―――――」
今度こそ。
その言葉で、アリサの心は完全に凍りついた。
大切な話、それはまさか……。
「……あ、や……だ……」
「アリサ……?」
「や、だ……お願い、嫌いに……ならないで………」
搾り出すように言葉を放ちながら、アリサはその瞳から大粒の涙を流し地面を濡らしていく。
対するカズキは、アリサの言っている事が理解できず混乱していた。
「アリサ、何を言っているの? 僕がアリサを嫌いになるわけないじゃないか」
「で、でも……じゃあ、どう…して……最近、私に構ってくれないんですかぁ……!」
顔を上げ、涙でくしゃくしゃになった顔を隠そうともせず、アリサは自分の不安をカズキへとぶつける。
こんな事をしてしまえばまた彼の迷惑になる、頭の片隅ではそう思っていても感情が制御できなかった。
「私、子供だから……いつもカズキが何してるのか、知りたくて……束縛して、迷惑かけて……」
「そんな事ないよ、大切に想ってくれているから知りたいと思ってるんでしょ?」
「で、でも……」
「――ごめんね、アリサ」
そう言って。
カズキは、泣きじゃくるアリサの身体を抱きしめ、あやすように優しく頭を撫でてあげた。
「最近君との時間が取れなかった事は謝るよ。でもそれは君の事が嫌いになったとかじゃなくて……ある物を買うために高難度の任務にばかり行ってたから……」
「えっ……ある物?」
「うん。……アリサ、今日が何の日かわかる?」
「今日、は……」
今日という日を思い返す、暫し思考を巡らせ……アリサはある事に気がついた。
「……私の、誕生日……」
「そう、今日で君は十六歳になるんだ。そしてそれがどういう意味に繋がるか、わかるかい?」
「えっ? えっと……どういう意味ですか?」
わからないといったアリサに、カズキは一度大きく深呼吸をしてから――抱きしめていた彼女の身体を少しだけ離す。
その後も何度か深呼吸を繰り返したり、少しずつ顔を赤らめたりと……なんだかカズキの様子がおかしい事に気づき、アリサは首を傾げた。
「――アリサ、君は今日から十六歳になった。それはつまり……“結婚できる年齢”に達したという事になる」
「…………………………はい?」
「だ、だから……君は十六歳になったんだから、もう結婚できる歳だってわかるよね?」
「え、ええ……それは、まあ」
「そ、それでね……その、僕もいい加減覚悟を決めたというか前々から考えていたというか……あーもう、駄目だ。頭がパンクしそうで上手く言えない……」
「えっと……」
一体カズキは自分に何が言いたいのだろう、さっぱりわからないアリサは混乱するばかり。
すると、カズキは胸ポケットからあるものを取り出した。
それは小さな正方形の箱、しかしただの箱ではなくアリサはこれをどこかで見たような気がして……。
「――ぼ、僕と…結婚してくだしゃい!!」
少し裏返り、しかも最後に至ってはカミカミなカズキの声が、アリサの耳と周囲に響き渡った。
「…………えっ」
「や、やっぱり高価な指輪のほうがいいかなって思って高難度の任務でお金を稼いだんだけど、任務の時に装着してたら邪魔になると思って結局そんな高くないものにしちゃったけど……」
言いながら、カズキは正方形の箱を上に開く。
中に入っていたのは……銀色の美しい指輪であった。
特に装飾等はない円形の指輪、しかしその光沢はただ美しく鍍金の輝きではないと素人目で見てもわかる。
「――――」
「まだ僕は大人と言えるような存在じゃないかもしれないけど、アリサを想う気持ちは誰にも負けない。そ、それに君と家庭を築きたいと思っているし……本当に好きで、愛しているから」
「――――」
「だ、だから僕は…………って、アリサ?」
先程からまったく反応がないアリサに、どうしたのかとカズキが視線を向けると……。
「………………………………きゅう」
「アリサ!?」
もう病気なんじゃね? と思えるほどに顔を赤く染め、変な声を出してアリサはバタンとぶっ倒れてしまった。
慌てて彼女を抱きかかえ名を呼ぶカズキであったが、暫くの間アリサが目を醒ますことはなかったという。
こうして――カズキの一世一代のプロポーズは、アリサの『カズキを疑ってしまった』自分に対する罪悪感やプロポーズをしてくれたカズキに対する嬉しさ等が複雑に混ざり合い、微妙な結果に終わってしまったとかなんとか。
『…………どうしよう』
To.Be.Continued...
はい、自分でも書いていて「どうしてこうなった」状態です。
無論こんなオチのままでは終わらせません、ええ終わらせませんとも!
でも書いてて楽しかった~。