お互いの絆を深めながら着実にアラガミを駆逐していき、遂に任務の終わりが訪れようとしていた……。
「――はい、はい。ええ、接触禁忌種のアラガミは大体減らせたと思います」
『そうか。こちらでもアラガミ反応の消失を確認している、数日もの間ご苦労だったな』
「いえ、それが僕達の仕事ですから」
通信機越しに、経過報告をツバキに告げるカズキ。
エイジス島に来て既に五日目、カズキはアリサと共に順調に接触禁忌種に指定されているアラガミの駆逐を進めていた。
本来ならば通常のアラガミよりも高い能力を持っている接触禁忌種であるが、アラガミ化している2人の前では力不足である事は否めない。
とはいえカズキもアリサもこの数日間で確実に疲れの色を見せ始めていた、そんな中ツバキの通信が入り今に至る。
『本日一七○○をもって両名の任を解く、迎えの船を向かわせるので海岸付近で待機していろ。いいな?』
「わかりました」
『……この任務が終わったら2人には休暇を与える、楽しみにしておくといい』
少しだけ普段とは違う優しい口調でそう言うと、ツバキの通信が切れた。
ありがとうございますと感謝の言葉を呟いてから、カズキは恋人であるアリサの元へ。
「あ、カズキ!」
「アリサ、どうし……!?」
カズキの全身に悪寒が奔る。
アリサが両手で持っている物体、鍋の中に入っている存在をカズキの第六感が危険物だと感知したようだ。
「……アリサ、それは?」
「え、あ、はい……お料理をしてみたのですが……」
「へ、へえ……」
鍋の中に入った物体、それは言うなれば黒い液体であった。
匂い自体は特別悪いわけではない、むしろボルシチのような良い匂いを漂わせている。
ただ色がおかしい、もう墨だろこれと言いたくなる様な見事な漆黒、はっきり言って匂いは良くともこの見た目で食欲が湧かないのは言うまでもない。
というか、どうして匂いは良くて見た目が凄まじいのかが理解できない、一体彼女はどんな調理法を行ったのか……純粋にカズキは気になったがもちろん訊く勇気はないわけで。
「そ、その……将来のためといいますか、やっぱり仕事から帰ってきた旦那様を美味しい手料理で癒すのが妻の役目といいますか……」
「アリサ……」
顔を赤らめながらそんな可愛い事を言ってくるアリサに、カズキの心は歓喜の色に染まっていく。
……だがしかし、それとこれとは話が別なのもまた事実であった。
(食べないと……ダメだよね……)
この世はとても残酷である、心の中でそう思いながらカズキは彼女が持ってきた料理を食べる決心を固めていく。
こんなのアマテラスとポセイドンとハガンコンゴウとアイテールとディアウス・ピターとスサノオに囲まれた時に比べれば……必死に自分にそう言い聞かせ、カズキはアリサと共に作業員用居住区跡地へと戻る。
テーブルに用意されたアリサ特製のボルシチ(?)を暫し眺めてから――カズキは、意を決してそれを口に含んだ。
「…………」
「ど、どうですか……?」
不安げな表情を隠す事無く、カズキに問うアリサ。
「…………うん、独創的だね」
「え……?」
カズキのコメントに、おもわずキョトンとしてしまうアリサ。
今のは褒められているのだろうか、正直判断に困る返答であった。
しかしカズキはどんどん料理を口に運んでいる、つまりは……ちゃんと食べられる代物だというのは間違いなさそうだ。
(よかった……でも、独創的っていうのはどういう意味なのでしょうか?)
(……不味くはない、不味くはないから食べられる。というかアリサがせっかく作ってくれた料理を残したくない……)
料理がまったくできなかった彼女としては素晴らしいまでの進歩だ、何せ当初は食べられもしなかったのだから。
しかし……美味しいと言われれば……ノーコメントで。
――そんなこんなで、アリサ特製ボルシチ(笑)を完食するカズキ。
「ご馳走様でした」
「御粗末さまでした。……ふふっ」
「? どうしたの?」
「いえ、ただ……その、こうしてると私達……えっと、その……ふ、夫婦みたいかなーって」
「…………」
夫婦、それは婚姻を果たした男女に呼ばれる名称。
現在カズキは19歳、アリサは15歳。彼女が16歳になれば結婚できる歳になる。
リンドウとサクヤの結婚式を見てからというものの、それに対する憧れを強くしたアリサは時折こんな事を言い出すようになった。
もちろんカズキとてアリサとの将来を考えた事は一度や二度ではない、そのために色々と資金のようなものをせっせと溜め込んでいるのだから。
――既に、カズキの中である決意が固まりつつある。
「そういえばアリサ、ツバキ教官から連絡があったよ」
「どんな内容でした?」
「本日一七○○をもって任を解くって、その時間には迎えの船が来るから準備しとけって言ってた」
「え、今日ですか!?」
「えっ……そうだけど……」
キョトンとするカズキに、アリサは身体をワナワナと震わせ一言。
「カズキと全然夏の思い出を作ってないじゃないですか!!」
「ええー……」
「カズキ、今から海に行って泳ぎましょう! そしてポロリという伝統イベントを終えた2人は青空の下で……」
「ストップ、それ以上はいけない」
何を言い出すのかこの少女は、またも始まった恋人の暴走をどう宥めようかカズキは思考を巡らせて。
『――――っ』
2人はほぼ同時に、“それ”に気がついた。
「アリサ!」
「はい!!」
同じくほぼ同時に動きを見せ、2人は武器である神機を収納トランクから開放しながら部屋を出る。
そのまま真っ直ぐある場所へと向かい……そこは、エイジス島の外であった。
「まったく、せっかく夏の思い出を作ろうと思っていたのに……!」
「仕方ないさ、それより油断は禁物だよアリサ!」
「わかっています。どんな時でも全力で戦うって決めていますから!!」
神機を構えつつ、2人は辺りを警戒する。
――アラガミの反応だ、数は1つ。
この付近から感じ取れたのだが、見渡す限りアラガミの姿はない。
海の中に居るのだろうか、とにかく警戒をしたまま2人は暫しその場でアラガミの場所を捜し出そうとして。
「きゃっ!!?」
「うわあっ!!?」
突如として2人の周囲の地面が盛り上がり、そのまま上空に投げ出されてしまった。
瞬時に思考を切り替え2人は地面から現れた存在――指定接触禁忌種であるアラガミ、“カリギュラ”へと視線を向ける。
「こいつ……!」
「この……っ!」
神機を上段に構える2人、そのままカリギュラの頭部を斬り喰らおうと振り下ろし。
「ぐ……!」
「うぁ……!?」
カリギュラの両腕から展開された大型ブレードによって阻まれ、そのまま弾かれた。
空中で体勢を立て直しながら着地、それと同時にカズキが動きアリサは神機を銃形態へと可変させる。
銃口をカリギュラに向けながら連続で弾丸を発射、迫るそれをカリギュラは両腕のブレードで悉くを弾き飛ばしてしまう。
しかしその隙にカズキはカリギュラの懐へと潜り込む事に成功、裂帛の気合を込めて神機を振るい――カリギュラの右腕に裂傷を負わせた。
(っ、浅い……!)
だが決定打には程遠い、返す刀で追撃をしようとして斬撃が虚しく空を切った。
後退するカリギュラを見て、今度はアリサが接近戦を試みようと剣形態に変えながら地を駆ける。
「やああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「オオオォォォォォォッ!!!」
互いに気合を込めた雄叫びを上げ、アリサは下段から、カリギュラは上段からの斬撃をそれぞれ相手へと叩き込んだ。
お互いの攻撃がぶつかり合い、金属の甲高い音を響かせながら――爆撃めいた音と共に互いに弾かれる。
凄まじいパワーのぶつかり合いに空気が震え、両者がぶつかり合った周囲の地面は大きな陥没を生み出していた。
「ガアァァァァァァッ!!!」
右腕だけで地面から上空へと跳び、カリギュラは背中のブースターのような機能を持つ部位を展開。
まさしく戦闘機のように空中を飛び、いまだ地面を滑りながら吹き飛んでいるアリサへと吶喊していく。
「させるか!!」
だがそれを悠長に許すカズキではない、左腕に自身のオラクル細胞を集中して流し込み――異形の姿へと変えた。
いつものピターの腕ではなく、たった今戦っているカリギュラの左腕を模して変化した腕から、大型のブレードが展開される。
「う――おおぉぉぉっ!!!」
力任せに異形の腕を振るい、白銀の光を見せるブレードがカリギュラの身体を二つに分けようとして……またしてもカズキの一撃は空を切る。
「ちぃ……!」
命中する寸前、背中のブースターで無理矢理方向転換を行い難を逃れたようだ、大きく舌打ちをしながらカズキは左腕を元に戻す。
やはり強力なアラガミの部位に変化させるのは大きく力を削いでしまうようだ、自身の体力の低下にカズキは自覚しつつ戦闘を続行する。
「カズキ!!」
「っ、アリサ……!?」
突如として、カズキのオラクル細胞が活性化する。
その現象はまさしく『バースト』状態であり、しかし彼はカリギュラを捕喰してはいない。
「カズキ、決めてください!!」
(これは……アリサの力か!?)
そう、カズキの予想通りこの現象はまさしくアリサのアラガミ能力による恩恵であった。
彼女は自身のオラクル細胞を自由に活性化させる事ができ、尚且つ近い距離であるなら他者の神機使いもレベル1ではあるものの『バースト』状態にする事ができる。
だがこの行為は彼女の体力を著しく消耗する荒業であり、事実彼女は膝を突き荒い息を繰り返していた。
――だが、バースト状態になったカズキが相手では如何にカリギュラといっても力不足である。
「消えろ!!!」
カズキの姿が消える。
それをカリギュラが理解した時には既に遅く、カズキの斬撃が四手アラガミの身体に刻まれていた。
「グゥ、ガアアァァァッ!!!」
両腕のブレードをカズキ目掛けて叩き降ろすカリギュラ。
風切り音が響くほどのスピードを誇る一撃であったが、リングバースト状態のカズキの身体能力の前には止まっているも同然。
跳躍して回避、八メートル近いジャンプを見せ、カズキは神機の切っ先をカリギュラの頭部へと構え――そのまま落下し始めた。
「おおおおおおおおおおおっ!!!」
重力によって加速を続け、これが最後の一手になる事を願うかのようにカズキは咆哮を上げながら落ちていく。
カリギュラの視線がカズキへと向けられ、次の一撃が自身を捕喰する一撃だと理解した瞬間、カリギュラも同じように咆哮を上げながらブレードをカズキ目掛けて振り上げた。
アラガミの巨体から繰り出される大型ブレードは、神機に比べ圧倒的な射程距離を誇る。
故にこのまま落下を続ければ、カズキの攻撃が届く前にカリギュラの攻撃が彼を薙ぐだろう。
――無論、それがわからないカズキではなく。
――けれど、彼はそのまま落下を続け。
「――決めてくださいよ、カズキ!!」
「ゴガ……ッ!!?」
カリギュラの真横から放たれた砲撃――アリサの一手がカリギュラのブレードに命中し、軌道が外れる。
そのまま、吸い込まれるようにカズキはカリギュラのブレードを潜り抜けて――
「これで、最後だ!!!」
渾身の力を込め、カリギュラの頭部に神機の切っ先を突き刺した。
それだけでは留まらず、落下のスピードを加えたその一手は止まる事無く頭部から上半身、更には下半身まで切り裂いていく。
「カ、カ……!」
もはや悲鳴にすら識別できないか細い声が、カリギュラの口から漏れ出して。
蒼き竜は、カズキの一撃によって身体を二つに分けられ、その生涯に幕を閉じたのだった……。
■
「――ふーっ、海の中に入るのって気持ちいいですね」
「そうだね。でも……アリサって泳げないんだ」
「う、うるさいですね……泳げなくたって生きていけます!」
頬を膨らませ睨んでくるアリサに、カズキは苦笑しつつごめんごめんと謝罪の言葉を口にする。
――カリギュラとの戦いが終わった後、2人は水着に着替え海水浴を楽しんでいた。
辺りにアラガミの姿も気配も無いし、迎えの船が来るまで時間がある。
なので最後に2人っきりの思い出を作ろうと、カズキとアリサはかつての人類が当たり前のように行っていた海水浴を楽しむ事にした。
2人っきりの甘い時間、願わくば永遠に……とは思いつつも、もうすぐ迎えが来る事を確認して2人は海から出ていつもの服に着替える。
「……楽しかったですね」
「そうだね。任務だったけど……最後にこうしてアリサと過ごせたのは楽しかったよ」
海を眺めながら、互いの手を絡ませ2人は互いの温もりを求め合う。
邪魔する者は誰もいない、今の世界にはカズキとアリサの2人だけだ。
だが、その中でカズキは――今回の任務について考えていた。
(接触禁忌種クラスのアラガミの増加……何かの前触れで無ければいいけど……)
アラガミによって全てを奪われた世界、それを取り戻す事はもうできないのかもしれない。
だが人類が手を取り合って生きていけば、きっと光溢れる世界が訪れるとカズキは信じていた。
否、そんな世界が訪れるようにしなければならないのだ、自分達にはその責務がある。
――かつて、自身にとって誇れる答えを返し、その道を否定したヨハネスの屍を乗り越えたのだから。
(……大丈夫、いつになるかはわからないけど……きっといつか、平和な世界が来るはずだ……)
それまでは戦い続け、大切な者達を守っていこうとカズキは改めて己に誓いを建てる。
なにより――隣に座る少女との幸せな未来のためにも、戦い続けなければならない。
「カズキ……」
「アリサ、んっ……」
彼女からの口付けを甘んじて受け入れる。
くらくらするような甘美な口付け、すぐさま彼女自身を欲しいという欲求が募るものの、相変わらずの鋼の精神でそれを抑え付ける。
尤も――それもあと少しで終わりを告げるかもしれないが。
To.Be.Continued...
番外編第三弾、おしまいです。
ネタが尽きた……さて次の番外編はどうしたものか。