どんなに可能性が低くとも、どんなに絶望的な状況だとしても。
諦めれば道は閉ざされ、その僅かな可能性すら……消えてしまうのだから。
「…………」
「待ってください……カズキ」
聞き慣れた声。
間違えようの無い、カズキにとって一番大切な存在。
それが今……彼の行動を咎めるように、止めようとしていた。
「…………アリサ、どうして止める?」
振り返る事もせず、カズキは自分を止めたアリサへと問う。
「どうして……どうして最後まで諦めずにローザを救う方法を見つけないんですか?」
「…………」
「カズキはどんな事があっても諦めない強い心があるはずです、なのに……どうしてこんな」
「――――捜した事が無いと、思っていたのか?」
「えっ?」
「ローザと対峙して、自分を殺すように言われて……口ではああ言ったけど、僕が本当に諦めていたと思っているのか?」
それこそ、死に物狂いで探した。
サカキ博士にも相談した、本部のアラガミに対する極秘資料も違法と知りつつも無断で閲覧した。
だがそれでも――方法を見つける事は叶わなかったのだ。
そして、改めてローザと対峙して……アラガミになったカズキは理解してしまった。
既にローザはアラガミと同位、否――アラガミ以上の怪物に変貌してしまったということに。
治す方法が見つからず、更にこのまま放っておけば際限なく人を襲い世界を食い尽していく。
おそらくローザは終末捕食を引き起こす『ノヴァ』になる可能性を秘めたアラガミだ。
それを放っておけば世界は終わる、だから……だからカズキは、こうやって自分1人で終わらせようとしているのだ。
「……もうこれ以上ローザを野放しにするわけにはいかないんだ、この子を放っておけば……どうなるかぐらいわかるだろう!?」
「でも、それは……!」
「誰かがやるしかないんだ、君だってもし両親が今のローザと同じ状況になっていたら同じ選択を選ぶだろう?」
「…………」
アリサは答えない。
肯定はしない、けれど……否定もできなかった。
わかっているのだ、カズキの言っている事は正しいと。
遠い未来、いつかアラガミ化を防ぐ手段が見つかるかもしれない。
だが今の時代にその方法は無いのだ、ならばどの選択を選ぶのが正しいのか――誰が見ても明らかであった。
「僕を血も涙も無い化け物だと罵ってもいい、だけど……僕はゴッドイーターなんだ、罪なき人々をアラガミから守らなくちゃいけない役目を背負って生きているんだ。たとえその結果……家族を失ったとしても、自分のやるべき事を見失うわけにはいかないんだ」
まるで自分自身に言い聞かすように言って、カズキは再び神機に力を込めた。
後は振り下ろすだけ、ローザはまだ立ち上がれないのだから。
「…………」
振り下ろすだけでいい、ただそれだけで全てが終わる。
――それ、なのに。
「――――なん、で」
神機を、振り下ろせないのか。
「……振り下ろせるわけないじゃないですか、カズキだって諦めたくはないのでしょう?」
「だけど……僕は」
「ダメですよ。自分を偽っても後々後悔するだけなんですから」
後悔する道をカズキは選ばない。
だから神機を振れない、彼では……ローザを殺すことなんてできない。
「……じゃあ、僕はどうすればいい?」
「見つけるんです。みんなで……ローザを救う方法を」
見つかる根拠なんて何処にもない、けれどここで諦めればきっとカズキは後悔する。
今まで通り生きる事はできなくなる、そんなことアリサは絶対に認められない。
「――――ウ、ァ」
「っ、アリサ、下がれ!!」
アリサを庇いながら、一度ローザから距離を離すカズキ。
身構え、相手の出方を窺うが――なにやら様子がおかしい。
「ァ、ァ……ウゥ……」
「何だ……?」
急に苦しんでいるような呻き声を出し、ローザはその場で固まってしまっている。
既にカズキに対する殺気や敵意は消え去っており、それが余計に不可解で2人は困惑を隠せない。
一体どうしたのか、困惑したまま2人がローザの様子を見ていると……。
「えっ……?」
「な、なに……?」
2人の神機が、まるで鼓動のようにどくり、と鳴った。
ローザから視線を逸らし、2人は自らの神機を見やる。
――またどくりと神機が鳴った。
まるで何かと共鳴するように……2人に何かを知らせるように、神機は謎の現象を発生させ続ける。
「ア、ウ……お兄、ちゃん……お姉、ちゃん……」
「――――!!?」
「ローザ……!?」
その声に2人は驚愕する。
完全にアラガミと化した筈だというのに―――今の声は、間違いなく“人間としての”ローザの声であった。
一体何が起きているのか、その疑問を解明するかのように……第三者の声が場に響き渡る。
「カズキ、アリサ!!!」
「シオちゃん……!」
現れたのはシオだけではない、第一部隊の面々やラウエルもカズキ達の前に姿を現した。
そんな中、シオは2人にある事を告げる。
「カズキ、アリサ、あのアラガミ……“まだ人間が残ってるよ”!!!」
「…………えっ」
「なかでにんげんとアラガミがたたかってるよ!!」
シオの言葉に続くように、ラウエルもそう告げた。
……その言葉の聞いて、アリサは自分とカズキの神機へと視線を向けた。
(私とカズキの神機には、まだローザだった頃のヴァルキリーのオラクル細胞が埋め込まれているんだ……)
そして、現在も続いている謎の現象。
シオとラウエルの言葉、それらがアリサの中でパズルのピースのように合わさっていく。
(もしかして……でも、もしかしたら………)
ありえない、けれどもしも自分の考えている事が現実に起こっているとしたら……。
――まだ、ローザを救う手立ては残っているかもしれない。
「逃げ、て……」
掠れた声で言いながら、ローザは2人へと迫る。
槍による一撃を放ち……しかしそれは、カズキとアリサを守るように前へと出たリンドウとソーマによって防がれる。
「っと……家族に手を出すなんざ、反抗期なんじゃねえの……?」
「リンドウさん!!」
「カズキ! お前の気持ちはよーくわかるし間違ってるなんて言うつもりはねえ。けどな……男なら、最後の最後まで足掻いたってカッコ悪くねえぞ?」
「リンドウさん……」
「お前には沢山命を救われた、いつか必ずこの恩は返すと決めてここまで生きてきたんだ……だから、自分の本当の望みのまま行動してみろ!!」
「…………」
「――逃げてんじゃねえぞ、カズキ」
「ソーマ……」
「テメエはシオを助ける為に最後まで諦めなかった、そんなテメエが居たから今だってアイツは暢気に生きてられる。アラガミを救うなんて馬鹿げた事ができたテメエが……諦めるなんて選択を選んでんじゃねえ!!」
「…………」
「馬鹿げた願いも、理想も、テメエ1人で叶えられないなら……ここに居るお人好し共を使ってでも叶えてみせろ、部下を使うのが隊長としての責務だろうが!!!」
「貴方はリンドウを救ってくれた、そして今まで沢山の存在を助けてきた……そんな貴方だからこそ、私達は力を貸したいと思っているのよ」
「サクヤさん……」
「カズキ、家族はどんな事があっても見捨てちゃいけないんだ! それをオレに教えてくれたのはカズキだろ!? だから……最後まで諦めるな!!!」
「コウタ……」
皆の想いが、カズキの心を優しく包んでいく。
(そうだ……僕は、いつだって……)
1人で戦ってきたわけじゃない、1人で守ってきたわけじゃない。、
「かずき、がんばれ!!」
「頑張れ、カズキ!!」
いつだって、仲間が傍に居てくれた、自分を助け支えてくれたじゃないか。
だからこそ決して諦めなかった、どんな辛い現実にも逃げずに立ち向かってきたじゃないか。
――逃げるな、諦めるな。
「――助けたい。僕は、ローザを……救いたい!!!」
「そうです。絶対に救いましょう!!!」
もう諦めない、迷いなど捨てた。
今はただローザを救う、ただそれだけを思って駆け抜ける――!
「皆さん、多少ダメージを与えてもいいですからローザの動きを止めてください!!」
「そりゃいいけど……何か考えがあるのか?」
「もちろんです。――カズキ、神機の中にあるヴァルキリー……ローザのオラクル細胞をどちらかの手に集めてください」
「えっ?」
「私とカズキの神機のこの現象は、きっとローザのオラクル細胞が共鳴した事によって起きているんだと思います。だからこそ自我を無くしていたローザも意識を取り戻した」
この現象の説明と今のローザの状態を考えると、それしか説明が付かないのだ。
これは一種の感応現象に近い、自分達の神機の中に存在するローザのオラクル細胞が、一欠けらしか残っていなかったローザの自我を呼び覚ました。
しかしそれも永くは続かない、だから――アリサは一つの賭けに出た。
「どちらかの手に集めたローザのオラクル細胞を、直接彼女のコアに流し込めばもしかしたらローザの自我が完全に元に戻るかもしれません!!」
「……でも、それはあくまでも都合の良い幻想だよ?」
「ええ、勿論そんな事はわかっています。でも試す価値はあると思いませんか?」
単なる願望であり夢物語でしかないのかもしれない。
だが何も試さねば結果は同じ、どんな馬鹿げたものでも可能性は0じゃないのならば……。
「――アリサは、強いね」
「この強さはカズキから貰いました。あなたと一緒だから……私はどこまでも強くなれるんです」
「…………ありがとう」
精一杯の感謝の言葉を告げて、カズキは神機からローザのオラクル細胞だけを自身の身体に持っていく。
刹那、自身のオラクル細胞と混ざり合おうとして、それに抗った結果……彼の身体に激痛が走る。
そしてそれはアリサも同じ、おもわず声が出そうになるが歯を食いしばってそれに耐え続けていく。
(こんな痛みがなんだ……アリサだって頑張ってる……)
(こんな痛みがなんだっていうんですか……カズキだって頑張ってる……)
(隣にアリサ(カズキ)が居てくれるなら、どんな事だって耐えてみせる!!!)
カズキは右手に、アリサは左手にローザのオラクル細胞を集めた。
すると自身とは異なるオラクル細胞のせいか、それぞれの手が赤黒く染まり異形の手へと変わる。
「準備できました!!!」
「よっしゃ、後は頼むぜお2人さん!!」
「決めろ……!」
リンドウの斬撃が右腕を、ソーマの斬撃がわき腹を、それぞれ斬り裂いた。
鮮血で地面を赤く汚しながら、ローザはその場で膝を突く。
瞬間――カズキとアリサは同時に動いた。
(ローザのコアは――――)
(――――胸の位置!!!)
ちょっと痛いが我慢してくれ、2人は心の中でローザへとそう告げながら。
『はあぁぁぁぁぁぁっ!!!』
それぞれ右手と左手を硬質化させ、容赦なくローザの胸を貫いた――!
彼等の手が、ローザのコアへと触れる。
そのままオラクル細胞を流し込んでいき……。
――2人の意識が、光に包まれていった。
To.Be.Continued...