それが何を意味し、そして自分の人生に何をもたらすのか……。
狂いし男は、まだわかっていない……。
―――負けるはずが無い。
そう、負けるはずなどあるわけが無いのだ。
狂いし男は信じ、そしてそれは現実になるはずだというのに………。
「が、はぁ――――!!?」
男が思い描いた現実と、実際の現実は違っていた。
「バ、バカな……!?」
「…………」
壁に叩きつけられ、男――オオグルマの表情には驚愕の色で満ち溢れていた。
そんな彼を冷たく見つめるのは、神機を肩で担ぎその瞳に無機質で冷たい色を宿す青年、抗神カズキ。
(な、何故だ!? 何故こうも一方的に……!?)
自分はアラガミを超えた力を手に入れた、だというのに何故。
――何故、一方的に自分がダメージを負わせられるのか、理解できない。
戦いが始まり、オオグルマは一撃でカズキの命を奪おうと動いた。
しかし、彼が動く前にカズキは一息でオオグルマとの間合いを詰め……上段からの斬撃によって彼を吹き飛ばした。
さすがに強化した肉体故か、アラガミを駆逐できる神機ですら損傷できなかったものの、彼にあっさりと攻撃を許したという事実はオオグルマにとって理解できないものであったのは言わずもがな。
どうして自分が壁に叩きつけられたのか、一瞬の驚愕はしかし大きな隙を生む。
「――さすがに硬いな」
「っ、がっ……!?」
大砲のような衝撃がオオグルマの身体に襲い掛かる。
常人を超えたゴッドイーターをさらに超えた腕力によって繰り出された拳は、強化したオオグルマの肉体にもしっかりダメージを与えた。
「ぎ、貴様ぁぁぁっ!!!」
吼えながら、オオグルマは眼前のカズキに拳を放つ。
見た目とは裏腹に、強化された拳は硬いコンクリートすら粉々に粉砕する威力を持つ。
まともに当たればいくらカズキの肉体とて無事では済まない。
尤も――あくまでも当たればの話であるが。
「…………な、に?」
「…………」
この戦いが始まって何度目になるかわからないオオグルマの驚愕。
彼が放った拳は、呆気なくカズキの左手によって手首を掴まれ不発に終わった。
「……本当にわからないのか?」
「なんだと……?」
「確かに肉体面ではゴッドイーター以上かもしれない、アラガミを超えた神だと戯言を言うのも理解できる。でも……お前は本当にわかってないよ」
「ぐがっ!!?」
ズドンッという音と共に、カズキの拳がオオグルマの腹部に突き刺さり彼の口から鮮血が吐かれる。
「肉体だけが強くなっても戦闘経験がないお前が、僕に勝てると本気で思っているのか? お前の攻撃には隙も無駄も多すぎる、アリサちゃんだって油断しなければお前程度に負けるわけが無いだろう?」
「ぐ、ぐっ……」
「当たれば確かに致命傷になりうる威力なのは認める、でも……その威力も当たらなきゃ宝の持ち腐れだ。あまり……僕達を甘く見るなよ?」
「がはぁっ!!?」
もう一度同じ場所に拳を叩き込んでから、カズキは一度オオグルマと距離を離す。
「アリサちゃんの居場所を話せ」
「ふ、ふざけるな……この小僧がぁっ!!」
オオグルマの姿が消える。
凄まじい身体能力を存分に使用し、彼は一瞬でカズキの背後に回り込んだ。
そして、無防備な背中に全力の拳を叩き込もうとして………。
「――単純なんだよ、お前の動きは」
振り返りもせず、オオグルマの拳を神機の刀身で真っ向から受け止めた。
「なっ……」
「死角に回り込めば簡単に殺せると思ったのか? どういう風に動くのかわかれば対処なんて幾らでもできるんだ」
「くっ……」
「まともに戦いを経験していないお前は、大きな玩具を手に入れた子供でしかない。アリサちゃんに勝てたのもお前が強いからじゃない、あの子は優しいからお前に情を抱いてしまっただけだ」
冷たく、そして一片の慈悲など見せずにそう言って――カズキは再びオオグルマの身体を殴り壁へとめり込ませた。
血を吐き出すオオグルマ、そこへカズキは神機の切っ先を肩口に喰い込ませる。
「ぎ、あぁぁぁぁぁっ!!!?」
「痛覚を遮断するようにしておけばよかったのに、絶対に誰にも負けないと勘違いしたお前の自業自得だ」
既にオオグルマの前に立ち塞がるカズキに、いつもの優しさなど微塵も存在しない。
当たり前だ、オオグルマは決して侵してはならない場所へと足を踏み入れてしまった。
彼にとって何よりも大切な少女、アリサを傷つけたこの男に未来など与えるわけがないのだ。
この男の研究成果をフェンリルは欲しがるかもしれないが、カズキにとってはどうでもいい。
そもそもこの男が生きている事を知っている存在はカズキとアリサ以外には存在しないのだ、故にここで始末しても……幾らでもやりようがある。
オオグルマは完全に誤算している、抗神カズキの能力を過小評価し、彼の逆鱗に触れた事がどれだけ愚かな事なのか理解できていない。
理解していないからこそ、彼の人生はここで幕を降ろすのだ。
「ま、待て!!!」
「…………?」
「い、いいのか? ワシを殺してしまえば貴様にとっても不利益になるというのに?」
「……敵わないと知って交渉か? 無駄だよ、僕はお前をここから生かして帰す訳がないだろう?」
もうこの男の声など聞きたくはない、肩口から神機を抜き取り振り上げるカズキ。
だが、オオグルマの次の一言で彼の動きが止まった。
「――ヴァルキリーの暴走を止めてやろうか?」
「…………」
「ふ、ふふふ……ワシを生かせばヴァルキリーの暴走を止めてやる。悪い話ではないだろう?」
「…………成る程、それがお前の交渉材料か」
確かに切り札になりえるかもしれないと、カズキはどこか他人事のように感じていた。
否、他人事のようにではなく……完全に他人事でしかない。
「どうだ? 貴様にとっても悪い話では――」
「遺言は、それでいいか?」
「……………………えっ?」
その言葉を聞いて。
オオグルマは一瞬、本気で彼の言葉の意味を理解できなかった。
「遺言はそれでいいか、と訊いたんだ」
「なに、を……?」
「それを聞いて、僕がはいそうですかと首を縦に振ると本気で思っているのか? ――あの子は僕が討つと決めた、お前なんかの交渉材料になるわけがないだろう?」
「な、な……」
ガラガラと、オオグルマの中で何かが崩れていく。
それと同時に、本能的に彼は自分はここで死ぬと理解した。
「あの子を救う事はもうできない、たとえお前がそれを持っていたとしても……お前なんかにローザを触れさせるものか。消えろ、もう……お前の声なんか聞きたくないし顔だって見たくもない」
「ま、待て。待ってくれ!!!!」
「…………」
情けない悲鳴のような声で懇願するオオグルマにも、カズキは微塵も表情を変える事無く冷たい瞳を見つめ続ける。
自分はこうまで残酷な対応ができたのかと、違う思考でそんな事すら考えてしまう。そして――
「さよならだ」
「く――くそおぉぉぉぉおぉぉっ!!!」
オオグルマが懐に手を伸ばすと同時に。
カズキの神機が振り下ろされ、固い肉を裂くような感覚と共にオオグルマの頭部が綺麗に左右へ二つに分かれ、斬撃は止まらずにそのまま腹部まで斬り裂いていった……。
――それで、終わり。
常軌を逸し、人を捨て全てを捨て、自分自身をただひたすらに妄信し続けた男。
オオグルマの、あまりにも呆気ない最期であった………。
To Be Continued...