神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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アラガミでありながら、人として生きようとしているラウエル。

今回は、そんな彼女の1日を見てみよう……。


第2部捕食58 ~ラウエルの1日~

「うー、うー、うう〜♪」

 

 極東支部のベテラン区画で、1人の少女が宙に浮かびながら鼻歌を勤しんでいた。

 彼女の名はラウエル、アラガミの少女である。

 

「ソーマ、また聴かせろよ〜?」

「ああ、わかった」

「うー?」

 

 部屋の1つが開き、聞き慣れた声が聞こえたので、ラウエルはそちらへと視線を向けた。

 

「おっ、ラウエルー!」

「しおー! と……だれだっけ?」

「……ソーマだ、テメェわかってて言ってるだろ?」

「うん!」

「…………」

 

 屈託のない笑みを浮かべて頷きを返すラウエル、内心イラッとしたソーマだったが、大人げないと自分に言い聞かせて我慢する。

 

「というかお前、なんでここにいる? カズキなら任務だぞ」

「さんぽちゅー!」

「……そうかい」

「そーまとしおはなにしてたの? よるのいとなみ?」

「ばっ!? な、何言ってんだテメェは、それより今は昼間だ!!」

 

 いや待て、今のはツッコミとして適切ではない。

 というか落ち着け、ソーマは熱くなった頬を乱暴に拭って冷静を取り戻そうとする。

 

「ソーマ、夜の営みってなにー?」

「お、お前はまだ知らなくていいんだよ!! ラウエル、テメェその言葉誰に習った?」

「んーと……こうたから、そーまとしおがおなじへやからでてきたら、それは『よるのいとなみ』をして『おたのしみ』だったって」

「……コウタ、ぶっ殺す」

 

 縛り上げてアラガミの前に投げ捨ててやろうか、割と本気でそう思いソーマは殺気立った。

 

「ソーマ、これから任務だろー?」

「わかってる。……ラウエル、コウタの言ってる事はいちいち鵜呑みにすんじゃねえ、わかったな?」

「はーい!」

(本当にわかってんのかこいつ……)

 

 一抹の不安を抱きつつも、ソーマは任務の為にその場を離れる。

 

「しおはこれからどうするのー?」

「シオは博士の所に戻るよ、そろそろオナカスイタから」

「そーか……」

 

 シオと別れ、ラウエルは再びふわふわと浮かびながら散歩を続ける事に。

 

――エントランスへと移動する。

 

「………?」

 

 ふと視線を感じ、ラウエルは視線をそちらへと向けた。

 そこに居たのは――数人の神機使い、ラウエルがまだまともに話した事もない連中だ。

 彼等はラウエルの視線に気づき、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 

「うー……」

 

 どうしてそんな視線を向けられてるかは知らないが、ラウエルはなんとなく嫌な気分になって表情を歪ませた。

 ……ラウエルやシオを認めていない輩は、少なからず存在する。

 当たり前だ、どんなに人間に似てるといっても、アラガミであるのに変わりがない以上、そう考えるのはむしろ当然とも言えるだろう。

 ただ、それでもラウエルにとってそんな視線を向けられるのは、不本意だ。

 好奇の視線、その中に明らかな侮蔑や恐怖の色が混ざっており、ラウエルは無意識にそれを拾い上げている。

 

(ここ、やだ……)

 

 シオの所に行こう、そう思ったラウエルは急ぎその場から離れようとして。

 

「ラウエル?」

「…………こうた?」

 

 防衛班のタツミ、カノンと一緒に居るコウタに、声を掛けられた。

 

「どうしたんだよ? なんか元気ないな」

「…………うー」

 

 眉を八の字に歪め、ラウエルは困ったように唇を尖らせる。

 

「……ははーん」

 

 ラウエルに向けられている好奇の視線に気づき、タツミは納得しつつ……その神機使い達を睨みつけた。

 その眼光に威嚇され、神機使い達はそそくさとその場から逃げ去る。

 

「……気にしちゃダメですよ?」

「かのん……」

「そうそう。あんな奴等は基本無視すればいいだけだからさ、元気出せよ!」

「うん」

 

 コウタ達に励まされ、ラウエルは暗い表情を消し去った。

 

――3人と別れ、ラウエルは再びアナグラ内を探索する。

 

 続いて赴いた先は……神機保管庫、沢山の人間達が忙しそうに神機の整備や稼働実験などを行っていた。

 まさしく爆音と言えるような音が所々から聞こえるが、サリエル種のアラガミだったラウエルにはあまりうるさくは感じない。

 

「ラウエル、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」

「あっ、りっかー!」

「ちょ、今オイルまみれだから抱きつかないで……」

 

 抱きついてくるラウエルを引き剥がすリッカ、懐いてくれるのは嬉しいが、今の自分の身体はかなり汚れているので、勘弁してほしい。

 

「いっぱいあらがみがあるねー」

「これはアラガミじゃなくて神機………って、アラガミのラウエルからすれば、同じようなものか」

 

 神機は人工のアラガミのようなものだ、ラウエルにはどちらも同じなのだろう。

 

「とにかくこっちに来て、そこに突っ立ってられたら邪魔になるから」

 

 エレベーターが行ってしまった以上、とりあえずラウエルを奥に連れて行くしかない。

 連れて行った先は……カズキ専用の神機保管エリア。

 ここは全てリッカが担当しているので、ここならば周りの作業員の邪魔にはならない。

 

「ほー……きれい」

「これはみんなカズキ君の神機パーツなんだ、と言っても最近はパーツを固定させて出撃してるけど」

 

 ヴァルキリーの槍と腕を用いた刀身パーツと、アリサのとは色違いの銃身及び装甲パーツ。

 今のカズキは、上記のパーツ以外用いていない、とはいえこれにも使い道はあるのだ。

 

「あれ? かずきおきっぱなしにしてるよー?」

 

 アームに固定された神機の本体を見つけ、ラウエルは首を傾げる。

 

「メンテナンスが必要だからね、幸いカズキ君は神機が無くても戦えるから、今は預かってるの」

「ふーん……」

 

 興味なさそうに相槌を返すラウエル、もう飽きてしまったようだ。

 

(本当に、ラウエルってシオちゃんよりも子供っぽいなぁ)

 

 シオは、だんだんと成長してきてはいるが……ラウエルは、まだまだ見た目通りの精神年齢のようだ。

 

「おーいリッカ! 工具取ってくれ!!」

「あ、はーい!!」

 

 上のエリアに居る作業員に呼ばれ、リッカは近くにあった工具箱を手にしようとして。

 

「ラウエルがもっていくー!」

「えっ?」

 

 ラウエルが工具箱を持ち、ふわふわと上のエリアまで飛んでいった。

 

「はい、どうぞ!」

「え、あ、おぅ……」

 

 ニッコリと微笑むラウエルとは対照的に、タンクトップ姿の作業員の男の表情は固く、明らかにラウエルを警戒していた。

 おっかなびっくりといった様子で、ラウエルから工具箱を受け取った男は、そそくさと逃げるように彼女から離れていく。

 

「…………」

 

 その光景を見たリッカは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 警戒されるのは当たり前、恐がられるのは仕方がない。

 それはリッカにもわかる、わかるのだが……やはり、ああいう光景は見ていて気持ちのいいものではなかった。

 

「りっかー、えれべーたーきたから、ラウエルもどるねー!」

「あ、うん……」

 

 ふわふわと、降りてきたエレベーターへと向かっていくラウエル。

 どうやら、先程の態度を特に気にしているわけではないようだ、それがわかり少しほっとした。

 

(……なかなか、難しいよね)

 

 ラウエルもシオも、人間だったカズキと違い元からアラガミ。

 正直違いなどあるわけないと思うのだが、カズキと違い彼女達を受け入れていない存在は、まだ少なからず居る。

 早くわかってくれればいいんだけど、リッカは溜め息混じりにそう思いながら、カズキの神機のメンテナンスを始めたのだった。

 

 

 

 

「うー、うー、うっうー♪」

 

 自分で作った歌を歌いながら、ラウエルはアナグラの外に出て、旧市街地エリアへとやってきた。

 壊れた教会の屋根に登り、彼女はじっと空を眺める。

 時刻は夕方、ちょうど太陽が空から消えようとしていた。

 

「きれーい……!」

 

 カズキにも見せたかったと思いながら、ラウエルは暫し美しい夕陽を眺め続けていると……。

 

「う?」

 

 アラガミの気配、それも複数。

 それに――人の気配も感じ取れた。

 

「どこ……?」

 

 サリエル種の優れた視力を用いて、ラウエルは街を見回し気配の場所を探る。

 

「――いた!」

 

 ラウエルの視力がその場所を捉え、彼女はすぐさま飛び立つ。

 そこに居たのは――ラウエルが話した事もない神機使い達。

 全員が負傷しており、劣勢であるのは明らかだ。

 更に、神機使い達が相手をしているのは――ディアウス・ピター!!

 

「だめーーーっ!!!」

 

 知らない相手、けれど人間がアラガミに襲われるのは黙って見ているわけにはいかない。

 ラウエルは全速力で戦場へと乱入し、三条のレーザーでピターの背中を連べ打ちにする。

 

「ガァァァァッ!!!」

「きゃぅぅっ!!」

 

 左肩が吹き飛んだかのような衝撃が走り、ラウエルはその小さな身体をきりもみしながら地面に叩きつけられた。

 

「う、ぅ……」

 

 ピターの爪にやられたようだ、彼女の左肩には裂傷が刻まれている。

 

「グルァァァァッ!!」

「わっ!!?」

 

 再び振り下ろされるピターの腕、それをすんでのところでラウエルは後方へと回避。

 助けようとした神機使い達へ視線を向けて……そこでようやく、ラウエルは気づく。

 

――神機使い達が、いない。

 

 彼等は、助けに来た彼女を見捨ててさっさと逃げ去ったのだ。

 それに驚き、ラウエルの動きが止まり……それが、決定的なまでの隙を生む。

 

「あ」

 

 自分に向けて、特大の雷球を撃ち出そうとしているピターを見て。

 ラウエルは、幼心ながら自分の命がここで尽きるのだと、理解してしまった。

 回避も防御も間に合わない、あの雷球に当たれば自分の身体など粉々に砕かれる。

 

(かずき――)

 

 最後に浮かんだのは、彼の優しい笑み。

 そのまま、ラウエルは自分の死を受け入れる以外の選択肢は無いまま。

 

――ピターの、呻き声を耳に入れた。

 

「えっ……?」

 

 舞い散る鮮血は自分のではなく、ピターのもの。

 

「カノン、ラウエルを下がらせろ! ジーナはこのまま援護!!」

「了解です!!」

「わかったわ」

 

 ピターに一撃を加えた神機使い――ソーマの声に従い、後衛のカノンとジーナはそれぞれの行動へ移る。

 

「ラウエルちゃん、こっち!!」

「あ……」

 

 カノンに呼ばれ、ラウエルはどこか無意識のまま彼女の元へ。

 

「……素敵な華を咲かせなさい」

 

 ジーナはレーザータイプの弾丸でピターへと攻撃し、怯ませている間にソーマは間合いを詰める。

 

「――消えろ」

 

 重く、動きが鈍くなるはずのバスタータイプの刀身が、一息で三撃分放たれた。

 ピターの顔面、左腕、そして脇腹に深々と裂傷が刻まれ、尚もソーマの追撃は止まらない。

 振り上げによる一撃で右腕を二つに分け、続く横薙ぎの一撃で真一文字にピターの顔面を斬り裂く。

 その間僅か三秒、ピターが苦しみ絶叫を上げる中。

 ソーマは、最後の一撃となるチャージクラッシュの体勢に入り。

 だめ押しとばかりに放たれた、ジーナの砲撃が突き刺さった後。

 

「終わりだ」

 

 冷たく言い放ち、チャージクラッシュの刀身がピターの顔面を二つに分けた。

 血溜まりを地面に作りながら、地響きを鳴らしアラガミは生命活動を止める。

 

「フン……」

 

 弱いなとばかりに鼻を鳴らし、ソーマは神機でアラガミのコアの抜き取った。

 

「ラウエルさん、大丈夫ですか?」

「ん……だいじょうぶ」

 

 痛みはある、だがピターの死骸を喰らえばすぐに回復できるだろう。

 

「……テメェ、なんでこんな所に居やがるんだ?」

 

 責めるような視線と口調で、ソーマは問うた。

 

「……ラウエル、たすけようとした」

「何……?」

「たべられそうになってたひとがいたから、たすけようとした……」

「…………ああ」

 

 ラウエルのその言葉で、ジーナは彼女が怪我をした理由を理解する。

 

――ジーナ達は、他の神機使い達の救援信号を拾い、ここに来た。

 

 しかし、その場にいたのはラウエルのみ、信号を送った神機使い達の姿はない。

 その状況で、何があったのかは理解できた。

 そして、それをソーマとカノンも理解して、カノンは怒りをその表情に滲ませ、ソーマは盛大な舌打ちを鳴らす。

 

「…………しょうがない、よね」

「ラウエルさん……?」

「ラウエル、あらがみだから……あらがみはばけものだから、しょうがないよ」

「っ、そ、そんな事ありません!! ラウエルさんは命懸けで助けようとしたのに、それを見捨てる人達がどうかしてるんです!!」

「けど……」

 

「――そうだな。テメェは確かにアラガミだ、それは間違いねえよ」

「ソーマさん!?」

 

 キッとソーマを睨み、怒鳴るカノン。

 だが――ソーマは更に言葉を続けた。

 

「間違いねえが……それがどうした?」

「えっ……?」

「テメェはアラガミだ、だがそれは俺だって変わらねえ。

 俺だけじゃねえ、神機使いってのはどいつもこいつも予防接種程度だが体内にアラガミを住まわせてるようなもんだ。

 ――お前と、たいして変わらないヤツらばっかりだろうが」

 

 自分とて、ラウエルやシオと似たようなものだとソーマは思う。

 

「世の中にはな、テメェみたいにアラガミでありながら人と生きるヤツもいれば、人のくせにアラガミよりもクソッタレなヤツらもいる。

 ガキのくせに難しく考えてるんじゃねえ、テメェを大事に想ってるお人好しは、このアナグラにはバカみたいにいるんだからな」

 

「…………そーま」

「あらあら、随分とお優しいものね」

「うるせぇ、コイツが元気ねえとカズキがうるせぇからだ」

「ふふっ、やっぱり優しいじゃないですかソーマさん」

「……フン」

 

 カノン達から目を逸らすソーマ、褐色の肌が赤く染まっている。

 

「……ぽかぽか、する」

「えっ?」

「ここ、ぽかぽかする……どうしてかな?」

 

 自分の胸に手を添えながら、ラウエルは言った。

 それを見て、カノンとジーナは顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 

「それはねラウエル、心が喜んでいるのよ。幸せを感じてる証拠」

「こころ……?」

「アナタはまだ小さいからわからないと思うけど、いずれわかるわ。

 それまで、その気持ちは大事にしなさい」

「…………うん」

 

――正直、ラウエルにはジーナの言った意味を理解できない。

 

 けれど、この胸の暖かさはきっと大切なものだという事は、理解できた。

 

 

 

 少しずつ、ラウエルの心は正しき方向へと成長していく。

 彼女はアラガミであり、今後もその事実が変わる事はない。

 けれど……その内側に宿す心は、人間らしい優しいものだった。

 

 

 

 

To Be Continued...


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