だが、終わりがあれば始まりもある。
そう――新たな物語の始まりが。
―――夢を、見た。
目の前に広がるのは、あの時の悲劇。
父と母、そして妹を失った記憶。
……否、正確にはこれは僕の記憶ではない。
これはヤツの記憶、ノヴァと同化しているからかヤツの記憶が流れ込んできた。
――あの時、ヤツは自らの空腹を満たす為に僕が暮らしていた街を襲った。
1人も逃さず殺し喰らい、最後の標的にしたのが……僕達家族だった。
父と母を一撃を殺し、放心状態になった僕と妹も喰らおうとして……。
ヤツは何を思ったのか。
僕と妹の身体に、自分の一部を埋め込んだ。
どうしてそんな事をしたのかわからない、気まぐれだったのか……それとも、アラガミとして生きる苦しみを僕達に与えたかったのか。
そして、ローザはすぐさまアラガミ化して……何処へと姿を消し。
僕はアラガミ化せず、しかしその爆弾を抱えて生きる事になった。
……そういう事だったのか。
どうして僕が突然アラガミ化したのか、ずっとわからなかったけど。
ヤツの記憶を見て、ようやく理解できた。
けど、僕もローザも特異体質だったのか、たまたま運がよかったのかはわからないけど、普通のアラガミとは違う存在になったようだ。
そして僕は特異点と呼ばれるようなアラガミとなり、今こうしてノヴァを月へと連れて行っている。
……さあ、もうすぐだ。
月に着けば、終末捕喰が始まり……ヤツと共に僕も消える。
少し恐いけど、覚悟はできていた。
――みんなを守れて、本当によかった。
まだまだあの星は平和とは程遠いけど、いつかは誰もが笑って暮らせるような世界に、なってくれれば……。
……もう、自分の意識を保っているのも辛くなってきた。
まいったな、もう少し地球を見ていたかった、のに……。
もう、消えないと、いけ、な…い…と……。
〈――まだだよ、お兄ちゃん〉
「えっ……?」
突然聞こえた、聞き慣れた声。
それが誰のものか理解するより早く、僕の身体は……ノヴァから離れていた。
「何で……!?」
ていうか、宇宙に居るのに何で喋れるの!?
いや、それより生身なのに生きてるし!!
〈お兄ちゃんのオラクル細胞が宇宙に居ても大丈夫なように変化したからだよ。
ほら、吃驚してないで帰ろう?〉
そう言って、僕を引っ張る一体のアラガミ。
「ヴァルキリー……」
まるで泳ぐように地球へと戻るヴァルキリーに、僕は再び驚愕した。
ノヴァは、そのまま月に向かっていく。
〈終末捕喰で消えるのはアイツだけ、お兄ちゃんはちゃんと帰らないと!!〉
「…………」
お兄ちゃんと、ヴァルキリーは言った。
ああやっぱり、君の正体は……。
「―――ローザ」
僕の妹、僕と同じくアラガミになった……僕の家族だった。
〈えへへ、久しぶりだねお兄ちゃん!!〉
声と裏腹に、アラガミだからかローザは無表情だ。
しかし、八年経っても変わらない彼女の口調は、紛れもなく僕の妹だという事を教えてくれた。
「今まで僕を助けてくれたのも、人間に出会いながら襲わなかったのも……君だったからなんだね」
〈ごめんね、今まで黙ってて。でもお兄ちゃん吃驚すると思ったし……〉
「気にしないで、それに……僕は君に会えただけで、充分過ぎるほど幸せなんだから……」
溢れそうになる涙を抑えながら、ローザを抱きしめる。
〈くすぐったいよお兄ちゃん。――あっ、もうすぐ落ちるからね〉
「えっ、落ちる?」
見ると、眼前に広がるのは……地球。
……まさか、このまま大気圏に突入?
〈大丈夫だよ。ローザが守るから燃え尽きる事ないよ〉
「う、うん……」
ちょっと不安になりながらも、ローザがそう言うならと自分を納得させる。
……あれ?何だか急に眠くなってきた……何でかな?
〈――おやすみお兄ちゃん、幸せになったね。………バイバイ、ローザの大切なお兄ちゃん〉
そんな声を聞きながら、僕はどういう意味だと聞き出す事もできず。
そのまま、意識を手放してしまった……。
―――同時刻、フェンリル極東支部。
「――これはまた、派手にやられたな」
戻ってきた私達のボロボロ具合に、ツバキ教官やリッカさんは苦笑を漏らす。
「……あれ? カズキ君は?」
「…………それ、は」
言いたくない、けれど言わなければと己に言い聞かせて……私は、2人にエイジスで何があったのかを話しました。
「――――そうか」
「カズキ君が……そんな……」
ツバキ教官は顔を俯かせ、リッカさんはそのまま座り込んでしまう。
……カズキは、もう戻ってこない。
私の元を離れて、月へと行ってしまったのだ。
どうして無理矢理にでも連れ戻さなかったのかと、今更ながらにそう思う。
辛くて、悲しくて、胸が張り裂けそうだ。
でも、カズキは自分で決めた道を歩んで月へ行ったのだ、なら私が悲しむのはお門違い。
しっかりと前を向いて、彼の分まで罪なき人達を守っていかないと!!
そう自分に言い聞かせて、まずは自分とみんなの傷を治そうと思った時。
「―――あれ?」
下の階から、ヒバリさんのそんな声が、聞こえてきた。
「………?」
「ヒバリ、どうした?」
気になった私達は、ヒバリさんの元へ。
すると彼女は、驚愕といいますか……信じられないものを見たような表情を浮かべて。
「――カズキさんの、腕輪の反応が」
そんな、よくわからない事を言ってきました。
「――――」
思考が、停止する。
ヒバリさん、今なんて……?
「カズキの腕輪の反応だと!? ぐぁ……!」
いち早く正気に戻ったソーマがヒバリさんに詰め寄り、痛みで顔をしかめる。
「ちょ、ちょっと待ってください、もう一度確認を……………やっぱり、間違いありません。
この腕輪の反応はカズキさんのものです、生命反応も感じられます!!」
「…………」
生きて、る?
カズキが、生きてこの地球に……いるの?
信じられない気持ち、信じたい気持ちが頭の中でゴチャゴチャに混ざり合う。
けど、今はそんなくだらない事をしている場合じゃなくて……。
「場所は、場所はどこなんですか!! 早く!!」
気が付いたら私は、カウンターに身を乗り出さん勢いでヒバリさんに怒鳴っていました。
「は、はい!! ……わかりました、極東支部を少し離れたこの位置に――」
「――――っっっ」
一瞬で場所を記憶して、私は身体中に走る激痛も無視して走り出す。
後ろから聞こえる皆さんの声も無視して……エレベーター経由で外へと出ました。
広がる荒野をひた走り、ただカズキに会いたいという願いだけを胸に秘めて、彼の元へと向かった。
―――目が醒める。
視界に広がるのは漆黒の宇宙ではなく、見慣れた荒野。
立ち上がり辺りを視線を向けるが……ローザの姿はどこにもなかった。
「ローザ……」
おそらく、僕が意識を失っている間に、ここから離れたのだろう。
自分はアラガミだから、一緒にはいられないと思ったのだろうか。
……けれど、不思議と悲しくはなかった。
生きているのならまた会える、そしていつかはまた一緒に居られると信じているから。
それはそれとして……みんなにはちゃんと謝らないとなぁ。
特にアリサちゃんには、いくら謝っても許してくれなさそうだ。
「カズキ!!」
「えっ……?」
聞き慣れた声に、僕はそちらへと振り向いて。
愛しい少女が、押し倒さん勢いで抱きついてきた。
「……アリサちゃん」
いつの間にか人間のものに戻っていた手で、アリサちゃんの身体を抱きしめる。
柔らかくて、華奢で、暖かな彼女の身体をしっかりと感じ取り……涙を流した。
帰ってこれた……僕はもう一度、この少女の元に帰ってこれたのだ。
「―――ただいま」
何を言えばいいのか混乱して、結局出た言葉はこの一言だけ。
けれど彼女は、僕が一番好きな笑顔を浮かべ。
「――おかえり、カズキ」
そう言って、口づけを交わした。
――過去との決着は終わった。
――けれど、青年の戦いは終わらない。
――仲間達と共に、この世界を生きる青年は。
――これからも、前を向いて歩んでいく。
――物語は終わらない。
――これからも、ずっと。
To Be Continued...?