神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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―――終末は近い

人でありながら、神に近づいていく青年は……確実に人への道から離れていく。


捕喰48 ~目覚め~

「―――本当に行くの?」

 

 リンドウの部屋で、少し責めるようなサクヤの声が響く。

 その声を受けたリンドウは、相も変わらず飄々とした態度のまま口を開いた。

 

「まあしょうがねえさ、「エイジス計画」の裏で動いてる「アーク計画」、それがどんなものか調べねえと取り返しのつかない事になりそうなんでな。だから俺は近いうちにエイジス島に侵入する」

「でも……」

「なんとかならあな、それによ……カズキみたいな「これから」の奴等は、オッサンの俺が守ってやらねえと」

「…………」

 

 リンドウの決意は固い、いつも通りの口調の中に見える強い意志を感じ取り、サクヤは止めるのは不可能だと理解する。

 

――だが、それで終わりにさせる気は毛頭ない。

 

「わかったわ。けど――私も貴方についていく」

「おい、サクヤ……」

「もうあの時みたいに、置いていくのも置いていかれるのも嫌なの。

 私は貴方の傍にいる、何があっても……ついていくんだから」

「むぅ……」

 

 サクヤからの強い決意に、リンドウの表情は苦々しいものになった。

 無論、できる事なら連れて行きたくはない。

 エイジス島は危険だ、人類最後の砦と呼ばれているが……その実態はどんなものなのかわからないのだ。

 

 そして――その怪しいエイジス島に、極東支部の支部長が大きく関わっている。

 その事実をリンドウは知っているからこそ、わざわざサクヤを危険な地に行かせたくはない。

 しかし……彼女の瞳は、「置いていかれても後から追う」と告げていた。

 

(随分とまあ、強い女になっちまったな……)

 

 自分よりも五つも年下なサクヤだが、今では自分より強い心を持ってしまったかもしれないと、リンドウは人知れずため息をついた。

 

「……しょうがねえな」

「ええ、当たり前よ」

「やれやれ……」

 

 肩を竦めるリンドウ、だが彼の口元には確かな笑みが。

 と、部屋に来訪者が現れた事を知らせるチャイムが鳴る。

 

「―――誰だ?」

 警戒しつつ、リンドウは来訪者に声を掛けた。

 

「……私です、アリサです」

「………おぉ、入ってもいいぞ」

 

 来訪者がアリサだとわかると2人は内心安堵しながら、彼女を部屋に招き入れる。

 

「失礼します」

「どーした?」

「はい、あの……これからシオちゃんが食事に行くので、一緒に来てくれませんか?」

「おーおー、そういやあいつアラガミだったんだよな。人間そっくりだから、つい忘れちまってた」

 

「アリサ、私が一緒に行くわ。リンドウは……少し待っててね?」

「…………おぅ」

 

 わかってる、口には出さずに瞳でそう答えるリンドウ。

 それにサクヤは頷きを返し、アリサと共にリンドウの部屋を後にした。

 

「―――もしかして、お邪魔でした?」

「えっ?」

「だって、リンドウさんの部屋にサクヤさんが居るって事は……」

 

 少しからかうような口調。

 

(言うようになったわね)

 

 とは思いつつ、まだまだ甘いとも思うサクヤ。

 

「あら、他人の心配より自分の心配をした方がいいんじゃない? カズキとちゃんと上手くいってるの?」

「えっ!? あ、ぅ……」

 

 しおしおと小さくなるアリサ、他人に言われるのは相変わらず弱いらしい。

 もっとからかってやりたい衝動に駆られたが、さすがに可哀想なので止めておいた。

 

 

 

 

 

「―――イタダキマス!!」

 

 事切れたアラガミ――クアドリガとヴァジュラを前に手を合わせ、シオは食事を開始する。

 カズキ、アリサ、サクヤの3人はシオの食事が済むまでその場で待つ事に。

 

「…………」

 ふと、カズキは視線をエイジス島へと向ける。

 

(……あの時感じたあの感覚……一体何だったんだ?)

「カズキ、どうかしましたか?」

「えっ……あ、別に何でもないよ」

 

 忘れろ、あの気持ち悪い感覚など覚えていた所で意味などない。

 そう必死に言い聞かせ、カズキはアリサに笑みを浮かべる。

 

「エイジス島……人類最後の砦、もうすぐ完成って話ですけど……そうなったら、もう戦わなくてもいい世界になるんでしょうか?」

 

 どこか期待を込めた口調で、アリサは問う。

 エイジス島は終末補喰すら耐えられる、もしそれが事実で終末補喰も実際に起こり得るのならば、エイジス島の完成はこの世界に平和を与える事になるだろう。

 

(…………でも)

 

 あの島には、何か得体の知れないモノが潜んでいるような気がする。

 言葉にはできない、ナニカガ……。

 

「―――っ!!?!」

 ズキリと、鈍痛が身体全体に響く。

 

「ぐ、がぁ…ぎぃ―――!!?」

「カズキ!?」

 

 立っていられない、その場でうずくまり喉から絞り出すように声を出す。

 

「どうしたの!?」

「わかりません。急に苦しみだして………!」

「ぐ、ぁ……イギ…ィ……」

 

 同じだ、この絶対的な不快感……あの時とまるで変わらない。

 いや、今回は更に身体を引き裂かれているかのような激しい痛みも加わっており、意識を保っている事すら難しい。

 

(行カナイト……エイジスニ、僕ヲ呼ンデル存在ガ……)

 

 体内のオラクル細胞が、カズキの身体を支配していく。

 そして――様子がおかしいのは、カズキだけではなかった。

 

「シオちゃん!?」

「…………ヨンデル」

「――僕達ヲ、呼ンデル」

 

 立ち上がるカズキ、彼等の身体には……不思議な紋様が浮かんでいた。

 

「カズキ!!」

「…………」

 

 カズキは答えない、答えたくても……口が動いてくれない。

 

(なんで、僕の身体……)

 

 自分の意志と、身体の動きがちぐはぐだ。

 あの時と同じ、夢遊病者のようにフラフラと崖に近づいていき……。

 

「カズキーーーッ!!!」

 アリサの声も虚しく、カズキはそのまま海へと飛び込んでいった………。

 

(やめろ…やめろ…やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!!)

 

 勝手にエイジスに向かっていく自らの身体に、カズキは必死に呼びかける。

 こんな事はしたくない、エイジス島になんか行きたくない。

 

(これは僕の身体だ、好き勝手に動かすな!! 僕は……人間なんだ!!)

 

 口には出せず、けれど叫ぶように絞り出すように言い続ける。

 だが、それでも身体は止まってくれず……遂に、カズキは意識を落としてしまった……。

 

 

 

 

 

「――――いやはや、大変な事になってしまったね」

 研究室で、サカキの珍しい焦ったような声が響く。

 

「大変どころの騒ぎじゃないですよ!!」

 

 苛立ちを含むコウタの声。

 

「シオだけじゃなくカズキまでいなくなるなんて……一体何がどうなってるんだよ!!」

「……少し落ち着け、コウタ」

「これが落ち着いていられますか!!」

 

 リンドウが宥めるが、コウタは変わらずに怒鳴り上げる。

 

「――煩いですよ、コウタ」

 そんな彼に、アリサが冷たい声で戒める。

 

「アリサ……!?」

「騒いだって、喚いたって状況が変わるわけじゃないんですよ?」

「それはそうだけど……アリサは心配じゃないのかよ!?」

「ええ」

「なぁっ!?」

 

 アリサのおもわぬ言葉に、コウタは間の抜けた声を上げる。

 

「信じてますから、カズキならきっと大丈夫だって。

 だったら、私は慌てるより自分にできる事を考えて、成すべき事を果たします」

「アリサ……」

「カズキなら……彼ならきっとそうします、だから私も彼の事を信じて……ゴッドイーターとして、彼が戻ってくるまで戦います」

 

 強い意志。

 一点の曇りもないその強い瞳に、コウタはもう何も言えなくなった。

 

「――博士、シオちゃんの居場所がわかったらお願いします」

「あ、ああ……わかったよ」

 

 失礼します、そう言うとアリサは研究室を出て行く。

 

「………アリサ、強いなぁ」

「何言ってるのよ、無理してるに決まってるじゃない」

「えっ?」

「精一杯強がって、自分の不安を必死に隠してる。……嘘が下手なのに、アリサは一生懸命隠してるだけなのよ」

 

 見ていて痛々しいことこの上ない。

 だがそれを指摘するわけにはいかない、自分達ができる事は……彼女が無理をしないようにさりげなく支えるだけ。

サクヤは、心の中で密かにそう誓いを立てるのだった。

 

………。

 

(………カズキ)

 

 壁に寄りかかり、ギリと歯を食いしばるアリサ。

 その表情は辛い事を必死に耐えている痛々しいものだ、身体も幾分か震えている。

 

「大丈夫…大丈夫……カズキなら、どんな事があったって必ず私に帰ってくるんだから……」

 

 自分に言い聞かせるように、アリサは呟く。

 

(大丈夫ですよね? カズキ……)

 

 

 

 

 

「……んっ……」

 

 風が吹いている。

 ゆっくりと目を開けると……周りに広がるのは、瓦礫の山。

 潮の香り……海の近く?

 

〈あっ、おきたー!〉

「えっ……!?」

 

 目の前に浮かぶのは……小さな子供のようなサリエル。

 

「ラウエル……か?」

〈そだよー、でもよかったーめがさめて。かずきってばうみのうえにうかんでたんだよー〉

「海の上……いっつ」

 

 ズキリと頭が痛んだ。

 ……そうだ、僕は確かエイジス島に向かおうとして。

 

〈むりしちゃだめー、かずきよわってるよ!〉

「……そうみたいだね」

 

 身体が上手く動かない、少なくとも立って歩く程度しかできないだろう。

 体力も、気力だってかなり落ちてる……これを回復しないと、ここを離れてアナグラに戻る事もできない。

 

「ありがとうラウエル、助けてもらっちゃって……」

〈きにしないきにしない、ラウエルもかずきにあえてうれしいもん!〉

「あはは……ありがとう」

 

 僕の周りをくるくると飛び回るラウエルに、自然と笑みが浮かぶ。

 ……それにしても。

 

「ラウエル……なんだか縮んでない?」

 

 元々普通のサリエルより小さな身体のラウエルだったが、今の彼女は前よりも更に縮み……シオちゃん並に小柄になってしまっている。

 

「もしかして、食事をしてない……?」

〈んーん、ちゃんとアラガミたべてるよー。あっ、でもにんげんはたべてないからね〉

「…………」

 

 どうなってるんだ?

 ラウエルは普通のアラガミとは違うから、今までにない変化があってもおかしくはないかもしれないけど……。

 ……まあいいや、今はそれどころじゃない。

 力が入らない身体を無理矢理立ち上がらせ、海へと視線を向ける。

 エイジス島は遠い、どうやら途中で身体が動かなくなって、ここまで流れ着いたようだ。

 

〈ねーねーかずき、うみのなかであそんでたの?〉

「いや、そういうわけじゃないんだ……」

 

 とりあえず、経緯をラウエルに説明してみた。

 だが、やはり予想通りラウエルは首を傾げてしまう。

 

〈んー……よくわかんないや〉

「………だろうね」

〈でも、あのしま……〉

「? エイジス島の事?」

〈そうそうそれ、そのエイジスってところに……へんなのがいるよ〉

「えっ……?」

〈んー……なんだろ、アラガミみたいだけど……なんかちがうんだよなー〉

「アラ、ガミ……?」

 

 ラウエルの言葉に、首を傾げる。

 エイジス島の中に、アラガミの気配?

 そんな馬鹿な、エイジス島は人類最後の砦だ。その中にアラガミが居るなんてあり得るわけが――

 

―――じゃあ、お前は何故導かれるようにエイジスへと向かおうとしたんだ?

 

「――――っ」

 

 内なる自分が、そう訴える。

 ……あのエイジス島には、何かとんでもない秘密が隠されているのかもしれない。

 

〈かずきー、おなかすいたでしょ? ラウエルといっしょにたべよー! ラウエルね、かずきがたべるとおもってアラガミもってきたよー〉

「……ありがとう、ラウエル」

 

 とにかく、今は体力を回復させる事が先決だ。

 エイジス島から離れているからか、さっきみたいな共鳴のようなものは無いようだし。

 ……そういえば、僕だけじゃなくシオちゃんもエイジスに向かったような気がしたけど。

 

「ふぅ……」

 

 ダメだ、考えがまとまらない今の状況じゃ無駄だな。

 

〈かずきー?〉

「……ああ、今行く」

 

 足が重い、はぁはぁ言いながらラウエルの元へと向かうと……そこには、たくさんのオウガテイルの死骸が。

 それだけではない、ヴァジュラテイルやザイゴートも混じってる。

 

〈すごいでしょー? みんなラウエルがつかまえたんだよー!〉

「へぇ、凄いね」

 

 これは助かる、全てを食べても足りないだろうけど、少なくともある程度体力を回復する事はできるだろう。

 

(……アリサちゃん、みんな……)

 

 オウガテイルを食しながら考えるのは、みんなのこと。

 すぐに帰って安心させたい、けれど今の僕は戦うどころかまともに動く事だって難しい。

 今は、自分の身体を元に戻す事だけを考えよう。

 そう思い、とりあえず僕は食事に集中する事にしたのだった……。

 

 

 

 

To Be Continued...


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