神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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暴走するカズキ。

彼を救うため、アリサは感応現象で彼の心へと向かう……。


捕喰45 ~結びつく心、新たな進化~

「――――――――あ」

 

消えていく。

 

自分が、ドロドロと溶けていくように。

 

アリサ・イリーニチナ・アミエーラという存在が、消えていく。

 

「い、ぎ――――」

 

感応現象で、カズキの心に触れた。

 

私の役目は、カズキの心に触れて彼の暴走を止めること。

 

だから今、私はカズキの心に居るはずだ。

 

「ぐ、ぅ、あ、ぁ――」

 

何、これ。

 

何なの、これは。

 

気持ちが悪いなんてものじゃない、全身の毛穴一つ一つを針で刺されるような、絶大な不快感。

 

これは……カズキの補喰欲求!?

 

「ぅ、ぁ、あ―――」

 

意味不明な声が、自分の口から漏れる。

 

ありえない。

ありえない。

ありえない。

 

カズキは、いつもこんな不快感と内側で戦っているの……!?

 

こんなもの、人間が耐えられるものじゃない。

 

感応現象を引き起こしているから、自ずとカズキの記憶や感情が私の中に流れ込んでくる。

 

この補喰欲求も、そんな彼の感情の一つ。

 

「ぐ、ぇ………!」

 

胃の内容物が、全て吐き出されてしまいそうだ。

 

一秒だってこんな所に居たくない、これ以上居たら頭がパンクして発狂する。

 

「ぅ、ぐ、ぐ………」

 

手を伸ばす。

 

そうだ、私がここに来たのは彼を救うため、こんな所で立ち止まってなんか……。

 

「ぐっ、ぁ、ぎ―――」

 

前に進めない。

 

見えない壁に阻まれているかのように、足が進んでくれない。

 

頭に響くのは、ただ一言。

 

―――オナカスイタ。

 

ただ、それだけ。

 

単純な一言、けれどそれは呪詛のように私の頭に響き渡る。

 

「あ、あ、あ………」

 

死にたい。

 

こんなもの、我慢できるわけがない。

 

こんな抗えない欲求を見せつけられて、このまま人間で居られるわけがない。

 

道徳も背徳も、願いも想いも瞬く間に消えていく。

 

残るのは、タベタイといウ欲求ダけが残ル。

 

タベタイ。

 

オナカスイタ。

 

タベタイ。

 

オナカスイタ。

 

「あ、ぐ、ぎ、あぁ―――」

 

負ケナい。

 

――オナカスイタ。

 

ワタしはマだ、負ケルワけにハ。

 

――オナカスイタ!!

 

負け、な…い……。

 

――オナカスイタ!!!

 

「―――――、―――――――」

 

ダメだ。

 

どんなに苦しくても、耐えてみせると誓ったのに耐えられない。

 

どんなに手を伸ばしても届かず、私の心が壊れていく。

 

……もう、意識を保つのだって難しくなってきた。

 

悔しい、けど…もう……。

 

「……カ、ズ、キ……」

 

ごめん、なさい。

 

私、もう……。

 

あなたの心を、救いたかったのに……。

 

もう、意識、が……。

 

「―――――」

 

そうして、私の意識はカズキの中で消えようとして。

 

 

――目の前に、私を見る“私”が見えた。

 

 

「――――、ぁ」

 

 違う、目の前の少女は私じゃない。

 まるで鏡を見ているように瓜二つだけど、この子は……。

 

「…………」

 

 少女は頭を抱えてうずくまっている私を、冷たく見下ろす。

 掛ける言葉はなく、ただ淡々と消えゆく私を見つめていた。

 こんな地獄のような場所に居ても、少女はまるで意味を成さないとばかりに平然としている。

 

――やがて踵を返し、歩みを進めていく。

 

 私が行きたかった、行かねばならない彼の奥底へと、少女はいとも簡単に向かっていってしまう。

 私はこんなにも苦しみ、一歩も進めないというのに……少女は、そんな私の苦しみを蔑むように進んでいく。

 

「―――――」

 

 負けられない。

 彼を救うのは私だ、その役目を取られてたまるかと歯を食いしばる。

 両の手はとうの昔に握り拳となり、気が付いたら私は自らの足で立ち上がっていた。

 

「…………」

 

 その瞬間、少女は立ち上がった私に振り向き視線を送る。

 既に私と彼女の距離は遠く、声を聞き取れるような状況ではない。

 けれど、私には確かに聞こえた。

 

―――負けたら、承知しないんだから。

 

 少し無邪気な口調で、信じるように。

 私の事を、待ってくれていた。

 

「―――当たり前です」

 

 足に十分な力を込める。

 そうだ、私はこんな事で負けたりしない。

 この世界で、一番大切な存在になったあの人を。

 いつだって前を見て、私を支えてくれた人を。

 

「必ず、守ります!!」

 

 駆け抜ける。

 呪詛のように繰り返される言葉も、頭に響く補喰欲求も全て振り払って走った。

 あの子よりも更に先へ、彼の心の奥底へと目指す。

 走って走って――遂に彼女に追いつき、すかさず追い抜かして。

 

「――ありがとう、お姉ちゃん」

 

 小さく、呟くように。

 私に感謝の言葉を告げて、光の中へと消え去った。

 

「カズキーーーーーーッ!!!」

 

手を伸ばす。

 

手を伸ばす。

 

手を伸ばす。

 

眩い光の中へと、手を伸ばす。

 

そして――全てを呑み込む白い光が、私の視界を完全に塞ぎ込み。

 

――ありがとう、と。

 

聞き慣れた声が、耳に響いた気がした……。

 

 

 

 

 

「……………?」

 

 暖かい……。

 私、誰かに頭を撫でられてる?

 

「………あっ」

 

 目を閉じていたようだ、私はそれを自覚してすぐに目を開けると。

 

「――ありがとう、アリサちゃん」

 私の目の前に、世界で一番大好きな人が、大好きな笑顔を浮かべていた。

 

「カズキ!!」

 

 たまらず彼の身体を抱きしめる。

 本物だ……本物の、カズキの温もり……。

 さっきまでの暴走はなりを潜め、いつもの彼に心の底から安堵した。

 

「アリサちゃんの声が、心が……届いたんだ、僕の元へ」

「よかった……本当によかった……」

 

 嬉しくて、涙が止まらない。

 

「ぐあぁっ!!」

「コウタ!!」

 

 私達の前まで飛ばされてきたコウタに、すぐさま駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

「ぐっ、ぁ……カズキ…か?」

「心配かけてごめん、でも大丈夫だから。後は任せて休んでて」

「お、おぅ……頼むぜ、カズキ」

 

 そう言ってから、ふっと力なく地面に倒れるコウタ。

 私はすぐさま彼の身体を支え、カズキはピターを睨む。

 

「……アリサちゃん、コウタをお願い」

「はい……」

「ぐっ――おおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 唸り声を上げながら、カズキは両腕に力を込める。

 すると――ゴキゴキと骨が軋む音を響かせながら、両腕が変化していき。

 

「―――ふぅ」

 カズキの両腕が、まるでピターの腕のように巨大化し、漆黒の爪が生み出された。

 

「す、凄い……」

 

 禍々しいその腕に、私はおもわず息を呑む。

 けれど、不思議と恐怖を感じなかった。

 今のカズキの腕は、アラガミそのものだけど……優しい彼のものだから、むしろ愛おしさすら感じる。

 

「し―――!」

 地を蹴るカズキ。

 

「うぉぉっ!!」

 後退するリンドウさんと入れ替わるように、カズキがピターに迫る。

 

「ゴアァァァァッ!!」

「だあぁぁぁぁっ!!」

「――――っ」

 

 カズキの右の拳と、ピターの前脚がぶつかり合い爆音が響く。

 

「があぁぁぁっ!!」

 

 上段から押し潰すように、カズキの腕がピターの頭部を殴りつけた。

 

「ガ、ァ……」

 

 地面に沈むピター、帝王と呼ばれ凄まじい強さを持つアラガミが、初めて地に伏した。

 凄い……カズキのアラガミとしての力が、また増大してる。

 

「だりゃあぁぁぁっ!!」

 

 ゴキッという鈍い音が響き、カズキの拳がピターの巨体を吹き飛ばし壁へと叩きつけた。

 

「みんな、一斉攻撃だ!!」

「うっしゃあ!!」

「いくわよ!!」

「これで…決める!!」

 

 カズキの声に、リンドウさん達が応え神機を構える。そして―――

 

「消えなさい!!」

 

 まずはサクヤさんの銃撃が、ピターの身体を連べ打ちに。

 

「おらおらおらぁぁぁぁっ!!!」

「―――死ね!!」

 

 続いてリンドウさんとソーマがピターを挟み込むように踏み込み、ブラッドサージの刃が深々とピターの肉体に食い込んだ。

 すかさず、チャージクラッシュにより巨大化した刀身が叩き込まれ、マント状の器官が粉々に砕け散る。

 

「グ、ァ……ゴアアァァァァァッ!!!」

 

 痛みからか、前脚をむちゃくちゃに振り回し、その衝撃波が地面を次々と削っていく。

 

「当たるかよ!!」

「――カズキ、決めろ!!」

 

 しかし、そんな一撃など当たるはずがなく、リンドウさん達は回避して。

 

「これで最後だ……消えてしまえぇぇぇっ!!!」

 

 激昂したカズキが、両の拳を連続で叩き込んでいく。

 一撃、二撃、三撃、四撃―――!

 

「グ、ガ、ァ……」

 

 拳を叩き込まれる度にピターの身体は壁の中に沈んでいき、悲鳴もだんだんと小さくなっていく。

 

「―――だあぁっ!!!」

 

 渾身の力を込めた、最後の一撃によってピターの身体が貫かれた。

 それによってピターは建物の反対側まで吹き飛ばされて……。

 

――ようやく、生命活動を停止させた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと息を吸い、吐き出した後。

 

「……お疲れ様、みんな」

 カズキは、私達に穏やかな笑みを見せて、そう言ってくれました。

 

「―――は、ぁ」

 

 そこでようやく、私は緊張の糸を切る事ができて……他の皆さんも、その場に座り込んだ。

 

「……もう、一生分仕事したな」

 

 そう愚痴りながら、リンドウさんはタバコを吸う。

 ソーマは座り込みはしないものの、壁に背を預け息を吐いている。

 

「コウタ、立てる?」

「……わりぃ、ちょっと無理っぽい」

 

 私に支えられながら、コウタは弱々しく返事を返した。

 それに苦笑しながら、カズキはコウタを自分の背中に乗せました、俗に言うおんぶですね。

 ……いいなぁ、羨ましいです。

 

「…………」

 

 リンドウさんに補喰されてコアを抜き取られ、ピターの身体が霧散する。

 私の両親を殺したアラガミ、その最後を見届けたけど……達成感はない。

 両親を殺した個体ではないからか、そう思ったけど……多分、違う。

 きっと乗り越えられたから、復讐心に囚われずに強くなれたから。

 

――私はもう、1人じゃないから。

 

「………?」

 

 そこでふと、ヴァルキリーの姿がない事に気づく。

 そういえば、こっちに戻ってきた時には、既に居なかったはず。

 ……まあ、いいか。

 いずれまた会える、その時に色々話を訊く事にしよう。

 そう、色々と……。

 

 

 

 

 

「はぁ……いてて……」

「情けないですね」

「いやいやいや、こっちは骨にヒビ入ってるんだぜ!?……いっつ」

 

 情けない発言をしたアリサちゃんにコウタがツッコミを入れるが、すぐに顔をしかめおとなしくなる。

 

――アナグラの病室は、凄い事になっていた。

 

 何せ僕とアリサちゃん以外の第一部隊全員が、ベッドで横になっているのだから。

 

「……タバコ吸いてぇ」

「リンドウ、せめて怪我が治ってからにしなさい」

 

 リンドウさんと同じように、ベッドのお世話になっているサクヤさんだが、相変わらず世話を焼いているのは流石だ。

 ソーマは既に寝入っている、本人は否定していたがやはり疲労はかなりのものだったのだろう。

 

「うっ…ううっ……よかったです、本当に…よかった……」

 

 アネットちゃんはさっきから泣いてばかり、まああんなボロボロの状態で帰ってきたのだから、無理もないけど。

 

――僕達は戦いに勝利した。

 

 帰ってきた僕達を、他のみんなは一斉に取り囲み、暫し身動きがとれなかったくらいだ。

 ツバキ教官が怒鳴ってどうにか動けるようになった後、僕達はまず医務室へ向かった。

 その後、全員の神機を技術班に預け治療を受けた、今頃ピターから摘出した偏食因子で新しいアラガミ装甲を作り出しているだろう。

 後で詳しい報告書を書かないといけないけど、とりあえずは一段落と言った所だ。

 

「けどさ、オレ今回ばかりはもうダメかと思ったよ」

「そ、そんなに厳しい戦いだったんですか!?」

「あ………」

「コウタ……」

「余計な事を言わないでくださいよ、どん引きです」

 

 再び涙目になるアネットちゃん、失言だったとコウタは気づくがもう遅い。

 

「と、とりあえず……みんなはもう休んだ方がいいよ。アネットちゃんもそんな心配しなくていいから、もう行こう?」

 

 もう早く休みたいのに、そう思いつつ少し早口でアネットちゃんに告げ、アリサちゃんも連れて3人で医務室を後にする。

 

「――さてと、じゃあアネットちゃんも休んだ方がいいよ」

「あ、は、はい……わかりました」

 

 涙を拭き、自室に戻っていくアネットちゃん。

 

「アリサちゃんも、今日はもう自分の部屋で休んだ方が――」

「――今日は、もう少し一緒に居てもいいですか?」

「…………」

「ごめんなさい……でも、もう少しだけ」

 

 申し訳なさそうに、俯きながらそう言ってくるアリサちゃん。

 ……バカだなぁ、そんなこと気にしなくてもいいのに。

 

「……そんな我が儘なら大歓迎だから、でも報告書を書かなくちゃいけないし……あまり構ってあげられないよ?」

「いいんです。一緒に居てくれるだけで……カズキを見る事ができるだけで、今はいいんです」

「………ん、わかった」

 

 何か不安に駆られているように見えたので、安心させるように手を握りしめてやる。

 

「カズキ……」

「大丈夫だよ。僕はここに居るから、君の傍に……ちゃんと居るから」

「………はい」

 

 はにかむような笑みを見せながら、アリサちゃんは僕の手を握り返してくれた。

 

「それにしても、アリサちゃんには迷惑かけちゃったね」

 

 彼女がもし僕の心に呼びかけてくれなければ、間違いなくアラガミ化は免れなかった。

 

「気にしないでください、私がカズキを救いたいと思ったんです。

 それに、ヴァルキリーも力を貸してくれましたから」

「……ヴァルキリーの声も聞こえたよ、気が付いたらいなくなってたけど」

 

 だけど、これであのアラガミが力を貸してくれたのは二度目だ。

 やっぱり、ヴァルキリーの正体は……。

 でも、だとしたらどうしてこんな事になったのかがわからない。

 

「――あの、カズキ」

「あ、なに?」

 

 しまった、アリサちゃんと話してるのに……。

 

「えっと…その……」

「………?」

 

 どうしたのだろう、アリサちゃんは口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返している。

 とりあえず、そのまま待っていると……。

 

「あの……ヴァルキリーって……」

「ヴァルキリーがどうしたの?」

「………ごめんなさい、何でもないです」

 

 あはは、と誤魔化すように笑うアリサちゃん、どうしたのと問いたかったけど……本人がなんでもないと言うのだから、やめておいた。

 

――また、ヴァルキリーに会えるだろうか。

 

 そんな事を考えつつ、僕はアリサちゃんと共に自室へと向かう。

 

(ヴァルキリー……君の正体は、やっぱり……)

 

 

 

 

To Be Continued...


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