そんな中、遂にあのアラガミとの死闘が幕を開く……。
――獣の雄叫びが、空母エリアに響き渡る。
声の主はヴァジュラ、ぶんぶんと鋭い爪を生やした脚を振り回している。
まるで名刀のような鋭さを持つソレを、カズキは全て見切って回避していく。
「グォァッ!!?」
苦悶の声がヴァジュラから放たれる。
見ると、後ろ脚に深い裂傷が生まれていた。
「アネットさん!!」
「は、はい!!」
ヴァジュラの脚に裂傷を負わせたアリサが、アネットの名を呼ぶ。
その声に返事を返しながら、アネットはヴァジュラの真上に跳躍。
「やぁぁぁぁぁっ!!!」
裂帛の気合いを込め、神機に装備されたハンマーを振るい落とすアネット。
「ガ………ッ!?」
ズドンッ、という重い音が辺りに響き、ヴァジュラの巨体が地面に沈む。
「うわぁ……」
そのあまりに凄まじい一撃に、アリサは顔を引きつらせた。
「……ふぅ、やりました!!」
ニッコリと微笑むアネットに、カズキ達は曖昧な笑みを返す。
今日で四日目の研修だが、アネットの成長度がかなり高い為か、今では単独ではないがヴァジュラすら倒せるまでになった。
尤も、ハンマー型のバスタータイプという武器を使用しているせいか、相変わらず鈍足で動きが鈍い欠点はあまり改善されていないが。
しかしその攻撃力は凄まじいの一言で、当たりさえすればどんなアラガミでも致命傷になりうる。
「……でも。さ、さすがに……疲れました」
大きく息を吐き、地面に座り込むアネット。
「そ、そうですね……」
アリサもまた、座り込みはしないものの疲労の色が濃い。
当然だ、ここ数日の出撃数があまりにも多いので、カズキ達はまともに休めていないのだ。
更に、ヴァジュラ種の動きが今まで以上に活発化している為、新兵のアネットまで駆り出さなければならないという笑えない状況になっている。
(このままじゃ……保たない)
いずれ圧し切られ全滅する、そんな未来がカズキの頭に浮かんだ。
もちろんそんな未来などにするつもりはない、だが……このままでは確実にその未来へと進む。
――黒いヴァジュラを、なんとかするまでは。
「カズキ、そろそろ戻りましょう?」
「………うん。けど2人は先に戻ってて」
「えっ………あ、はい。それじゃあアネットさん、戻りましょう?」
「わ、わかりました」
立ち上がり、アリサとアネットはその場から踵を返す。
そして1人残ったカズキは――コアを抜き取られ今にも消えそうなヴァジュラの身体を、喰らい始めた。
ブチブチと肉を噛み千切り、クチャクチャと暫し咀嚼を繰り返しながら……カズキは顔をしかめていく。
(せめて僕だけでも、いつでも万全な状態になってないと……)
近いうちに、必ずあの黒いヴァジュラと戦う事になるはず。
カズキの中のアラガミが、静かにそう訴えていた……。
「―――よぉ、お疲れ」
アリサとアネットを休ませる為に部屋へと返し、また新しい任務を受けようか……そう考えていたカズキに、タツミが声を掛けてきた。
お疲れ様です、すぐさまそう返事を返すカズキだが、タツミの表情はひどく苦々しいものになっている。
「……どうしたんですか?」
「いや……まあ、ちょっとな」
曖昧に言葉を濁すタツミ、しかし……カズキにはなにがあったのかすぐにわかった。
「――また、
「…………」
カズキの問いに、タツミは悲痛な表情を浮かべ頷きを返す。
アラガミ、特にヴァジュラ種の活動が異常なまでに活発化しているのは、記憶に新しい話だ。
そのせいでこの極東支部の近く、フェンリルの庇護を受けないもしくは受けられない村落が、文字通り消えていく。
カズキも……助けられずにこの世から消えた人々の亡骸を、この数日で嫌になるほど見てきた。
これも、あの黒いヴァジュラが他のヴァジュラ種を活性化させているためだ。
原理は不明だが、黒いヴァジュラの偏食因子は特殊で、周りのヴァジュラ種を活性化させ従えている。
まさしくヴァジュラ達の王と呼ぶに相応しい。
「………くそっ」
もどかしい、早く倒さなくては被害だけが増えていくというのに。
苛立ちを隠さないカズキを見て、タツミは彼の肩をポンポンと叩く。
「あまり気張るなよ、今は自分達のできる範囲で努力するしかないさ。
近いうちにあの黒いヴァジュラも姿を見せるはずだ、そんな時にお前が動けない状況になったらどうする?」
「……タツミさん」
「お前は第一部隊の、いやこの極東支部のエースなんだ。
勝手かもしれないけど、みんなお前を頼ってると同時にいつも心配してる。だからあまり自分だけで何かしようとするなよ?」
「………はい、すみません」
タツミの言う通りだ、自分だけで何かするのには限度というものがある。
仲間を信じ、頼り、そして守っていく。
それがカズキの望む願いであり、果たさねばならない事だ。
「ありがとうございます、タツミさん」
「いいって、それよか恋人の心配してた方がいいんじゃないか?
ほら、その……あれだよ、えっと……」
精一杯言葉を選ぼうと四苦八苦するタツミに、カズキは苦笑しながらも感謝した。
彼は優しい、精一杯アリサの為に彼女の傷つかない言葉を考えてくれる。
「……ありがとうございます、タツミさん」
「えっ、あ、おぉ!」
もう一度お礼を告げてから、カズキはタツミと別れアリサの部屋に向かう。
「――アリサちゃん、僕だけど……起きてる?」
少し躊躇いがちに扉をノックする。
程なくして――扉が開き、アリサが姿を現した。
「あっ……ど、どうしたんですか?」
嬉しそうに頬を綻ばせ、アリサは問う。
「いや、その……会いたかったと思って……」
本当は、あの黒いヴァジュラの事を思い出し元気を無くしていないか心配していたのだが……彼女の様子におかしい所は無いので、黙っておいた。
「どうぞ、今アネットさんとリッカさんも居るんですよ」
言いながら、カズキを部屋へと招き入れるアリサ。
そこには彼女の言った通り、アネットとリッカがソファーに座っていた。
「やっほー、カズキくん」
「あっ、す、すみません。もしかして……お邪魔になるんじゃ?」
「そんな事気にしなくてもいいですよ、けどカズキの隣は私が座りますからね!」
「はいはい、相変わらずイチャイチャしてるね」
「あはは……」
リッカは呆れ、アネットは顔を赤くし、カズキは苦笑する。
「けど、アリサちゃんいつの間にアネットちゃんと仲良くなったの?」
「うっ……その、私もあれから反省しまして……」
なる程、どうやらカズキの言った事をきちんと理解してくれたようだ。
「でもお二人がお付き合いをなされてるって聞いた時は驚きました、確かに仲が良いなぁとは思ってましたけど……」
「あれ? もしかしてアネット……カズキくんに惚れた?」
「えっ!?」
「………ナンデスッテ?」
リッカ、爆弾投下。
それにより、部屋の温度が急激に下がったような気がした。
「あ、いえ、確かにカズキさんは優しいしカッコいいし頼りになりますけど、あくまで憧れといいますか尊敬する先輩といいますか……」
「初めは尊敬だけだった、でも……乙女の恋心はだんだんと燃え上がっていき……」
「ほぅ?」
「リ、リッカさ〜ん!!」
絶対零度の睨みをアリサから受け、アネットは涙目でリッカに訴える。
しかし悪ノリしているのか、リッカのからかいは終わらない。
「しかしもうすぐ研修が終わる、そうしたらもうおいそれとは会えなくなっちゃう。
こうなったら……最後の夜に、私の初めてを貴方に……」
「リッカさぁぁぁぁぁぁん!!!?」
「……小娘、覚悟はできているだろうな?」
「ひぇぇぇぇぇっ!!!」
「落ち着きなさい、そしてリッカちゃんも悪ふざけが過ぎるよ」
「ぐぺっ」
「あいたっ。……もう、女の子の頭を叩くなんて感心しないなぁ」
少し強めに頭を叩いてきたカズキに、リッカは非難めいた視線を送る。
「悪ノリするからだよ、アリサちゃんも脅かしたりしないの」
『はーい』
何とも軽い返事を返すアリサとリッカ、アネットはまだ震えている。
「あ、そういえばカズキくん」
「ん?」
「君の神機だけど、そろそろ全点検が必要になってきたんだ。
刀身パーツは大丈夫だけど、他のパーツも神機本体も限界に近いし……一度、メンテナンスをした方がいいよ?」
「メンテナンスか……」
「君は無茶し過ぎなの、出撃回数もかなり多いし……まあ、銃身と装甲パーツはすぐに良いのが手に入ったからその点は大丈夫だけど」
「えっ?」
その言葉にカズキは首を傾げ、リッカと……アリサはニンマリと笑みを浮かべる。
「実はですね……私がロシア支部で使っていたパーツを、リッカさんに頼んで強化してもらっておいたんです。
それで、もし宜しければなんですけど……使っていただけたらなぁと思いまして……」
「能力は私が保証するよ、カズキくんにきっと合うと思う」
「……ありがとう、2人とも」
「けど、本体の全点検が必要なのは変わりないからね?」
「わかってるよ」
カズキとしても、戦えないという状況は御免こうむる。
いつ点検してもらおうか、そんな事を考えていた矢先。
『業務連絡、第一部隊は至急エントランスロビーに集合してください。繰り返します――』
「――――」
放送が響き、カズキは身体を強ばらせる。
(………遂に来たのか)
近いうちに、この日が来るとは思っていた。
しかし、いざ来てみると……少しだけ、身体が震える。
「……いくよ、アリサちゃん、アネットちゃん」
「は、はい……」
「…………」
緊張した面持ちで返事を返すアネット、しかしアリサは何も言わずに立ち上がる。
思い空気が漂う中、カズキ達は揃って部屋を後にした。
――黒き帝王を、倒すために。
「―――へぇ、本当にアリサちゃんの神機とそっくりだ」
移動用の車の中で座りながら、カズキはリッカによって装着された新しい武装を見やる。
――目指す先は、旧市街地エリア。
防衛班、および調査隊の犠牲によって、遂にあの黒いヴァジュラの出現場所を突き止める事に成功した。
先程ツバキにそう告げられ、第一部隊全員でその黒いヴァジュラ――ディアウス・ピターの討伐に乗り出したのだ。
ディアウス・ピターは、他のヴァジュラ種の動きを活発化させる事ができる、故に放っておけば今までにない脅威となる。
既に、幾つもの町や村がディアウス・ピター達によって消されている、これ以上の犠牲を増やすわけにはいかない。
「けどさ、その黒いヴァジュラだけじゃなくて……マータ達も居るんだよな」
カズキの隣に座るコウタが、不安げな声で呟きを漏らす。
そう、敵はディアウス・ピターだけではない。
ピターに従うように傍に居るヴァジュラやマータも、同時に相手をしなければならないのだ。
「――初めから、出し惜しみはできないな」
左手を見つつ、カズキは言う。
「……変形を使うのか?」
ソーマの問いにまあね、と答えつつ……カズキは内心不安に駆られていた。
今回の戦いは、まさしく死闘となる。正直……生き残れる自信はない。
現に新兵であるアネットはこの場に居ない、カズキ達の誰もが他者を守る余裕がないからだ。
それともう一つ――この間の、オラクル細胞の変調が妙に気になるのだ。
アリサの呼びかけによって特になにも起きなかったが……もしあのままなら、一体どうなっていたのか……。
「まあ何にせよ、気楽にやろうや」
運転するリンドウは、相も変わらず飄々とした態度を崩さない。
それに若干の呆れも混じるものの、彼のそういう面は素直に助かると思う。
「……アリサちゃん、大丈夫?」
先程から自分の服の裾を掴んでいる恋人に、カズキは声を掛けた。
今から仇のアラガミと戦う、その事実は否が応でもアリサのトラウマを呼び起こすだろう。
カズキも感応現象を通してアリサのトラウマを見たが故に、どれだけ辛いものだったのかはわかっているつもりだ。
できる事なら、彼女をこの任務から外したいとさえ思っている。
しかしそれは叶わない、そのような状況ではないからだ。
「――大丈夫ですよ、カズキ」
そんな彼の心配を無用だと言うかのように、アリサはカズキに微笑みを返す。
それは決して無理をしているわけではなく、むしろカズキを安心させるような力強い笑み。
「私はもう逃げません、確かに怖いです、それは認めます。
けど……その恐怖を認めて、私は今まで前を向いて歩いてきました。だから……もう逃げるわけにはいかないんです」
「アリサちゃん……」
「それに、私は1人じゃありませんから。素晴らしい仲間が……そしてカズキが、傍に居てくれますから」
弱い自分を支え守ってくれた仲間達、そして自分が愛したカズキ。
その人達が傍にいるのだから、アリサはもう恐れる必要などないのだ。
「……うん、そうだね」
強くなった彼女の頭を、カズキは慈しむように優しく撫でる。
その光景は、周りに居る者達全ての顔を綻ばせた。
――が、その囁かな時間すら奴らはカズキ達から奪っていく。
「――――」
警鐘、それがカズキの中で鳴り響いた瞬間。
爆発音が響き、車が横転した。
「どわぁっ!!」
「チッ―――!」
さすがの反射神経で、全員車が逆さまになる前に神機を持って脱出する。
――そこに撃ち込まれる雷球。
「くっ………!」
全員の前に立ち、カズキはアリサのブリムストーンと対を成す蒼色の装甲、ティアストーンを展開し全ての雷球を防ぐ。
ズズズ…と身体が少し後退するが、ダメージをゼロに抑える事に成功する。
「げっ……!? な、何だよコレ!!」
朽ち果てたビル群の隙間から現れる大量のヴァジュラとプリティヴィ・マータの群れに、コウタは驚愕とほんの少しの恐怖を混ぜた悲鳴を上げる。
「おーおー、アラガミのくせに待ち伏せとはやるじゃねえか……」
神機を構えつつ、リンドウは吐き捨てるように言葉を放つ。
「……全部ぶち殺せばいい、それだけだ」
フードを脱ぎ、己の神機をしっかりと握り直すソーマ。
この動きは、彼が少しも手加減しない、本気を見せる合図だ。
「……コウタとサクヤさんは後方で援護、アリサちゃんは中距離で遊撃。
僕とソーマとリンドウさんは、前衛で……アラガミ達を駆逐するよ!!」
――カズキの瞳が変化する。
それに伴い、左腕もゴキゴキという骨が軋む音が響き――巨大な神機へと姿を変えた。
「おっさんをこき使うなよカズキ、まあ……今回ばかりはしょうがねえわな」
「……1人で突っ込みすぎるなよ」
わかってる、ソーマにそう返しながら、カズキはゆっくりと息を吸い……吐き出す。
精神の集中、これから行う死闘への恐怖を内側に閉じ込める。そして―――
「――邪魔をスルなら、容赦はしナイ!!」
どこか、彼ではない声で、目の前のアラガミ達にそう告げ――死闘は幕を開いた。
―――それは、まさしく死闘以外の何物でもなかった。
「は、はぁ…はぁ……」
息が上がる、今すぐ足を止めてその場に座り込んでしまいたい。
そんな欲求が頭をよぎるが、ここで休めば僕の命はそこで消える。
「は、ぁ、あ―――」
周りにはヴァジュラ、そしてプリティヴィ・マータの顔しかない。
ひどい血の臭いと、何か固いものを引き裂く音や怒声、悲鳴のようなものまで聞こえてきた。
「あ、は、ぁ、は――」
仲間の事を気にかける暇すらない、一瞬でも油断すれば雷球や氷柱が飛んでくるからだ。
防ぎ、回避し、僅かな隙を縫うように反撃。
服や全身は既にアラガミの血で真っ赤に染まり、神機も以前の色がわからないほどに汚れている。
もう――十数体は殺したというのに、ヴァジュラとマータはまだ消えてくれない。
「は、は、ぁ、が――」
痛い。
苦しい。
止まりたいけど、死にたくないから止まれない。
――右の剣を振るう。
上段から放たれたそれは、マータの右脚前を斬り飛ばし地面に転ばせる。
苦しむマータを見る間もなく、僕はその身体に喰らいつき肉を噛み千切り咀嚼した。
―――足りない。
「ギャォォォッ!!!」
「うわぁぁぁっ!!」
「くっ……コウタ!!」
ヴァジュラの雷球を背中から受け、壁に叩きつけられるコウタ。
そんな彼を喰らおうと迫るヴァジュラ達に向かって走り、両の剣でまとめて薙ぎ払う。
「コウタ、大丈夫!?」
「ぐっ……わりぃ」
立ち上がるコウタだが、身体中に刻まれた爪痕で、大きなダメージを負っている事を理解する。
「グォォォォッ!!」
「ガァァァァッ!!」
「………っっっ」
迫るヴァジュラとマータの首を、それぞれ一撃ど斬り飛ばし倒れた身体に喰らいつく。
―――足りない。
「ぐっ……っ」
「ソーマ!!」
「くそったれ………!」
ソーマの身体も既にアラガミの血によって赤く染まり、彼自身も大きなダメージを負っている。
このままじゃ保たない、いずれ押し切られてしまう。
そう判断し、僕は一度態勢を立て直そうと全員に信号弾を送ろうとした瞬間。
――背後の建物が、爆発したように崩れ出した。
「くっ……!?」
コウタを左腕で抱えつつ、後ろを振り向く。
「ゴァァァァァッ!!」
そこに現れたのは――黒き帝王。
「ディアウス・ピター……!?」
拙い、数が減ったとはいえまだヴァジュラ達は残っている。
対するこちらは、コウタとソーマがすぐには戦えない状況、それに他の3人だって決して無傷ではない。
しかも――ディアウス・ピターが居ては全員で逃げ出すのは不可能。
「リンドウさん、コウタとソーマを連れて一時撤退してください!!」
ヴァジュラを斬り倒し、偶然こちらに来たリンドウさんに叫ぶ。
「撤退しろだぁ? んな事できるならとっくにやってるっての!!」
「いいから、今すぐ2人を連れて走って!!」
言うやいなや、リンドウさんにコウタを投げ渡し、僕は懐にあったスタングレネードを空へと投げる。
瞬間、眩い閃光が辺り一面を包みアラガミ達から苦悶の声が。
ヴァジュラとマータの殆どは活性化している、だからスタングレネードの効き目もいつもより長いはずだ。
「一時撤退、急げ!!」
言いながら――僕はまっすぐピターへと走る。
「カズキ!?」
背後でアリサちゃんの声が聞こえる、けれど僕は振り向けない。
ここで、確実にピターを倒す。
このアラガミを倒せば他のヴァジュラ種はおとなしくならないにしろ活性化を抑える事ができるはずだ。
それに――この場で誰かが残らないと、安全な場所まで逃げ切る事ができない。
「おぉぉぉぉぉっ!!!」
「カズキ、カズキ!!」
「アリサ、すぐに安全な場所で態勢を立て直すのよ!!」
「けどカズキが!!」
「いいから来なさい!!」
サクヤさんに無理矢理引っ張られ、アリサちゃんも撤退を開始した。
それに一瞬安堵しつつも、僕は右の剣をピターの顔目掛けて振り下ろした。
「――――っ」
ガッ、という鈍い感触。
神機の刀身は確かにピターへと届いた、しかし先の戦闘で使いすぎたのか刃の通りが鈍く致命傷には程遠い。
「ゴァァァァァッ!!」
ヴァジュラより更に倍近いピターの巨大な腕が振るわれる。
「ぎ、っ―――!?」
触れていない、触れていないのに僕の身体には三条の爪痕が刻まれ鮮血が舞った。
振るっただけで、衝撃波を……!?
「ガルゥゥァァァッ!!!」
「うわぁぁぁぁっ!!!」
次に放たれたのは、マント状の器官で作られた雷球。
しかしその数は十数にも及び、その全てが僕の身体一つに撃ち込まれていく。
「ぐ、ぉ……ぶふっ……!!」
激痛、雷球による痺れと熱に、口から意味不明な声が出た。
「が、ごぼ……っ」
地面に倒れ、ポンプで吸い上げられるかのように血を吐き出す。
拙い、拙い、拙い拙い拙い……!
ダメージが大きすぎて立てない、そればかりか意識すら保つのが難しくなってきた。
――左腕が、人間の手に戻る。
もはや変形すら行えない程に僕の身体は弱り、体内のオラクル細胞も不足していた。
ヤツが……ゆっくりと近づいてくる。
それに寄り添うように、ヴァジュラ達もまた僕を追い詰めるように歩みを進める。
もはや抵抗できないと悟ったのか、じわりじわりと近づいてくるその姿がただ憎らしい。
「ご、ぶ……ぁ、あ」
立ち上がれない。
立ち上がれない。
立ち上がれない。
どんなに踏ん張っても、まるで地面に吸い付いたかのように動かない。
明確な死が、すぐ傍まで近づいていく。
死にたくない、ただ頭を占めるのはそんな感情のみ。
みっともなく許しを請えるなら、喜んで請えているだろう。
しかし相手はアラガミ、そんなものなど意味を成さない。
「――――、ぁ」
ピターが、口を大きく開ける。
自分を喰らうつもりだ、そう理解したが……相も変わらず身体は動かない。
そして、ピターの口が僕の身体へと覆い被さって―――
To Be Continued...