問題なく任務を終えた2人であったが、ここでイレギュラーが発生。
雷獣ヴァジュラが、2人の前に現れたのだった………。
「ど、どうしてヴァジュラがこんな所に……!?」
落ち着け、そう自分に言い聞かせながらもサクヤはそう口にせずにはいられなかった。
調査隊の報告に、ヴァジュラが近くに居る等という記述はなかった。だというのに何故――
「っ、新人君。今すぐここから離れなさい!!」
思考を無理矢理切り替え、カズキにそう叫ぶサクヤ。
とにかく今は、この状況をなんとかする事が先決だ。
(まだヴァジュラとの距離はある、このまま逃げれば新人君は……)
助かる、思考を巡らせた結果……確かにその答えに辿り着き、またそれは事実である。
――だが、“2人”では助からない
どちらかが囮となり、その間にもう1人が逃げる。そうしなければ……間違いなく全滅だ。
故に――サクヤはカズキに逃げろと叫ぶ。
「早く、ヴァジュラがこっちに来る前にここから離れなさい!! その後アナグラに連絡すれば助かるから!!」
「………サクヤさんは、逃げないんですか?」
「逃げるわよ。でも2人同時に逃げたら助からない。だからまずは新人君が逃げて、頃合いを見計らってからわたしも逃げるわ」
「…………」
「さあ、わかったら早くここから――」
「嘘ですね」
「えっ………」
「サクヤさんは僕を逃がす為に自ら囮になる気でしょう? そんな事は、絶対に許しません」
守るようにサクヤの前に立ち、こちらを見据えてたまま動かないヴァジュラを睨むカズキ。
「――これは命令よ新人君、今のあなたじゃヴァジュラには」
「勝てない。でもサクヤさん1人だけでも厳しいんじゃないんですか?」
「そ、それは……」
否定できない。
倒せないわけではない、だが……勝てるかもわからない。
元々サクヤのような遠距離型の神機使いは、近距離型のサポートが主な仕事であり、単体では砲撃に使うオラクル細胞の自己採取ができないという欠点がある。
自分が使用できる銃撃で、ヴァジュラを打倒できるかは……正直、五分五分だ。
携帯用のオラクル細胞は持っているものの、それを用いても勝てるかどうかはわからなかった。
「……サクヤさんを犠牲にするなんて、僕にはできません」
「けど、2人だからって勝てる訳じゃない。うぅん、はっきり言ってあなたは足手まといなの」
「わかっています。わかっているからこそ……逃げれません」
「えっ………」
「2分です、精一杯保たせたとしても2分間。その間にサクヤさんはアナグラに連絡をして応援を呼んでください。
連絡を呼んだ後は、僕の援護をお願いします!!」
言った瞬間、カズキはヴァジュラに向かって走っていく。
「新人君!!」
勝手な行動に怒りを覚えたサクヤだが、とにかく今はアナグラに連絡するのが先だ。
カズキの言った通りになるのは若干癪だが、そう思いつつサクヤは通信機を手に取りアナグラへと連絡を入れた。
「――――」
ヴァジュラとの距離を二十メートル程にまで近づかせてから、カズキはおもわず足を止めた。
(あれが……ヴァジュラ)
ターミナルのデータで見た事があるが、実物はやはり想像を超えていた。
巨大な虎のような外見、その口は人間1人など容易く呑み込んでしまう程に大きい。
圧倒的な威圧感、暴力的なまでの存在感。
まさしく人を仇なす神の如し存在、「アラガミ」と呼ぶに相応しい。
これを倒せば一人前のゴッドイーターだとリンドウは言っていたが……悪い冗談だと言ってやりたかった。
(………でも、逃げられないんだ)
既にヴァジュラはカズキを補足している、背を向ければたちまち喰われてしまうだろう。
……神機を持つ手に、汗が滲む
しかし、手は震えず……あるのは、一つの誓いのみ。
「僕は死なない……死ぬわけにはいかない!!」
自身にそう言い聞かせるように叫び、内なる恐怖を必死で誤魔化しながら、カズキは地を蹴った。
「ガルァァァァッ!!」
ヴァジュラの右腕が振るわれる、まともに受ければ身体が砕けてしまうそれを、カズキは間一髪のタイミングで回避。
しかし風圧により頬に一条の傷が生まれ、気にせず剣を振り上げ叩き下ろした。
――ガンッ、という硬い衝撃
(刃が……通らない!?)
アラガミに対抗できる神機、だというのにこのヴァジュラには一切通じていない。
まったくもって悪い冗談だ、こんなものをどうやって――
「っ、ぐぁ―――!?」
ヴァジュラの右腕が迫りカズキは装甲を展開、だがそんなもの無意味だとあざ笑うかのような衝撃で身体が宙に浮き――地面を転がっていく。
「がっ、ぁ、ぐぅ――!」
頭を打ち、背中を強打し、ようやく止まったと思った時には……身体が上手く動かなくなっていた。
「あ、が……」
痛い、全身がバラバラになったかのような錯覚にすら陥りそうだ。
普通の人間とは比べものにならない程の強靭な肉体を持つゴッドイーターでも、今の攻撃はダメージが大きすぎた。
更に展開した装甲はひしゃげ、使用不能。
対するヴァジュラには、まともなダメージなど与えられていない。
――死という概念が、頭にちらついた
「――――っ」
ふざけるな、カズキは自身を罵倒する。
自分は死ぬわけにはいかない、こんな所ではまだ死ねないのだ。
たとえ相手が何であろうとも、ここで死ねばそれまでなのだから―――!
「ギャァッ!!?」
「えっ……?」
強い閃光が走り、ヴァジュラが大きく仰け反り動きを止めた。
「新人君、早く立って!!」
「サクヤさん………!」
サクヤの声により、カズキは今の現象が何なのか理解した。
――スタングレネード
強い閃光を放ちアラガミの動きを止める道具だ、すぐさま立ち上がり――カズキはある事を思い出す。
『いいか新入り、ぶっ殺したアラガミを捕喰すればそのアラガミのコアが手に入るが、生きた状態で捕喰すれば身体能力が格段に上がる。
それにアラガミの能力を奪い、バレットとして使う事ができる。それをそのまま撃ってもいいが、仲間に手渡せばそのバレットはパワーアップすんだ、状況に応じて使い分けてみろ。
まあ、今のお前さんにはまだ無理だろうが、失敗して元々だ。気楽にやれや』
「…………」
神機の捕喰形態に変形させるカズキ、そして――そのままヴァジュラの身体へと神機を喰らわせた。
捕喰形態の牙がヴァジュラの肉体に食い込み、肉の一部を文字通り食い千切った。
「―――――」
瞬間、全身が脈打ち不思議な高揚感と――内側から溢れ出しそうな力が、カズキに宿る。
捕喰が成功し、バースト状態になった証拠だ。
――しかし、それでも自分ではヴァジュラを打倒できない。
いくらバースト状態による身体能力の強化を得られても、それだけで倒せるほど目の前の相手は弱くない。
だから――カズキは神機を銃形態に変形させ、サクヤに向かって撃ち放った。
無論、攻撃の為の砲撃ではない。
「っ、これは――!?」
サクヤに襲いかかるのは、内側から溢れ出そうとする力の本流。
アラガミバレットは、他者に渡すと濃縮されより強力な武器となる。
しかし、濃縮アラガミバレットを作り出すには新型のように剣と銃両方の神機を扱える者でなくてはならない。
故に、サクヤは今回初めて濃縮アラガミバレットを手に入れたのだが――凄まじい力を感じ若干の恐怖感を抱いてしまう。
「サクヤさん!!」
「――――っ」
カズキの声で我に返り、サクヤはヴァジュラに砲身を構え――撃ち放った。
「きゃあっ!!?」
瞬間、サクヤはバレットを撃った衝撃で後ろに吹き飛んでしまう。
だが、同時に銃口から放たれた濃縮アラガミバレット――小雷球機雷レベル3がヴァジュラを捉えた。
「ガギャッ!!?」
直径1メートル近い大きさの雷球が、数十という数でヴァジュラを連べ打ちにする。
凄まじい破壊力に、ヴァジュラの巨体が吹き飛び壁に叩きつけられた。
「サクヤさん、大丈夫ですか!?」
「え、ええ……大丈夫よ」
こんな攻撃を放ったのは初めてだ、若干呆けてしまうサクヤだったが、カズキの声で我に返った。
ヴァジュラはまだ壁にめり込んだまま動かない。
「今よ、撤退するわ!!」
同じ戦法が通じるとは限らないし、たとえ通用したとしても次の攻撃で倒れるとも限らない。
それならば、この隙を逃さず撤退するのが正しい選択だ。
と、撤退を開始したカズキ達の前にリンドウが現れる。
「よぉお前ら、生きてるか?」
相変わらずの飄々とした口調に、カズキとサクヤは安心感を覚え僅かに表情を緩ませた。
「ヴァジュラは……おぅおぅ、随分痛めつけたじゃねえか。ちっともったいねえがここは撤退するぞ、新入りも怪我してるみたいだからな」
「はい………」
リンドウを先頭に、その場から撤退を始めるカズキ達。
……ちらりと、ヴァジュラに視線を向けた。
カズキ達を探しているのか、キョロキョロと辺りを見回すヴァジュラ。気のせいかその顔には怒りの感情が見えた。
「…………」
「おい新入り、いくぞ」
「…………はい」
いまだ震える身体を支えながら、カズキは今度こそ撤退を始めたのだった。
「――新入り、今から説教するぞ」
「えっ?」
場所は変わり、ここはアナグラの医務室。
頭と右腕、そして右足に痛々しく包帯を巻いたカズキに、リンドウは口調を変えずにそんな事を言い出す。
とてもじゃないが、説教をするような人間の口調ではないし、表情だっていつもと変わらない。
「サクヤの指示を無視して囮になった、その精神は評価してやるが、お前みたいな半人前以下の奴がやっても、犬死にするだけだ。
今回はたまたま上手くいっただけに過ぎない」
「…………」
「他人を助けるなんざ一人前のヤツができる芸当だ、お前のやった事は英雄気取りの馬鹿な真似事でしかない。
いいか新入り? 今後はこんな馬鹿な真似はすんなよ?」
「……はい、すみませんでした」
素直に頭を下げ、反省の言葉を口にするカズキ。
命令違反をしたのは確かだし、リンドウの言う通り半人前の自分が行ったあの行動は無謀でしかない。
「――よし、わかってるなら今回は大目に見てやる。これでオッサンの説教はおしまいだ」
そう言って、リンドウはいつもの調子に戻った。
「しかしたいしたもんだなお前は、あのヴァジュラをあそこまで痛めつけるとは、新人の域を超えてんぞ」
「サクヤさんがアラガミバレットを有効活用してくれたからです。
それに、リンドウさんが教えてくれた立ち回り方を覚えていましたから」
「…………そうかい」
確かに、彼の言っている事は間違いではない。だが……新兵がこうも簡単に教えた事を実戦でやってのけるのだろうか?
(元々戦う才能があったのか……? サカキのおっさんは偏食因子の適合率だけならソーマと並ぶとか言ってたが……それだけとは思えねえな)
とにかく、目の前の青年はどこか得体の知れない部分があるのは確かだ。
(はぁ……期待の新人だが、一癖ありそうだなぁ)
そう思いつつ、リンドウはタバコをふかす。
そして、医務室でタバコを吸わないでくださいと、カズキに注意されるのだった。
To.Be.Continued....