だが、遂に支部長が極東支部に戻ってくる。
物語は、再び歩みを始めた……。
――支部長室に向かうカズキは、深いため息を吐く。
出張から戻ってきた極東支部の支部長、ヨハネスが帰ってきて早々にカズキを呼んだのだ。
それにおとなしく従ったのだが……彼の心中には、不安が渦巻いている。
というのも、彼――もしくは彼が所属する第一部隊の面々は、支部長には知られてはならない秘密を幾つか所有しているからだ。
――アラガミの少女、シオの隠蔽。
――カズキ自身の、アラガミ化。
――ラウエルのような、シオとはまた違う特殊なアラガミの発見の黙秘。
はっきり言って、反逆罪だけでは片付けられない程の秘密である。
だからヒバリから支部長が呼んでいると聞いた時、カズキの肝は瞬時に冷え切った。
まだ秘密が露見しているとは決まってないが、それでも不安は拭いきれない。
「……失礼します」
平常心を心掛けろ、必死で自分にそう言い聞かせながら、カズキは支部長室へと足を踏み入れた。
「――やあ、待っていたよ」
変わらない、どこか貼り付いたような笑み。
久しぶりに見る支部長――ヨハネスは、表面上では笑顔を浮かべカズキを招き入れる。
「……ご無沙汰しています」
警戒は既に最高レベル、けれど決して感づかれないように、カズキはそのままヨハネスに近づく。
「出張中も、君の活躍をよく耳にしていたよ。隊長として、皆をまとめていてくれたようだね」
「いえ……恐縮です」
言動に不審な点は見受けられない、とはいえ油断をするつもりはないが。
「さて、今回呼んだのは他でもない。――君にも、“特務”を受けてもらおうと思ってね」
「特務、ですか?」
その単語には覚えがある、支部長がヨーロッパに飛ぶ前に言っていた言葉だ。
とはいえ、詳しい話を聞く前に支部長はいなくなってしまったので、カズキ自身特務というものが何なのかはわかっていない。
「特務とは、私が直属に管理している、隊長クラスのみが受ける事ができる特別な任務の事だ。
内容は特務を受けた者、及び私以外の人間が閲覧できないようになっている。
その性質上、単独の任務も多々ある危険なものだ」
「…………」
「だが、無論見返りはある。通常の任務よりも遥かに充実した報酬だ、現金だけではなく滅多に市場には出回らないような貴重な物資もある。
私は君を高く評価しているつもりだ、無論……受けてくれるね?」
言葉は丁寧だが、その問いは問いではなく……選択の猶予は与えない通告のようなものだ。
それに対し内心ため息をつきつつも、カズキは頷きを返す。
どの道、その特務とやらはこちらの心中や事情など関係なしに押し付けられるのだ、ならば下手に逆らった所でメリットはない。
「ありがとう。では早速君には特務を受けてもらう事にするよ。 ヒバリ君に特務のデータを渡しておくから、カウンターで通常の任務と同じように受注してくれ。
それと……先程も言ったが特務は文字通り通常の任務ではない、だからこれは必ず君一人で成し遂げてくれ」
「………わかりました」
「うむ。では下がっていいよ」
そう言われたので、カズキは一礼して支部長室を出る。
そして少し離れてから……盛大なため息をついた。
(よかった……どうやらまだバレてはいないようだ)
あの口振りからして、変に感づいている様子はない、その点に関しては一安心である。
と、エレベーターの前に腕を組んだソーマの姿があったので、カズキは彼の元へ。
「……お前も、呼ばれたんだな」
「お前もって……ソーマも」
「俺は昔からだ、リンドウもああやって呼び出されて特務をやらされてやがる。
チッ……あの野郎、一体何を企んでやがるんだ?」
ギロッと支部長室の扉を睨んだ後、ソーマはエレベーターに乗り込む。
慌てて後を追うカズキ、電子音を響かせながらエレベーターは上に上がっていく。
程なくして、ベテランの居住区エリアでエレベーターは止まり、ソーマは自分の部屋に向かう為に降り。
「――カズキ、あいつには深く関わるなよ」
ぽつりと、忠告めいた事を口にして、さっさと自分の部屋へと行ってしまった。
「…………」
今の言葉は、どういう意味だったのだろうか。
それを訊く前にソーマは言ってしまったので、結局わからずじまいになってしまったが。
気にはなったものの、カズキはそのままエレベーターで移動し、エントランスロビーへ。
「ヒバリちゃん」
「あ、お疲れ様ですカズキさん」
声を掛けられ、一礼するヒバリ。
「あのさ……特務を受けたいんだけど」
「……特務ですね」
特務という単語が飛び出した瞬間、ヒバリの表情が変わった。
どうぞ、と渡される書類を受け取る。
「特務の閲覧は細心の注意を払ってくださいね?」
「うん、わかったよ。ありがとう」
一度自分の部屋で見た方が良さそうだ、そう判断したカズキは自室へ向かう。
ベッドに腰掛け、書類に目を通し……カズキの表情が強張った。
任務内容は、とあるアラガミのコアの入手。
そのアラガミというのが……。
「………ウロヴォロス」
山のように大きなアラガミ、ウロヴォロスだった。
それを単独で倒せというのだから、悪い冗談だと思いたかった。
しかしこれは現実、いくら拒もうが倒さねばならない敵である。
「………行くか」
重くなった腰を上げ、カズキは書類を持ったまま部屋を出る。
「カズキ!」
任務に向かおうとしている彼に話しかける、1人の少女。
振り向くと、そこには嬉しそうにカズキへと駆け寄るアリサの姿が。
「アリサちゃん……」
「カズキ、あの……今お時間ありますか? もしありましたら、えっと……一緒に居たいなぁと思いまして」
「あー……ごめん、今から任務だから……」
「あ……そうですか。じゃあ私もその任務手伝います!」
「えっと……ごめん、それもちょっと無理なんだ。隊長クラスじゃないとできない任務だから……」
「……そうですか」
途端にしゅんとうなだれるアリサ、罪悪感が芽生えるがこればかりは仕方ない。
「ごめんねアリサちゃん、それじゃあもう行かないといけないから」
「あ、はい……気をつけてくださいね?」
わかってるよ、そう言ってアリサに口づけを落とすカズキ。
アリサは当初顔を赤く染めて抗議しようとしたが、すぐさま口元を綻ばせたのだった。
――雨が降り続いている。
嵐が止まらない平原エリア、その地にカズキは降り立ち―――おもわず、身体を強ばらせた。
彼の数百メートル先には、問題のアラガミであるウロヴォロスの姿があるが……その巨大さに、戦慄する。
本当に山のようだ、そう思えずには居られない巨大な体。
数十にも及ぶ腕のように纏まっている触手、顔にあたる部分には十数もの複眼を持ち、その全てが怪しく光っている。
まさしく超弩級のアラガミと呼ばれるに相応しい、人間など瞬く間に駆逐するであろうその姿に、カズキは人知れず身体を震わせた。
「……同じアラガミとは思えないな」
様々な種類のアラガミが居るのは知っているが、このウロヴォロスというアラガミは他のアラガミとは違うような気がする。
――ウロヴォロスの複眼が、カズキを捉えた。
「…………」
神機を持つ手に力を込める。
「ヴォォォォォッ!!」
「―――っ」
唸り声だけで、風が巻き起こった。
「…………」
大きく息を吸い……ゆっくりと吐き出す。
瞬間――地を蹴り一気にウロヴォロスへと向かってカズキは走った。
「く―――っ!!?」
ウロヴォロスの右腕の触手が、地面に突き刺さる。
その瞬間、カズキの足元から触手が槍のように突き出してきた。
第六感が働き回避するが、触手は次々とカズキを串刺しにしようと地面から突き出してくる。
これでは近づけない、遠距離から攻撃をしようとした瞬間。
「っ、ぐ―――!!?」
左腕に走る衝撃と痛み。
後ろに跳躍し、自分の左腕に視線を送ると……そこには、深い裂傷が生まれていた。
「…………」
肉の一部が削ぎ落とされ、血が雨に濡れた大地に落ちる。
決して浅くない、むしろ深い類の傷だ、常人ならば激痛と失血で喚き散らす程の。
しかし……カズキは痛みで顔をしかめる事もせず、黙って左腕を見つめていた。
確かに痛い、しかも決して小さな痛みでもない。
(……アラガミ化してるからかな、痛いけど……痛みをあまり感じない)
アラガミとしての、超人的な肉体強化は、ますます進行しているようだ。
「ヴォォォォォッ!!」
「っ、く―――!」
複眼が怪しく光る。
何か来ると判断したカズキは、急ぎその場から離れようとして。
「ぎ、っ―――!?」
カズキの右腕に、ウロヴォロスの触手が貫通した。
そして……十数もの複眼から高熱のビームが放たれる―――!
「ぐっ――あぁぁぁぁぁぁっ!!?」
ビームに呑み込まれ、カズキの身体が壁に叩きつけられた。
「ぅ、あ……ぐ、っ」
肉の焼ける嫌な臭い、身体の所々が炭化している。
「はっ、は、ぁ……」
――ウロヴォロスが迫る。
「…………」
めり込んだ身体を強引に抜け出させ、痛む身体に力を込めた。
(……仕方ない)
どぐりと、身体が震える。
体内のオラクル細胞を意図的に活性化、左腕を変形させる。
それに伴い、オラクル細胞が肉体の修復を開始、完治には遠いが炭化した部分が元の肉の色に戻った。
しかし――それによりカズキの中で急速にエネルギーが消耗、人間としてではなく……アラガミとしての胃袋が、餌をよこせと騒ぎ立てる。
「ヴォォォォォッ!!」
ウロヴォロスの触手が伸び、カズキを串刺しにしようと迫る。
「………好都合だ」
短く呟き、カズキは刃状に変形させた左腕を振るい、触手を薙ぎ払う。
斬り裂かれた触手は宙に飛び――その一つにカズキは喰らいつく。
味わう事はせず、急速なエネルギー不足を解消する為に、噛み砕き体内へ。
すると、ある程度ではあるものの、カズキのエネルギーが回復した。
「………まだ、足りない」
どこか楽しげな口調で呟き、カズキはウロヴォロスへと走る。
――彼は気づいていない。
今の自分の瞳が、血のように赤く染まっている事に……。
「ヴォォォォォッ!!」
まるで鞭のように、ウロヴォロスは触手をしならせカズキに叩き込んでいく。
だがカズキはその悉くを避け、斬り裂き、弾き飛ばす。
その余波は地面を削り、幾つものクレーターを生み出していく。
「―――オォォォォッ!!!」
人間とは違う、野獣のような雄叫びを上げながら、カズキは神機と左腕の剣をウロヴォロスの複眼に叩き込む。
宝石のように輝くウロヴォロスの複眼が、鈍く硬い音を響かせ砕け散った。
「ヴォガァァァォォォォッ!!!」
怒りか、それとも痛みによる苦しみの声が、ウロヴォロスが悲鳴を上げる。
それと同時に活性化するウロヴォロス、だがカズキは相手が次の行動に移る前に懐に飛び込み――その脚に神機の刃を食い込ませた。
さすがに切断には至らないものの、刀身は八割程まで食い込んでおり、更にカズキはその脚の一部を喰い千切り口に含む。
「ヴォォォォォ……!」
先程よりも弱々しい声、今の一撃はウロヴォロスにとっても小さいダメージではないらしい。
それでも倒れないのはさすがと言うべきか、尤も……カズキはこのまま攻撃の手を緩めるつもりはない。
――がりがりぐちゃぐちゃもぐもぐ。
「ギィィィィヤァァァァァァッ!!!」
ただひたすらに、神機を食い込ませた脚を喰らっていくカズキ。
一心不乱に、己の糧とするために。
――やがて、ウロヴォロスの巨体が地面に倒れ込む。
だが無理もない、半分近く神機で斬り裂かれ、更にカズキによって喰われたのだ、そんな脚で自らの巨体を支えられるはずもない。
「ヴォォォォォッ!!」
活性化した事によって不気味な発光を見せる触手を地面に突き刺すウロヴォロス。
またも見えない地中からカズキを襲う触手達。
しかし……今度は一つたりともカズキに届きはしなかった。
アラガミとしての超人的な肉体強化をフルに用いて、地中に這う触手の音や感覚を察知しているので、カズキにとっては見えているようなものだ。
まるで未来予知を行っているかのように攻撃を避け、カズキはそのままウロヴォロスの複眼部分へ。
そして、勢いそのままに神機の刀身を複眼へと突き刺した―――!
「ヴォォォォォッ!!?」
暴れるウロヴォロス、しかしカズキは神機を手に掴んだまま、左腕の剣を一文字に振るい、再び複眼に裂傷を負わせた。
(長くは保たない……これで!!)
神機を抜き取り、真上に跳躍。
刹那、先程までカズキが居た場所を薙ぎ払うように触手が通り過ぎる。
それにより、絶対的なまでの隙を見せるウロヴォロス、そして……。
「コれデ――最後ダ!!」
落下スピードをプラスさせた渾身の斬撃が――ウロヴォロスの頭部を斬り割った……。
「――カ、ッ……ッ」
ビクビクと痙攣を繰り返し、やがてウロヴォロスはそのまま事切れる。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
苦しげに息を吐きながら、左腕を元に戻すカズキ。
人間の手に戻った、そう判断した瞬間――彼の身体は地面に崩れ落ちた。
「………やっぱり、消耗が、激しい、な……」
自身のオラクル細胞の進化により、新たな力を手に入れたカズキ。
その力は確かに強大であり、現にそれを用いてウロヴォロスを撃破した。
だが……何の制限も無かったわけではない。
左腕の神機化、そして五感の超強化。
それを発動している間、随時カズキのエネルギーは急速に消耗していく。
先程の戦いでも、ウロヴォロスの肉体を摂取しオラクル細胞を回収していなければ、今頃は指一本動かせなくなっていただろう。
しかもタチが悪い事に、エネルギーといっても人間としてではなく……アラガミとして。
すなわち、このエネルギーはアラガミを喰らわねば回復しないという不便なものだ。
強大だが、あきらかに燃費が悪いこの力。故にカズキも極力使わないようにしていたが……今回は相手が悪すぎた。
(……この能力なしでも、ウロヴォロスを倒せるくらいにならないと)
とはいえ、生きて勝つ事ができたのは事実。
そう思い、カズキはウロヴォロスのコアを摘出しようとして。
――ふわりと、後ろで何かが着地したのを感知した。
「…………」
ゆっくりと振り返る。
「………君か」
青い鎧に身を包み、右手には大きな槍。
カズキの前に現れたのは、正体不明のアラガミ――今では、戦乙女ヴァルキリーと呼ばれるアラガミだった。
「……久しぶりだね、君にはお礼が言いたかったんだ。
ありがとう、君のおかげで僕はまだ生きる事ができているよ」
「…………」
カズキが一歩ヴァルキリーに近づくと、相手は槍の矛先を彼へと向けた。
これ以上近づくな、言葉にしなくてもそれがわかる。
だが……やはりヴァルキリーは他のアラガミとは違いカズキを補喰対象として見てはいない。
……このアラガミは、アラガミであってアラガミではないのかもしれない。
それに……カズキは、このヴァルキリーが何なのかの予測を立てていた。
「ねぇ、君はもしかして――」
そこまで言いかけ、ヴァルキリーは後ろに大きく跳躍し、荒廃したビルの上に着地する。
「…………」
暫し見つめ合う両者。
ヴァルキリーからは表情は読み取れない、読み取れないが……カズキには、“彼女”がどこか悲しんでいるように見えた。
やがて、ヴァルキリーはこの平原エリアから去っていく。
それをじっと見つめながら、カズキは一言。
「―――やっぱり、君なんだね」
ぽつりと、寂しそうにそう呟いた……。
To Be Continued...