人の身でありながら、神に近い身体を持つ青年は。
まもなく、新たなる器を手に入れる……。
――外部居住区。
アラガミに怯える力なき者達が寄り添うこの場所で、爆音が鳴り響く。
「ちっ、カズキ、援護してくれ!!」
大声を張り上げつつ、タツミは外部居住区に侵入したヴァジュラの攻撃を回避していく。
「カノン先輩!!」
「了解です。――落ちなよ!!」
タツミとヴァジュラから少し離れた場所で身構え、カズキとカノンは同時に氷属性の砲撃を撃ち放つ。
カズキのはヴァジュラの腹部に、カノンのは顔面にそれぞれ攻撃が突き刺さった。
まともに受け、ヴァジュラの身体が大きく仰け反り。
「隙あり!!」
その間にタツミがヴァジュラの背後に回り込み跳躍、己の神機を叩きつけ尻尾を破壊する。
「し―――!」
ヴァジュラに駆け寄りつつ、神機を剣形態に可変させるカズキ。
ヴァジュラも接近者に気づき、狙いも定めないまま大きく前脚を振るう。
それは偶然にも、カズキに直撃する軌道だったが――すんでのところで回避、額を掠め僅かに血が滲んだだけに留まった。
完全に無防備になるヴァジュラ、その隙を逃さずカズキは更に間合いを詰め。
「っ、は―――!」
裂帛の気合いを込め、ヴァジュラの喉元に容赦なく神機で抉り抜いた。
ヒューヒューと空気が漏れる音が聞こえ、ヴァジュラの動きが完全に止まる。
トドメとばかりに、カズキは神機を両手で持ち直し――そのまま強固なヴァジュラの顔面ごと引き裂いて神機を抜き取った。
顔が2つに割れたヴァジュラは、重力に逆らう事なく地面に倒れる。
「…………ふぅ」
喉元への一撃の際に顔に付着した血を拭いつつ、カズキは終わったとばかりに息を吐いた。
「お疲れさん、助かったぜカズキ」
人の良さそうな笑みを見せつつ、タツミはカズキの肩に手を置いて労いの言葉を掛ける。
カズキは「お疲れ様です」と答えながら、神機を捕喰形態にしてヴァジュラのコアを摘出した。
「わりぃな、第一部隊の隊長をこき使っちまって」
「気にしないでください。それより……最近多いですね、外部居住区へのアラガミの侵入」
数日前までアラガミの姿はあまりなかったのだが、またいつものようにアラガミが増え始めカズキ達の戦いは再び激しさを増していった。
更に、どういうわけか再び現れ出したアラガミ達は進化を遂げており、アナグラを守る対アラガミ装甲が破壊される事件が多発し始める。
その結果、第二、第三部隊だけでは対処しきれずこうしてカズキ達第一部隊も居住区の防衛に回っている状況に陥っていた。
通常の討伐任務に加え、居住区防衛任務も重なり、形式上の部下であるアリサ達は、疲労の色を濃くしていた事は記憶に新しい話だ。
カズキはまだ単独討伐任務の際に、アラガミを食す事で体力や気力を回復させる事ができるが……。
(アリサちゃん達はそろそろ休ませないと……)
ゴッドイーターとはいえ彼女達は人間だ、自分のように無理はできない。
帰ったらみんなに言ってあげよう、そう思い緊張の糸を切ろうとして――タツミの通信機がけたたましく鳴り響く。
「俺だ。……マジかよ、わかった」
「ど、どうしたんですか……?」
疲れの色を隠せないカノンがタツミに声を掛ける、すると彼はうんざりしたように顔を歪ませ口を開いた。
「………今度は東地区でヴァジュラが三体現れたらしい」
「ええっ!!?」
「ジーナ達は他の地区に回ってるから迎えないそうだ。……カズキ、わりぃが頼めるか?」
「わかりました、でもタツミさんやカノン先輩は大丈夫ですか?」
「俺は丈夫さだけが取り柄だからな、それに終わったらヒバリちゃんにデートのお誘いをしないと!!」
「だ、大丈夫です……」
「あの……ちっとも大丈夫じゃないような」
はぁはぁと肩で大きく息をしているカノンが、本気で心配になってきた。
しかしカノンは首を横に振り、自分だけ休むわけにはいかないという意志を返す。
それがわかったから、カズキはそれ以上何も言わずタツミ達と共にヴァジュラが出現した場所へと駆け出していった。
「おーい、みんないきてるかー?」
「…………うるせぇ」
近づくシオに悪態を吐くソーマだが、その声にいつもの覇気はない。
「あー……労災降りねーかな」
「さ、さすがに……キ、キツい……」
「な、情けないですねコウタ……」
「アリサ、無理しないの」
研究室に集まった第一部隊だが、誰もが疲労の色を隠せずへばっている。
最近進化したアラガミは強力で、前ほど簡単には倒せなくなっているのだ。
リンドウやサクヤ、ソーマ辺りはまだ余裕があるようだが、コウタとアリサはダウン寸前。
無理もない、ここまで厳しい状況に立たされた事がないのだ、いくらゴッドイーターの身体といっても対処しきれない。
「かずきー、みんなどうしたのー?」
てっきり遊んでくれると思ったのに相手をしてくれない、不満げな表情を浮かべるシオ。
「みんな疲れてるんだ、悪いけどそっとしておいてあげて?」
「んー……つかれたってつらいな、えらくないのか?」
「うん。代わりに僕が遊んであげるから」
「わーい!!」
遊んでくれる、それがわかったシオは途端に満面の笑みを見せ、カズキに抱きつく。
「……元気だなぁ、カズキは」
「僕はアラガミを食べれば体力が回復するからね、みんなに比べれば余裕があるんだ」
「……お前の身体、便利だよなぁ」
「リンドウ、ここは火気厳禁よ」
タバコを吸おうとしたがサクヤに止められ、渋々懐に戻すリンドウ。
「それにしても、大分色んな言葉を覚えてきましたね」
実際、たいしたものだとアリサは思った。
まだシオをここに連れてきて一週間程、だというのに既に日常会話が可能になったというのは凄まじいまでの成長を意味している。
「君達が相手をしているのもあるけど、この子自身がコミュニケーションに飢えているんだと思うよ」
アリサの呟きに答えたのは、人数分のコーヒーを持ってきたサカキ。
「僕のコーヒーは特別製でね、飲めば瞬く間に体力が回復するよ!」
「……変なもの入ってねえだろうな」
途端に飲む気が失せた、見た目も匂いもコーヒーだが……ソーマは疑うような目つきでサカキを睨む。
何せ相手は科学者だ、それもどちらかといえば頭にマッドが付きそうな類の。
そんな博士が作り、なおかつ今の言葉……疑っても仕方あるまい。
「失礼だねソーマ君、まだ何も入れてないさ」
『…………まだ?』
全員の動きが止まる、どうしてこの人はわざとらしく意味ありげにこんな事を言うのか。
色々と言ってやりたかったが、言っても無駄なので気にせずコーヒーを口に含む面々。
……特に、おかしな味はしないようだが。
「疑り深いなぁ、何も入れてないって言ってるじゃないか」
「サカキのおっさんが余計な事言うからだろ」
和やかな空気の中、時間はゆっくりと過ぎていく。
――その中で、ある青年の内側に――“変化”が生じた。
「………?」
青年の名はカズキ、コーヒーを飲みつつ……自分の内側から聞こえる“鼓動”に、首を傾げた。
心臓の鼓動とは違う、何か……人間とは異なる類の鼓動。
それだけではなく、カズキの身体にも変化が訪れた。
「っ、え………?」
ごどりと、身体が脈打った。
「? カズキ、どうしたんですか?」
「あ、なんでもない……」
身体から、力が抜けていく。
まるで、風船から空気が抜けるように、カズキの全身から力が抜けていった。
(これは、またか……!?)
コーヒーを飲んだせいか、一瞬だけそう思ったが、他のメンバーに変化はなくそもそもサカキが変な薬を入れるわけがない。
つまり、これはコーヒーが原因ではなく……カズキ自身が要因しているのは間違いなかった。
「なんでもないわけないじゃないですか、顔色も悪いですし……カズキはいつも頑張り過ぎなんです」
心配そうな声色、大丈夫だよとカズキは笑うが……それが嘘だとアリサにはわかっていた。
彼はすぐ嘘をつく、自分達に心配を掛けないように。
その気持ちは嬉しい、それが彼の優しさだと理解もしている。
けれど――アリサにはそれが嫌だった。
彼の助けになりたい、支えになりたい……そう思っている彼女には、彼の嘘は納得できるものではない。
「カズキ、嘘を言わないでください。どこか身体の調子が――」
そこまで言って、アリサの言葉は中断させられる。
リンドウの通信機が、鳴り響いたからだ。
「おっと悪い。……はいはい、どちらさん?」
変わらない軽い口調で通信に応じるリンドウ。
話の腰を折られかけたが、アリサはめげずもう一度口を開きかけ――場の空気が変わった。
「――了解。すぐに向かう」
リンドウの声色が変わる。
いつもの飄々とした表情はなりを潜め、それはすなわち……そうせざるおえない事態が起こったという意味だ。
通信を切り、リンドウはカズキ達へと身体を向ける。
「――姉上が、第一部隊をエントランスロビーに集合させろとよ」
「了解です。みんな、行こう」
「あ………」
立ち上がり、シオの頭を撫でてから部屋を出ていくカズキ。
「アリサ、どうしたの?」
「…………いえ」
ずるいです、ちいさく呟きを漏らしつつアリサも立ち上がる。
彼の様子がおかしいのは間違いない、だから……しっかり目を光らしておかないと。
自分にそう言い聞かせ、アリサも皆と共に研究室を後にした。
「――プリティヴィ・マータの討伐に行ってもらう」
『プリティヴィ・マータ?』
第一部隊を集合させたツバキは、関口一番にそう告げる。
「別名“氷の女王”と呼ばれるアラガミだ、お前達も前に交戦した事がある、ヴァジュラの亜種だよ」
「……あのキモいアラガミかぁ」
彫刻のような端正過ぎる不気味な顔を持つアラガミ、その姿を思い出しコウタの表情が苦々しく歪む。
「廃寺エリアにヴァジュラと共に現れたそうだ、極東では交戦経験が無い為詳しくはわからんが……火属性の武器を用意しておけ。
なお、この任務は4人で行ってもらう。残りのメンバーは防衛班と共に警備に回れ」
以上だ、そう言ってツバキはその場を後にする。
「4人とは厳しいねぇ、交戦経験なんて無いのに姉上も無茶を言うもんだ」
ソファーに座り、タバコを吹かしながらリンドウは愚痴を零す。
しかしすぐさま表情を変え、隊長としてカズキに声を掛けた。
「それでカズキ、メンバーはどうする?」
「……僕とリンドウさんは、プリティヴィ・マータの討伐メンバーにしたいと思います」
「えっ、隊長2人をそっちに回すの?」
カズキの事だ、誰もがバランスを考えて隊長陣は二手に分けるとばかり思っていたのだが。
皆の考えを代弁したコウタの問いに、カズキはすぐさま言葉を返す。
「リンドウさんはプリティヴィ・マータとまともに交戦経験があるからね。それにこの任務の内容によるとヴァジュラも数体確認されてるらしいから、ここは戦力を集中させた方がいいと思うんだ」
……それと、これはわざわざ言う必要のない事だが。
カズキは、新しく現れたアラガミであるプリティヴィ・マータを喰らおうと思ったからこそ、討伐メンバーに加わったのだ。
――現在、カズキの身体は異常を伴っている。
先程から、自分の身体が自分のものではないような……不可思議な違和感を覚えた。
実は、こんな現象は既に一度や二度ではない。
ここ数日、カズキの身体はこうして不可思議な現象に悩まされており……今回のは、特に酷い。
上手く力が入れられず、気を張っていないと足は震え膝は折れそのまま倒れてしまいそうだ。
(大丈夫……アラガミを食べれば、きっと元に戻るはずだ)
そう自身に言い聞かせ、カズキは任務の事だけに集中する。
そんな彼を、アリサは心配そうに見つめていた。
(やっぱりおかしい……カズキ、一体どうしたんですか?)
やはり、放っておくわけにはいかない。
彼が何も言ってくれないのなら、勝手に守らせてもらう。
そう思い、アリサは立ち上がって。
「私も、討伐メンバーに加えさせてください」
カズキ達に向かって、強い口調でそう告げた。
廃寺エリアに向かうヘリ。
その中には、討伐メンバーであるカズキとリンドウ。
そして――アリサとコウタの姿が。
「ソーマの奴、ちゃんとやってるかな?」
「コウタと一緒にされたら、ソーマが可哀想です」
「ひでぇ……」
「おーい、いつも通りなのはいいがもうすぐ着くぞー」
リンドウに言われ、おとなしくなる2人。
否が応でも緊張感が増す中、カズキの表情は沈みがちだった。
(……まだ、治らない)
力が抜ける症状は一向に改善を見せず、神機を持つ事はできるが……通常通りの戦い方はできないだろう。
「……カズキ」
「大丈夫だよアリサちゃん、心配掛けてごめんね?」
(また、そうやって無理をして……)
わかってはいたが、彼はこういう所がとことん頑固なようで。
仕方ない、もう言うのは諦める事にしよう。
「………?」
と、カズキは視線を前方に向ける。
「? カズキ?」
「…………」
――何か、来る。
卓越した第六感が何かを感じ取り、カズキは身構えるが。
――瞬間、世界が暗転した。
「うおあっ!!?」
揺れるヘリ、そして舞い散るのは――パイロットの鮮血。
「っ―――!?」
コックピットに、巨大な氷柱が突き刺さっている。
パイロットは串刺しにされ即死、更にヘリは半壊し墜落していく。
「お前等、早く脱出しろ!!」
「り、了解!!」
落ちていくヘリから慌てて脱出を図るリンドウとコウタ。
アリサもそれに続いてヘリから脱出しようとして。
「アリサちゃん!!」
「え―――」
聞こえたのは、カズキの声。
そして――くぐもった悲鳴と、視界に入った赤い液体。
「――――」
何が起きているのか、アリサには理解できない。
「どう、して……」
どうして、目の前のカズキの腹部から――巨大な氷柱が生えているのか。
「ぁ、ご、ぶ―――!」
血を吐き出し、ぐらりとカズキの身体が崩れる。
「カズキ―――!!」
そのまま地上へと落ちそうになる彼を、アリサは掴み上げようとしたが。
「あ―――っ!!」
足場がしっかりしていないので、支えられずにそのままカズキと共にヘリから落下してしまった。
「………う、く………」
起き上がるアリサ、ヘリから落ちた際に少しの間気を失っていたようだ。
「っ、カズキ!!」
地面に積もった雪を赤く染め、倒れているカズキに駆け寄るアリサ。
彼の傷は深く、腹部からはおびただしい量の血が流れている。
落ちた際に突き刺さっていた氷柱は抜けたようだが……容態ははっきり言って絶望的だ。
普通の人間ならば即死、たとえゴッドイーターでも助からないほど、血を流している。
(っ、カズキは死なせない。私が絶対に守らないと………!)
頭に浮かんだ最悪の未来を振り払い、急いで止血をしようとうつ伏せになっているカズキの身体を起こす。
すると――彼の身体が僅かに反応を返した。
「カズキ………!」
まだ生きている、希望がまだ消えていない事に喜びつつ、アリサは止血作業を行おうとして。
――気が付いたら、視界が、反転していた。
「…………えっ?」
一瞬、何が起きたのか本気で理解できず……呆けた顔のまま固まってしまう。
やがて、だんだんと自分がどうしたのか理解していき……またも、意味がわからなくなった。
「……カズ、キ……?」
押し倒されている。
背中に積もった雪が触れ冷たさが身体を襲うが、今はそんな事どうだっていい。
どうして。
自分は今。
カズキに、押し倒されているのか。
理解が、できないのだから。
To Be Continued...