そして、一度アナグラへと少女を連れて行ったのだが……彼等は少女のとんでもない正体を知る事になった。
『ええっ!!?』
「…………」
「……へぇ」
サカキ博士のラボラトリで、アリサとコウタ、そしてサクヤの驚愕に包まれた声が響く。
カズキとソーマは無言、リンドウはあまり驚いた様子は無いものの、視線は皆と同じ場所に向けられていた。
――皆の視線の先には、先程の少女が落ち着かない様子で自分の足をいじっている。
(違う、あの子は……)
そう、この少女は――いや、少女と呼んでいいのかすら判断に苦しむ。
何故なら、この少女は人間ではない。
「博士、今何て……」
サカキの言葉で暫し固まっていたままのサクヤだったが、我に返りもう一度先程博士が言った事を確認する為に問いかける。
そんなはずはない、そういった類の色を孕んだその問いに、博士はしかし現実を口にした。
「――彼女は“アラガミ”だよ、人間とまるで変わらないけどね」
「…………」
再び固まってしまうサクヤ達。
当たり前だ、この少女が「アラガミだ」と言われ誰が納得するのか。
不健康そうな青白い肌は確かに普通の人間らしくないが、それを差し引いても人にしか見えない。
というより、それ以前にこのようなアラガミか居るなど信じられるわけがなかった。
「……限りなく、人間に近い進化を果たしたアラガミ?」
「そうだよカズキ君。いやー、君はなかなか頭が柔軟で助かるよ。
この子は正真正銘のアラガミ、ただし人間と同じように脳や臓器、生殖器まで在るという希少な存在さ」
「おいおっさん、やけに詳しいが……あんた、前からこのアラガミ…の事知ってたのか」
もう落ち着いたのか、リンドウはタバコに火を付けながら問いかける。
「火気厳禁だよリンドウ君。それで君の質問の答えだけど、答えはイエスだ。
前々からこの子が存在しているというのはわかっていた、けれど警戒されててなかなか姿を現してはくれなかったんだ。
だから、この子の餌となるアラガミを消していって、まんまと誘き出したというわけさ」
(……なる程、あの任務はそういう……)
すなわち、カズキはまんまとサカキに利用されてしまったという事らしい。
しかしそれはいい、カズキはゴッドイーターとしてアラガミを駆逐しただけなのだから。
「知ってるとは思うけど、アラガミは実に多種多様な進化を遂げる不可思議な存在だ。
現に、伝承に残る神と似通った外見のアラガミも、発見されているようだからね」
「……じゃあ、この子は」
「我々人間と同じ、「とりあえずの進化の袋小路」に迷い込んだ、とても希少なケースというわけさ」
「…………」
「カズキ、近づいたら危ないですよ!」
おもむろに少女に近づくカズキにアリサは声を掛けるが、それには構わず彼は少女に屈み込みそっと頬を触れる。
「――――」
刹那、不可思議な鼓動がカズキの内側から聞こえた。
(……共鳴、してる)
「カズキ……?」
見つめ合うカズキと少女に、アリサは怪訝そうな表情を見せた。
(どうして……?)
――少女が、カズキに微笑んでいる。
先程まで、無表情できょろきょろと辺りを眺めていたというのに。
まるで心を開いているかのようだ、何となく……気に入らない。
相手はアラガミ、けれど見た目は可憐な少女だから、アリサとしては微妙な気分だ。
「おや、早速仲良くなれたみたいだねカズキ君」
「そうでしょうか?」
まあ、少なくとも警戒はしていないようだ、ニコニコと笑みを浮かべ抱きついて……。
「ちょ、何してるんですか!!」
「わっ!!」
カズキに抱きついてきた少女を、アリサは慌てて引き剥がす。
「アリサちゃん、そんな乱暴なやり方で引き剥がさなくても……」
「うっ……だ、だって危ないじゃないですか、食べられちゃうかもしれませんよ!?」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
わかってくれればいいんです、少し頬を赤く染めてそっぽを向くアリサ。
……一見、至極当然な事を言っているように聞こえるのだが。
「……絶対、やきもちですよね」
「そうね」
「だな」
聞こえないように会話する、コウタとサクヤとリンドウ。
そう、アリサの本音はそっちであり、ただ単に少女がカズキと密着するのが気に入らなかっただけである。
「……オナカ、スイ…タ……」
「あっ……」
「なぁ―――!?」
少女が言葉を放った、それに対して驚くよりも早く。
少女が、カズキの指をガジガジと噛み始めた。
「な、何をしてるんですか!?」
「おぉ、随分と懐かれたようだねカズキ君」
「博士、くだらない事言ってないで早くなんとかしてください!!」
「大丈夫だよアリサちゃん、ほら」
「えっ……?」
もう一度少女を見やるアリサ。
すると彼女は、カズキの指を噛むのを止め、チュパチュパと吸い始めていた。
「うぁ………」
おもわず、アリサは顔を赤く染める。
あどけない少女の姿だからこそ、目の前の光景はひどく官能的に映った。
「甘えたいだけなんだよ、きっと」
「そ、そうでしょうか……?」
ダメだ、まともに直視できない。アリサはあからさまに視線を逸らす。
「でも、どうしてカズキにはこんなにも懐いているのかしら?」
「…………」
サクヤの疑問に、カズキはある答えを告げようとするが……口を紡ぐ。
確証は無いし、何より……これを話せば必然的に自分の秘密を話さなければならなくなる。
だからカズキは何も答えず、誤魔化すように少女の頭を撫でた。
――だが。
「きっと、自分に限らなく近い存在だからじゃないかな?」
サカキの言葉が、場を凍らせた。
「――――」
「っ!!?」
息を呑むアリサ。
リンドウとソーマも、驚きを見せながらも平静を装いながらサカキを睨む。
しかし、当然ながら事情を知らないコウタとサクヤは首を傾げるのみ。
「博士、それどういう意味?」
「カズキが……このアラガミと限らなく近い存在?」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 意味の分からないことを――」
「おや、その口振りからして……アリサ君は知っていたようだね?」
「っ」
慌てて口を紡ぐアリサ、だがサカキにとってそういう態度がわかりやすいのだ。
正直な子だ、内心苦笑しながらサカキは言葉を続ける。
「あのミッションを終えてから、カズキ君の戦績が急激に伸び始めた事に気づいてね。
いくら偏食因子の適合率がソーマ並に高いといっても、説明にはなり得ない。
それで極秘裏に調べてみたら……彼の身体は、半分がアラガミと同じようにオラクル細胞が集まって形成されているというのがわかったんだ」
「ええっ!?」
「カ、カズキが……アラガミ!?」
「…………」
コウタとサクヤの視線を受け、カズキは視線を逸らす。
「ちょっと待ってください!! 確かに、カズキの身体はその…普通じゃないですけど、それは全部私のせいです!! だから――」
「アリサちゃん、ありがとう。でも……大丈夫だから」
「大丈夫じゃありません!! だって、だって私が……」
「いつかは、ちゃんと話さないといけない時が来るって思ってたから」
……けれど、やはり恐い。
自分の身体が半分アラガミになっている、それを知られ経緯を聞かせ……その結果、2人が自分を拒絶したらどうしよう。
そんな不安が、カズキの心中に渦巻くが……意を決して、彼は話し始めた。
――あのミッションで、ヴァジュラもどきに瀕死の重傷を負わされた事。
――捕喰される寸前、身体に変化が起こりアラガミを文字通り喰らった事。
――その後、定期的にアラガミを摂取しなければならなくなった事。
一つ一つ言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。
「……リンドウ達は、知っていたの?」
「まあな。俺とアリサはこの目でカズキがアラガミを喰う所を見たし、ソーマはこの間の謹慎の際に聞いたそうだ」
「……カズキ、どうして話してくれなかったんだよ? オレ達の事、信じられないのか?」
「…………」
違う、そうじゃない。
そう言いたかった、けれど……それを今更口にした所で言い訳になる。
押し黙るカズキに、コウタはキッと顔を上げカズキの両肩を強く掴んだ。
「オレ達親友だろ!? 困ってたら遠慮なく話せよな!!」
「コウタ……」
「そりゃあ…そんな事、おいそれと言えないのはわかるよ。
けどさ、たとえ身体の半分がアラガミだろうとカズキはカズキだろ?
だったら、そんな事気にしなくていいんだ。もっと頼れ!!」
「――――」
真摯な瞳、嘘などまったくない言葉。
それは当たり前だ、コウタにとってカズキは親友なのだから。
もちろん驚きはした、けれどそんなもの意味はない。
どんな事があっても、カズキは親友であり……仲間なのだから。
「コウタの言う通りよ、あなたはもっと誰かに甘える事を覚えなさい。
少なくとも、このメンバーはあなたの味方なんだから」
「サクヤさん……」
おもわず、涙ぐみそうになるのをどうにか堪える。
「いやー、第一部隊の絆が深まって結構結構。ところで、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「本題?」
首を傾げるカズキ達に、サカキはニンマリと笑みを浮かべる。
「さっきも言ったように、この子はとても希少なケースなんだ。
故に私はここに連れてきた、研究する為にね。そこで……君達はこの事を黙っていてもらいたいんだ」
その言葉に、カズキ達は驚きを隠せない。
人類の敵、アラガミを前線基地であるアナグラに匿えと言っているのだ。驚きを隠せないのも無理はない。
「ですが博士、支部長や教官には報告を――」
「どう報告するんだいサクヤ君? 「アラガミを匿っていますが、黙認してください」とでも言うつもりかい?
それに支部長は今ヨーロッパの方に飛んでいるから居ないしねぇ」
「それは……」
「諦めろサクヤ、おっさんに利用された以上俺達も共犯扱いだ。ここは黙ってる方が賢明だぜ」
タバコを吹かし、けだるそうに言うリンドウ。
「そういう事さ、それに――」
内側を読めない笑みのまま、サカキはサクヤの耳元に顔を近づかせ。
「――それに、君達が今やってる事に、余計な突っ込みを入れられたくはないだろう?」
「…………?」
サカキ自身は、サクヤとリンドウに聞こえないように話したつもりだったようだが、聴力が発達したカズキには拾う事ができた。
どういう意味なのか問いかけたかったが、驚愕の表情に包まれたサクヤを見ると、それは躊躇われた。
「というわけで、この子と仲良くしてくれると助かるよ。
ソーマ君、是非君もこの子とコミュニケーションをとってくれたまえ」
「――ふざけるな!!」
サカキの言葉に、ソーマは苛立ちを含んだ怒声を返す。
その表情は険しく、アラガミの少女をキッと睨みながら口を開いた。
「いくら人間の姿をしていようと、化け物に変わりはねえ………!」
「………ソーマ」
「カズキ、テメェもあまりこいつに気を許すな、何をするかわかんねえんだからな」
「けど、この子はきっと悪い子じゃないよ?」
「…………チッ」
甘ちゃんが、そう呟きソーマは部屋を出て行く。
「まあ、あいつの気持ちもわからなくはないわな。俺も正直信頼する事はできねえわ」
そんじゃな、そう言ってリンドウも部屋を後にする。
「…………」
ちらりと、アラガミの少女に視線を向けるカズキ。
それに気づいたのか、少女はニコリと微笑みを返してくる。
(……なんだか、厄介な事になってきたかな)
これから先の事で、カズキは一抹の不安を拭う事ができなかった。
――それが現実のものになる事に気づくのは、もう少し先の話。
To Be Continued...