神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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最後の戦いが、始まろうとしている。
人類に待ち受けるのは、終末か、それとも未来なのか……。


第4部捕喰213 ~終末に挑む者達~

 

 

「――どうなってんだ?」

「…………」

 

 疑問符を浮かべながらそう言い放つロミオの言葉に、その場に居た誰もが返答を返す事ができなかった。

 充分な休息を与えられ、遂に始まった最後の作戦。

 フィア達ブラッド隊とリヴィ、そしてクレイドルからカズキが加わった特殊チームは、他の神機使い達が周囲のアラガミ達を相手している間に、螺旋の樹へと侵入した。

 とはいえ螺旋の樹の内部は敵の本拠地、たとえ外のアラガミ達を他の神機使い達が対処してくれているとしても、内部には神融種を始めとした強力なアラガミ達が待ち受けているだろう。

 だからこそ、激戦区である極東の中でも超一流の実力を誇るブラッド隊と、最強のゴッドイーターと呼ばれるカズキという少数ながら最大級の戦力で赴いたのだ。

 だが――螺旋の樹の内部に入ったフィア達は、すぐさまその“異変”に気がついた。

 

――アラガミの気配が、感じられない。

 

 既に上層部まで歩みを進め、最上層部へと続く道までもうすぐといった場所まで来たというのに。

 ここまで、アラガミに遭遇するどころか気配すら感じられなかった。

 樹の周囲には数多くのアラガミが終結していたというのに、これは一体どういう事なのか。

 カズキの感知能力やシエルの「血の力」を用いても、“通常”のアラガミの気配は感じられない。

 何かの罠なのかと勘ぐりつつも、フィア達は油断せずに歩を進めていく。

 

「うーん、なんでアラガミが出て来ないんだろ?」

「余計な戦闘をこなす必要が無いとはいえ、これでは不気味だな……」

「油断せずにいきましょう、皆さん」

 

 時折、上記のような会話を交えつつ、フィア達は最上層部へと向かっていく。

 その道中、先頭を歩いているフィアにカズキが声を掛けた。

 

「どう思う?」

「……この戦いをゲームか何かにしか見ていないんだ。あの男は」

「……だろうね。きっとアンノウンもそう思ってる」

 

 余計な邪魔を入れたくない、向こうにとって――少なくともアンノウンとグリードにとって、この戦いは単なる“余興”でしかないのだ。

 終末捕喰は止められない、ならばそれが完遂されるまで思う存分好き勝手に遊んでやろうという魂胆なのだろう。

 それのなんと腹立たしい事か、倒すべき敵達に対する怒りを一層強めながら。

 

――フィア達は、遂に螺旋の樹の最上層部へと到達した。

 

 さすが螺旋の樹で一番高い場所と言うべきか、空は近く手を伸ばせば雲に手が届いてしまうと思える程の標高だ。

 漂う空気は重く、ねっとりと纏わりつくような不気味さを醸し出している。

 周囲に広がる赤い大地、その先に――木々に絡まれた大きな繭のようなものが見えた。

 

「あそこにジュリウスが……!」

「いこう、フィア!!」

 

 あそこにジュリウスが居る、本能的にそう察知したフィア達は一斉に走り出す。

 今度こそ、あの時果たせなかった約束を果たす為に。

 彼を連れ戻す、そしてまた共に歩む為にここへとやってきた皆の前に。

 そうしてフィア達は、ジュリウスが居るであろう場所へと向かおうとして。

 

「――ようこそ、終末の舞台に。歓迎するよー」

 

 重苦しい空気とは不釣合いな、軽々しい声が場に響き。

 フィア達の前に、邪悪で妖しい笑みを浮かべたアンノウンが立ち塞がった。

 

「っ」

 

 立ち止まり、身構えるフィア達。

 対するアンノウンは、そんな彼等の姿を見て口元に小さく冷徹な笑みを浮かべて。

 

――自身を両断しようと迫る斬撃を、右手で受け止めた。

 

「…………」

「――お前の相手は、僕がしてやる」

 

 奇襲を仕掛け、一撃の元にアンノウンを両断しようとしたカズキが低く重い声で絶殺の意志を示す。

 その姿を見てアンノウンは子供のように純粋な、悪魔のような醜悪さが込められた歓喜の表情を彼に見せた。

 当然だ、彼女にとってもはやこの世界に対するたった一つの興味は、彼との決着に他ならない。

 

 もうすぐこの世界は消え、新たな世界が生まれる。

 ならば、自身の命を奪える領域に居る彼との死闘以外に、アンノウンの未練は存在しなかった。

 だからこそ、カズキの方から一対一の戦いを望んでくれるという事実は、望ましく喜ばしい事なのだ。

 

「いくんだ、みんな!!」

「ですがカズキさん――」

「自分達のすべき事を、望む事を忘れるな。――行けっ!!」

 

 叫ぶようにそう言いながら、カズキは力任せにアンノウンの身体を弾き飛ばす。

 離れる両者、既に2人の視界にフィア達は映ってはおらず、同時に誰も2人の間を割って入る事は許されない空気を見せていた。

 

 ――介入したら、死ぬ。

 誰もが当たり前のようにそれを理解し、全員がその場から駆け出した。

 アンノウンの横を通り過ぎる、けれど先程も言ったように既に彼女の視界にはフィア達など映っていない。

 そして、フィア達が完全にその場から離れてしまってから。

 

「――ありがとうカズキ、最後までワタシを愉しませてくれて」

 

 アンノウンは、カズキに対して心からの感謝の言葉を告げた。

 その声色はただ優しく、暖かみに溢れた聖女のような響きを彼に与える。

 

 事実、彼女はカズキに対し無類の感謝を抱いていた。

 終末捕喰が発動すれば、この世界の生物全てが捕喰され新たな生命が誕生する。

 それは即ち、アンノウン自身も消え去り二度とこの世には存在できない事を意味していた。

 そうなれば彼女がカズキに向ける狂おしい愛情も、憎悪も、執着心も消え去ってしまう。

 

 かといって純粋なアラガミであるアンノウンに、終末捕喰を否定する事はできない。

 だから彼女は望んだのだ、この世界から消え去る前に――愛する青年と命を懸けて戦い、勝利し、彼の命と心を得る事を。

 なんと純粋で、歪みきった矛盾に満ち溢れた愛情なのか。

 アラガミとして生まれながら、その心はある意味アラガミからは逸脱している。

 

――それがアンノウン、最後まで“正体不明”という名だけで呼ばれた誰にも理解されない心を持った堕ちた神であった。

 

「お前を愉しませていると思うと、虫唾が走る」

 

 カズキの言葉には、辛辣さと怒り以外の感情は込められていない。

 彼にとって目の前の存在は許しがたい“敵”であり、同時に対峙したくもない醜悪さが満ち溢れているとしか感じられない“悪魔”であった。

 

 ……けれど、同時にアンノウンは彼にとって一種の()()()を抱く存在でもあった。

 これだけの力と知能を持つアラガミならば、違う道も歩めたのではないだろうか。

 彼はアンノウンの存在を認めることなど決してないが、同時にそんな事を考えてしまう。

 

 尤も、そんな考えなど無意味なものだと彼は自己完結させ意識をこれから起こる死闘へと集中させる。

 今の自分がすべき事は、フィア達の道を作る事だ。

 だから彼は、命を懸けてアンノウンをここから逃がさずに倒す事だけを考える。

 まだ彼等に立ち塞がる脅威は存在するが、カズキ1人ではアンノウンと戦うだけで精一杯だ。

 だからラケル以外に立ち塞がるであろう“もう一体”は彼等だけでなんとかしてもらわなくてはならない。

 

「本当はアリサも一緒だった方がより一層愉しめたんだけどなあ……」

「ふざけるな。彼女をお前みたいな怪物の相手をさせると考えただけでどうにかなりそうなんだ」

「何言ってんのさ。カズキもアリサも充分に化物のくせに」

 

 空気が変わる。

 この場では初めて、アンノウンはカズキに対して明確な殺気をぶつけながら力を解放させた。

 ――音も無く、彼女から生える三本の尾。

 漆黒の輝きを見せるその尾は、元々生えていたものと合わせると全部で十二本。

 

 これは、彼女が初めて他者に見せる姿であり。

 同時に正真正銘、まごう事なき“全力”の姿だとカズキの細胞が訴えていた。

 

「――さあ、カズキ。最後の瞬間まで(ころ)し合って、新しい世界の誕生を祝福しよう?」

 

 抱擁するかのように両手を広げ、アンノウンはカズキを迎え入れる意志を見せる。

 それを見て、カズキは自身の細胞全てを一瞬で躍動させながら。

 

 地を蹴り、悪魔との戦いを開始させた――――

 

 

 

 

――それは、神を称える祭壇のようであった。

 

 ジュリウスの元へと辿り着いたフィア達は、枝のようなもので覆われた繭の中で静かに瞳を閉じたままの彼を見上げる。

 短かった髪は伸び、拘束されているように両腕を挙げたままのその姿は、物語の中に出てくる聖者を思わせた。

 

「ジュリウス!!」

 

 ナナが彼の名を叫ぶ。

 けれど彼からの反応はなく、ここからでは生きているのかすら認識できない。

 とにかくすぐに彼をあそこから解放させなくては、フィア達はすぐさま彼の元へと向かおうとして――その場で、身構え直す。

 

「――来てしまったのね。子供達」

「――やあ、待っていたよ。フィア」

 

 祭壇の奥から現れる、異形の生物達。

 一体は皆を、正確にはフィアを静かに迎え入れる男――グリード・エグフィード。

 そしてもう一体は、人間でありながら荒ぶる神に堕ちてしまった狂気の女性。

 

――ラケル・クラウディウスが、フィア達を冷たく見下ろしていた。

 

「ラケル、先生……」

「……もうすぐ新たな神話が誕生するというのに、貴方達は思う通りに動いてはくれませんね……」

 

 失望と、僅かな怒りをその声に宿しながら、ラケルは詠うように言葉を放つ。

 まるで物語の語り部のようなその姿は、自分の仕出かした事をまるで理解していないようにしか映らない。

 いや、そもそも今の彼女に人間としての善悪を問う事はできないだろう。

 何しろ彼女は子供の頃から荒ぶる神をその身に宿し、終末捕喰という1つの終着点へ至ろうと暗躍してきた。

 まだ彼女がフライアでブラッド隊を見守っていた頃から、彼女はジュリウス以外の存在をその瞳に映してはいなかったのだ。

 

 そしてそれは今も変わらない、フィア達を見下ろす彼女に光はなく。

 ラケルにとって、彼等は自分とジュリウスの邪魔になる害虫程度の認識しか存在していなかった。

 

「ジュリウスを開放しろ、今すぐにだ!!」

 

 スピアの切っ先を彼女に向けながら、ギルが叫んだ。

 その瞳に映る憤怒の色は濃く、しかしラケルにとってそのような眼差しなど意味を成さない。

 ギルの叫びなど初めからなかったかのように、彼女は再び詠い始めた。

 

「この歴史は既に道を定めています。だというのに貴方達はそれを改竄しようとしている……貴方達の役目は、決まっているのですよ?」

 

 ラケルは笑う。

 氷のように冷たく、悪鬼のように邪悪な笑みを見せながら――ジュリウスへと寄り添った。

 それはまるで子供を愛そうとする母のようであり、そこには彼に対する彼女の確かな愛情が見えたが。

 

「――――」

 

 銃撃が、放たれる。

 一発のオラクルエネルギーが込められた銃弾が、ラケルの身体を貫こうとして。

 

 その一撃を、グリードの斧が粉々に打ち砕いた。

 

「……ジュリウスに当たったら、どうするのですか?」

 

 先程とは違う、肌で感じ取れる程の怒りをその声に乗せながら。

 ラケルは、自身に向けて銃撃を放ったフィアへと問うた。

 

「ジュリウスに触るな、ラケル」

「……質問の答えになっていませんよフィア。ジュリウスに当たったらどうするのですか?」

 

 再度問うラケル、それに対しフィアは。

 

「これ以上ジュリウスの傍にいるな、ラケル・クラウディウス」

 

 絶対零度の冷たさを声に込めて、ラケルの名を呼んだ。

 問答は終わりだ、そう言わんばかりの彼を見て、まずグリードが大地へと降り立った。

 身構えるブラッド達、その中でフィアは身構えはせずに。

 

 ――瞬時に間合いを詰めて。

    グリードの身体に、上段からの斬撃を叩き込んだ。

 

「――躊躇いがない。素晴らしいよフィア、一時は失望したが今はあの時以上に期待させてくれるね」

「漸くだ。漸くお前を地獄に叩き堕とせる……お前が奪ってきた全ての存在に頭を下げながら、あの世に行け。グリード・エグフィード!!」

 

 それが、開戦の合図となった。

 すぐさまフィアとグリードは斬撃の応酬を行い、死闘を繰り広げ始める。

 残るブラッド達も、すぐに彼へと加勢しようとするが。

 

「――――貴方達に新たな役目を与えましょう。新しき世界に否定する愚か者という役目を」

 

 ラケルの変化に気づき、フィアを除く全員の視線が彼女へと向けられる。

 強力なオラクルの嵐がラケルを包み込み始め、更に舞い散る黒い蝶の群れによって彼女の姿が完全に隠れてしまった。

 全員の細胞が訴える、“あの中”から現れる存在はまさしく“堕ちた神”だと。

 

 フィアに加勢するという選択肢は選べない、そのような余裕など今のブラッド達には存在しない。

 ……そして、纏っていた黒い蝶とオラクルの嵐を吹き飛ばしながら“それ”は姿を現す。

 

 病的なまでに白い肉体、顔はラケルをベースにしながらもその身体は巨大であり醜悪なものであった。

 四速歩行で立つそれはラケルが戦闘形態へと移行したアラガミの姿、人とアラガミが融合したかのような姿はまさしく彼女自身の在り方を示している。

 四本の脚とはまた別に生えた両腕を、ラケルは胸の前で交差させながら。

 

「さようなら子供達。今度こそ……今度こそ、終わりにしましょう」

 

 全てを閉ざす者として、彼等の前に立ち塞がった。

 

「………………」

 

 一瞬も気を抜けない状況の中、シエルは目まぐるしく思考を巡らせていく。

 ラケルを倒すのは当然としてもだ、今も戦っているフィアへと加勢はどうするべきか。

 闇雲に介入した所で彼の邪魔になるのは明白、かといってグリードを彼だけに任せるのも得策ではない。

 かといって目の前で山のように聳え立つラケルを無視する事もできない、ならば――

 

「――シエルちゃん。フィアの事お願い、その間ラケル先生とは私達だけで戦うから」

 

 そう言ってシエルの思考を中断させたのは、ナナであった。

 シエルは当然ながら彼女の提案に驚きを隠せず、反論を返す。

 

「いけません。今のラケル先生は――」

「だから、早くフィアと一緒にアイツをやっつけて加勢してほしいんだ。――シエルちゃんが一番フィアを援護できると思ってるから」

「ナナの言う通りだ。フィアを放っておくわけにもいかねえだろ?」

「………………わかりました」

 

 不安はある、けれど今は仲間達を信じる事にしよう。

 そう自分に言い聞かせて、シエルはいつの間にか少し離れた場所で戦っている2人の後を追った。

 それを見届けつつ、残りのブラッド達は改めてラケルと対峙する。

 

「……待っててねジュリウス、今度こそ……助け出してみせるから!!」

「もう少しの辛抱だ、ジュリウス」

 

 ラケルを見据えつつ、声が届かないと理解しながらもナナとギルはジュリウスへと語りかける。

 一方、同じようにラケルと対峙しているリヴィは、かつての恩師に刃を向ける事に対して僅かな躊躇いを抱いてしまっていた。

 そんな彼女を、隣に立つロミオがぽん、と肩を叩く。

 言葉は交わさず、しかし彼の行動によってリヴィは落ち着きを取り戻した。

 

 

 

――最後の作戦が、幕を開く。

 

 それぞれの意志と願いを抱いた者達が、己の信じた道を歩む為にぶつかり合う。

 その先に待つ、結末を知らずに――――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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