そしてそれは同時に、全ての決着を着ける時が近い事を意味していた……。
「暇だな」
「そうだな」
「…………」
だらしなく机に寝そべっているロミオに、ギルは彼に視線を向けずに反応を返す。
そんな2人の隣で静かに読書をしているフィアは、我関せずといった態度を見せていた。
「なあ、オレ達こんな事してていいのかな?」
「しょうがねえだろ。休めって言われてんだ、静かに過ごすしかないさ」
「そうだけどさ……」
ちらりと、ロミオは周囲に視線を向ける。
憩いの場であり休憩する場所であるラウンジ内でも、数多くの局員達が忙しなく動き回っていた。
だがそれも当然だ、何故なら。
――明日、最後の作戦が開始されるのだから。
螺旋の樹、最上層部――即ちラケルと彼女によって今にも消えそうになっているジュリウスの元へと向かい、終末捕喰を阻止する。
その作戦を前に、極東全ての局員が動くのは当然であり……けれど、フィア達ブラッド隊だけは休暇を言い渡された。
それもフェルドマン直々からだ、なので彼等は現在各々好きなように休んでいるものの……やはり落ち着かない。
ブラッド隊は最後の作戦の要、故に英気を養い万全の態勢で作戦に挑んでもらわなければ困る。
理屈としてはわかるのだが、ロミオを始めとしたメンバーは素直に休むことができないでいた。
「……やっぱ、何か手伝わないとダメだろ。みんながみんな頑張ってんのにさ」
休む事も重要であり仕事にもなる、ロミオとてそれは充分に判っている。
だがそれでも出来る事を精一杯したいと思うのは、無理からぬ事であった。
……明日、全てが決まるというのに、ただ休む事などできるわけがないのだから。
「――やっぱり休もうとしないのか、お前は」
「意外と真面目な所があるからなロミオは、昔と変わらない」
立ち上がろうとしたロミオの前に現れた、2人の少女。
両者共に彼に対し呆れと親愛を織り交ぜたような口調で話しかけるのは――リヴィとマリーであった。
2人の声に反応し立ち上がろうとした体勢のまま止まるロミオに、2人はすかさず彼を逃がさぬとばかりに両隣へと移動。
そしてリヴィが右手を、マリーが左手をそれぞれ掴み上げ、彼を拘束してしまった。
「局長から命令があったのだろう? ならば無理矢理にでも休ませてやる」
「え、えっ?」
「マリーが美味しい紅茶を用意してくれた。気分も落ち着くだろうし、ゆっくり休むにはちょうどいいだろう」
「あの、えっ?」
困惑するロミオを無視し、2人は強引に彼を引っ張って連れて行こうとする。
「隊長、ギル、彼を連れて行ってもいいな?」
『どうぞどうぞ』
あっさりとロミオを生贄に捧げるフィアとギル。
下手に口出しすれば怪我するのはこっちの方だ、それに2人はロミオを休ませようとしているので止める必要性はない。
何よりロミオにとって「両手に華」状態なのだから、止めないのも彼の為でもある。
まあ同時に、周りからすれば羨望と嫉妬を与える光景でもあるが。
「いいなあレオーニ上等兵……」
「くそぉっ、なんでアイツばっかり良い思いを……」
「本当に爆発しろ、いやしてくださいお願いします」
休む者、作業する者関係なくロミオに嫉妬を抱いた視線を送る周りの者達。
きっと彼はそのうち闇討ちでもされるだろう、そんな未来を予想したフィアとギルはそっと彼に向かって合掌を送ったのであった。
「――おーい、ギル」
「ハルさん……?」
3人を見送った2人の前に、ハルオミがいつもの調子で歩み寄ってきた。
僅かに彼から匂う酒の香りに、2人は若干の呆れを含んだ視線をハルオミへと向ける。
「ハルさん、こんな状況なのに飲んでるんですか……?」
「こんな状況だからこそだ。いつも通りに過ごさなきゃ後悔する事になるぞ?」
「…………」
まるで諭すような口調で言われ、2人はおもわず押し黙る。
……いつも通り過ごしているつもりだが、ハルオミにはわかってしまっているのだろう。
フィアもギルも、明日の作戦の事を考えどうしようもなく緊張している事を。
「と、いうわけでだ。ギル、飲みに行くぞー」
言うやいなや、ハルオミはギルの首に右腕を回し強引に彼を立ち上がらせる。
「ちょ、ハルさん!?」
「フィア、ちょっとこいつ借りるぞ?」
そう言いつつも、ハルオミはフィアの返答を待たずにギルを連れ出していく。
当然ギルも抵抗するものの、さすがに本気で抵抗する事も出来ずそのまま彼に連れて行かれてしまった。
けれどハルオミの事だ、ギルの事をよくわかっている彼なら彼なりの方法でギルの緊張を解いてしっかりと英気を養ってくれる事だろう。
本当はひっじょーに不安ではあるものの、半ば強引に大丈夫だと己に言い聞かせる事にした。
(……シエルとナナは、何してるのかな)
急に1人になってしまったせいか、途端に寂しさを募らせ始めるフィア。
なので彼は立ち上がり、ラウンジを出て他のブラッド隊――シエルとナナを捜す事にした。
まずそれぞれの自室に向かうフィアであったが、2人とも留守だったのか反応が返ってくる事はなかった。
このような状況で訓練を励んでいるとは考え辛い、念のため訓練室へと足を運んだが案の定2人の姿は見つからず。
「? フィアさん?」
「アリサ……?」
次は何処を捜そうか、そう思っていたフィアにアリサが声を掛けてきた。
両手で大きめの紙袋を持っているアリサ、これから自室に帰ろうとしているのだろうか。
中からは複数の食材や調味料の入った瓶などが見える、買い物に行っていたのだろう。
「お1人でどうしたんですか? シエルさんやナナさんとは一緒じゃないんですね」
「……普段から、あの2人と一緒に居るようなイメージなんだね」
「ええ、まあ。それにあの2人からは時折色々と相談を受けていましたからね、主にフィアさんとの事で」
「…………」
これ以上この内容に対する質問は控えた方がいい、フィアはなんとなくそう思った。
けれどこのまま立ち去るだけでは勿体無い、なのでアリサにシエルとナナの居場所を知っているのか訊いてみる事に。
「正確な場所はわかりませんが、先程居住区で買い物をしているのを見ましたよ」
「そう……ありがとう」
その言葉を聞いて、フィアは2人に会うという選択肢を捨てる事に決めた。
2人で買い物を楽しんでいるのだ、そこに自分が向かっては迷惑になる。
おとなしく部屋で休む事にしよう、そう思ったフィアにアリサは苦笑しながら。
「フィアさん、一緒に居たいと思ったのなら一緒に居てもいいと思いますよ?」
彼の心を読んだかのような言葉を、口にした。
アリサの言葉に、フィアは反応しつつ彼女へと視線を向ける。
「明日で全てが決まるかもしれません。なら……大切な人と一緒に過ごしたいと思うのは当然じゃありませんか?」
「……でも、2人は買い物を楽しんでいるし」
「そんなもの理由になりませんよ。それとも会いたくない理由でもあるんですか」
「そういうわけじゃないけど……」
会いたくないわけがない、そうじゃなければこうやって捜しなどしないのだから。
では何故? 遠慮でもしているというのだろうか。
思考を巡らせるフィアに、アリサは強引に彼を押し出し始めた。
「はいはい。そういう風に難しく考えるのはいいですから、今はお2人を捜したらどうですか?」
「…………」
「今はただ一緒に居たい、それだけで充分な筈なんですから」
諭すようなアリサの言葉に、フィアは暫し無言のままでいたが……。
「――居住区だね? ありがとう、アリサ」
彼女に感謝の言葉を告げつつ、その場を走り去って行った。
その後ろ姿を眺めながら、アリサはまたしても苦笑を浮かべてしまう。
会いたいのに遠慮して我慢する、そういう姿が今よりも子供だった昔の自分と同じだったのだから。
懐かしい気分に浸りつつ、アリサは自室へと歩んでいく。
大切な者と共に居たいと思っているのは、彼女も同じなのだ。
なのでアリサは、足早に愛する者――カズキの元へと向かったのであった……。
■
「…………はぁ」
ため息を吐き出しつつ、フィアは瓦礫の山へと腰掛ける。
現在彼が居るのは居住区の端、まだ開拓されていないエリアにある廃墟だった。
すぐさま居住区へと向かったフィアは、2人を捜したのだが……何処を捜しても見つける事ができなかった。
捜して捜して……気がついたらフィアはアナグラの端、誰も住んでいない場所まで足を運んでいる事に気づき、休憩も兼ねて現在に至る。
周囲に広がるのは多くの瓦礫、鉄骨や屋根の一部だけでなくアラガミによって破壊されたオラクル防壁までも転がっていた。
あまり景観の良い場所ではない、そう思ったフィアは聳え立つ防壁を登り始め外の景色を眺める事に。
広がる景色は荒野のみ、そして遠くには……禍々しい色へと変貌した螺旋の樹が見える。
明日、あの場所にて全ての決着が着く。
敗北すれば人類は、この星に生きる全ての生物は死に絶え、また勝利しても……未来が待っているかは誰にも判らない。
たとえ生き延びる事ができたとしても、待っているのはアラガミと戦うという今までと変わらない希望が見えない日常だ。
(この戦いは、いつまで続く? 平和はまだ……遠いのか?)
そんな事を、つい考えてしまった。
無意味なのはわかっている、まだ見えぬ未来を考えるより目の前に迫っている脅威に立ち向かわなければいけないのも理解している。
けれど、先の見えぬ世界のその先を考えてしまうのも、また無理からぬ事で……。
「おーいフィア、どうしたのー?」
「えっ……」
背後から聞き慣れた声が聞こえ、フィアが振り返ると。
そこには、自分と同じように防壁を登ってきたシエルとナナの姿があった。
「捜したんだよー? 部屋にも居ないし、アリサさんから私達を捜してるって聞いたから色々な場所に行く羽目になっちゃったんだから」
「あ、ごめん……」
「アハハ、冗談だよー。それよりちょうどいいから、ここで食べよっかシエルちゃん」
「そうですね。今日は天気が良いですし開放感がある場所で食べるのは気分が落ち着くでしょうから」
「?」
2人の会話の意味がわからず、首を傾げるフィア。
と、彼の視線がシエルが持っていたバスケットへと向けられる。
「ふっふっふー、気になるでしょ? これはね、私とシエルちゃんがフィアと一緒に食べようと作ったお弁当なのです!!」
「……居住区で買い物をしていたのも、もしかして」
「はい。――何かご予定でもありましたか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう2人とも、凄く嬉しい」
感謝の言葉を口にすると、シエルとナナは少しだけ照れくさそうに笑みを見せる。
早速とばかりにバスケットを開くと、中にはサンドイッチや唐揚げ、オレンジといった色彩溢れる食べ物達が綺麗に入っていた。
これを2人が作ってくれた、しかも自分と一緒に食べようと思ってくれた。
その事実を改めて認識し、自然とフィアの口元には笑みが浮かぶ。
いただきます、ほぼ同時に手を合わせながら3人はそう言って、食事を開始した。
サンドイッチに手を伸ばすフィア、中身は定番とも言えるツナサンドだ。
「もぐもぐもぐ……!」
「あの、ナナさん、もう少し落ち着いて……」
「…………」
かきこむ勢いで食べていくナナに苦笑しつつ、フィアはサンドイッチを口に含む。
「おいしい……」
「本当ですか? よかった……」
「むぐっ……よかったねシエルちゃん、フィアに喜んでもらえて」
「はい!!」
「…………」
穏やかな時間、幸せだと思える安らぎの時。
そう長くはないこの時間は、フィアの心や身体を満たしていく。
そして同時に、先程の不安や焦燥を取り除いてくれた。
(ジュリウス……もう少しだ、もう少しだけ……頑張ってくれ)
新たな決意を抱きながら、フィアは3人と共に一時の安らぎの中で英気を養っていく。
明日、ジュリウスを助けラケルを止める。
そして、フィアにとって忌々しい過去の象徴である……父を倒す。
――けれど、その戦いの先に待っているのは。
フィアにとって、決して認められず。
けれど、防ぐ事などできない無情な現実である事を、彼はまだ知らない。
To.Be.Continued...
今回は短いですがここまで。
次回からはいよいよ……最終決戦です。
最後まで読んでくださると嬉しく思います。