しかし、そんな彼等を邪魔するかのように神融種――カリギュラ・ゼノが姿を現す。
そして一方その頃、ラケルの魔の手がナナに迫ろうとしていた……。
「――ゴォォォォォォォッ!!!」
空気が震える。
もはや暴風とも呼べる雄叫びを上げながら、カリギュラ・ゼノは両腕のブレードを展開させた。
禍々しい光沢を放つ美しい刃は、触れただけで細切れにされる切れ味を誇り、たとえ神機使いの肉体であってもその未来は覆らない。
カリギュラ・ゼノが飛ぶ、その勢いと巨体による重量を生かした斬撃による一撃は空気を切り裂きながらフィア達に襲い掛かった。
掠れば即死、だが避けようにも斬撃の速度はただ速く。
――それでも、“この2人”には届かない。
「ッ、……!?」
鋼がぶつかり合う甲高い音が、再び空気を奮わせる。
それと同時にカリギュラ・ゼノは自身の一撃を人間2人に止められた事実を理解し、驚愕した。
そう、たった2人にである。
その2人――フィアとカズキは、己が持つ神機の刀身でカリギュラ・ゼノの一撃を真っ向から受け止めてしまっていた。
単純な体格さでは数倍以上の差がありながらも、受け止める2人はまさしく規格外の領域。
捕喰欲求を第一にして動くアラガミでも、驚愕で動きを止めてしまうのは致し方ない事だと言えるが。
カリギュラ・ゼノの相手はこの2人だけではない事を考えれば、その行為はあまりにも愚行であった。
「し――――!」
「ギャッ!?」
振るわれるリヴィの斬撃、隙だらけのカリギュラ・ゼノの右肩に裂傷を刻ませる。
その衝撃と痛みで我に帰るカリギュラ・ゼノであったが、既に追撃の一手が放たれていた。
紫のオーラがカリギュラ・ゼノの左肩に叩き込まれ、先程以上の衝撃と痛みが襲い掛かる。
「もう一撃ぃっ!!」
叫びながら神機を右上段に構えながら力を溜めるのは、カリギュラ・ゼノに対しチャージクラッシュを叩き込んだロミオ。
再びチャージクラッシュを叩き込もうとするロミオであったが、その前にカリギュラ・ゼノが背中のブースターを展開させ上空へと離脱。
「あっ、逃げんなよ!!」
「銃撃で叩き落すんだ!!」
言うと同時に、カズキは神機を銃形態へと可変させる。
一瞬遅れてフィア・リヴィ・ギルの3人も銃形態へと可変させ、カリギュラ・ゼノに向けて一斉に銃撃を撃ち放った。
数十という数の銃撃の雨がカリギュラ・ゼノの全身を襲うが、身体の至る所に穴が開こうとも構わずブースターの向きを変えフィア達へと吶喊していった。
まとめて薙ぎ払うつもりだ、それを理解したフィア達は装甲を展開させる。
横薙ぎに繰り出されるカリギュラ・ゼノのブレード。
その一撃に対し装甲部分を合わせ、受け止めてしまおうと試みるフィア達であったが。
「ぐぅ……!?」
「うおおっ!?」
先程以上の破壊力があったせいか、全員がブレードの一撃を受け止めきれず吹き飛ばされ、近くの壁に叩きつけられてしまう。
背中から強打し息が詰まる、すぐに身動きがとれないフィア達にカリギュラ・ゼノはすかさず追撃に入った。
ドスドスと地面を踏み砕く勢いで走り、まずはとばかりにギルに狙いを定めるカリギュラ・ゼノ。
そして右のブレードを展開し、ギルの身体を二つに分けようとカリギュラ・ゼノは右腕を大きく振り上げてから、力任せに振り下ろして。
――巨大な獣の腕が、そのブレードを真っ向から受け止めた。
「ギ……ッ!?」
「――これ以上時間を掛けたくない。悪いが一気に勝負を決めさせてもらうぞ」
そう言って、左腕をマルドゥークの腕へと変化させカリギュラ・ゼノのブレードを受け止めたカズキは、右手に持つ神機を無造作に動かす。
刹那、その動作は強力な斬撃へと変化しカリギュラ・ゼノの右肩を抉り砕いた。
突然の一撃に驚愕しながら雄叫びを上げるカリギュラ・ゼノ、その隙にカズキは後退し入れ替わるようにフィアとロミオが間合いを詰める。
「ふっ――!」
「どりゃあっ!!」
奔る三刃の光。
フィアとロミオが同時に放った斬撃は、それぞれカリギュラ・ゼノのブレード部分を結合崩壊させた。
舞い散る鮮血、大きくなるアラガミの叫び、無論――それに同情し躊躇いを見せる彼らではない。
「捕喰する……!」
続いて仕掛けたのはリヴィ、動きを止めたカリギュラ・ゼノへと捕喰形態の神機を叩き込み、バースト状態へと移行。
追撃を……仕掛ける事はせず、代わりに彼女は神機を銃形態にしながら。
「ギル、後は頼むぞ!!」
高台に移動し、カリギュラ・ゼノの上空へと向かって跳んだギルに、アラガミバレッドを撃ち込んだ。
それによりギルの身体が活性化、リンクバースト状態へと変化した彼は両手で獲物であるスピアを振り上げる。
「――くたばりやがれっ!!」
呪詛にも似た叫びを放ちながら、ギルは強化された肉体を最大限活用しスピアの切っ先をカリギュラ・ゼノの頭部へと叩き込んだ。
その一撃はまごうことなき必殺の領域、頭部を易々と貫いただけでは止まらず完全に破壊してしまった。
爆撃めいた一撃を受けたカリギュラ・ゼノは、その巨体を数回痙攣させ……そのまま動かなくなる。
「……フン」
「なんだ……思ったより弱かったな、コイツ」
「驕るなよ? 慢心が命取りになる事だってあるんだからな」
「わかってるって、リヴィ」
しかし、全員のバイタルは安定しているし重傷者が出る事もなかった。
神融種なので通常のアラガミとは比べものにならないほどに強いのは確かかもしれないが、彼らの力はそれ以上だった。
「カズキ、このままシエル達の捜索も続けよう」
「待った。その前にギルを極東に連れて行く、長時間螺旋の樹の中に居て身体に何が起きているかわからないんだ」
「……俺は1人で戻れますよ、カズキさん」
「駄目だよギル、無茶をしてはいけない。――リヴィ、頼めるか?」
カズキの問いにリヴィは頷きを返し、ギルと共にその場を離れ始める。
「ロミオ、2人の足を引っ張るんじゃねえぞ?」
「うるさいっての」
「わたしもギルと同じ考えだ。無理をするなよロミオ?」
「うへえ……リヴィまで……」
さすがに彼女にまでそんな事を言われてしまえばショックなのか、うなだれるロミオ。
……少しからかい過ぎたようだ、彼の反応に苦笑しつつギルとリヴィは謝罪し、極東へ向けて帰還していった。
その場に残るカズキとフィア、そしてロミオはすぐさまシエルとナナの捜索を始める為に歩を進め始める。
「けどさー、アテとかってあるのか?」
「ない」
「えぇー……?」
「仕方ないさ。この辺りはまだ探索もされてない未知のエリアだ。でも……だからこそこの辺りに2人が居る可能性だって考えられる」
「……見つけるさ。必ず」
強い決意の言葉を呟き、足に力を入れて歩くフィア。
失いたくない、死んでほしくない、自分の目の前から……いなくなってほしくない。
だからなにがなんでも捜し出す、でも――最悪な未来が何度も何度も脳裏に浮かんでは消えていった。
(大丈夫……ギルも無事だった、シエルもナナも大丈夫……)
何度も何度も自分に言い聞かす、けれど不安は消えてくれない。
(どうして? なんで今更こんなにも不安になるんだ……?)
心が、押し潰されそうになる。
まるで見えない何かが、自分の心を少しずつ抉っていくかのようだ。
――誰も守れない。
――誰も助けられない。
――大切に想うあの子達は、もう二度と自分の前には現れない。
声が、聞こえる。
自分に語りかける、呪いの声。
侵蝕される、心が、身体が、その声に……。
「フィア、どうしたんだよ!?」
「…………ロミオ」
心配そうに自分を見る彼の声で、我に帰るフィア。
しかし、尚も聞こえる声は再び彼の心を乱していった。
――救えない、シエルもナナも。
――マリアやみんなと同じ、救えずにいなくなる。
「違う……僕が守る。僕だけじゃない……みんなだって……」
「? おいフィア、一体どうしたんだ!?」
「フィア……?」
ロミオとカズキの声が、よく聞き取れない。
沈んでいく、フィアの心が、精神が、無慈悲な“女神”の甘い毒で。
――認めてしまいなさい。貴方は……誰も守れないのです。
――弱い自分を偽って、目を背けて、ありえもしない未来に縋りつく。
「……違う。僕は……諦めない、諦めたく……ない」
「フィア、自分をしっかり保て!!」
「っ…………」
痛いくらいにカズキに両肩を掴まれ、再びフィアは我に帰る。
……何を、聞いていたのか。
自分を見つめるカズキとロミオに「ごめん」と返し、大きく深呼吸を繰り返すフィア。
「……少しボーっとしてたみたいだ、本当にごめん」
声は、もう聞こえなくなっている。
空虚になりかけていた心も、いつもの色を取り戻していた。
「それだけなのか?」
「うん、それだけだ」
平静を装って誤魔化す、カズキは何か感づいたようだがそれ以上は何も言ってこなかった。
「あんまり無理すんなよ?」
「ありがとう、ロミオ」
優しい彼の言葉に笑みを返し、今度こそフィアはシエル達を捜す為に歩き始める。
もう不安はない、ただ2人が無事である事を願うだけだ。
(無事でいてくれシエル、ナナ……!)
■
「…………あれ?」
遠のいた意識を取り戻したナナが目を開けた時には、周囲には自分以外の誰の姿も確認できなくなっていた。
そればかりか今まで螺旋の樹の中に居たというのに、何故か古ぼけた民家の中で立ち尽くしているという不可解な状況に、当然ながら困惑していると。
「ナナ、どうしたの?」
「えっ…………ええっ!?」
自分に声を掛けてきた人物を見て、ナナは目を見開き驚愕する。
当たり前だ、何故なら声を掛けてきたのは。
「お、お母さん!?」
既に亡くなっている筈の母、香月ヨシノだったのだから。
しかしヨシノは驚愕しているナナに対し怪訝な表情を浮かべ、首を傾げるのみ。
自分は夢を見ているのか、試しに頬を抓ってみるが……痛みが走った。
「夢、じゃない……? でも、お母さんはもう……それに、私は……」
「本当にどうしたの? それよりごはんができるから手伝ってくれる?」
「………………」
優しく、暖かな声は確かに母のものに間違いはない。
自分に向ける笑みも、雰囲気だって、大好きな母親と同じものだ。
会いたかった、叶うのならばもう一度会って母の温もりを感じ甘えたかった。
それは今だって変わらない、けれど。
「……ナナ? 何処か具合が悪いの?」
「…………ごめんねお母さん、私……行かないと」
けれど、それ以上に。
今の自分のやるべき事、成すべき事を果たさなければという気持ちの方が強かった。
これが夢なのか、それとも現実なのかナナには区別がつかない。
でも今は行かなければならない、大切な友人を仲間達と助ける為に、立ち止まっているわけにはいかないのだ。
「ダメよ、ナナ」
壁に立て掛けてあった神機を取ろうとした瞬間、ヨシノの口から冷たい声が放たれる。
先程のような暖かなものではない、冷たく恐ろしい……母とは思えない声。
「あなたはお母さんと一緒に居なきゃダメよ、あなたの友達だって……いつもあなたを迷惑がってる」
「………………」
「でもお母さんは違うわ。だからずっとにここで暮らしましょう? あの時のように」
「ずっと、一緒に……」
ああ、それはなんて暖かく優しい夢なのか。
大好きな母ともう一度一緒に暮らす事ができる、それはナナにとって甘美な夢であった。
――そう、甘美な“夢”でしかない。
「――ごめんね、お母さん」
「ナナ……?」
寂しそうに笑いながら今度こそ自分の神機を取るナナに、ヨシノは怪訝な表情を見せる。
「お母さんの言う通り、私……いっつもみんなの迷惑になってるよ。
でもねお母さん、それでも良いって、迷惑を掛けても良いから勝手にいなくなるなって言ってくれる仲間ができたの」
嬉しかった、本当に。
本当の仲間に会う事ができた嬉しさは、今でも鮮明に思い出せる。
だからこそ、こんな所で立ち止まるわけにはいかないのだ。
自分を必要としてくれる人達が居る限り、自分の勝手な都合で仲間達の前から居なくなる事は許されない。
――そして、何よりも。
「――それに、好きな人が居るから……大好きな人が居るから、ずっとここに居るわけにはいかないの」
フィアの為にも、歩みを止めるわけにはいかなかった。
この先、彼に抱く愛情が応えられなかったとしても関係ない。
守りたいと思った、支えたいと願ったのだ。
「お母さん、私……行くよ」
「………………」
ヨシノは何も言わない。
それに対し少しだけ寂しそうに微笑んでから――ナナは、出入り口の扉をブーストハンマーの一撃で粉砕。
瞬間、眩い光が降り注ぎ、ナナはヨシノの方へと振り返る事なくその光に向かって歩き始めた。
「ありがとう、お母さん。夢だけど……会えて、嬉しかった」
優しい夢を見る時間は、もう終わりだ。
自分に何ができるのか、それはわからない。
ただそれでも、ナナは無情な現実へと帰る道を選んだ。
大好きな仲間と、愛すべき少年の元へと帰る道を――
To.Be.Continued...
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