神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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螺旋の樹“上層部”へと突入したフィア達。
しかしシエル、ナナ、ギルの3人がその中で行方不明となってしまった。

仲間達と共に、3人を捜す為にフィアは再び上層部へと足を踏み入れた……。


第4部捕喰209 ~優しい毒を払う想い~

 

 

――オラクルエネルギーの嵐が、吹き荒れている。

 

 その中を歩く神機使い――カズキ、リヴィ、ロミオの3人は目の前に広がる光景を見ておもわず呆気にとられてしまっていた。

 黒い蝶の出現により行方不明になってしまったシエル、ナナ、ギル。

 その中の1人であるギルの腕輪反応を見つけたので、フィア達は再び螺旋の樹上層部へと舞い戻ったのだが……。

 

「ギャアアアアアッ!!?」

「………………」

 

 断末魔の叫びを上げながら、ボルグ・カムランの巨体が地面に沈む。

 そんなアラガミの亡骸を冷たく見つめるのは、他ならぬカムランの命を容易く奪ったフィアであった。

 衣服の至る所にアラガミの返り血を付着させながらも、彼はそれらを微塵も気にする事無く歩みを進めていく。

 

 当然、螺旋の樹の中には多数のアラガミがおり、その全てがフィア達へと襲い掛かってくる。

 しかし、今の彼等――正確には今のフィアに立ち塞がるという行為は、自らの命を投げ捨てると同意である事をアラガミ達は気づかない。

 

――圧倒的だった。

 

 攻めてくるアラガミ達を完膚なきまでに叩き潰し、その身体を抉り砕き、一切の慈悲もなく葬っていくフィア。

 そこにアラガミに対する敵意も殺意もなく、あるのは――ただ邪魔だという認識だけであった。

 

 そう、今のフィアにとって自分達に襲い掛かるアラガミは「人類の敵」ではなく「進路を妨害する障害物」に過ぎない。

 今の彼には行方不明となった仲間達を一刻も早く救出する、それしか頭になかった。

 だから立ち塞がるアラガミに何の感情も抱かない、ただ邪魔だから殲滅しているだけ。

 

「……隊長の動き、今まで以上に凄まじいな」

 

 あまりに凄まじい今のフィアの強さに、冷静な口調を崩さないながらもリヴィは頬に冷や汗を伝わせていた。

 驚愕しているのは彼女だけではない、ロミオもまた「自分達の出番がない」などという軽口すら叩けないほどに、今のフィアの姿に驚き……また同時に恐怖心を抱いてしまいそうになる。

 まるで最初の頃のフィアを見ているかのようだ、圧倒的な力と……それに比例するような冷酷さが、そう連想させた。

 

「……いこう」

 

 静かに返り血を拭いながら、フィアはそう言って歩き出す。

 だが、そんな彼をカズキは呼び止めた。

 

「ちょっと待って、フィア」

「…………何?」

「あまり無理をしてはいけないよ?」

「……うん、わかったよカズキ」

 

 微笑みを返すフィアを見て、カズキは一応納得する事にした。

 どうやら彼の中には焦りや不安といったものは存在していないようだ。

 その心の強さには感嘆するものの、それでもカズキは完全に安心する事はできなかった。

 

 彼は強い、仲間に支えられてより一層強くなっている。

 それでも彼はまだ13の子供だ、若い者達が集まっているブラッド隊の中でも特に幼い。

 まだ心が成熟しきっていない彼には、あまり無理をしてほしくないと思っているが……そうさせざるをえない状況に彼を追い込んでいるのは、他ならぬ自分達だ。

 本来ならば、彼のような者は戦いの中でなく日常の中で暮らしてほしいものだが……。

 

「大丈夫だよ、カズキ」

「………………」

「自分にできる事と、望む事。それが今の僕自身が歩んでいる道を作っているんだ」

 

 だから大丈夫だと、フィアは言う。

 ……どうやら、自分の心配はまさしく「余計なお世話」だったようだ。

 ならばカズキはもう何も言わない、彼を子供だと思わず共に戦う立派な戦士として見る事にしよう。

 

「フィア、僕達のアラガミとしての探知能力を使えばより正確な位置を割り出せる筈だ」

「そうだね。試してみよう」

 

 人には得られぬ異端の力、だが今はその力で仲間を助ける。

 それだけを考え、フィアはカズキと共に仲間達の気配を捜し始めた……。

 

 

 

 

「……ここは、何だ?」

 

 黒い蝶に視界を遮られ、次にギルが目を開けた時には。

 彼は、螺旋の樹の中ではなく……見覚えのある景色を視界に収めていた。

 

 廃墟と森が混ざり合った周囲、草木の生えぬ大地。

 そして流れる空気は、昔ギルがハルオミと……彼にとって守りたかった存在、ケイトが居た土地。

 

――グラスゴーの、大地だった。

 

「……夢でも、見てるのか?」

 

 ありえない、たった今まで自分は仲間達と共に螺旋の樹の中に居た。

 しかし今は仲間はおらず、けれど右手に持つ神機の感触が現実だという事を示していた。

 余計に困惑しつつも、このままここで突っ立っているわけにもいかないと、ギルは移動しようとして。

 

「――ギル、現実を見なよ」

 

 彼の前に、1人の女性が現れた。

 その女性を見た瞬間、ギルは目を見開かせ驚愕の表情を浮かべる。

 当たり前だ、何故なら彼の前に現れた女性は。

 

「…………ケイトさん、なのか?」

 

 かつてこの世から去った、ギルが守りたかった神機使い。

 ケイト・ロウリーが、自分を宥めるような視線を向けながら立っていたのだから。

 

「どうして足掻こうとするの? あのラケル博士って人が言ってる終末捕喰なら……アラガミがみんな居なくなるんだよ?」

「………………」

「そうなれば、私のような犠牲者もギル達みたいな悲しみを背負う人達も居なくなる。次の世代に生きる子達がアラガミの脅威に晒される事なく生きていける。

 ならさ――終末捕喰を起こした方が、この先の未来を考えれば正しいってギルも思わない?」

「…………それは」

「ギルはずっと苦しんできたでしょ? ギルだけじゃない、ハルだって私のせいで今でも苦しんでる。

 その苦しみを、次の世代に背負わせたくないでしょ? だから――」

 

 だから、ラケルの邪魔をするな。

 それ以上口には出さず、ケイトはギルに瞳で訴える。

 対するギルは俯き、それを見たケイトは口元に優しい笑みを浮かべながらギルへと近づいて。

 

「――違う。それは違うんだ、ケイトさん」

 

 はっきりとした口調で。

 ケイトの言葉を否定する、ギルの声が場に響いた。

 

「違う? 一体何が違うの?」

「……確かに終末捕喰は、アラガミを完全に滅ぼせるかもしれない。大きな視野で考えればそれが正しい事なのかもしれない」

 

 ギルは賢い、そして“大人”でもあった。

 この先の未来で、アラガミの脅威が完全に去るという都合の良い展開が待っているなど……彼は本気で信じてはいない。

 だから彼は決して終末捕喰自体を否定する事はできず、けれど。

 

「――けど、ここで全部なかった事にしちまったら、未来があると信じて戦ってきた人達……志半ばで死んでいった者達、その無念と想いまで消しちまう事になるんだ」

 

 けれど、彼は同時に終末捕喰を認めるわけにはいかなかった。

 

「………………」

「どんなに辛く苦しい道でも、その先に未来が待っていると信じられたから俺達は戦ってこれたんだ。

 そしてこれからも俺達は決して諦めずに前を向いて歩いていく、俺達と同じような想いで戦い散っていった人達の為にも」

 

 悲しみも、苦しみも、無かった事になどできない。

 だってそれも自分達が生きてきた証だから、それを簡単に捨てる事などできなかった。

 自分1人だけならばこの想いは単なるエゴだろう、だが……ギルが慕い、共に歩みたいと思う仲間達もまた同じ想いを抱いてくれている。

 ならば、自分だけ簡単に逃げ道を歩むわけにはいかず、何よりも。

 

――何よりも、目の前の“女”の言葉に頷くわけにはいかなかった。

 

「……ギル?」

 

 ケイトが驚愕に満ちた表情をギルへと向ける。

 彼は突然ケイトを敵意を込めた視線で睨みつつ、スピアの切っ先を彼女に向け出した。

 少しでも動けば容赦なくその身体を貫く、彼の視線がそう訴えている。

 

「三文芝居もそこまでにしやがれ。――テメエはケイトさんじゃねえ、ケイトさんはな……テメエみたいに、安易な逃げ道を提案したりしねえんだよ!!」

 

 激昂しながら、ギルはケイトの身体を容赦なく貫いた。

 だが貫いた感触はなく、ケイトは口元に歪んだ笑みを浮かべながら――黒い蝶となって霧散した。

 

「ラケル……テメエだけは許さねえぞ!!」

《フフ……そんなに声を荒げるものではありませんよ、ギル》

「黙れ!!」

 

 憎悪の色を瞳に宿し、ギルは周囲に視線を送る。

 ……許せなかった、彼女の所業に。

 わざわざケイトの姿を象ってまで、自分の心を惑わせようとする行いはまさしく悪魔の業だ。

 人を人とも思わないその行いは、ギルの怒りを買うには充分過ぎるものであった。

 

 しかしその怒りは、同時に彼から冷静さを失わせている。

 だから――手のかかる弟を宥めるために、“彼女”は彼の前に姿を現した。

 

「ほらギル、怒ってくれるのは嬉しいけど少し落ち着いて?」

「え――――」

 

 その声で、ギルの中から溢れ出しそうになっていた怒りが消え去った。

 そして同時に、彼の目の前に現れた存在に心底意識を奪われてしまった。

 

「………………ケイト、さん?」

「久しぶりだねギル。より一層良い男になってくれて嬉しいよ、まあハルには及ばないけど」

「――――――」

 

 違う、目の前の彼女はラケルが生み出した幻でも、自分の都合の良い妄想の類でもない。

 本物のケイト・ロウリーだと、ギルは何故か当たり前のように理解できた。

 自分が命を断った、奪ってしまった筈の彼女がこうして自分の目の前に立って、あの時と変わらぬ笑みと声を見せてくれる。

 

 一体どういう事なのか、とか。

 どうして彼女が目の前に現れたのか、とか。

 そういった当たり前の疑問が浮かんでは消え、ギルは言葉も発せずに立ち尽くす事しかできなかった。

 

「驚くのは判るけど、時間もないんだからちょっとぐらい会話させてよギル」

「え、あ……ほ、本当にケイトさん、なんですか……?」

「そうだよー。とはいっても神機の中に眠ってた意識の欠片が螺旋の樹に漂う高密度のオラクルエネルギーで活性化しただけで、本人じゃないんだけど」

「……どういう、事なんですか?」

「私の神機には私の意識の欠片があった。というより神機の中にはその持ち主の意識の欠片が存在している、でも普通ならばそれが表に出る事は決してないの。

 だけど私は例外、私以外では使えないはずの神機の力を引き出す別の持ち主――フィアという存在と、この螺旋の樹に溢れる強大なオラクルエネルギーがこうして現実に干渉できるほどの力を私に与えてくれた」

 

 とはいえ、この姿を長く保つ事はできない。

 元々ケイトはラケルがギルに対して何か仕掛けてきそうだと予期し、もしも彼が彼女に何かしらの干渉を受けたのならばおもいっきり邪魔をしてやろうと思っていた。

 フィアに言っていた「細工」というのはこの事だったのだが……彼は自分自身の力だけで突破してしまったのだ、嬉しくはあったが内心では少々不満でもあったわけで。

 

「話したい事は沢山あるし、できる事ならハルにも会いたかったけど……“ここの私”はもう消える」

「ケイトさん……」

「ありがとねギル、ちゃんと私をわかってくれて嬉しかった。こうしてまた話せたのは偶然だったけど……楽しかったよ」

 

 ケイトの姿が霞んでいく。

 

「ケイトさん!!」

「ハルの手綱、任せたよ?」

 

 それを見たギルは、すぐさま彼女へと駆け寄りながら左手を伸ばして。

 

 

――気がついたら、螺旋の樹の中へと立ち尽くしていた。

 

 

「………………」

 

 遠い遠い、優しい夢を見ていたような気分だ。

 けれど先程のは現実だと、ギルは素直にそう思えた。

 

「ギル!!」

「……フィア、みんなも……」

 

 駆け寄ってくるフィア達を見て、ギルはやっと自分が現実に居る実感を抱く。

 軽く手を挙げるギル、彼の無事を確認できたフィア達は安堵の表情を浮かべながら――その場で立ち止まる。

 

――黒い蝶が、ある一点から現れ始めた。

 

 凄まじい勢いで噴出する黒い蝶は、少しずつ何かの形を成していく。

 それを見たフィア達は神機を構え臨戦態勢に入りながら、その何かを視界に捉える。

 黒い蝶が成したモノは――ルフス・カリギュラに似た、けれど見た事がないアラガミであった。

 

 骨格や体格はルフス・カリギュラと同じでありながら、顔はまるで髑髏のような禍々しいものに変貌している。

 何よりもその頭部にはギルが使う神機――チャージスピアが癒着していた。

 神機と一体化したアラガミ、その見た目でフィア達は瞬時に現れた存在が“神融種”であると認識する。

 

「チッ……ラケルのヤツ、厄介なモンを生み出しやがって」

「強いな……カリギュラの神融種だ、油断はするな?」

「大丈夫だよリヴィ、僕達なら勝てるさ」

「ああ……それによ、ケイトさんから厄介な事を頼まれちまった以上、負けるわけにはいかねえな!!」

 

 そう言い放つギルの目には、迷いなどない澄み切った色が宿っていた。

 その力強い目を見て、フィア達4人の口元には笑みが浮かぶ。

 そして――

 

「――ゴォォォォォォォッ!!」

「来やがれ!!」

 

 カリギュラ神融種――“カリギュラ・ゼノ”の雄叫びと、ギルの裂帛の声が場に木霊し。

 新たな神融種とフィア達の戦いが、幕を開いた――

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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