さて、今回の物語は……。
「――うわ、すっげえなこれ」
「目が悪くなりそう……」
螺旋の樹、上層部。
遂にここまでやってきたフィア達ブラッド隊であったが、上層部の空気は今までのものとは違っていた。
吹き荒れるオラクルエネルギーの嵐は、ロミオの血の力で抑え込んでも尚発生するほどに濃く荒々しい。
幸いにも活動自体には問題ない、とはいえあまり気分の良いものではないのは確かであった。
だが同時に、この異常な景色が確実にジュリウスに近づいているという証拠にもなったので、フィア達の気力は逆に高められている。
――それに、この上層部に巣くうアラガミは油断ならない相手であった。
『大型と中型アラガミ反応を感知した、注意しろ!!』
通信越しから響くマリーの声で、全員の表情が引き締まる。
見通しがよい広い空間に自分達は立っている、挟み撃ちに遭えば不利になるのは明らかであった。
「みんな、移動する――」
ここを離れて有利な地形で戦おう、そう思ったフィアはすぐさま全員に進言しようとして。
「――ヴォォォォォォォォォッ!!!!」
その前に、近くの壁を破壊しながらアラガミがフィア達の前に現れてしまった。
ヤクシャ神融種であるヤクシャ・ティーヴラとウコンバサラ神融種のオントバサラだ。
「チ――!」
前方にはティーヴラ、後方にはオントバサラ。
見事に挟み撃ちに遭ってしまった、その事実に舌打ちをしながらフィアは早速動いた。
まずは前方のティーヴラに狙いを定め、フィアは右の神機――ニーヴェルン・クレイグを上段から相手目掛けて叩き下ろす。
繰り出される斬撃は空気を切り裂きながら、ティーヴラの両腕に該当するであろう神機部分を破壊しようとして。
虚しく空を切り、同時にティーヴラが反撃に移った。
巨大な豪腕を振るい、そこに癒着している神機がフィアの身体を抉り砕こうと迫る。
「やあっ!!」
ナナのハンマーがティーヴラの神機に叩き込まれ、攻撃が中断された。
それだけでは終わらずハンマーの衝撃がティーヴラの巨体を僅かにぐらつかせ、その隙を逃さぬと後方に居たシエルが銃撃を放つ。
放たれたのはブラッドバレッドである“フルーグル”、神融種相手に並のバレッドでは通用しないと理解している彼女は初撃から全力の一撃を放った。
神速の速度を以て放たれた銃撃はティーヴラの頭部へと命中、着弾と同時に堅いものが砕ける音と共にティーヴラの頭部の三割以上が砕け散った。
だがそれでも致命傷には至らず、ティーヴラは怒りが込められたような雄叫びを上げながら、両腕の神機に炎を纏わせ始める。
ヤクシャ・ティーヴラの特殊な能力である、身体を構成させるオラクル細胞を燃焼させ放出する攻撃方法だ。
攻撃範囲も破壊力も高く、まともに受ければこちらの身体が破壊されるのは必至。
「させないよ!!」
「し――――!」
ティーヴラとの間合いを詰めるフィアとナナ。
それぞれフィアが右を、ナナが左の神機に狙いを定め渾身の一撃を叩き込む。
「ギ――!?」
神機部分に纏わり始めていた炎が拡散する。
決定的な隙を見せるティーヴラに、フィアは跳躍して二刀による斬撃を相手の胸部へと振り下ろした。
鮮血と共にティーブラの胸部に刻まれるX型の裂傷、更にその傷口へとナナのブーストによる破壊力を向上させた一撃が叩き込まれ。
「――爆ぜろ」
踏み込んでいたシエルの近距離からの銃撃――否、もはや砲撃に近い一撃が繰り出され。
ティーヴラはその胸部に風穴を開けてから、断末魔の叫びすら上げないまま倒れ込み絶命した。
「ふう……」
ハンマーを地面に降ろし、ほっと息を吐き出すナナ。
しかしまだオントバサラが残っている、フィア達はすぐさま神機を持ち直しながらオントバサラへと視線を向け。
「ギル、右から頼む!! リヴィは後方から援護してくれ!!」
「よし、わかった!!」
「了解だ」
ロミオとギルとリヴィの3人が、オントバサラと戦っている光景が視界に映った。
しかもその中で指示を出しているのはギルでもリヴィでもなく……ロミオである。
オントバサラの攻撃を回避しながら、3人は確実に攻撃をヒットさせていく。
「……ロミオ先輩、凄い」
「はい。見事な指揮だと思います、相手の特性や攻撃方法をよく熟知しているからこそですね」
「ロミオ……」
普段のお調子者な姿が嘘のように、今の彼は誰が見ても一流の神機使いであった。
常に回り込むような動きで戦っているせいか、オントバサラは動きを鈍らせ攻めあぐねている。
その隙にギルのスピアとロミオのバスターブレードが叩き込まれ、オントバサラが反撃に移ろうとしたらリヴィの銃撃に阻まれる。
見ているとオントバサラの方が可哀想に思えてくるほどだ、無論敵対しているアラガミに同情など一片も抱かないが。
「終わりだっ!!」
「どおりゃあ!!」
ギルとロミオ、2人の一撃がオントバサラの身体に突き刺さる。
ダメ押しとばかりにリヴィの銃撃も叩き込まれ、それで終わり。
オントバサラも生命活動を停止させ、場に静寂が戻った。
「へっ、余裕余裕!!」
「……まあ、こんな所か」
ティーヴラとオントバサラのコアを回収し、フィア達は再び歩を進める。
上層部の調査は始まったばかり、まず自分達が活動範囲を広げなければ一向に前へ進めないのだ。
慌てても仕方がないのは確かだが、それでも急がなければならない。
――しかし。
それを許さぬ者が動き出した。
「ん……?」
空気が変わる。
周囲には自分達以外の存在はなく、けれど……まるで背後に見知らぬ誰かが立っているかのような錯覚に陥った。
ここに居てはならないと、すぐにここから離れろと本能が訴えかけてくる。
異変はそれだけではない、何処からかは特定できないものの……あの黒い蝶の羽ばたく音が聞こえ始めた。
その音はフィアだけでなく他の者も気づいたようで、全員が足を止め周囲を見渡し始める。
「な、なんか嫌な予感がするな……」
「ちょっとロミオ先輩、不吉な事言わないでよ」
「わ、悪い……けどさ、ちょっとこっから離れた方が――」
離れた方がいい、ロミオがそう言い掛けた瞬間。
突如として、周囲の地面から黒い蝶が文字通り噴き出してきた。
おもわず顔を覆ってしまうほどの勢いで吹き荒れる黒い蝶達。
「な、なんだこれ……!?」
「くっ……フィアさん!!」
「シエル、みんな、とにかくここから離れるんだ!!」
足に力を込めるフィア。
とにかくこれ以上ここに居てはいけない、ここに居ては――
全員をこの場から連れ出そうと、フィアはまず一番近くに居たシエルの手をとって。
「え――――」
気がついたら。
黒い蝶は、初めから存在していなかったかのように消え去り。
リヴィとロミオ以外のブラッド達が、この場から居なくなってしまった光景、が――
「っ、シエル、ナナ、ギル!!」
周囲を見渡しいなくなった仲間を呼ぶフィア。
だが返答はなく、虚しく彼の声が木霊するのみ。
「くそっ!!」
「お、おいフィアどこに行こうってんだ!!」
走り出そうとするフィアを見て、ロミオは慌てて彼を後ろから羽交い絞めにする。
しかし興奮しているのか、荒い息を繰り返しながらフィアは暴れ続けた。
「放せ!!」
「馬鹿! 何処行ったのかわかんねえのに闇雲に捜したってしょうがねえだろ!!」
「そんなのわかってる、けどだからって――」
「――落ち着け、フィア。ロミオの言う通り闇雲に捜そうとしても無駄だ」
戒めるように言いながら、リヴィは極東へと通信を繋げた。
「こちらリヴィだ。シエル、ナナ、ギルの三名とはぐれてしまった。3人の現在位置を索敵してほしい」
『何だと? 了解だ、少し待て。…………腕輪の反応はある、3人とも無事なのは間違いないだろう。ただノイズが酷くて場所の特定は今すぐには無理だ』
「了解。一度我々は極東に戻る」
「っ、戻るって……正気かリヴィ!!」
怒りの形相で、フィアはリヴィへと詰め寄る。
一方のリヴィはそんなフィアを冷たく見つめ、あくまで正論を返した。
「フィア。君は隊長だろう? ここで君が勝手な行動をしてしまえばどうなる? 今は一度極東に戻って捜索隊を編成するのが先決だ」
「そ、それは……」
「君の気持ちだってわかる、などという偉そうな事を言うつもりはない。けれどわたしとてシエル達を今すぐにでも捜したいと思っている」
だが、それは無謀でしかない。
自分達は螺旋の樹調査の要である、故に勝手な行動をして新たな問題を発生させるわけにはいかないのだ。
「………………」
フィアの身体から、力が抜けていく。
リヴィとロミオの意見が正しいと認識したものの、彼の表情は納得したとは思えない程に不満の色を滲ませていた。
「……すぐに部隊を再編成させる。それでいいんだろ?」
「ああ。……感謝する」
言うやいなや、フィアは足早に極東へと向かって歩き出す。
その瞳には、ラケルに対する確かな怒りと憎しみ。
そして、自分自身に対する不甲斐なさを責めるように揺らいでいた……。
■
「――くそっ」
自室のベッドに座り込み、フィアは珍しく悪態を吐いた。
その表情も彼にしては珍しくまるで自分の思い通りにならずに拗ねている子供のような不安定さを見せている。
だが無理もなかった、フィアとしてはすぐにでも隊を再編成させてシエル達を捜そうと思っていたのに。
「まだ3人のビーコン反応が特定できない以上、闇雲に捜索隊を出撃させるわけにはいかないんだ」
申し訳なさそうにそう告げるサカキによって、歯痒い思いを強いられているのだから。
無論、フィアとてサカキや同意する他の者達の方が正しいというのは判っている。
それでもだ、闇雲でも捜さなければならないというのが彼の本音であった。
あの場所で行方不明になるというのは、本当に危険なものだ。
螺旋の樹の内部は既にラケルの意志に溢れている、彼女が一体どんな手を使ってくるのかわからない。
更にアンノウンや魔神といった強力なアラガミがいつ現われるのかわからないというのに、あまりに悠長すぎるのではないか?
そこまで考え、フィアはまたしても自分の不甲斐なさを呪いたくなった。
「……僕1人じゃ何もできないんだ。どうしてそれが理解できない?」
呟くように自分へとそう言い聞かせる。
焦りと迷いはそのまま自分の枷となる、それがわかっていながら平常心を保てないなど愚の骨頂だ。
……とにかく今は落ち着いて休む事にしよう、そう思ったフィアはベッドに寝転がり瞳を閉じて。
〈うわー……荒れてるねフィア、大丈夫?〉
〈まあ気持ちは判るけどねー〉
頭の中に、マリアとケイトの声が響き渡った。
「………………」
目を開ける、けれど見えるのは自室の天井のみ。
気のせい……ではないだろう、幻聴を聞く程おかしくはなっていない筈だ。
「……マリア、ケイト?」
〈あ、よかったー。ちゃんと聞こえるんだ〉
〈もしもーし、こちらケイトでーす〉
再び聞こえてきた軽い口調。
……やはり幻聴ではなかったと、フィアは疲れたようなため息を吐き出した。
〈なにそのリアクション、お姉さん悲しいぞー?〉
「……これ、僕の妄想が現実になったとかじゃないよね?」
〈さっきまでオラクルエネルギーが溢れた場所に居たでしょ? そのせいかフィアの体内にある私達の意識も活性化したみたいで、会話ができるようになったみたいなの〉
「なんでもありだね、本当に……」
とはいえ、フィアの中での驚きは小さいものであった。
何せ2人とは過去に何度も会話を交わしているのだ、今更このような出来事に遭遇したとしても驚く筈がなかった。
寧ろ話せて嬉しいとさえ思っている、特に今みたいな精神状態では2人と会話できるこの状況は正直ありがたい。
〈もちろん本来なこんな事できないし、そもそもずっと会話できるわけじゃないよ。――だから用件だけ伝えるよフィア、3人は大丈夫だから今はゆっくり休むこと〉
〈そーそー、ギル達が心配なのは判るけど大丈夫だからね?〉
「……どうしてそう断言できるの?」
2人が気休めを言っているわけではないというのはわかっている、彼女達は本気で3人は無事だと言っていた。
けれど断言する理由がわからず、フィアは問いかけると。
〈ちょっと〉
〈細工を、ね〉
愉しげに、意味深な言葉を2人はフィアに返してきた。
「細工?」
〈それはいずれわかるから、とにかくいつも通り頑張ってね?〉
「え、ちょっとマリア? ケイト?」
呼び掛けるが、それ以上2人からの返答が返ってくる事はなかった。
……一体何だというのか、妙に楽しげな2人の発言が気になったもののそれを確認する術はない。
上半身を起き上がらせて、またため息を吐く。
しかし、2人の会話によってフィアの心は先程と違い落ち着いてくれていた。
もしかしたら、2人は自分の焦りを払拭させるつもりで会話をしてくれたのかもしれない。
そう思っていると――インターホンが鳴る音が部屋に響いた。
「フィア、いる?」
「カズキ? いるよ、どうしたの?」
「ギルの腕輪反応が見つかった、君と僕とリヴィとロミオのチームでその場所に向かう事が決まったよ」
「……了解」
ベッドから降り、すぐさま自室の扉を開ける。
「……落ち着いてるね。リヴィの話だとかなり焦ってたって聞いたんだけど?」
「ちょっと、釘を刺されたからね」
「?」
苦笑するフィアに、カズキは首を傾げる。
だが今のフィアはいつも通り落ち着いている、これならば無茶をしないだろうと一安心した。
「いこう、カズキ」
「ああ、正直上層部に漂うオラクルエネルギーは異質だ。あまり長い間人間が居ていい場所じゃないからね」
カズキの言葉にフィアは頷きを返し、2人は神機保管庫へと向かう。
(みんな……無事でいてくれ……)
To.Be.Continued...
ようやっと上層部に到着、終わりは確実に近づいて参りました。
楽しんでいただけたのならば幸いに思います。