神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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無理な適合によって倒れてしまうリヴィ。
一度極東へと帰還したフィア達は、再び戦いの地へと赴く前にリヴィと……ロミオの関係を知る事になる。


第4部捕喰206 ~思い出す約束~

 

 

「――以上が、今回の報告内容だ」

「うむ……報告ご苦労、状況はよくわかった」

 

 アナグラの会議室にて、フィアはフェルドマンに先程の報告を終える。

 フィアの報告を聞いたフェルドマンは、重苦しい雰囲気が込められた呟きを零し、そっとため息を吐いた。

 

「……ブラッド隊長、少し時間はあるかね?」

「うん、大丈夫」

「では少し訊きたい事がある。君は……リヴィの出自について、本人から聞いているか?」

「……聞いてはいないけど、マグノリア・コンパスの出身だって話はシエル達から聞いてる」

 

 そして、その時にロミオと知り合いになったという話も聞いた。

 だがそれ以上は訊く事はなかったし、シエル達曰く「あまり訊いてほしくないように見えた」らしいので、フィアも無理して訊こうとしなかった。

 

「実はな……あの子は、ジュリウス・ヴィスコンティのプロトタイプともいうべき存在なんだ」

「プロトタイプ……?」

 

「ラケル博士はあらゆるタイプの偏食因子に適応できる人材を求めていた、様々な治験を繰り返し……最初にその才能を見出されたのが。リヴィだったんだ。

 ――だが、ラケルにとって彼女は「失敗作」だった」

「失敗作……」

 

 その単語を聞いて、フィアの表情が知らず知らずの内に強張っていく。

 ……幼少時代の事を、無意識の内に思い出してしまったようだ。

 グリードが非道な人体実験を繰り返していた時に、苦しみながら死んでいった子供達を「失敗作」だと吐き捨てた時の記憶を思い出してしまう。

 

「リヴィの適応能力は完璧なものではなく、偏食因子に適合する度に激しい拒否反応と大きな負荷が身体を蝕み……そのせいで彼女の寿命は確実に削られていったのだ。――君の危惧していた通りだよ」

「…………」

「その後リヴィは完璧な適応能力を持つジュリウスの出現によって……ラケルに見限られた。

 ラケルに捨てられたリヴィが、ラケルに選ばれたブラッドとラケルに愛されたジュリウスを救うために命を削る……皮肉なものだ」

 

 そう言って、フェルドマンは悲しく笑う。

 本当に皮肉なものだと、フィアは表情を歪ませた。

 マグノリア・コンパスの出身だとは聞いていたが、まさか彼女がそこまで複雑な過去を持っていたとは完全に予想外であった。

 一体彼女は自分達と共に戦うと決まった時、どのような心境だったのだろうか?

 

「いつも合理的な考え方をするあの子が、やたらと君達に肩入れしているのが今でも腑に落ちていないのだが……彼女を大切に扱ってくれる事を願っている。あの子は、失うにはあまりにも貴重な存在なのでな……」

「……そんな言葉を並べなくていいよ、貴重な人材だからっていうのは……建前でしょ?」

「ふん……君は本当に子供らしくないものだ、よほど親に碌な教育を施されていないと見える」

 

 露骨に皮肉な言葉を放つフェルドマンであったが、口元にはフィアに感謝するかのような優しい笑みを見せていた。

 だからフィアも、彼のリヴィに対する優しく尊い愛情に精一杯応える意志を込めた笑みを返し、会議室を後にした。

 

(……リヴィの様子、見に行こうかな)

 

 

 

 

「――お前、何をしているんだ?」

「げっ……マリー……」

 

 アナグラの医務室前でウロウロしているロミオを見て、マリーは彼をジト目で見やる。

 対するロミオはまるで悪戯の見つかった子供のような表情を浮かべ、気まずそうに彼女から視線を逸らした。

 

「……リヴィの見舞いか? ならなんでこんな所でウロウロしている? どう見ても変質者だぞ」

「変質者は言い過ぎだろ! いや、ほら……なあ?」

「何がなあなのかさっぱりわからん。見舞いするつもりがないのならどっかへ行け」

 

 なにかごにょごにょ言っているロミオを押し退け、マリーは医務室へと入る。

 医務室には眠っているリヴィ以外の人はおらず、とりあえずマリーは持っていた見舞い用の花を花瓶に纏め始めた。

 マリーが花を用意している間に、まるで忍び足をしているかのような歩き方でロミオも医務室へと入ってきた。

 そして眠っているリヴィを見て、彼は苦い表情を浮かべる。

 

「自分を責める暇があるのなら、自分の成すべき事をすればいいんじゃないか?」

「……お前って、ホントに歯に衣着せぬ言い方するよな」

「事実だからな」

 

 相変わらずの物言いだ、けれどもう慣れたのかロミオは苦笑するだけで怒ったりはしない。

 近くにあった椅子を引っ張り、リヴィが眠るベッドの前に置いてロミオはそこに座り込む。

 安らかな寝息を繰り返すリヴィを見て、とりあえずロミオは安心する。

 いきなりあんな状況下で無理矢理適合したのだ、あまり詳しくないロミオでも相当の負担を強いられたというのは理解していた。

 けれどこの様子ならばあまり大袈裟に考えなければ大丈夫そうだ、面会謝絶になっていない点からもそう思えた。

 

「こいつは、お前達のような無茶をしでかすようなヤツだとは思わなかったが……お前達に影響されたのかな?」

「どういう意味だよ?」

「そのままの意味だ。――この子は合理的な考え方を持って生きている本当の戦士だ、だから一時の感情で振り回されずに任務に挑む……だが、彼女はお前達を守る為に躊躇い無くお前の神機に適合したのだったな?」

「……ああ。オレがちゃんと自分の血の力を完全に使いこなせればよかったんだけどな」

 

 しかし、それは叶わなかった。

 ロミオの血の力はあまりにも強力で、故に全開の力を使おうとすれば制御が利かなくなる。

 だがそんなものは言い訳だ、現にそのせいでリヴィには必要の無い負担を背負わせてしまったのだから。

 

「確かお前の力は「圧殺」……オラクルエネルギーを無理矢理非活性化させる能力だったか?」

「ああ、そうだけど……」

「……本当に、そうなのか?」

「何がだよ?」

「いや、なんというか……お前らしくない力だと思ってな」

「はあ?」

 

 要領を得ないマリーの言葉に、ロミオは首を傾げてしまう。

 けれどマリー自身も自分が何を言いたいのかよくわかっていないのか、「忘れろ」と言い返し無理矢理話を中断させてしまった。

 こうなってしまえばこれ以上突込みを入れても彼女は何も言ってくれないだろう、なので釈然としないながらもロミオはそれ以上何も訊かない事にした。

 視線を再びリヴィへと向ける、変わらず眠ったままのリヴィだったが……何か夢でも見ているのか、徐に右手を宙に伸ばし始めた。

 それを見て、ロミオはベッドに戻そうと伸ばされたリヴィの手を右手で掴み。

 

 

――不可思議な感覚に襲われ、ある現象を引き起こした。

 

 

 ふわりと、身体が宙に浮いている。

 一体自分の身に何が起こったのか、そう考えるロミオの視界に……見覚えのある建物が映り出した。

 周りを自然で囲まれた、とても広く大きな建造物。

 中では様々な子供達が教育を受け、知識を高めていく。

 この場所はロミオがよく知っている、彼の育った場所といえる小さな世界。

 

――マグノリア・コンパスであった。

 

 困惑しながらも、彼は今自分の身に起きている現象を当たり前のように理解する。

 これは“感応現象”と呼ばれる、第二世代以降の神機使い同士の干渉によって起こる現象。

 そういった現象の事はロミオも知っていたが、実際に体験するのは初めてであった。

 そして彼は、忘れていた自分自身の――“彼女”との思い出を蘇らせていく。

 

『はじめまして、オレはロミオっていうんだ!』

 

 1人の幼い少年が、外を眺めている小さな少女に話しかける。

 少女は少年の言葉を無視し、けれど少年はめげずに話しかけ続けていた。

 

 その少年はよく知っている、いや……知っているというよりも、あれは自分自身だ。

 やや間の抜けた顔立ち、オーバーなリアクション、昔からまったく変わらない自分自身を見てロミオは苦笑する。

 そして、昔の自分がしつこいくらいに話しかけている少女も……ロミオはよく知っていた。

 

『……ねー、なんか話してよ!』

『…………うるさい』

『あっ、やっと喋ってくれた。かっこいい声だね!』

 

 あからさまに邪険に扱われているというのに、幼いロミオは反応が返ってきたのが嬉しいのか笑顔を浮かべている。

 対する少女は、そんな彼とは決して目を合わせようとせずに、拒絶の意志を見せ続けていた。

 

(……ああ、そうだ)

 

 まるで湧き出す泉のように、ロミオの中から忘れていた記憶が蘇っていく。

 ある日、1人の少女がとあるクラスにやってきた。

 単純な好奇心と、友達になれたらいいなと思ったロミオは、その少女に自己紹介をして……おもいっきり拒絶されたのだ。

 でもロミオは挫けなかった、“繋がり”を大切にしたいと思っていた彼は、色々な子と友達になりたいと思っていたから。

 

 それからも彼はずっとその少女の元へと通い、自分の事や友達の事、他愛の無い話などを繰り返し話した。

 それでも少女はロミオに対して決して心を開こうともしなかったが、そんなもので諦める幼いロミオではなかった。

 

(小さい頃のオレって、傍から見ると本当に迷惑極まりないガキだったんだな……)

 

 改めて過去の自分を見ると、ロミオはそう思わずにはいられなかった。

 あまりにも遠慮のない態度だ、相手の気持ちを考慮しているとは到底思えない。

 子供だからという事を配慮したとしても、褒められた行為ではないだろう。

 

 けれど、そんな彼の態度は少女にとって――幼かった頃のリヴィにとっては、結果的に自分の心を救う結果へと繋がった。

 

『――もう、放っておいてくれ!!』

 

 場面が変わり、幼い自分を怒鳴っている彼女の姿が映る。

 今日も今日とてリヴィに話しかけるロミオであったが、いい加減うんざりしていた彼女は自らの鬱憤と――溜め込んでいた怒りを彼にぶつけていた。

 

『君に……君に、わたしの何がわかるっていうんだ!!』

 

 彼女は、ラケル博士の“お気に入り”だった。

 ラケル博士の歪んだ願いの為に必要な人材……だったが、自分よりも優れたジュリウスが現れた瞬間、あっさりと彼女の立場は変わってしまった。

 変わってしまった自分の境遇、ラケル博士の期待に応える事ができなかった自分自身への不甲斐なさ。

 悔しくて、でも何も変える事ができなかった彼女はずっと自身の内側にその激情を隠し、抑え込んでいた。

 

 1人になりたいと、このまま消えてしまいたいと思っていた彼女にとって……ロミオの存在は、煩わしい以外の何者でもなかったのだ。

 だというのに彼は何度も何度も自分の前に現れ、好き勝手に話しかけては自分自身に踏み込もうとしてくる。

 だから彼女はそんなロミオに対する苛立ちと、ずっと抑え込んできた自分自身に対する激情を複雑に混ぜ合わせながら彼に向かって吐き出してしまった。

 

 怒鳴り散らした彼女は肩で大きく息をしながら、未だ発散しきれぬ怒りと若干の罪悪感を抱きつつ、彼を睨みつけている。

 一方、怒鳴られた張本人であるロミオは何も言わずに彼女を見つめ返しながら……やがて、口を開いた。

 

『……君の何がわかるって言われても、君自身が何も話してくれないからわかんないよ。

 だからさ……少しずつでいいから、君の事を教えてくれないか? そうすればオレ、君の事を少しでも知る事ができるから!』

 

 その一言が――彼女の心に変化を呼んだ。

 優しく笑いながらそう告げる彼に、彼女は困惑しながらも……その言葉を何度も自分の中で反復させる。

 わかりたいと思ってくれた、知りたいと思ってくれた。

 

 ただそれだけ、けれど彼女にとって。

 ラケルの期待を応えたいという生きがいを失った彼女とって、その言葉は彼女を変えるには充分過ぎた。

 

 

 

 

「…………」

 

 気がつくと、ロミオは現実へと戻っていた。

 右手はリヴィの手を優しく包むように握り締めており、そんな彼を――目を醒ましたリヴィが、優しく見つめている。

 

「――懐かしい、夢を見た」

「…………うん」

「思い出してくれたか?」

「うん……」

「そうか……思い出してくれたか」

 

 そう呟くリヴィの表情は、本当に嬉しそうで。

 その顔を見ると、どうして忘れていたのかとロミオは自分を責めたくなった。

 

「君は、昔から変わらない……本当に変わらなくて少し呆れたけど、それ以上に……嬉しかったよ」

「リヴィ……」

「なあロミオ、思い出してくれたのならあの時の“約束”も思い出してくれたか?」

「約束……」

 

 少しずつ、少しずつ昔の記憶を呼び起こしていく。

 すっかり忘れていた大切な思い出、それを感応現象によって思い出す事ができたロミオは……彼女と交わした“誓い”を口にする。

 

「……自分のできる事を、少しずつでもいいから見つけていく」

「そうだ」

「……オレ、こんな大切な約束も忘れてたんだな。ホント……バカヤローだ」

「そんな事はないさ。君は誰にだってあんな態度で接して、歩み寄ろうとしていた。君にとっては当たり前の行動だったから忘れてしまうのも無理はない」

「だけどさ……!」

 

 尚も自分を責めようとするロミオを、リヴィは優しく制した。

 と、医務室の扉が開かれフィア達が雪崩れ込むように部屋へと入ってきた。

 

「リヴィちゃん!!」

「マリーさんから目を醒ましたと聞いたのですが……」

「みんな……」

 

 心配そうに、けれどそれ以上に嬉しそうに自分を見るフィア達を見て。

 ああ心配を掛けてしまったなと思うと同時に、自分を大切に想っているというのが伝わってきて……リヴィの口元には笑みが浮かんだ。

 

 その後、騒がしくなりそうだったナナを宥めつつ、いい機会だからとリヴィは自らの事を話した。

 元々話すつもりはなかったものの、この極東に来て変わったリヴィの心が「聞いてほしい」と願ったが故に、皆に話すという選択を選んだ。

 マグノリア・コンパスでの事、自分はラケルにとってジュリウスの出来損ないである事、そしてロミオとの事……ゆっくりと、リヴィは自分自身の事を初めてフィア達へと語る。

 そして、話し終えた後――リヴィはナナに抱きつかれるという状態に陥った。

 

「ナナ……?」

「リヴィちゃん……リヴィちゃんはジュリウスの代わりじゃないよ、リヴィちゃんはリヴィちゃんなんだから!!」

「……そうか、ありがとう」

 

 当たり前のように、それが正しい事だと言ってくれるナナに、リヴィは感謝の言葉を述べる。

 

「君達も本当に優しいな、そんな君達だからこそ……わたしは、わたし自身の事を知ってほしいと思ったのかもしれない」

「リヴィさん……」

「……なんだか不思議な気分だ。心が随分と軽くなったような……枷が外れたような、とても良い気分だよ」

「リヴィ、改めて宜しくね?」

 

 右手を差し出し、握手を求めるフィア。

 対するリヴィは一切の躊躇いも見せず、フィアとの握手を応じた。

 この瞬間、場に居た誰もがやっと自分達は真の仲間になれたと思い、新たな結束が生まれる。

 

――だが、その中で。

 

 誰もが穏やかな表情を浮かべる中で。

 マリーだけが、少しだけ複雑そうな表情でロミオとリヴィを見つめている事に気づく者は、誰も居なかった……。

 

 

 

 

To.Be.Comtimued... 




漸く終盤くらいですかね?
これからも読んでいただけると嬉しいです。

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