さて、今回の物語は……。
――鮮血と共に、アラガミの巨体が地面に沈む。
『残存勢力ゼロ、戦闘終了です。お疲れ様でした』
「……ふぅ」
フランの通信を聞きながら、フィアは一息つく。
共に戦っていたブラッド隊やリヴィも目立った外傷を負った様子はなく、それを見てフィアはもう一度一息ついた。
「みんな、まだ大丈夫?」
「よゆーよゆー、まだまだいけるぜ!」
「勇ましいのは結構だが、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ?」
「わかってるっての!!」
いつも通りのやりとりをするロミオとギルに、フィア達は苦笑する。
どうやらまだまだ元気なようだ、これならばもう少しこき使ってもいいだろうとフィアは判断した。
と、フィア達に再びフランからの通信が入る。
『報告です。――カノンさんのチームが、「上層部」に続く可能性のある通路を発見しました』
「……了解。みんな、僕はこのままその通路の調査に向かった方がいいと思うんだけど……どうかな?」
幸いにも、この場に居る全員のバイタルは安定している。
バックパックや偏食因子の投与時間にも余裕があるので、このまま調査を続けた方がいいとフィアは判断した。
他のメンバーも同じ意見なのか、全員が同意の頷きを返したので、フィアはフランへと調査へ向かうという返答を返す。
『了解しました。皆さんの腕輪にその通路がある座標を送信します、くれぐれも無理はしないようにしてくださいね?』
わかってるよ、そう言ってフランとの通信を切る。
するとすぐさま腕輪に座標が送られてきたので、フィア達はすぐさまその場所へと赴いた。
途中、アラガミと遭遇する事もなく問題の場所へと辿り着いたフィア達が見たのは――広大に広がる空間であった。
樹の内部は全体的に暗めなのだが、そこは外が見え天然の照明によって明るさを保っている。
周囲からは水の流れる音が聞こえ、見ると小さな滝のようなものが壁沿いに流れているのが見えた。
外を見ると下には雲が広がっており地面が見えず、現在の高度が如何に高いのかを改めて認識させられる。
「うわぁ……すっごいね……」
「ここはちょうど樹の中腹部分ですからね、それを考えてもかなりの高度ですが……」
「……こっから落ちたら、間違いなく死ぬよな」
「ロミオ先輩、危ないからあんまり外を見ないでよー?」
「オレは子供かよ!」
ブラッド達も目の前に広がる空間に驚きを隠せていない。
そんな中、フィアはギルの表情があまり優れないのに気づき声を掛ける。
「ギル、どうしたの?」
「……いや、心配するな。ただ少し……高い所があまり得意じゃないだけだ」
言って、帽子を深く被り直すギル。
高い所が苦手というのが気恥ずかしいと思っているのか、もしそうなら深くは訊いては駄目だろうとフィアはそれ以上何も言わないでおいた。
だがしかし、それを聞いていたのかナナとロミオがにやーっという音が聞こえそうな意地の悪い笑みを浮かべ始める。
「へー、意外だねー」
「なんだよギルー、お前結構可愛いところあんじゃん!」
「……うるせえぞ」
キッと2人を睨むギルだが、2人のからかうような笑みを消す事はなかった。
また始まった、そう思いながらもその光景を苦笑混じりに見つめるフィアとシエル。
だが、同様に3人のやりとりを見ていたリヴィは僅かに眉を潜めていた。
「緊張感が無い、そう言いたげだね」
「……事実ではないか?」
「それは正しいとは僕も思うよ、でもただ緊張感だけを持って前に進めばいいわけじゃないと思うんだ」
「…………」
納得はしない、表情でそう示してくるリヴィであったが、それ以上は何も言ってこなかった。
彼女も極東がどんな所なのかある程度は把握し受け入れている証拠なのだろう、何よりも……。
――真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる障害の気配を、感じ取ったのだろう。
穏やかな空気を放っていた3人も、既に表情を戦士のそれに変えながら神機を構えている。
そして――フィア達の前に現れたのは、緊迫する場に相応しくないにこやかな笑みを浮かべた、悪魔であった。
「――ようこそいらっしゃいました、思っていたより早かったね」
形だけ恭しい態度を見せるのは、銀に輝く獣の耳と三本の尾を持った人型のアラガミ。
かつてカズキと死闘を繰り広げながらも、しぶとく生き延びた魔物――アンノウンであった。
彼女の登場に全員が表情を強張らせる中、フィアは皆の一歩前に出てアンノウンに問いかける。
「何の用だ?」
「見ればわかるでしょ? 邪魔しに来たの、でもよくあの機械人形相手に全員死ななかったね。ちょっと吃驚したよ」
「へっ、残念だったな!」
「別に残念じゃないよ。だって……ここで全員始末すればいいだけなんだから」
アンノウンの瞳が、妖しく光る。
その目には明確な殺意と狂気の色が宿り、ブラッド達はそれを見て身体を強張らせた。
相変わらずの威圧感だ、それに恐怖心を湧き上がらせるあの瞳は見ているだけで戦意を喪失してしまいそうになる。
ブラッド達はアンノウンの存在に呑まれ攻めあぐねてしまうが――その中で、フィアが動いた。
彼とアンノウンの距離はおよそ六メートル、それを一息で詰め真っ向から斬撃を放つ。
右手に持つニーヴェルン・クレイグによる上段からの斬撃、空気を切り裂きながら放たれたそれは――不発に終わった。
だが彼の攻撃はまだ終わりではない、跳躍し回避したアンノウンを追う為に彼は両足に力を込め同じように跳躍する。
「っ」
僅かにアンノウンが息を呑んだが、その時にはもうフィアとの間合いは完全に詰められていた。
左手のラグナロクによる横一文字に放たれる攻撃が、呆気なくアンノウンの右脇腹に深々と突き刺さる。
その衝撃によりアンノウンは口から多量の血を吐き出し、刀身が叩き込まれた箇所からも鮮血が噴き出した。
フィアの渾身の一撃が命中した事により、アンノウンの身体が空中で動きを止める。
だがフィアの攻撃はまだ終わらない、彼はラグナロクごとアンノウンの身体を自分へと引き寄せ。
情け容赦なく、彼女の顔面にニーヴェルン・クレイグの切っ先を叩き込んだ。
そのままアンノウンの身体を地面に叩きつけながら、その衝撃を利用してより深く二本の刀身を突き刺していくフィア。
瞬く間にアンノウンの周囲の地面は彼女自身の血によって赤く染まっていき、フィアが刀身を抜き取った時には……アンノウンはビクッと身体を痙攣させる事しかできない状態に陥っていた。
数秒間相手の出方を疑うが、痙攣を繰り返すだけでアンノウンは起き上がってこない。
「…………もしかして、これで終わりなのか?」
そのあまりにも呆気ない、一方的な展開にロミオはおもわずそう口走ってしまう。
だが彼がそう思うのも無理はなく、他のメンバーもこの展開に呆然としてしまっていた。
まさしく悪魔と呼ぶに相応しい凶悪さと残忍さ、そして強さを誇るあのアンノウンが、いくら極東でもカズキに並ぶ強さを持つフィアが相手だったとはこうも一方的にやられるなど……誰が想像できたのか。
尤も――当のフィアは、アンノウンを倒したとは微塵も思っていないが。
「――お前の遊びに付き合っている暇はないんだ、殺してやるから早く出て来い」
「えっ?」
「フィアさん……?」
いきなり誰も居ない前方に視線を向けながら物騒な事を言い出したフィアに、ブラッド達は困惑の表情を浮かべてしまう。
しかし、彼の言葉に反応するかのように突如として笑い声が聴こえ始め――前方の柱の影から、
そんな馬鹿な、ブラッド達は驚愕の表情を浮かべながらフィアの足元を見るが、確かにそこには紛れも無いアンノウンが絶命した状態のまま倒れている。
けれど再びフィア達の前に姿を現したのもアンノウンであり、困惑する一同にアンノウンはさも可笑しいとばかりにくすくすと笑っていた。
「凄いでしょ? そっちのワタシもこっちのワタシも、正真正銘ワタシ自身だよ。分裂できるようになったんだよねー」
「マ、マジかよ……」
「マジマジ、でも驚いたなー……分裂したワタシは三尾までの力しか出せないとはいえ、こうまで簡単に殺されるとは思わなかったよ」
どうやら本気で驚いているアンノウンだが、口元の笑みは消えていない。
自分自身をこうも呆気なく殺されても尚、自分に勝算がある自信故か……それとも、自らの狂気故か。
「まっ、今回は様子見だしこっちとしてはさっさと一番上まで登ってきて欲しいから、今回はそっちの勝ちでいいよ」
「……どうやら状況がわかっていないらしいな、逃げられると思っているのか?」
「見慣れない褐色娘ちゃん、そういう台詞はあんまり口にしない方がいいよ? ――ただでさえ内も外もボロボロなんだからさ」
「っ」
リヴィの表情が変わる。
まるで図星を突かれたかのような驚愕と困惑を織り交ぜたその顔を見て、アンノウンは満足そうに笑い。
「何人生き残るかなー?」
意味深な言葉を呟いてから。
アンノウンは、何の躊躇いも見せないまま。
自らの右手で、自らの身体を容赦なく貫いた。
『っ!?』
その奇怪な行動に驚愕するフィア達であったが、彼等はすぐさまその場を逃げるように走り出した。
第六感、生物の本能とも言うべきものが、彼等に「ここから逃げなければ死ぬ」と警鐘を鳴らし続けている。
それに従いこの場を離れようとする彼等であったが……その前に、二匹のアンノウンが破裂音と共にその身体を霧散させた。
瞬間、黒い蝶のようなものが入り交ざった凄まじい瘴気が発生しフィア達を瞬時に呑み込もうと吹き荒れる。
「ぐあ……っ!?」
「く、ぐ……!」
背後から迫る瘴気に気づき、全員が振り返り瞬時に装甲を展開。
まるで嵐のように吹き荒れる瘴気がフィア達に襲い掛かり、けれど寸前で装甲を展開した事が功を奏したのかその場に留まる事には成功する。
しかし凄まじい瘴気は秒単位でフィア達の身体を蝕んでいき、誰もが苦しげな声を漏らしていた。
「このまま、では……」
「うぅ……耐え切れ……ない……」
膝が折れそうになるのをどうにか耐えるブラッド達だが、このままでは押し負けるのは明白。
そんな中、歯を食いしばって自ら瘴気に向かって少しずつ歩を進めていく者が居た。
「ロ、ロミオ、先輩……!」
「ぐっ……ま、待ってろ……オレが、なんとか……する!!」
この瘴気は、超高密度のオラクルエネルギーの塊である。
密度が濃すぎる故に神機使いであるフィア達の身体すら蝕むものであるが、ロミオは自分の血の力ならば相殺できると考えたのだろう。
だが血の力は少なからず肉体に負担が掛かる、しかもロミオの場合相殺するエネルギーが強大であるほどに肉体に掛かる負担は大きくなる。
「うおおお……!」
躊躇いなど見せず、ロミオは血の力を展開。
刹那、彼の全身に絶大な負荷が襲い掛かり、彼は一瞬意識を失ってしまう。
「っ、こな、くそぉぉぉぉ……!」
だが彼は倒れない、落ちた意識を瞬時に呼び戻して、再び瘴気へと立ち向かっていく。
彼の高い精神力と血の力によって、瘴気の勢いは少しずつ弱まっていったが……それでも完全に相殺する事ができなかった。
それほどまでに瘴気の勢いは膨大なものであり、それでも彼は血の力を展開し続ける。
「く、っそ……」
目が霞む、身体の感覚が弱まっていく。
限界を超えても、尚届かない自分の未熟さに悔しさすら溢れる。
だが止まれない、止まるわけにはいかなかった。
こんな所で躓いてしまえばジュリウスは助けられない、だからロミオは決して諦めなかった。
――そして、そんな彼を見て何もしないフィア達ではなかった。
歯を食いしばり、ロミオの元へと歩み寄るのは……フィアとリヴィ。
彼の隣に移動した二人は、それぞれロミオの肩に手を乗せる。
「フィア、リヴィ……!?」
「僕の血の力で一時的にロミオの血の力を増幅させる……!」
「今この場でお前の神機を適合させる、そうすれば微弱ながらお前の血の力の助けにはなる筈だ」
「こ、この場でって……お前の身体は大丈夫なのかよ!?」
他者の神機に適合する事ができる特異な体質を持つリヴィだが、かといってまったくのペナルティがないわけではない。
適合できるといっても、肉体に負荷がないというわけではなく、寧ろそれは己の寿命を削る行為に等しい。
だというのにこの場でロミオの神機を適合させ彼の血の力を発動しようと言うのだ、その際に彼女へと襲い掛かる負担は尋常ではない筈である。
「信じろロミオ、今度こそ……今度こそお前の力になろうと願っている、私を信じろ!!」
叫び、右手でロミオの神機に触れるリヴィ。
当然その瞬間、彼女の身体には他者の神機に適合しようとする負荷が襲い掛かるが、リヴィはそれを猛りだけで蓋をする。
痛みも苦しみも今は無視して、彼女は驚異的なスピードでロミオの神機に適合。
すぐさま血の力を解放し、フィアも己の血の力である「喚起」を解放した。
「くっ……静ま、れえええええええええええっ!!」
フィアの血の力によって増幅した自身の力を、ロミオは一気に解放する。
すると彼の神機から目を覆いたくなるほどの眩い光が放たれ、周囲を真白に染め上げて……。
――その光が収まった時には、先程まで吹き荒れていた瘴気は完全に消え去っていた。
静寂が場を包む。
どうやら上手く行ったようだ、その事実がロミオとフィアの口から安堵の息を零させた。
しかし自分達の力だけではあの状況を打破できなかったかもしれない、2人はそう思い功労者であるリヴィへと視線を向けて。
「ぐ――うああああああああああああああっ!!!!」
左手で右手を押さえ、断末魔のような悲鳴を上げるリヴィを視界に収めた。
一体何が、そう思うよりも早くに2人はリヴィへと駆け寄る。
一瞬遅れて他のブラッド達もリヴィへと駆け寄るが、そのとき既に彼女は意識を失っていた。
「リヴィちゃん!!」
「シエル、撤退する。極東に救護班を派遣するように連絡してくれ!!」
「了解しました!!」
「ナナとロミオはリヴィを運んで、ギルは念のために後方支援を頼む!!」
「わ、わかった!!」
「任せろ!!」
To.Be.Continued...
やっと後半辺りでしょうか。
まだまだ続きますが楽しんでいただければ幸いです。