けれど残された時間は多くなく、彼等は短き休息を終えてから再び戦いへと赴こうとしていた……。
「――そうか。にわかには信じ難い事だが……」
少し落胆したようなフェルドマンの声が、会議室に響く。
周りに居た局員達もまた、フィア達から聞かされた話の内容――クジョウが変わり果てた神機兵に搭乗して現れた事に、ショックを隠しきれていなかった。
その中で、レアは一際沈痛な面持ちで視線を床に向けている。
ラケルの姉として、彼女が彼の人生を歪ませた事に、責任感と罪悪感を抱いているのかもしれない。
「君達が発見した通路の件だが、外側からの調査で「中層部」に繋がっている可能性が高いという結論に達した」
「……じゃあ」
「おそらく彼はそこを守る守護者のような役割を与えられているのだろう、つまり……彼を倒さねば「中層部」に向かう事は難しいと思われる。
とにかく今はゆっくりと休むといい。相手は相当な戦闘能力を持っているとわかった以上、万全の状態で挑まねばなるまい」
「了解。とにかく今は休むよ」
そう言って、フィアは会議室を後にする。
と、彼と同じくレアも同様に会議室から出てきた。
「……大丈夫?」
おもわずそう訊ねてしまうほど、今のレアの表情は見ていて痛々しい。
けれど彼女はフィアに問われ、すぐさま愛想笑いを浮かべ「大丈夫」と返すが、そんなもので誤魔化せる筈がなかった。
「レアが気にする事なんかない、自分を責める必要なんか……無いと思う」
「…………ごめんなさいね。大変なのはいつだってあなた達なのに」
「大変なのはお互い様だよ、無理しちゃ駄目だよ?」
「…………」
レアの顔から愛想笑いが消え、彼女はそのままフィアに近寄り……抱きつくように彼の背中に両手を回した。
彼女の行動に少し驚きを見せるフィアであったが、僅かに彼女の身体が震えているのに気づき、そのまま黙っている事にした。
「……本当にごめんなさい、年下の君にこんなにも甘えちゃうなんて……大人として情けないわ」
「大人だからって甘えてはいけないってわけじゃないと思う、それに甘えたいと思った時に甘えないで我慢すると……前の僕みたいな周りが見えない大馬鹿者になるよ?」
軽い口調でそう言うと、レアは表情を緩ませくすっと笑ってくれた。
フィアもそんな彼女を見て、一先ず安心だと表情を緩ませるが……突如として、場の空気が重くなっていくのを肌で感じ取った。
一体何が、そう思いながらキョロキョロと視線を動かすと……ナナとシエルが、壁の端から顔だけ出してこちらを睨んでいるのが見えた。
レアも気づいたのか、2人を見てギョッとした表情を浮かべている。
「……2人とも、何してるの?」
「…………フィアは、レア博士くらい歳が離れてる方がいいの?」
「は……?」
ぶすっとしたまま出てきたと思ったら、よくわからない事を言い出すナナにフィアは困惑する。
一方、何か納得したのかレアは苦笑を浮かべ出した。
「ナナ、シエル、誤解よ。私が彼に少し甘えてしまっただけで、あなた達が考えているような関係になっているわけでも、これからなるわけでもないから」
「……そう、なのですか?」
「ええ。それにしても……2人とも可愛いわね、特にシエルがそんな顔を見せるなんて驚いたわ」
くすくすと笑うレア、すると2人は顔を赤らめ視線を逸らしてしまった。
……先程からほったらかしである、いい加減説明してほしいフィアの心中を悟ったのか、相変わらず笑いながらレアが説明する為に口を開く。
「2人とも、私が貴方に抱きついてしまったから、恋人同士になったのかと誤解したのよ」
「えっ?」
「……だって、フィアも抵抗せずに受け入れてるしさ」
「す、すみません……」
「そうだったんだ……」
成る程、とりあえずは納得できた。
とはいえそんな事で誤解するものなのかと思ってしまう辺り、彼はまだ完全に理解できたわけではないようだが。
「ふふっ、あなたは愛されてるわね」
「……うん。ありがとう、ナナ、シエル」
レアの言う通り、自分は愛されている。
それだけはフィアもわかったから、2人に対して惜しみない感謝の言葉を送った。
しかし当の2人は気まずそうにしている、まあ嫉妬した面を見せてしまったのだから致し方ないかもしれないが。
――その後レアと別れ、フィア達はそのままラウンジへと赴く。
「――クジョウ博士の件だけど、アラガミとして討伐する事が決まったよ」
「…………そうですか」
「……助ける事は、できないかな?」
「わからない。でもあの時対峙したクジョウはもう正気を失っているようだったし……」
助けられるのならば、助けたいというのが本音だ。
けれどクジョウは既にこちら側を裏切り決して拭えない罪を背負ってしまっている。
仮に助けられたとしても……極刑は免れないと、フェルドマンはフィアに釘を刺すかのように言っていた。
「おう、お疲れさん」
少しだけ重い空気になっていた場を消し去るかのような軽い声が、フィア達の耳に入る。
顔を上げると、相も変わらず人懐っこい笑みを見せるリンドウが立っており、「ちょいと邪魔するぜ?」と言いながら彼はフィアの隣に座り込んだ。
「どうした? 若いもんがシケた顔しちまってよ、悩みがあるのならおじさんに話してみねえか?」
「リンドウさん、まだおじさんって歳じゃないでしょー?」
「いやいや何を言うのかねナナ、おじさんはもうおじさんだっての。だからこそ若い奴等には頑張ってもらいたくてだな」
「駄目だよリンドウ、そう言って面倒事を避けるのは」
「おっと。……おたくの隊長、なんだか前より鋭くなってねえ?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
などと会話しつつ、フィア達はふとした日常を過ごしていく。
「ところで……ちょっと、時間あるか?」
「えっ? うん、とりあえずは非番だけど……」
「そうかそうか! うん、よし!!」
するとリンドウは、フィアに向かって拝むように両手を合わせ。
「わりぃ、ちょっとばかし仕事……手伝ってくんねえか?」
なんとも、大人として情けない頼みごとをしてきたのであった。
これにはフィアもポカンとして、我に帰ってからはリンドウに対して呆れた視線を送ってしまう。
ナナとシエルも同様の表情を浮かべており、特に生真面目なシエルに至ってはリンドウを睨むように見つめている。
針の筵状態になるリンドウであったが、それでも前言撤回しようとはしない。
ある意味ではいい根性をしている、尤もフィア達の呆れ具合が増したのは言うまでもないが。
「いやー、俺も頑張ったんだぞ? だがどうも俺にはデスクワークっていうのは性に合わなくてだな……」
「あー……それはちょっとわかるかも……」
「ナナさん、共感しようとしないでください。リンドウさん、そういうのは良くないと思いますよ?」
「それはわかってる。わかってるんだが……頼む、一生のお願い!!」
自分より遥か年下の少年少女に手を合わせ拝み倒す雨宮リンドウ29歳。
その光景はあまりにも情けなく、ただどうしようもなく同情できてしまう光景であった。
とりあえず今日は休み、特に別件がない以上は手伝うのもやぶさかではないかもしれない。
そう思ったフィアは、皮肉の一つでも言いながら彼の手伝いを了承しようとしたのだが。
「何やっているんですかリンドウさん、後輩に仕事を手伝ってもらおうとか情けないですよ?」
会話を聞いていたであろうアリサが場に現れ、リンドウを睨むように見つめながら戒めの言葉を放った。
彼女の登場にリンドウの表情が変わる、その姿はまるで親に叱られている子供のようだ。
「この間だってソーマに代筆を頼んだのに、今度はフィアさん達にですか?」
「あ、いや、それはだな……」
「リンドウさんもお忙しいのはわかりますけど、あんまりそういう事してると……サクヤさんとレンちゃんに言いつけますからね?」
「ま、待てアリサ。あの2人に言うのはやめろ、特にレンには!!」
突然狼狽するリンドウ、普段の彼からは考えられない反応だ。
そんな彼を滑稽なものを見るかのような笑みを浮かべながら見つめるアリサは、「じゃあ今日中に提出をお願いしますね?」と容赦のない言葉を放つ。
「……悪い、さっきの話は忘れてくれ」
とてつもなく元気が無くなった声でそう言って、リンドウはのろのろとした足取りでラウンジから出て行ってしまった。
「まったくもぅ……すみませんでしたね、リンドウさんがご迷惑をお掛けしたみたいで」
「い、いえ……それにしても、あんなに意気消沈したリンドウさんは初めて見ましたよ……」
「アリサさん、さっき言っていたサクヤさんとレンちゃんって……たしかリンドウさんの奥さんと娘さんですよね?」
記憶を辿りながら訊ねるナナに、アリサは「そうですよ」と返す。
「あのリンドウさんがあんなにもうろたえるなんて……」
「しょうがないですよ、何せリンドウさんの所はカカア殿下なんですから。特に娘さんであるレンちゃんには絶対に適いませんから、ああいう説得を行えば簡単に折れてくれるから助かってます」
「…………」
あれは説得というより脅しではないか、そんな言葉が出掛かったがフィアは決して口にはしなかった。
「奥さんって強いんですねー。アリサさんの所もそうなんですか?」
「えっ? うーん……どうでしょうか、基本的にカズキは私やラウエル達には甘いですけど……たまに凄く頑固になる時がありますからね、そういう時は絶対に勝てないです」
「……ごちそうさまです」
「えぇー……?」
のろけたつもりはないのだが、げんなりした表情で上記の言葉を放たれアリサは困惑した。
……充分にのろけている、だからこそナナは皮肉を込めて言ってやったのだ。
「ねえフィア。フィアはカカア殿下の方がいい?」
「……そんな事言われても、答えに困るよ」
そもそもまだ自分は結婚すらしていないというのに、そんな質問をされても答えられる筈がなかった。
「フィアは結構流され易いから、グイグイ引っ張ってくれる女の子が似合うと思うんだよね。私とか!!」
「ナナ……」
満面の笑みを浮かべながらそう言ってくるナナに、フィアはますます困ってしまっていた。
別に迷惑というわけではない、ただ……気恥ずかしいのだ。
しかもアリサが後ろでニヤニヤしているのが見えたから、余計に気恥ずかしくなった。
「……ですが、引っ張られてばかりではフィアさんも困ってしまいますし、ここは一歩下がって支える異性の方がいいと私は思います」
「むむっ」
「シエルまで……」
まさかの参戦である、これでは収拾がつかなくなってしまうではないか。
アリサのニヤニヤもますます深まっていく、どうやら彼女にこちらを助けるという選択肢は存在しないらしい。
互いに笑みを浮かべながらも、あからさまに牽制し合っているシエルとナナ。
その間に挟まれたフィアは、暫く肩身の狭い思いをするのであった……。
■
「――女の子って、色々な意味で凄いね」
「…………いきなりどうしたの?」
時は少し経ち、シエル達と別れたフィアはそのまま抗神夫妻の自室へと向かった。
そこではカズキだけでなく、ハルオミとエリックの姿があり、ビールやワインが見えたのでどうやら酒盛りをしていたらしい。
部屋へと尋ねてきたフィアをカズキ達3人は迎え入れ、フィアは部屋に入るやいきなり上記の言葉を口にした。
当然ながらカズキ達はキョトンとするばかり、なのでフィアは先程ラウンジであった出来事を3人に説明すると……。
「ほほぉ……なかなかおいしいシチュエーションじゃねえか」
極東一のエロ野郎こと真壁ハルオミが、やはりというか食いついてきた。
そんな彼を無視し、フィアはカズキとエリックに助言を貰おうと問いかける。
「カズキ、エリック、自分に好意を持ってくれてる女の子に……僕は何ができると思う?」
「フィア……」
「……そうだね」
まさかフィアからこのような質問が出てくるとは、カズキとエリックは内心驚愕した。
普通の人とは違う生き方を強いられたフィアは、まだまだ感情面では未熟な部分が多い。
故に彼はシエルとナナからの好意を真っ向から受けても尚、それをよく理解できてないで居た。
だが今の彼は少なからず理解を深め、尚且つそんな2人の好意に応えたいという考えを抱くまでになっていた。
それがカズキ達には驚きに値するものであり……同時に嬉しく、またその悩み事を自分達に打ち明け頼ろうとしてくれるのが嬉しいと思った。
「フィアは、どうしたい?」
「……それがわからないから、訊いてるんだ」
「そんなに難しく考える必要は無いさ。あの2人の事は大切に想っているんだろう?」
「…………」
頷くフィア、するとエリックは優しく微笑みながら言葉を続ける。
「ならその2人を想う心のままに行動すればいい、それだけであの2人には充分過ぎるとボクは思うよ」
「……そう、かな?」
「僕もエリックさんと同意見かな。けどかといって焦ってもしょうがないんだ、ゆっくりゆっくり自分の心に語りかけて……その上で、どうしたいのかを考えればいい」
「どうしたいのか……考える……」
正直、2人の助言の意味を完全に理解する事はフィアにはできなかった。
ただ、なんとなく、本当になんとなくだけど……答えが見つかりそうな、そんな気がした。
「ありがとうカズキ、エリック」
だから、フィアは2人に最大限の感謝を送る。
いきなり尋ねてきた自分を邪険にせず、真剣に悩みを聞き答えを返してくれた、そんな優しい2人に精一杯の感謝を。
そして、そんなフィアの心中を十二分に理解できている2人は、より一層優しい微笑を浮かべるのであった。
……一方、ハルオミは完全に蚊帳の外状態でその場に立ち尽くしている。
こちらには悩み事を明かそうとしてくれないフィアにショックを受けつつも、仲間外れが嫌なハルオミは強引に場へと入っていった。
「と、ところでフィアはどっちが好みなんだ?」
「好み……シエルとナナの事?」
「ああ、元気娘で安産型の尻を持つナナに、あのアリサすら超える胸囲の格差社会を思わせるシエル……どっちも、それぞれ甲乙付け難い魅力を持っているよな!」
『……ハルオミさん、ちょっと黙っててくれませんか?』
「おおうっ!?」
怒りの色を存分に込めながら、まったくの同時にツッコミを入れるカズキとエリック。
その迫力に驚き、冷や汗を掻きながらハルオミは萎縮してしまう。
そういう下世話な話は望んでいないんだよコノヤロウ、そんな視線をハルオミに一度向けてからカズキとエリックはさり気なくフィアの視界にハルオミが入らないように移動した。
「とにかくフィア、君が一生懸命考えればきっと答えは見つかる筈さ」
「残念ながらボク達にできるアドバイスはこんな事ぐらいだ、後は君次第だね」
「うん、頑張るよ」
(あれー? 俺、この中で一番年長者なんだけどなー……)
完全にハブられたハルオミが、さりげなくショックを受けているが3人はそれに気づかない。
否、カズキとエリックは気づいているが良い話で終わらせたいので気づかないフリをしていた。
『――業務連絡。ブラッド隊長および抗神大尉は、至急会議室に集合してください。繰り返します――』
「あ、すみませんエリックさん。どうやら用事ができたみたいで……」
「もちろん構わないよ。……ハルオミさんの事も任せておいてくれ」
「……助かります。フィア、いこう?」
「うん。エリック、今日はありがとう」
部屋を後にするカズキとフィア、2人に手を振って見送った後、エリックは早速空のビール缶や空き瓶を回収していく。
ここは抗神夫妻の部屋とはいえ、散らかしたまま退室するのは忍びない。
そんな心優しいエリックであったが……隅っこでいじけているハルオミを見て、ため息を吐いたのは言うまでもない……。
「俺だって……俺だってエロばっかじゃないってのによぉ……」
(少し、邪険に扱いすぎたかな……?)
■
――螺旋の樹、下層部。
中層部へと続く通路の前に、異形の生物と化したクジョウは、ただひたすらに不動のままであった。
己の総てと呼べるラケルの命に応える為、彼は中層部へと続く道を守る門番へと化している。
「…………誰、ですか?」
不動であったクジョウであったが、ラケルにとって“異物”に等しい存在が近づいている事に気づき、正面の通路に向かって問いかける。
返答は返ってこず、けれどクジョウの前に……彼にとって叩き潰さねばならない存在。
ゴッドイーター達が、ゆっくりと姿を現した。
4人の戦士――フィア、シエル、ナナ、そしてカズキは無言のままクジョウと対峙し、神機を構える。
もはや今の彼に掛ける言葉も情けも無用、前に進む為にも……戦って勝たねばならないのだ。
「ここは、誰も通しません……通しませんとも、ええ……」
「……クジョウ博士」
まるで生気を感じさせない無機質な声に、ナナとシエルは僅かに表情を歪ませる。
決して親しい間柄ではなかった、けれど彼は確かに自分達の仲間の1人だったのだ。
そんな彼と敵対し……討たねばならない。
覚悟はできているが、迷いが無いと言えば嘘になり。
――けれど、フィアとカズキは瞳に強き決意を抱き、一歩前へ。
「クジョウ博士……邪魔をするなら、押し通る!!」
「邪魔……? 邪魔をしているのはあなた達です、この先へは……いかせませんよおおおおおおっ!!」
地面を揺らしながら、一直線にフィア達へと向かってくるクジョウ。
それを真っ向から迎え撃とうと、フィア達もまたクジョウに向かって駆け出し。
互いに譲れない戦いが、幕を開いたのだった――
To.Be.Continued...