ただ、歩みだけでは辿り着く事はできず、たまには足を止める事も必要である……。
「――では、ブリーフィングを始めたいと思う」
フェルドマンのその言葉から、会議室でのブリーフィングが開始された。
いつものようにフィアはブラッドの隊長として、同じく隊長格であるカズキやリンドウといった者達と共に会議室へと集まっていた。
しかし、何故か今回のブリーフィングには……隊員であるロミオの姿があった。
フェルドマン直々に今回のブリーフィングに参加するように言われたのだ、そんな彼は現在緊張しているのか表情を強張らせている。
一旦落ち着いて、そう告げるようにフィアは軽くロミオの腰を軽く小突く。
「だが、その前に……君達に謝罪したい」
「えっ?」
「これらの災厄招いた全ての責任は私にある、その上でこれらの問題解決にあたり……極東支部の諸君、君達の力を貸してほしい」
そう言って、フェルドマンはフィア達に向かって深々と頭を下げる。
そこには心からの謝罪の意が込められており、今までの彼の態度とはまったく違うものであった。
「局長、頭を上げてください。――僕達は同志です、今度こそ互いに力を合わせてこの問題を解決しましょう」
「……感謝する」
顔を上げ、フェルドマンは早速ブリーフィングを再開させた。
「まず現状だが……ラケル博士の意志が再構築され、それがジュリウスを蝕み樹の内部をコントロールしつつある」
「ラケルの目的は……やっぱり終末捕喰?」
「おそらくはそうだろう。そしてそれは我々がジュリウスを復活できなければ達成されてしまうだろう……それを踏まえて今度の方針を展開しよう」
局員に指示を出し、モニターが映し出された。
「方針としては制御装置による探索経路の確保という以前と同じ方法を行う、釘のように縫いとめていきながら場を安定させる……だが、ここで問題がある」
「暴風雨のように吹き荒れる、オラクル細胞をどうにかしなければ、侵入する事ができない……」
「その通りだ。そこで――ロミオの「血の力」に頼りたいと思っている」
「えっ!?」
その言葉に、驚きの声を上げてしまうロミオ。
まさか自分の名がここで出てくるとは思っていなかったのだろう、その表情は完全に想定外といった様子だ。
「ロミオの血の力である「圧殺」は、先の防衛戦において弱いアラガミであれば死に至る事すらあるほどの強力なものだ。
それを利用し侵入を阻むオラクルの活動を停止させつつ、螺旋の樹の探索を行いたいと思っている」
「オ、オレの血の力で……」
「だがロミオの神機はいまだ血の力の影響で暴走を続けている、現状ではまともに運用する事もできないぞ?」
「……酷かもしれんが、ロミオの血の力が無ければこの作戦を決行に移す事は難しい。なのでロミオには一刻も早く自らの血の力を制御してもらわねばならない」
「…………」
顔を俯かせるロミオ、自分にはそんな大役は務まらないと表情が訴えている。
しかし誰もフェルドマンの作戦に口を挟む者はおらず、誰もが現状ではこの方法が唯一の手段であると理解していた。
「ロミオ」
「っ、リヴィ……?」
不安がるロミオへと、優しく声を掛けるリヴィ。
「大丈夫だ、お前ならできる。私達もできる限りの協力をするから、頑張ってくれないか?」
「……オレなんかに、できるのか?」
「もっと自分に自信を持て、お前は独りじゃないんだ」
「…………わかった。頑張ってみるよ」
不安が消えたわけではない、だがリヴィにここまで言われて何もしないわけにはいかないとロミオは自分を鼓舞する。
どうやらリヴィのおかげでロミオも決意してくれたようだ、彼女の行為にフィア達は感謝するが……。
(レオーニ上等兵、爆発しろ)
(いいなあ、リヴィ特務少尉に優しくしてもらえて……)
(特務少尉、めっちゃ優しい顔してる……ロミオ爆発しろ)
一部の情報管理局員は、内心ロミオを妬んでいたのは余談である。
「……少し、近づきすぎではないか?」
「ひっ!?」
短く悲鳴を上げ、リヴィから離れるロミオ。
だが仕方ないというものだ、長身のフェルドマンが上からめっちゃ恐い目で睨んできたらロミオでなくても悲鳴を上げる。
(局長、完全に嫉妬してるじゃないっすか)
(ナイスです、局長!!)
(大人気ないな局長……でもGJ)
「……とにかくロミオが血の力をある程度制御できるようになり次第、螺旋の樹の内部調査を再開させる。以上だ」
フェルドマンはそう言って、ブリーフィングを終了させる。
各自そのまま各々の目的を果たす為に退室していき、フィアもロミオとリヴィと共に会議室を後にした。
「……なんでフェルドマン局長、最後にオレを睨んだんだろう」
「ロミオが何かしたんじゃないの?」
「してないって! ……してないよな?」
まるで親の仇を見るかのような目つきだった、あんな目で見られると何もしていないのに自分が悪いと思ってしまうロミオなのであった。
それはともかく、一刻も早く血の力の制御ができるようにならなければならない、螺旋の樹の調査は自分に掛かっているのだ。
そう意気込むロミオだが……プレッシャーに弱い彼は、すぐさま不安を募らせていく。
「ロミオ、戦場に出て実戦で「血の力」を制御できるようにした方がいい」
「そうだね、僕達にはあまり時間が残されているわけじゃないし、これからミッションに行こう」
「そ、そうだな……よし、オレ頑張るよ!!」
ぐっと握り拳を作り、やる気を引き出していくロミオに、フィアとリヴィは頷きを返した。
不安がっても仕方がない、今は自分の信じて前に進むだけだとロミオは己に言い聞かせたのだった。
――それから、二日後。
「…………はぁ」
瓦礫の山に座り込みながら、ロミオは大きくため息を吐いていた。
今日も今日とて血の力の制御の為に、オウガテイル等の小型アラガミを標的としたミッションに挑むロミオと、彼を援護する為に同行しているフィアとリヴィ。
しかし……まだ彼は自身の血の力を制御しきれてはいなかった。
ロミオの血の力「圧殺」の力はただただ凄まじく、同時にその力に比例して制御するのは生半可な事ではなかったのだ。
この2日間で血の力のオンオフ自体は可能になった、だが制御できず「圧殺」の力を過剰に放出させ、フィア達の神機の機能を停止させてしまう事も多々あったのだ。
これでは螺旋の樹内部での調査は望めない、ロミオの心には焦りばかりが生まれていく。
そんな彼を見て、瓦礫に背を預け回収班を待っていたフィアが声を掛けた。
「焦ってもしょうがないよロミオ、少しずつだけど制御できるようになってるじゃないか」
「それはそうかもしんないけどさ……今回だって、オレのせいで2人の神機が使えなくなって、危うくアラガミに襲われる所だったじゃねえか」
駄目だよなあオレって、そう言ってロミオは再び深いため息を吐いた。
歩みが遅い自分自身に失望してしまっている、これでは余計に前に進む事は叶わない。
しかし自らへのコンプレックスが強いロミオは、なかなかその悪循環から抜け出す事ができないでいた。
「それだけの力だ、制御するのは容易な事じゃない。それはみんなだってわかってるさ」
「…………」
「……回収班が到着したようだ、とにかく一度帰還しよう」
重くなりかけた空気を霧散するように、リヴィは少し大きめの声でそう告げる。
その声にフィアは頷きを返すものの、ロミオは何も反応せず立ち上がり降り立ったヘリへと向かっていく。
(…………無力だな、私は)
彼は悩んでいる、だというのに何もできない自分にリヴィは腹立たしさすら覚えた。
しかしどうすれば彼を励ませるかリヴィには判らない、こういった事は不慣れで彼女では掛ける言葉が見つからない。
結局何も言えず、3人はそのままアナグラへと帰還し……1人の少女が彼等を、正確にはロミオを迎え入れた。
「――帰ってきたか」
「マリー……?」
「任務は終わったのだろう? なら来い」
「えっ――うわっ!?」
いきなり上記の言葉を放つやいなや、マリーは強引にロミオの腕を掴み彼を引っ張っていく。
突然の行動に驚きロミオは抵抗できず、フィアとリヴィはキョトンとしてしまう。
暫し茫然としていたが……先に我に帰ったリヴィが慌てて2人の後を追いかけていった。
一方、1人取り残されたフィアは我に帰ってもロミオ達を追おうとはせず。
(……マリー達に任せれば、大丈夫かな)
そう判断し、休む為に自室へと戻っていったのだった。
「――ムツミ、紅茶を淹れてくれるか? それと菓子も頼む」
「はーい、了解しましたー!」
「おいマリー、いきなりなんだよ!!」
マリーに引っ張られたロミオは、そのままラウンジへと連れてこられた。
そして彼女は喚くロミオを無視してムツミに注文を告げ、再び彼を引っ張り奥の席へと強制的に座らせた。
「待っていろ、すぐにムツミが紅茶と菓子を持ってくる」
「いや、それよりもなんでいきなり」
「――強引だな。あまり褒められた行為ではないと思うが」
ロミオの言葉が、駆けつけたリヴィの声に遮られる。
リヴィは厳しい目でマリーを見つめ、けれどマリーはそんなリヴィの視線を軽々と受け流し言葉を返す。
「お前も一緒に休むか?」
「……休む?」
「ああ。わたし1人ではこの馬鹿を休ませるのは少し骨が折れそうだ、手伝ってくれ」
「馬鹿ぁっ!? おいマリー、喧嘩売ってんのか!?」
「あまり騒ぐな、他の人の迷惑になるぞ?」
「ぐっ、コイツ………!」
拳を握り締めるロミオだが、確かにあまり大声を張り上げては周りの迷惑になると悟りとりあえずはおとなしくする事に。
程なくしてムツミが紅茶と菓子を持ってきてくれた、リヴィの姿を確認してすぐさま彼女の紅茶を用意してくれ、ムツミが去ってから……マリーは口を開いた。
「よし、では用意もできたしのんびり過ごす事にするか」
「はあ?」
「理解できないのか? 紅茶と菓子を用意したんだ、ここでのんびりと休息を楽しむ以外に一体何がある?」
「そんなの見ればわかるって! そうじゃなくて、今はそんな事してる場合じゃないんだっての!!」
一刻も早く血の力を制御し、螺旋の樹の中に居るジュリウスを助け出す。
それしか頭にないロミオは焦りの表情を隠す事もせず、立ち上がり別のミッションに行こうとするが。
「座れ、阿呆が」
怒気を孕んだマリーの声で、遮られてしまった。
「マリー、だからな――」
「作戦の内容は聞いた、そしてその為にはお前の血の力が必要不可欠だという事も理解している」
「だったら!!」
「――だが、だからといって今のお前に自分の力を制御できるとは思えん。焦りと不安、そして自らのコンプレックスを拗らせているお前が、前に進める筈が無いだろう?」
「―――――」
カッと頭に血が昇り掛けるが、ロミオは反論せずにマリーから視線を逸らした。
……わかっているからだ、彼も自分の今の状態が芳しくないという事ぐらい。
「お前の気持ちは理解できる、などというおこがましい事を言うつもりは無い。だがロミオ、お前が焦りと不安に苛まれ迷いを見せる姿は、お前を慕いお前を仲間だと認める者達の心を不安がらせる。
1人で抱え込む必要も前に進む必要も無いんだ、お前の傍には常に仲間が居る。ならば焦らず皆と一緒に前を進み、自らの願いを叶えた方がいいだろう?」
「…………それは、わかってるつもりなんだけど」
「それでもつい、だろう? それはわたしも理解しているさ、お前はわたし以上に不器用だからな。無理に自分を変えろと言っている訳じゃない、ただもう少し……周りを見てみろ」
「…………」
視線を横に向けるロミオ、その先には自分を心配そうに見つめるリヴィの姿があった。
こんな顔をさせてしまっていたのかと、ロミオは今更ながらに気づき自らの不甲斐なさを嘆く。
けれどそれも間違いだと彼は気づいている、だからすぐさま彼はいつものような――人を不思議と引き付ける笑みを浮かべた。
「マリー、あんがとな? それとリヴィ、心配掛けてごめん」
「い、いや……気にしなくていい」
「よし、じゃあ今日は休む!!」
そう言って、用意された菓子を勢いよく食べ始めるロミオ。
そして、そんな食べ方をして咽る彼を見て、マリーとリヴィは苦笑を浮かべつつ介抱するのであった。
「――やっぱり、あの2人に任せて正解だったね」
「そのようですね。今のロミオさんはいつも通りのロミオさんです」
「ったく、心配掛けやがって……」
「ギルってば、やっぱり心配してたんだ」
「う、うるせえぞ」
和気藹々と楽しむロミオ達を、ラウンジの入口付近から顔だけ出して覗き込んでいる怪しい集団が居た。
言うまでもなくフィア達ブラッドメンバーであり、周りの者達はそんな彼等を怪しみつつも干渉しようとはしない。
触らぬ神になんとやら、である。尤も……理由はそれだけではないのだが。
「一件落着、だよね?」
「うん、不安やコンプレックスは払拭できたみたいだから、きっとすぐにでも血の力の制御ができるようになると思う」
「なら内部調査も思っていたより早くできそうですね!」
「……それはいいんだが、“あれ”はなんとかならないのか?」
げんなりした表情と口調で、ギルはある方向を指差す。
その先はラウンジの端、そちらへと視線を向けフィア達もギルと同様の表情を浮かべる。
とはいえそれも仕方がないだろう、何せ……。
「爆発しろ爆発しろ爆発しろ」
「見ろ! 特務少尉があんなに穏やかな笑みを……」
「いいなあ! 俺らあんな笑み見た事ねえぞ!」
「やっぱレオーニ上等兵、爆発しろ!!」
上記のような呪詛の言葉を呟きつつ、陰湿なオーラを辺りに振り撒いている情報管理局員達(全員男)が居るのだから。
彼らの周りには当然人が近づく筈も無く、まるで一種の異界と化している。
仕事しろよお前等、ブラッド達は同時に心の中でツッコミを入れた。
ただあのまま彼等がここに居たら憩いの場であるラウンジの空気が悪くなってしまう、なので止めようとするフィア達であったが……彼等の前に、1人の“鬼”が近づいていった。
「――お前達、何をしている?」
「き、局長!?」
渋く厳格さに溢れた低い声で、フェルドマンは局員達に声を掛ける。
その声の恐ろしさたるや、先程までネチネチとした空気を纏っていた局員達を一瞬で現実へと引き戻すほど。
更に彼の長身から放たれる見下ろし型の睨みは、並の人間ならば簡単に萎縮してしまう破壊力を秘めている。
結果、局員達は「すみませんでしたーーーっ!!」と叫ぶように謝りながら、一目散に逃げ出してしまった。
「まったく……一体何を見ていたのか……」
やれやれと呆れながら、フェルドマンは局員達と同じ場所――即ちロミオ達へと視線を向け、固まった。
「ほらロミオ、口を開けろ。あーんだ」
「い、いいって。自分で食べれるっての!!」
「いいじゃないか。餌付けをしているみたいで楽しんだ!!」
「オレは動物かよ!!」
「…………」
「ちょ、リヴィ!? なんで無言でオレに菓子を差し出してくるんだ!?」
現在ロミオは、それぞれマリーとリヴィに左右を挟まれながら「あーん」攻撃を受けている真っ最中である。
なんとも男としては羨ましいシチュエーションだ、現に彼は戸惑いつつも顔を赤らめ表情も何処か緩んでいる。
ただ――タイミングがあまりにも悪すぎた。
「……………」
(フェルドマン局長、顔恐っ!?)
(アラガミも逃げてしまいそうなほどの恐ろしさですね……)
それだけではない、まるで彼の怒りを現すかのようにギリギリと歯軋りまで聞こえてきた。
完全に嫉妬です本当にありがとうございました。
しかし和気藹々な場を壊したくないと思っているのか、怒りに身体を震わせながらもフェルドマンは決して3人の間に割って入ったりはしない。
フェルドマンの大人な態度に敬意を評しつつも、ロミオが1人になった時を見計らって何かしでかすのではないかと勘繰ってしまうブラッド達。
とりあえず――フィア達はそのままゆっくりとラウンジを後にして、フェルドマンを放置する事にした。
そして安全な場所へと避難してから、皆一斉にロミオに向かって合掌を送ったのは言うまでもない。
(っ、なんか悪寒が……)
To.Be.Continued...