戦いによる傷を癒すために、フィア達はアナグラへと戻ったのだが……。
「――まずはお疲れ様、みんな本当に頑張ったね」
神機保管庫にて、リッカは集まったブラッド達に労いの言葉を掛ける。
――戦いは終わり、生き残った者達は思い思いに休息へと入っている中で。
ブラッド達はリッカとソーマに呼ばれ、神機保管庫の奥にある整備室へと赴いた。
そこでブラッド達が見たのは、整備台の上に置かれ所々をケーブルで繋がれたロミオの神機。
それが一体何を意味するのかブラッド達は理解する中、リッカは本題へと入る。
「ブラッドの神機……機能が停止しなかった?」
「ああ。一瞬だがな……その様子だと、俺達以外の神機も動かなくなったのか?」
「アラガミの群れが撤退した時、作戦行動中の全員の神機が動かなくなったんだ。それだけじゃなく、広範囲にわたってオラクル細胞が停止したという報告が入っている」
極東全域を包み込むようなあの光によって、アラガミ達は突如として極東から離れていった。
だがその際、極東全域で大規模な停電が発生、その光はオラクル細胞の活動を停止させる力があり、そのせいだとリッカは話す。
「アラガミに至っては停止した細胞がそのまま壊死して、霧散したケースもあるらしいよ」
「……その力って、やっぱりロミオの「血の力」によるものなの?」
フィアが問いかけると同時に、場に居た全員の視線がロミオの神機へと向けられる。
あの光はこの神機から、そしてロミオ自身から放たれたものだ。
リッカも同じ結論に達していたのか、フィアの問いかけに静かに頷きを返す。
「ブラッドのみんなはロミオ君の力を感じられたんだね」
「ええ、ですがあの力は一体……」
血の力であるのは間違いないだろう、同じ血の力を持つブラッド達にはそれが理解できる。
しかしだ、ロミオが放った血の力はありえないほどに強大で……凄まじいものであった。
「これはあくまで推測に過ぎないが、ロミオの血の力はオラクル細胞の活動を停止させる力。言うなれば「圧殺」とも言うべき危険な力だ」
「圧殺……」
「何せ強制的に活動停止に追い込まれるぐらいだからね、もしもあの時放たれた力がもっと大きかったら……神機使いの身体そのものにも影響があったかもしれない」
神機使いの身体にも偏食因子およびオラクル細胞が存在している、ロミオの血の力で影響が出なかったのは幸運と言えるだろう。
それに反動も相当なものだ、現在ロミオの神機は血の力の発動によって損傷が激しく、また血の力の余波が続いているので封印されている。
更に使用者であるロミオの身体にも血の力を使用した反動は襲い掛かっており、現在彼は意識を失い医務室で眠ってしまっていた。
尤も、命に別状があるわけではないので、しっかりと休息を摂れば問題ないとの事である。
と、整備室の扉が開きカズキとアリサが部屋の中へと入ってきた。
「カズキ、アリサ、無事だったんだ……」
「なんとかね。それよりあの光は一体なんだったんだ?」
問いかけるカズキに、ソーマは先程の話を2人に伝える。
「……ロミオの血の力か。本当に凄いものなんだな」
「ですがロミオさんが居なければ、もっと被害が大きくなっていましたね……アンノウンは結局、あの光を受けて逃げていきましたけど……」
だが、あのままアンノウンと戦っていれば自分は間違いなく五体満足でここに立っている事もできなかっただろうとアリサは思う。
悔しいが自分ではあの悪魔には届かなかった、そしてそれはカズキとフィアも同じであった。
魔神もアンノウンと同じくロミオの「血の力」を受けて後退したものの、果たしてあのまま戦って自分達が勝利する事ができたのか……正直、自信はない。
力不足である自身に情けなく思いながら、カズキは疑問に思った事を口にした。
「ソーマ、リッカ、ロミオの血の力の能力はわかったけど……オラクル細胞の活動を停止させるとするなら、アラガミである僕達に何の影響が無かったのはどうしてなんだ?」
そう、カズキやアリサ、フィアなどは通常の神機使いではなくアラガミそのものと言える存在になっている。
更にシオやラウエル、タマモといった人として生きているアラガミもこちら側に居るというのに、「圧殺」の力をまともに受けても何の影響も無かったのだ。
「……正直、研究が進んでいない状態では憶測の域を出ないが、お前達に影響が無かったのはおそらくロミオ自身が無意識にお前達には影響が及ばないようにしたんだろうな」
「ですけどソーマ、オラクル系統の機械は全て停止してしまったんですよね? だとすると、その憶測は……」
「うん。でも血の力は意志の力でもあるから、カズキ君達に影響が及ばなかったのはそういう事なんだと思う。でもロミオ君自身が制御できていたわけじゃないから少なからず別の場所で影響が出ちゃったんじゃないかな?」
とはいえ、結局これは憶測でしかない。
なにせ判断材料が圧倒的に足りないのだ、前例が無いというのもあってリッカもソーマもこれ以上の事は言えなかった。
「とにかくロミオの神機の研究はこれからも進めていく、何か必要な時は協力してくれ」
「わたし達からは以上だね。とりあえずみんなはゆっくり休む事だけを考えた方が良いよ」
「……そうだね。そうさせてもらうよ」
戦いの傷は決して浅くはない、身体の至る所は悲鳴を上げ
リッカの申し出を素直に受け止め、カズキ達は整備室を後にした。
「ブラッドのみんなもしっかり休むといい。アリサ、行こう」
「はい。では失礼します」
カズキとアリサが自室に向かってこの場を去っていく。
ソーマも「じゃあな」と短く告げ、エレベーターへと乗っていった。
「さてと……みんなはどうする?」
「俺は少しラウンジで飲んでから休む。お前達も休めよ?」
「ギル、ロミオ先輩の見舞いに行かないの?」
「後でな。それに……今言っても邪魔になるだけだろ?」
「あー……確かに」
苦笑するナナに、全員が同じ表情を浮かべる。
彼女の言う通り、今ロミオの見舞いに行くのは得策ではない。
何故か? それは勿論、
「フィアー、何か食べに行かない?」
「そうだね……シエルはどうする?」
「勿論ご一緒します!」
「そ、そう……」
少々気合いの入った返答を返され、若干フィアは引きそうになった。
シエルとしてはフィアとナナを2人っきりにさせたくなかったが故の反応だったのだが、まだまだ幼き彼はそれに気づかない。
ナナの表情が若干不満げなものになるものの、結局3人は仲良くラウンジへと向かっていく。
その光景を、ギルは少し後ろで歩きながら微笑ましそうに見つめていたのは余談である。
「…………」
「うぅん……」
僅かに身動ぎをしつつ、ロミオは再び規則正しい寝息を繰り返す。
そんな彼をとびきり優しく見守るのは、色素の薄いオレンジ色の髪を持つ長身の少女、マリー。
彼は眠っているロミオの髪を優しく撫でながら、マリーは彼が今ここで生きている事を確かめ続けていた。
「……無茶をしたな、お前らしくもない……」
その口調はやや咎めるようなものであったが、あくまで声色は優しいものだ。
「お前のおかげでわたしも、ブラッドのみんなも無事だ。そしてもちろんアナグラもな」
称えるように、慈しむように、マリーは言う。
彼のおかげで自分は生きている、そして彼の力によって沢山の人が救われた。
まさしく「英雄」と呼べるほどの偉業を彼は成し遂げた、勿論あの戦いで1人1人が自分のできる精一杯の事をしたからこそだが……マリーはどうしてもロミオを贔屓目に見てしまっている。
何故、などという疑問は抱かない、彼女自身わかっているからだ。
(惚れた弱みというのは、存外に厄介なものだな……)
とは思いつつ、マリーの心は穏やかそのものであった。
らしくない、こんな自分に苦笑を送りたいと思いながらも、マリーはただただ今の時間を大切に過ごそうとする。
「――失礼します」
「ん……?」
医務室の扉が開き、誰かが入ってきた。
視線を入口へと向けるマリー、すると……医務室へと入ってきたリヴィと視線が合い、両者共に固まってしまう。
「……ロミオなら寝ているぞ」
先に口を開いたのはマリー、彼女の声を聞いてリヴィは「そうか…」と短く呟きながら、ロミオの元へと歩み寄る。
静かに寝息を繰り返す彼を見て、リヴィはほっとしたような表情を浮かべた。
その後――2人は何も話さず、周囲には微妙な空気が流れ始めてしまう。
(なんだか……)
(気まずい、な……)
お互いに何を話せばいいのか、そもそも話しかけてもいいのかわからず、無言の時間が続く。
しかし、このままでは居た堪れない……先にそう思ったマリーが、いつもの口調でリヴィに問いかける。
「休まなくていいのか?」
「……そういう君はどうなんだ? 怪我をしているじゃないか」
「わたしは頑丈だからいいんだ。それよりロミオの寝顔を見ている方がよっぽど元気になる」
「えっ……!?」
マリーの発言に、リヴィは驚きの表情を浮かべる。
やはりそうなのか、彼女の中で存在する懸念が現実味を帯びてきたので、リヴィは思い切って彼女にある事を訊いてみる事に。
「す、少しいいだろうか?」
「なんだ?」
「そ、その……君とロミオは、えっと……よく一緒にいるだろう?」
「……そうだろうか。あまり意識した事はないが」
「い、一緒にいるんだ! そ、それで……その、君とロミオは…ど、どのような関係なんだ?」
「…………」
キョトンとしてしまいつつも、マリーはすぐさま思考を巡らせる。
果たして今の質問にはどんな意味があるのか、何を意図するものだったのか。
そんな疑問が口から出そうになったものの、とりあえずマリーはその問いかけに答える事に。
「そうだな……わたしにとってロミオは、親友であり目が離せない弟のようであり……恋慕する相手だ」
「っ」
(……成る程、質問の意図はそういう事か)
恋慕する相手だと言った瞬間、リヴィの表情が強張ったのをマリーは見逃さなかった。
「そういうお前はどうなんだ? ロミオの事を好いているのか?」
「えっ……!?」
リヴィの褐色の肌に赤みが帯びる、その可愛らしい反応にマリーは自然と笑みを浮かべる。
それと同時にマリーはリヴィに対しある種の親近感が湧く、正直彼女に対してマリーはあまりいい印象を抱いてはいなかったので一気に彼女対する友好度が上がったのはさておき。
マリーはリヴィの可愛らしい反応を見て、少々悪戯心が芽生えてしまった。
「そうかそうか。ロミオのヤツにも遂に春が来るんだな」
「え、あ、いや……その、彼に対してそういった感情を抱いているわけでは……」
「別に恥ずかしがる必要も遠慮する意味も無いぞ」
「そ、そういうわけではない!」
リヴィの顔の赤みが増していく、それと同時にマリーの笑みも深まっていく。
成る程、これは面白いと新たな趣味に目覚めてしまいそうになるマリーであった。
「……私は、ロミオの事を“恩人”だと思っているだけで、その…れ、恋慕しているというわけでは……」
「恩人?」
「……小さい頃、私は彼に助けられたんだ。物理的な意味ではなく、心を……」
「そうか……」
リヴィにとってその出来事はよほど大切なものなのだろう、まるで宝物を見つめるかのような尊く暖かな表情を見ればすぐにわかる。
しかしだ、リヴィは今ロミオに対し異性に対する好意を抱いてはいないと否定したが、マリーにはとてもではないがそうは思えなかった。
確証があるわけではない、これはあくまでマリーの直感だが……彼女もまたロミオに恋慕の情を抱いている故か、なんとなくわかってしまう。
(よかったなロミオ、お前常日頃から「女の子にモテたい」って言っていただろう? お前を好いている女が現われたぞ?)
眠っているロミオに心の中でそう告げるマリー。
これで彼にも春が来る、いい加減女性の事で奇行を繰り返す彼を傍目から見るのは色々な意味でダメージが大きかったのだ。
これにて一件落着…………と思ったマリーであったが。
(…………なんだか、面白くないな)
ロミオに好意を抱く女性が現われる、その事実が……マリーにはたいへん面白くなかった。
どんどんしかめっ面になっていくマリーに、リヴィも怪訝な表情を浮かべつつもかといって声を掛ける事が躊躇われた。
再び場の空気が重くなっていく、と――マリーは徐に立ち上がりリヴィへと視線を向ける。
「……すまんな、なんだか気を遣わせてしまったようだ」
「……いや、そんな事はない」
「わたしは退室する、邪魔をしたな」
そう言って、マリーは足早に医務室を後にする。
その顔はしかめっ面で、彼女と横切る者達は全員怪訝な表情を浮かべていたのはまた別の話。
「――おとうさん、リヴィとの友好度が格段に上昇したというのに、その後少し下がったんだ。これってどういう事なんだろう?」
「…………とりあえずマリー、ぼくのわかる言葉で言ってくれないかなあ?」
その後、マリーは父であるルークの元へと向かい上記の問いかけを投げ掛け彼を困惑させたのもまた別の話である。
To.Be.Continued...
少しシリアスからは遠ざかります、螺旋の樹の調査にも少し準備期間があったのでたまにはひと時の日常も。
どうでもいい話題ですがルークおとうさん超久しぶりの登場です(出番これだけだけど)、おそらく全員に忘れ去られていたでしょう、ごめんなさい……。