迫るアラガミ達、そして……その中で動きを見せる悪魔と魔神。
果たして、カズキ達は極東を守れるのか……。
「――見えたか」
小さく呟きを零しながら、ソーマは走っていた足を止める。
彼の後ろには部下である神機使い達、そしてシオの姿があり……シオ以外の者は、表情に僅かながらの恐怖と不安の色を滲ませていた。
だがそれも致し方あるまい、自分達の前方からゆっくりと進行してくるアラガミの大群を見れば、逃げないだけ評価できるというものだ。
「シオ、アラガミの数はわかるか?」
「うーんとね……五十、六十……八十くらいかな?」
「思ったより少ないな」
「でも中には感応種とかも居るみたいだぞ、あれあんまり美味しくないから好きじゃないなー」
「なら、そいつらは完膚なきまでに叩き潰せばいいだけだ」
「もっちろん! ――みんなー、大丈夫かー?」
後ろに居る神機使い達に声を掛けるシオ。
「……あんな大群に、本当に勝てるのかよ」
「しかも感応種まで居るなんて……」
(チッ……)
やはり士気はあまり高いとはいえない、カズキのおかげで逃げ出しはしないものの……全員が戦う事に躊躇いを見せている。
だが今ここで叱咤しても逆効果になるだけだ、かといってソーマにカズキのような優しい言葉を放つ技術は持ち合わせていない。
そんな中――シオが数歩前に進み、両手を翳しながら口を開いた。
「大丈夫だぞ、みんなー」
「シオ……?」
「たとえいっぱいアラガミが来たって、みんなシオがやっつけてやる。シオはとっても強いし……シオ達の後ろには、大好きなソーマやみんなが暮らしてるからなー」
「…………」
「みんなみんな、シオが守ってみせるぞー。だから恐がらなくても大丈夫だ、にひひっ」
シオは笑う、屈託のない純粋な笑みで。
……何の根拠も無い自信だ、たとえ気持ちではそうでも現実はそんな甘いものではない。
だがそれでも、彼女の言葉はこの場に居る全員の心に不思議な安心感を与えていた。
「……シオちゃんばかりに、いい格好をさせるわけにはいかないよな!」
「そうよ。私達だってやる時はやるんだから!!」
全員の士気が上がっていく、その光景を見てソーマは黙ってシオの頭を優しく慈しむように撫でた。
「おっ?」
「お前1人で全部守れるかよ。――俺達全員で守るんだ、そうだろ?」
「……えへへっ、だなっ!!」
自分に向けて笑みを浮かべるソーマを見て、シオの心に力が宿る。
そして、彼女は迫るアラガミの大群に凄まじい先制攻撃を仕掛けたのだった。
「ソーマ、ちょっと下がってて!!」
「何をするつもりだ?」
「いいからいいから、すっごいもの見せてやるぞー!!」
そう言われ、訝しげに思いながらもソーマはシオから少し離れ、他の者にも前に出るなと指示を出す。
それを確認してから――シオは、アラガミの大群に向けて翳している両手を“変化”させ始めた。
ゴキゴキという音を響かせながら、シオの両手が肥大化していき、手という形ですら無くなっていく。
時間にして僅か三秒、だがその三秒間の間に……シオの両手は、異形のものへと変わっていた。
それは――クアドリガ種に見られる、ミサイルポッドそのものであった。
この変化に誰もが驚き、ソーマですらおもわず彼女に問いかけてしまう衝撃に襲われる。
「おい、お前それは……」
「カズキの真似ー、でもなかなかできなかったしソーマを驚かしてやりたかったから隠してたんだー」
「あのなあ……」
「さあ、いっくよー!!」
そしてシオは、変化したミサイルポッドからアラガミの大群に向けてミサイルを連続で発射していった。
爆音と煙を吐き出しながら飛んでいくミサイルは、一番前に居た一匹のコンゴウへと命中した瞬間――爆撃めいた轟音を響かせながら文字通り爆発した。
それに続いてシオのミサイルはアラガミの大群を次々と呑み込んでいく、所々から火柱や土煙が巻き起こり、けれどそこから無事だったアラガミ達が飛び出してくる。
「シオ、一度発射をやめろ。これから全員で突撃する!!」
「りょーかいだぞー!!」
すぐさまシオは発射を止め、両腕を急いで戻しながら、今度は右手を神機の刀身パーツへと変化させる。
「いくぞ!!」
『了解!!』
ソーマの声に全員が応えながら、迫るアラガミの大群へと向かっていく。
アナグラを守る為の戦いが、幕を開けた瞬間であった。
一方――アリサが居る南エリアで、既に戦闘は始まっていた。
「ぎゃああああっ!!?」
「っ、くっ……!」
近くで仲間の断末魔の叫びを耳に入れつつ、アリサは向かってくるボルグ・カムランの尾針による突き攻撃を回避しつつ間合いを詰める。
下から掬い上げるような斬撃、それはカムランの顔面を縦一文字に切り裂き鮮血を散らせた。
更にアリサはそのまま振り下ろしによる一撃をカムランに叩き込み、脳天を砕き絶命させた。
すかさず神機を捕喰形態へと変化させ、カムランの死体を捕喰形態の牙で持ち上げ力任せに振るい放つ。
その勢いで牙からカムランの巨体が吐き出され、右正面から自分に向かってきていたコンゴウを吹き飛ばしていった。
アリサはそれを見届ける事無く悲鳴が上がった方へと視線を向け――既に血溜まりしか残っていない光景を目にして、瞳に悲しみと怒りを宿していく。
仕方ない、全ては守れない、まだ戦いは終わっていない。
必死に自分へと言い聞かせながら、彼女はマグマのように湧き上がりそうになる怒りをその身に留める。
これは戦い、それもアラガミとの戦争とも呼ぶべき規模のものだ、仲間が死ぬ光景を見て一々心を蝕まれては戦えなくなってしまう。
だからアリサは耐え忍ぶ、自分が取り乱せば余計に仲間が死ぬと理解しているから。
(まずは数を減らす……出し惜しみはできない!!)
体内のオラクル細胞を強引に活性化させるアリサ、すると彼女の身体は「バースト」形態へと移行する。
それにより強化された肉体で、アリサは地を蹴った。
瞬間――周囲に居たオウガテイル二体とザイゴート四体が、身体を二つに切り分けられ絶命する。
「な、なんだよあの速さ……」
「さ、さすがアリサさんだ!!」
「俺達も続くぞ、アリサさんだけに戦わせるわけにはいかねえ!!」
『応っ!!』
鬼神の如しアリサの強さを見て、周りの神機使い達の士気が上がっていく。
更に、アリサと同等の活躍を見せる1人の少女が居た。
空を縦横無尽に動きながら、灼熱のレーザーでアラガミに風穴を開けていくアラガミの少女、ラウエルだ。
空中という戦いにおいて有利な位置から攻撃を仕掛ける彼女は、同じく有利な位置に居るサリエル種やザイゴート、シユウ種を優先的に撃破している。
「ぐああっ!?」
「っ、それ!!」
そして、彼女はただ戦うだけではなく――味方の補助も担当していた。
ラウエルの身体からエメラルド色に輝く光球が放たれ、足を負傷して動けなくなった神機使いにそれが命中する。
するとその神機使いが負傷していた部分が、見る見るうちに治っていった。
「ラウエルちゃん、ありがとう!!」
「どういたしまして!!」
サリエル神属感応種、ニュクス・アルヴァの感応能力を手に入れたラウエルは、今のようにオラクルエネルギーが込められた光球で神機使いの体力だけでなく怪我すらも治療する能力に目覚めていた。
その恩恵は計り知れず、後退を強いられるような怪我を負った神機使いでも、即座に戦場に戻れる程の治癒能力で南エリアの掃討は他の場所よりも進んでいた。
しかしだ、戦いながら味方の治療も同時に行うという行為は、確実にラウエルの体力を奪っており。
「きゃああああああっ!!?」
疲労から隙を生じた彼女の身体に、ディアウス・ピターの雷撃が撃ち込まれてしまった。
身体は痺れ、堪らずラウエルは地面に倒れ込んでしまう。
それを逃すまいと彼女に向かっていくピター、ラウエルも急いで回避しようとするが先程の雷撃によって身体が痺れてしまっていた。
「ラウエルちゃん!!」
「誰か、援護を!!」
「くっ……!?」
ピターの牙がラウエルの身体を噛み砕こうと開かれる、が。
「――うちの可愛い娘に何してくれてんですかこの親父猫風情がっ!!」
「ギャッ!?」
その牙を、ラウエルを守るように割って入ったアリサの斬撃が、一つ残らず斬り砕いてしまった。
しかしアリサの攻撃は終わらない、神機を銃形態にして怯むピターの口内に機関銃の如し銃撃を撃ち放つ。
数にして実に五十は優に超える銃撃、その全てを身体の内側に叩き込まれたピターはその場で絶命。
だが、命を奪っただけでアリサの怒りが収まるわけもなく、彼女は左手一本、女性らしい細腕一本で絶命したピターの巨体を易々と
「――これ以上可愛い娘と、大切な仲間達の命を奪うのなら……一匹残らず、喰らってあげますよ?」
「っ………」
ぶるりと、ラウエルの身体が震え上がる。
アラガミだからこそわかる、今のアリサが強さが、恐怖が、理解できた。
そしてそれは他のアラガミ達も同様である、捕喰欲求だけに従う筈のアラガミ達がアリサを見て明らかに恐怖していた。
オラクル細胞そのものが、目の前の女性1人に対し「逃げろ」と訴えているのだ。
――尤も。
――その恐怖すら糧とする存在が、アリサの前に降り立つ事態へと繋がってしまう。
「あれ? 物凄い気配を感じたと思ったら……カズキじゃなくてアリサだったのか」
「…………アンノウン」
掴み上げていたピターを無造作に投げ捨て、アリサは静かにアンノウンに向かって神機を構える。
「子を想う親の愛情から成せる力か……人って脆弱なくせに、こういう所は未知数だから面白いね」
「ラウエル、退がって回復しなさい! 他の皆さんはこちらに構わず残りのアラガミの掃討を!!」
「わ、わかったよママ!!」
「り、了解!!」
急いでラウエルはその場から離れ、他の神機使い達は恐怖で動きを鈍らしているアラガミ達との戦いへと戻る。
「カズキとの
「あなたをカズキの所には行かせない、ここで……滅する!!」
叫び、一瞬でアンノウンとの間合いを詰めるアリサ。
そのまま横薙ぎの一撃を叩き込み、アンノウンの尻尾で受け止められた。
「七尾でやっとか……ホント、雑魚だと思ってたらとんでもない化物になったねアリサ」
「化物に化物呼ばわりされる筋合いはないわ、お前と遊んでいる暇はないの!!」
「それはこっちだって同じだよ、アリサとの殺し合いも充分に愉しいけど……やっぱり
「っ」
剣を弾き、アリサは大きく後ろへと跳躍してアンノウンとの距離を離す。
すかさず間合いを詰めようと迫るアンノウン、それを見たアリサはすぐに身構え真正面から彼女を迎え撃った――
「――どひいいいいいいいいっ!!?」
「いいよロミオ先輩、そのまま惹き付けといて!!」
「先輩を囮にするとか、覚えてろよナナーーーーっ!!!」
叫びながら、ロミオはただただ走り続けた。
そんな彼を追いかけるのは、十匹を超える大型アラガミの群れ。
とはいえ他のブラッド達は彼を見捨てているわけではない、他のアラガミの討伐で彼のフォローに回れないだけだ。
しかしこのままでは拙い、いくら逃げ足の速さに優れたロミオとていつまでも逃げられるわけがないからだ。
「シエル!!」
「了解」
シユウの両足を切り裂き転倒させながら、フィアはシエルの名を呼ぶ。
視線を合わせずに声に応じたシエルはその場で跳躍、近くの高台へと着地しうつ伏せの体勢に。
銃口をロミオを追いかけているアラガミの一体に向け、シエルは一時的に自分自身を変えるスイッチを入れた。
「――発射」
無機質な声で呟き、シエルはトリガーを引く。
それと同時に銃口から放たれるフルーグルの一撃、それはアラガミの一体のを易々と貫通し、それだけに留まらず貫通したアラガミの隣に居たアラガミの身体すら貫いてしまった。
すかさずシエルは標的を変えトリガーを引く、彼女が銃撃を放つ度に大型アラガミの動きが止まり地面に倒れていく。
「っ、どおおおりゃああっ!!!」
シエルの援護に感謝しつつ、ロミオは足を止め振り向き様に神機を横薙ぎに振るった。
ただの斬撃ではない、既に彼の刀身にはチャージクラッシュによるオラクルエネルギーが宿り、その破壊力は迫る大型アラガミ三体を纏めて薙ぎ払ってしまう程。
鮮血を撒き散らしながら地面に沈むアラガミ達、ほっと安堵のため息を漏らすロミオだが……まだ戦いは終わっていないと己に言い聞かせ、再び神機を握る手に力を込めた。
「っ」
迫るイェン・ツィーを切り伏せながら、カズキはある事に気づき視線を南へと向ける。
そこは――現在アリサが居るエリア、そこでカズキはアンノウンの気配を察知した。
(拙い、アンノウンがアリサ達の所に……)
「カズキ、この感覚は……」
フィアも気づいたのか、カズキの元へと駆け寄ってきた。
すぐさまカズキは助けに行こうとして……その考えを取り払う。
「フィア、君の言いたい事はわかるけど、今はここのアラガミを全て倒すんだ」
「でも、アリサが……」
「わかってる、だからこそ速く――」
『遊撃部隊、聞こえますか? 北エリアに“
「っ」
神融種、それはフィア達ブラッドがフライアで戦った新種アラガミの呼び名である。
肉体に神機が癒着しているという特徴を持つが故に神融種と呼ばれるそのアラガミは、今までのアラガミとはまた違う強さを持っており、このままでは北エリアが突破される危険性が出てきた。
そう判断したカズキは、フィアを含めた全員に新たな指示を出す。
「ここのエリアのアラガミを掃討した後、すぐに北エリアに向かうよ!!」
「待ってカズキ、アリサは……」
「……僕達は遊撃部隊だ。そして僕達は感応種や神融種を優先して討伐する義務がある、それはフィアだってわかっているだろう?」
「だけど!!」
「悠長に話をしてる場合じゃない、とにかく今は僕達のできる事をするんだ!!」
そう言って、カズキは再びアラガミ達への攻撃を再開する。
……彼とて、今すぐにでもここから離れアリサの所に行きたかった。
しかしそれは許されない、カズキ達がやらなければならない事はアラガミの大群からこの極東を守りきる事。
私情を挟み勝手な行動に出る事は、カズキにはできなかった。
たとえ際限なく自分の脳裏に最悪の未来が浮かんだとしても、カズキは迷わない、迷うわけにはいかない。
(アリサ、ラウエル、どうか無事で居てくれ……!)
今の自分に彼女達にできる事は、無事である事を信じることだけ。
なんて歯痒い、それでもカズキは今の自分にできる事をしろと言い聞かせ続け。
「っ―――!!?」
真横から感じる殺意と死の恐怖に、カズキは全神経を集中して回避行動に移った。
刹那、先程まで彼が居た場所に風切り音が響き、大型アラガミすら両断できそうな程の巨大な戦斧が叩き落された。
回避したものの戦斧の衝撃は凄まじく、カズキの身体はそのまま後方に吹き飛んでいってしまう。
すぐさま体勢を立て直しつつカズキは戦斧の持ち主に向かって神機を構え……固まった。
(こいつは………!?)
「……今のを避けるか、いい反応だ」
そう言って戦斧を担ぐように持つのは、かつて螺旋の樹で現われた人型アラガミ、通称“魔神”であった。
……アンノウンと同じくこの戦いに現われるかもしれないと思っていたが、この状況で現われたのは非常に拙い。
まだこのエリアのアラガミの掃討は終わっておらず、更に北エリアに現れた神融種も対処しなければならない。
そんな状況下での魔神の出現である、このままでは北エリアが押し切られてしまう可能性が……。
「――シエル、みんなを連れてすぐに北エリアに向かうんだ!!」
「フィアさん……!?」
「ぐるるる……!」
「タマモ、君もブラッドのみんなと一緒に北エリアに行くんだ!!」
「きゅ……きゅうっ!!」
カズキの隣に移動しながら、フィアはシエルに指示を出す。
同時にカズキも魔神に向かって威嚇をしているタマモに指示を出し、一瞬迷ったもののタマモは頷きを返しこの場を離れ始めた。
「ここは僕とカズキでなんとかする。だから他のみんなはすぐに北エリアに向かって神融種の対処を!!」
「で、でもフィア……」
「早くするんだ、手遅れになるぞ!!」
有無を言わさぬ物言いに、誰もが口を挟む事ができない。
しかし彼の指示はあまりに危険すぎる、いくらフィアとカズキとてこの魔神と周りのアラガミを同時に相手をするには……。
「隊長命令だ、速く行け!!」
「………………了解しました!!」
喉元まで出掛かった言葉を呑み込み、シエルはフィアの指示に頷きを返す。
他の者達も何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わず急ぎこの場を離れていった。
だが、同時に魔神も動きを見せ……けれど、魔神の標的はシエル達ではなかった。
「ギッ!?」
「ギャギャッ!?」
「えっ……!?」
「なにを……!?」
驚愕するカズキとフィア、だがそれも当然だ。
何故なら魔神が攻撃を仕掛けた相手は、周りに居たアラガミ達だったのだから。
戦斧の一撃で魔神はアラガミ達を瞬く間に駆逐していき、あっという間に魔神以外のアラガミは居なくなってしまった。
「――せっかくの実験だ。有象無象が居ては邪魔になる」
「実験……?」
「そうだ。最強のゴッドイーターである抗神カズキ、そして……“息子”のフィアを同時に相手をして、何処まで戦えるのかという実験をしようと思ってね」
「………………えっ?」
ちょっと待て、目の前の怪物は今なんと言った?
聞き間違いだとカズキは思った、だが……魔神は更に言葉を続ける。
「息子なんだよ彼は、だが情けない成長を遂げてしまったようだ。前のこの子は……もっと魅力的な目をしていたのだが」
「――――」
まさか、ある予想がカズキの中で芽生えていく。
そんな筈はない、けれどそう思えば思うほどカズキの中で予想が確信に変わっていき。
何よりも――隣に立つフィアが何も言わない所を見ると、自分の予想は外れていないと思い知らされ。
「――グリード・エグフィード、人の肉体を捨てても尚、この世界を蝕む悪魔。お前の存在を今この場で必ず消し去ってやる!!」
フィアの放った言葉で、予想は現実のものと化した。
To.Be.Continued...