……開戦は、すぐそこまで迫っていた。
「――抗神カズキおよび抗神アリサ、ブラッド隊帰還しました」
「来てくれたか……」
戦いは一旦の終わりを迎え、すぐさまアナグラへと戻ったカズキとアリサは途中でフライアから戻ってきたブラッド隊と合流。
挨拶もそこそこに、カズキ達はそのまま会議室へと赴き、フェルドマンやサカキが彼等を出迎えた。
奥へと進むカズキ達、そして彼等は奥の巨大モニターに映っているものを見て……愕然とした。
「なんだよ、これ……」
ロミオが掠れた声で呟く、彼の呟きはこの場に居る全員の総意でもあった。
巨大モニターに映っているのは、このアナグラを周辺とした極東の地図であり……その地図全体を、赤い点が埋め尽くさんばかりに点滅を繰り返している。
この赤い点はアラガミの反応を示すものだ、それが数え切れない反応を示していれば愕然とするのは当然であった。
「クジョウ博士の暴走によって螺旋の樹の汚染は再び始まってしまった、それに呼応するように先程から数多くのアラガミが樹の中から生まれこの極東に向かってきている。すぐさま螺旋の樹の調査を行うべきだが……まずは目の前の脅威をなんとかしなければならない」
「敵の数は? それと神機使いの招集はどうなっています?」
「極東の全神機使い、防衛班、およびクレイドルの神機使いは既にこちらに集める事ができた」
「えっ、クレイドルの神機使い全てを集めたのですか? サテライト居住区の防衛にも回さなければ……」
「アリサ、その必要はないよ。既にサテライト居住区の住人達は地下シェルターに避難させたし、何よりもアラガミがそこを狙わない」
「えっ?」
カズキの言葉に、アリサは驚きつつ彼へと視線を向ける。
「モニターを見てごらん。――あきらかにアラガミはサテライト居住区がある周囲を避けてこの極東支部に移動している」
カズキの言う通り、アラガミの反応はサテライト居住区周囲には無く、ゆっくりとした速度ではあるもののこの極東のみに絞って移動していた。
しかしここで全員に疑問が浮かぶ、確かにサテライト居住区の建設地はアラガミが寄り付かない場所ではあるものの、今回のような大群と呼べるアラガミの群れの前ではあまり効果は無い筈だ。
だというのにアラガミがサテライト居住区をわざわざ避けて移動している今の状況は、不可解であったが……カズキだけは、理由を理解していた。
「――あいつは、アンノウンはよっぽど僕達を始末したいらしい」
「アンノウン、だと? そのアラガミは抗神大尉、君が始末したという報告を受けた筈だが……」
「ええ、ですがあいつは生きていた。正確にはあの時死んではおらず自分の意志でジュリウスの終末捕喰に取り込まれたんです、そして今回の汚染を利用して……復活した」
「マジかよ……あの化物が、また現われたってのか!?」
「あいつには人間以上の知能とアラガミとしての能力を持っている、他のアラガミの行動を支配する事だってできる筈だ」
とはいえ、腑に落ちないのはカズキも同じ。
アンノウンはまさしく悪魔と呼べる残虐性をその身に孕んでいる、彼女ならば戦えぬ者達の命をそれこそ道端の小石を蹴るような気軽さで奪うだろう。
現に先程数十人という命を彼女は容赦なく奪った、ならば同じようにアラガミを操作してサテライト居住区を襲う筈だというのに、それをしないのは何故だ?
そこまで考え、今はそれどころではないとカズキは思考を切り替える。
それにだ、アンノウンが何故アラガミの大群をこの極東のみに向けているのかは……なんとなくだが、予想できていた。
「カズキ君、我々はここを作戦本部として使用し指揮を執る。君には戦闘部隊の総隊長をお願いしたい」
「了解ですサカキ博士、すぐに準備を始めて三十分以内に出撃準備を終えます。本部はこのままアラガミの進路予測地の割り出しと医療班、およびオペレーターの割り当てをお願いします」
「……抗神大尉、そしてブラッド諸君。よろしく頼む」
深々と頭を下げるフェルドマン、そこに前のような確執は無く……ただ、カズキ達に託すという想いを感じられた。
それに対しカズキ達は力強く頷きを返し、すぐさま会議室を出て行こうとして――フィアが、フェルドマンに問うた。
「……クジョウ博士は、螺旋の樹の中に取り残されたままなの?」
「うむ。搭乗していた神機兵βの反応が消失したのを確認できた、おそらくは……」
「そう……」
わかっていた、今の螺旋の樹は異界と化している。
如何に神機兵に搭乗しているとしても、あの中に入ってしまえば……。
僅かに胸辺りから痛みが走ったが、フィアはそれ以上何も言わず会議室を後にする。
すぐさまカズキ達に追いつき、彼等は神機保管庫へと向かった。
既にそこには極東に居る全ての神機使いが集合しており、カズキは彼等の前に立ち口を開く。
「今回の作戦で、戦闘部隊の総隊長を務める事になった抗神カズキです。時間がありませんのですぐに作戦内容を……」
「あ、あの……カズキさん、アラガミの大群がこの極東に向かってるって本当ですか?」
カズキの言葉を遮り、神機使いの1人が問いかける。
その神機使いの表情は恐怖と不安に苛まれており、見ると他の神機使い達も同様の表情を浮かべていた。
「本当だ。だからこそ極東支部の全神機使いを大連部隊としてまとめ、この極東を守らなければならない」
「け、けど中には感応種とかも居るんですよね? そんな大群を相手に……守りきれるんですか?」
「オレ達も、地下シェルターに避難した方が……」
「何を言っているんですかあなた達は! 私達はゴッドイーターなんですよ!?」
そのあまりに情けない発言を聞き、コウタの後ろに立っていたエリナが声を荒げる。
しかし、それでも一部の神機使い達の表情は変わらず、戦う前から心が折れかけていた。
おもわずもう一度怒声を浴びせようとするエリナであったが、後ろからエリックに肩を掴まれ制止される。
(士気が落ちていますね……無理もありませんが)
彼の隣に立つアリサは、どうにか今の状況を打破する手を考えようと思考を巡らせる。
こんな状態ではとてもこの極東を守りきれない、今この場に居る誰もが1人でも欠ければこの戦いに勝利する事は無理なのだ。
「……無理に戦えとは言えない。だから……このまま戦えないと思う者は、避難しても構わない」
「えっ!?」
「おい、カズキ!?」
彼の言葉に、誰もが驚きを隠せない。
今回の戦いは今までのアラガミ討伐とは規模が違い過ぎる、既にアラガミとの“戦争”とも言えるべきレベルの戦いになるのは明白だ。
だというのに彼は戦えないのなら避難しても構わないと言った、この言葉に驚かないわけがない。
「誰だって死にたくはない、それは僕だって同じだ。そして誰かが目の前で死んでいく姿を見るのも嫌な筈だ。それを否定する事も強要する事も誰だってできない。
――だけどもう一度考えてほしい。僕達が成さなければならない事を、守らなければならない存在を」
「…………」
「僕達が神機使いになったのは、戦えない人達をアラガミから守る為であり何よりこの世界で生きる為だ。でもそこから逃げてしまえば……生きる事からも逃げてしまう事になる」
そうなってしまえば、もう戻る事はできなくなる。
人としての誇りも、何もかも喪って……堕ちる所まで堕ちてしまうだろう。
それもまた人の業であり弱さでもある、だからこそカズキは決して否定しない。
「僕には守りたい人達が居る、愛する妻に娘達。友に……この極東で精一杯生きる人達もだ。
でも僕1人の力じゃ全てを守る事はできない、どんなに力があっても1人じゃ守れないんだ。だから――みんなの力を貸してほしい、ここに居る1人1人が力を出し切れば……必ず勝つ事ができる筈だ!!」
(カズキ……)
皆に向かって頭を下げるカズキに、アリサは優しい笑みを浮かべた。
彼は人の弱さを知っている、そして同時に人の強さを信じている。
誰よりも身体も心も強いのに、自分はまだ未熟だと思い強くなろうとして、際限なく力を増していくのだ。
だから周りの者は1人で急激に強くなろうとするカズキを放っておけなくて、強くなろうとする。
結果、彼の傍に居れば自然と誰もが強くなり、彼の人柄に触れ絆を育んでいく。
今だって、先程まで弱腰だった者達の心を奮い立たせ、強い決意を抱いた顔つきに変えるのだ。
この場に居る誰もがもう戦いから逃げようと考える事はなく、カズキはそんな彼等に心の中で感謝の言葉を送った。
「コウタ、君達第一部隊は北エリアを担当してくれ」
「ああ、任せろ!!」
「ソーマとリンドウさんはクレイドルの部隊と共にそれぞれ東エリアと西エリアを」
「了解した」
「おう、りょーかい」
「防衛班は最終防衛ライン周辺での戦闘をお願いします。ブラッド隊がフライアで交戦した新種アラガミにアラガミ装甲壁はおそらく通じません、なので……なんとしてもそこで死守してください」
「ああ、大丈夫だカズキ。大船に乗ったつもりで任せてくれよ!」
「お願いしますタツミさん、アリサは残りのクレイドルメンバーと共に南エリアを」
「了解しました!!」
「そして残るブラッドとリヴィ特務少尉、および僕は……遊撃部隊として行動する」
「遊撃部隊?」
「状況に応じて全てのエリアを担当する、それと“感応種”と君達が戦った新種アラガミの掃討を優先的に行う特殊部隊だ」
感応種と戦える神機使いはどうしても限られる、この極東でベテランと呼ばれる神機使いは既に感応種と戦えるが……それ以外の神機使いはそうはいかない。
なので戦場を縦横無尽に駆け抜け、戦況と状況によって独自の判断で行動する遊撃部隊としての運用が一番効率的なのだ。
カズキの説明に、フィア達ブラッド隊とリヴィは大きく頷きを返し承諾の意を見せる。
「では各自出撃準備を進めてくれ、バックパックと陣形の確認を忘れるな!!」
『了解!!』
敬礼し、それぞれの部隊へと散っていく神機使い達。
「ソーマ、シオちゃんは君の部隊に入れてくれ」
「わかった」
「無茶すんじゃねえぞカズキ、生き残れよ?」
「リンドウさんも、サクヤさんとレンちゃんが待ってるんですから無茶したら駄目ですよ?」
「わーってるって、傷だらけの姿をうちのチビに見せて泣かれるのは勘弁だ」
じゃあな、武運を祈るぜ、軽い口調で言ってリンドウは自分の隊に配属された神機使い達と共に担当エリアへと向かっていった。
ソーマもすぐさま動きを見せ、部下と共にこの場を離れる。
「アリサ、君の部隊にはラウエルを、遊撃部隊にはタマモを向かわせる」
「えっ、ですが……」
「わかってる。でもラウエルやタマモの力はこの戦いには必要なんだ、わかってくれ」
「……そうですね」
それに、ラウエルもタマモも自分から戦うと言ってくるだろう。
ならば親として、共に戦いながら命を懸けて彼女を守ればいい、アリサは自分にそう言い聞かせる。
「……終わったら、君の手料理を食べさせてくれる?」
「はい。腕によりをかけてご馳走しますよ!!」
「ありがとう」
アリサを引き寄せ、自然な動きで彼女の唇をそっと塞ぐ。
触れ合うだけの軽いキスだが、それだけでアリサの中にカズキの痛いくらいの愛情が流れ込んできた。
それを戦う力に変え、アリサも部下達と共にその場を離れていった。
「――さあ、僕達も準備を始めよう」
そうフィア達に言うカズキであったが……当の彼等はなんともいえない表情を彼に向けていた。
「……どうしたの?」
「いえ、その……」
「カズキさん、もう少しその…周りに気を遣ってくれると助かるんですが」
「あ……」
シエルとナナとリヴィは僅かに頬を赤らめ視線を逸らし、ギルとロミオは気まずそうにしている。
その態度でカズキは先程のアリサとのやりとりのせいだと理解し、静かに頭を下げたのであった。
………。
「…………」
「……ウララちゃん、大丈夫かい?」
身体を震わせ、じっとモニターを見つめるウララに、テルオミは心配になり声を掛けた。
「えっ!? は、はい! だ、大丈夫です!!」
返ってきた反応はテルオミの予想通り、声は震え、上擦り、若干涙声にすらなっている。
無理もあるまい、彼女はまだまだオペレーターとしては新人の領域だ。
必要最低限の知識と技術は持っているが、これから展開される作戦は……戦争とも呼ぶべき大きなもの。
彼女が緊張しない筈も無く、けれどかといってこのままでは間違いなく作戦に影響を及ぼすのも確かであった。
「少し落ち着いて深呼吸をするといいよ? 緊張するなって言う方が無理なんだから……」
「い、いえ。そんな泣き言……許されません!!」
「ウララちゃん……」
「こ、今度の作戦はできるできないなんて話じゃなくて、やらなきゃいけないんです! だ、だから……だから……」
とうとう涙が彼女の瞳に浮かび始め、テルオミはおもわず掛ける言葉を失ってしまう。
彼女は責任感が強く、一生懸命過ぎる面がある。
だからこそ今度の作戦で少しのミスも許されないと理解している、その考え方が他ならぬ自分自身を追い詰めているというのに。
「新人だからとか、経験が少ないとか言っていられません。わ、私……私、しっかりしないと……サポートしないと、みんなが……」
「――ウララさん、テルオミさんの言う通り一度深呼吸を繰り返してください」
震えが止まらぬ彼女の手を、優しく握り締めながら上記の言葉を口にしたのは……彼女に向かって優しく微笑むヒバリであった。
彼女の笑みを見て少し落ち着きを取り戻したのか、言われた通り深呼吸を繰り返すウララ。
けれど上手くいかず、ヒューヒューと掠れた吐息を漏らしてしまう。
「恐いですよね? 震えが止まらなくて、仕方ないですよね?」
「そ、それは……でも、今はそんな事言ってる場合じゃ」
「――恐いのは当たり前ですよ。ほら、私だって」
「あ……」
そこで、ウララは漸く気づく。
自分の手を握り締めているヒバリの手も、同じように震えている事に。
「私も恐くて恐くて、許されるのなら今すぐここから逃げて地下シェルターに避難したいぐらいですよ」
「えっ……」
その言葉に、ウララは驚く。
彼女にとってヒバリは、完璧なオペレート技術を持ち、どんな局面でも冷静さを失わずに自分の仕事をこなす先輩だと思っていた。
そんな彼女が、ここから逃げ出したいと言ったのだ、ウララにとってその発言は驚愕に値する。
「――わたしも、ヒバリさんと同じですね」
そう言ったのは、同じくウララの尊敬すべき存在であるフランであった。
「見てください。わたしもこれからの作戦を考えると……身体の震えが止まりません」
「ボクなんか全身震え上がってますよ。――だからウララちゃん、君が恐いと思うのは自然な事で何もおかしいわけじゃないんだ」
「み、皆さんみたいなベテランの方でも、恐いと思うんですか?」
「ボクはベテランじゃないけどね」
「いつだって恐いですよ、人の死ぬ姿を見る恐怖がいつだって傍にある仕事ですから。それでも1人じゃないですから……恐くても、立ち向かえるんです」
「1人、じゃないから……」
「ウララさん、恐がる事は間違いでも弱さでもありません。ですが今のあなたのように恐怖に支配されてしまえば何も出来なくなります、恐怖を受け入れ……その上で自分の成すべき事だけを考え、行動に移す事が重要なのだと私は思います」
「フランさん……」
胸の前に手を当て、目を閉じるウララ。
そのまま彼女は再び深呼吸を繰り返す、今度はしっかりと……落ち着いた様子で。
そして目を開いたウララの表情は、先程とは違い強い意志を宿した凛々しいものへと変わっていた。
「私、頑張ります。後悔したくないですから!!」
「はい、その意気ですよウララさん!」
「では早速、最終チェックをしますよウララさん!」
「了解です!!」
不安がウララの中で消えたわけではない、今だって押し潰されそうな恐怖が彼女の胸に張り付いている。
それでも彼女は負けないと虚勢を張り、その恐怖を受け入れた。
全てはアラガミと戦う神機使い達を支える為、新人であるウララはまた一つ成長を見せる。
「すみません、遅れました!」
そう言ってヒバリ達の前に現れたのは、マリーであった。
全速力で走ってきたのか、荒い息を繰り返している。
「大丈夫ですよマリーさん、すぐに準備を進めましょう!!」
「はい!!」
「ところでマリーさん、一体何処に行っていたんですか?」
「……保険を、作ってきたんだ」
「???」
「――さーて、愉しい愉しい戦いの始まりだー」
極東に向かっていくアラガミの大群を見下ろしながら、アンノウンは歓喜する。
そんな彼女の前に、巨大な人型アラガミが降り立った。
右手に巨大な戦斧を持つそのアラガミは、フィア達が螺旋の樹外縁部で戦った“魔神”と呼ばれるアラガミであった。
「およ? そっちも参戦するの?」
「当然だ。あの極東には強い力を持つ神機使い達には借りがある、それに……彼らを屠る事で、私が神を超えた真なる神である証明になるだろう」
(……厨二病かな?)
おもわず噴き出しそうになるのを堪えつつ、アンノウンは視線を極東に向ける。
(気づいているよねカズキ? 今度こそ、どちらが強いのか決着を着けようか?)
愛しい愛しいカズキを思い浮かべつつ、アンノウンは歪んだ笑みを深めていく。
その姿は禍々しく、恐ろしく、けれど――独特の美しさがあった。
純粋で純朴な想いが、彼女の狂気を深めていく。
――開戦は、すぐそこまで迫っていた。
To.Be.Continued...