更に螺旋の樹も何らかの理由によって汚染されてしまうのだった……。
「――螺旋の樹内部で反応があった、ジュリウスの特異点反応が、消失した」
開口一番、フェルドマンは会議室にて恐るべき事実を口にする。
彼によって集められたコウタ、カズキ、サカキ、そしてシエルはその言葉に驚愕を隠せない。
螺旋の樹外縁部の異常事態から既に二日、情報管理局の調査は難航を極めていた。
苛立ちと不安がシエル達を少しずつ蝕む中でのこの事実である、驚愕するのは当然と言えよう。
「それって……終末捕喰が再開する、ってことか……?」
「まだ決まったわけじゃないよコウタ、でも……時間はあまり残されていないと思っていい」
「そうだね……それでフェルドマン局長、打開する策を考えたからこそ、我々をここに呼んだのかな?」
サカキの問いにフェルドマンは大きく頷きを返し、話を進めた。
「この状況を打開するべく、現在進行している螺旋の樹の外面調査を継続すると同時に……螺旋の樹内部調査を実行に移そうと思っている」
「外部調査……」
「あの樹の中に入る算段がついているんですか!?」
「仮説ではあるがな……とりあえず一度説明も兼ねてフライアに移動する、ついてきたまえ」
そう言われ、シエル達はフェルドマンと共にフライアへと移動する。
そして彼女達はラケルの研究室にて、あるモニターへと視線を向けていた。
モニターに映るのは、ある神機の前に立つリヴィの姿。
「あの神機は………!」
リヴィの前に用意されている神機の正体に最初に気づいたのは、シエル。
その表情は驚きに満ち溢れており、また彼女だけでなくカズキ達も同様の表情を浮かべていた。
しかしそれも無理はないだろう、リヴィの前に用意された神機、それは――ジュリウスの神機なのだから。
「フェルドマン局長、何故ジュリウスの神機を……?」
「あれが螺旋の樹を切り拓く鍵になるからだ。――諸君等は、アラガミ化した神機使いに対する対処法を把握しているかね?」
「……一番確実な方法は、アラガミ化した神機使いの神機を用いての介錯」
「その通りだ抗神大尉。話を戻すが螺旋の樹は「ジュリウスが終末捕喰によってアラガミ化したもの」だ、ならば「アラガミ化したジュリウス」である「螺旋の樹」を切り拓くには「ジュリウスの神機」を用いればいい……そんなロジックだ」
「でも、神機は基本的に他の人には扱えない筈じゃ……」
神機は人工のアラガミ、故に適合した者ではない神機使いが持ち入ろうとすれば忽ち神機によって捕喰される。
これは神機使いであるならば常識的な知識であり、だからこそ上記のコウタの問いは尤もなものだった。
例外は勿論あるものの、基本的に神機使いは自分の適合した神機以外の神機は決して扱えない。
「その通りだ。だが……彼女は、リヴィは特別なんだ」
「特別……?」
「フェルドマン局長、ジュリウス神機の励起、完了しました」
情報局員の声が聞こえ、フェルドマンは再び視線をモニターに向ける。
「リヴィ、聞こえるか? 始めてくれ」
『了解です……』
フェルドマンの声に頷きを返し、リヴィは徐にジュリウスの神機に手を伸ばし……そのまま適合しようと柄を握り締めた。
「なっ!?」
「リヴィはあらゆる偏食因子を受け入れ、誰の神機にも適合できる特別な体質の持ち主でな……彼女がジュリウスの神機に適合し、螺旋の樹内部への道を拓く」
これがフェルドマンの考えた打開策、これにはシエル達も驚く事しかできなかった。
リヴィの恐るべき体質もそうだが、ジュリウスの神機を用いて螺旋の樹への道を切り拓くなどという突拍子もない作戦を思いつくなど、到底できないからだ。
だが――彼の打開策に、カズキは納得できなかった。
「……フェルドマン局長、あなたは自分が何を言っているのかわかっているんですか?」
「カズキ……?」
友の怒りに震える声に、コウタは首を傾げる。
温厚な彼が、あのように怒りを露わにするのは珍しい。
一体どうしたのだろうと思ったが、次に放たれた彼の言葉によって何故怒りに震えているのかその場に居た全員が理解した。
「確かに彼女は特殊な体質を持っています、でもあんなやり方……あの子の寿命を削り取るようなものだ。今までアラガミ化した神機使いの「介錯」も全て彼女の能力を用いて行ってきた事だとすれば……彼女はあと十年も生きられない!!」
「えっ………!?」
「…………」
「そしてそれは局長もわかっている。わかっていて何故あんな――」
「――リヴィが望んだ事だ、彼女は自らの体質を正しい事に使おうとまさしく身を削る思いで実行に移している、それを止める権利は誰にもない」
「っ………」
フェルドマンの反論に、カズキはおもわず言葉を詰まらせる。
己の人にはない力を正しき事に使おうとする、その心と考えはカズキとまったく同じものだったから。
だから彼は何も言えなくなり、けれどその顔は納得などしないと物語っていた。
そんな彼の視線を一瞥し、フェルドマンは話の続きを話し始めた。
「しかし……この策には一つ欠けているものがある」
「欠けているもの?」
「先程も言ったようにリヴィはあらゆる偏食因子を受け入れ誰の神機にも適合できる、しかし螺旋の樹のような巨大な「アラガミ」の内部を調査する道を作るには最低限の適合率では到底足りる筈もない。
今後リヴィには実戦にて神機の適合率を高めてもらっていくが……ジュリウスの神機は第三世代のものだ、それだけでは螺旋の樹を突破できるほどの適合率は見込めないだろう」
「では……どうすると?」
「………その為には、現在行方不明になっているブラッド隊長の血の力である「喚起」能力が必要となってくる」
「――――っ」
シエルの表情が強張っていく。
怒り、悲しみ、憎しみ、不安、恐怖といった様々な負の感情が複雑に混ざり合ったような表情。
「よってブラッド隊の面々は、リヴィと共に行方不明となったブラッド隊長の捜索にあたってもらいたい。他の極東の戦力は今まで通り螺旋の樹外縁部の調査とサテライト居住区の警護を――」
「――フェルドマン局長、クレイドルおよび第一部隊の一部の戦力をブラッド隊長の捜索任務に就かせてもらいます」
「…………」
ジロリとカズキを見るフェルドマン。
対するカズキも敵意すら込めた睨みを返し、一触即発の空気を作っていく。
息をするのも躊躇われるほどの重苦しい空気が場に漂う中、先に折れたのは――意外にもフェルドマンの方であった。
「了解した。しかし全ての戦力をブラッド隊長探索に費やすのは得策ではない」
「わかっています。ですが運用はこちらに一任させてもらいますよ? それともう一つ、これからは効率良く物事を進める為にそちらの秘密主義な行動は慎んでいただきたい」
「…………」
フェルドマンの表情が変わる、周りの情報局員も口には出さないがカズキに対し怒りの色を見せていた。
「今はお互いにいがみ合い足を引っ張り合う状況ではないんです、この先どんな未来になるのか誰も予測できない以上極東と情報管理局が真に手を取り合わなければならない時なんです。
フェルドマン局長、僕はこの世界を無くしたくない。僕はある人との約束を果たす為にこの世界を閉ざすわけにはいかないんです。そしてそれはあなた達も同じ想いでしょう?
だったらくだらないしがらみも、虚栄心も、地位も、名誉も、全て捨てて前を向いて歩かなきゃいけないんです。未来を……消さない為にも」
救えなかった命があった、助けられなかった者達が居た。
どんなに力を手に入れても、人ではなくなっても……この手から零れ落ちた命は数知れず。
だが同時に救えた命があった、助けられた者達が今も生きていてくれている。
ならばこの先も戦い続けなければならないのだ、そこにくだらないものなど一切いらない。
「…………善処しよう。運用もそちらに任せる」
「ありがとうございます」
「早速で悪いが、三十分後にブラッド隊は出発してくれ。リヴィの適合率を早々に高めなくては作戦に望めない」
「了解です。それでは――失礼致します」
フライアを離れ、極東に戻るカズキ達。
サカキは支部長室に戻り、それを見送ってからカズキは早速メンバー編成をシエルおよびコウタと話し合う事にした。
「4人の2チーム……割ける人員はそれが限度だ。クレイドルと第一部隊から3人の戦力をそちらに回す事にする」
「3人か……よし、じゃあ第一部隊からはローザとエリックさんをそっちに回すよ」
「こっちは僕とアリサ、そしてソーマとリンドウさんをローテーションで1人ずつ回していく」
「了解しました。――ありがとうございます皆さん、そちらもそちらで大変なのに」
「気にするなって。フィアを捜したいって思ってるのはブラッドだけじゃないんだからさ!!」
「コウタの言う通りだ。フィアは必ず生きてる、あの子は……みんなのおかげで本当に強くなったから」
「………はい、彼は絶対に生きていると私も信じています」
だが、悠長にしていれば未来は最悪なものになってしまう。
彼が居なくなって既に二日、正体不明のアラガミによるダメージもあるだろう、一刻も早く捜しに行かなくては。
――そして二十分後、シエル達は螺旋の樹へと向けて出発した。
「…………」
シエルがリーダーを務めるαチームが乗る車内は、重苦しい空気に包まれていた。
αチームの編成は、シエル、ナナ、リヴィ、そしてローザの4人。
リヴィが居るせいなのだろう、ナナとローザの表情が強張っている。
対するリヴィもその空気に気づいているのか、いつも以上に物静かで近寄りがたいオーラを漂わせていた。
(いけませんね……このような事では)
無理もないとはシエルとて判っている、フィアが行方不明になったのは情報管理局の無謀な指示のせいだ。
しかしかといって情報管理局に全ての責任があるわけではない、ましてやリヴィに責はない。
それはナナとローザ、そして他の極東の面々もわかっているだろう、だが感情が納得していないのはある意味必然であった。
現にシエルも平静を装っているが、リヴィに対し理不尽な怒りを向けようとしているのだから……。
「――――すまないな」
「えっ……」
「ブラッド隊長の件は完全にこちらの落ち度だ。謝って済む問題ではないが……本当にすまないと思っている」
「リヴィさん……」
顔を俯かせ、表情を窺い知る事はできない。
だがよく見るとリヴィの身体が僅かに震えていた、自分達の起こした事を後悔するかのように。
「……白状するとな、局長はブラッド隊長を信用していなかった。微塵もな」
「それは……あの人の父親が、グリード・エグフィードだからですか?」
「知っているのか……?」
「ええ、おそらく私とナナさんは細部まで。そして私達だけじゃなく極東の皆さんも知っています」
「………知っていて、彼を心から信頼しているのか」
「フィアさんはフィアさんです、父親とは違います」
はっきりと、少しだけ皮肉を込めてシエルは言った。
「……凄いな。いや、本来ならばそれが普通なのかもしれないな……」
「あの人はずっと自分自身を呪ってきました、父親の異常としか言えない実験に巻き込まれ、沢山の命を犠牲にしてきたと自分を責め続けて……でも、今は違います。
ちゃんと前を向いて生きようとしてくれている、だからこそ私は……あの人を幸せにしたい」
幸せにならなければならないのだ、彼は。
ずっとずっと辛い思いをしてきた、ずっとずっと涙を流して後悔の渦に呑み込まれてきた。
自分は悪なのだと責め続け、生きる価値のない化物だと罵ってきて。
「シエルちゃん、私じゃなくて私達でしょ?」
「ふふっ、そうでしたねナナさん」
「……リヴィちゃん、正直私は情報管理局の人達を許せないって思ってる。でもだからって仲良くしたくないわけじゃないの、だからさ……これからは、ちゃんと仲良くしていこうよ、ね?」
「仲良く…………そうだな、信頼関係の無いチームなど、遅かれ早かれ瓦解する。――努力しよう」
「うん!!」
ニコッと微笑むナナに、リヴィもぎこちないながらも笑みを浮かべた。
やっと、色々な意味で歩み寄れた気がする、そう思うシエルとナナなのであった。
一方、車の運転をしつつ傍観に徹していたローザは、彼女達のやりとりを聞いて口元に笑みを浮かべていた。
今、明らかにリヴィと2人の間の空気が変わったからだ、無論良い方向に。
(後はフィアが戻れば万事解決だね)
その為にも頑張らなくては、そう心に決めつつ……ローザは一つの懸念があった。
リヴィの能力、誰の神機にも適合できるという特殊な力。
それはアラガミ化した自分の力と酷似しているが、アラガミ化した自分とは違いリヴィはあくまで人間である。
反動の大きさは自分の比ではないだろう、義兄であるカズキもそれを危惧しておりフォローを頼むとわざわざ言ってくるほどだ。
(ローザがジュリウスの神機を使えば、リヴィちゃんの負担も減らせるんだけどなあ……)
使えないわけではない、しかしそんな能力があると情報管理局に知れば色々と面倒な事になる。
ただでさえアラガミでありながら人と共に生きているラウエルとシオの事もあるのだ、これ以上厄介な事態は引き起こしたくはない。
けどやっぱり、心配になってしまうローザなのであった。
「………うっ………」
身体の節々から痛みが走り、フィアは目を醒ます。
最初に視界に映ったのは、光沢を放つ紫の大地。
身体を起き上がらせ周囲を見渡せば、同じような色合いの景色が広がっていた。
上を見上げるが広がっているのは漆黒の闇、とりあえずフィアは近くにささっていた自分の神機を回収し、何があったのかを思い出した。
(そうだ、螺旋の樹に異常が発生して……地面が崩れてそのまま……)
つまり、ここは螺旋の樹の下層に位置する場所なのだろう。
……身体がだるい、まるで丸一日以上眠っていたかのようだ。
とにかく今は脱出しみんなの所に戻らなくては…そう思ったフィアはニーヴェルン・クレイグを鞘に入れ、アスガルズを持って歩を進め始めた。
(っ、身体が……)
歩き始めてからすぐに、フィアは自分の身体がひどく衰弱している事に気がついた。
あの正体不明のアラガミとの戦いに加え、いくら負担が減ったとはブラッドレイジを使用した。
神機を持つ手にいつものような力は入らず、いつもなら自分の手足のように自在に操れる神機も重く感じられる。
歩いているだけなのに息は乱れ始め、気を抜くとその場で座り込み二度と歩けなくなってしまいそうだ。
――死という概念が、フィアの脳裏に浮かび上がる。
自分はここで死ぬのかもしれないという不安と恐怖が、彼の身体を蝕み始める。
前の彼ならば考えもしなかった感情、ただ戦場に赴きアラガミを駆逐する機械であった彼に死に対する不安と恐怖、そして執着は消えていた。
だが今は違う、彼は良い意味でも悪い意味でも……人間に戻っている。
だから彼は今恐がっている、こんなわけのわからない場所で朽ち果ててしまうかもしれない自分の未来に、仲間達に会えないかもしれないという不安に心が押し潰されそうになっている。
「は、は、ぁ………」
ごくりと喉を鳴らし、ガチガチと震えそうになる歯を必死で抑えていく。
死にたくない、みんなに会いたい、生きたい。
生物としての当たり前の生への執着が脳裏を占めていく、その姿はひどく情けなく滑稽で……けれど、生きとし生ける者として美しかった。
不安と恐怖に苛まれながらも、決して生への執着を手放さずに歩を進めていくその姿は、立派に“生きている”と言えたから。
そう――彼はもう死に逃げるという選択肢は選ばず、生きる道を模索している。
喪ってしまった命達の為に、何より自分に生きていてほしいと…幸せになってほしいと願い泣いてくれた少女達の為にも、彼はまだ死ぬわけには………。
―――そこを右に、暫く歩いて右斜め上に開いている穴を登りなさい。
「…………えっ?」
声が、聞こえた。
成熟した女性のような、けれど年若き少女のような、澄んだ声。
周囲を見渡すが、当然ながら自分以外の存在などいる筈もない。
精神的に参って幻聴でも聞いたのだろうか、そう思っていると――その声は、再び彼の耳に届いた。
―――まだ間に合います。さあ、早くシエル達の元へ。
「………誰だ? 僕に語りかけるのは………」
問いかけるが、返答は返ってこない。
その後も何度か呼びかけるが、その声はそれ以降聞こえる事はなかった。
今は眠っているマリアとケイトの声とは違う、けれど何度も聞いたことのある声だ。
……信じてみたいと、そう思った。
どうしてなのかはフィア自身もわからない、けれどその声に従うのが正しいと自分自身が訴えている。
だからフィアは再び自分の身体に喝を入れ、声の言っていた方向へと歩みを再開させたのであった………。
To.Be.Continued...
もう少しシリアスが続きます、ご了承ください。