神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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螺旋樹外縁部にて、正体不明のアラガミを単独で調査することになったフィア。
問題のアラガミはすぐに見つかり、交戦に入るフィアであったが………。


第4部捕喰184 ~戦斧の鬼~

――大地が、震えていた。

 

 大鎌と巨大な戦斧が幾度となくぶつかり合い、鋼の軋む音と衝撃が周囲に放たれ続ける。

 両者の武器は共に超重武器、だというのにその斬撃は速くそして重い。

 およそ人間離れしたその力と動きは、一見互角の戦いを繰り広げているように見えるが。

 

「っ、ぐ………っ!」

 

 不利な状況に陥っているのは――フィアの方であった。

 既に彼は全力で戦っている、そして彼が持つアスガルズは数ある刀身パーツの中でも群を抜いて高い攻撃力を持つ武器だ。

 並のアラガミならば斬られた事など気づかずに命を終え、大型アラガミであってもまともに受ければ両断される破壊力を持つ一撃を何度も放っているというのに。

 ――なのに、目の前のアラガミには塵芥(ちりあくた)の効果もなかった。

 

 アスガルズよりも更に巨大な戦斧を自在に操るその技量と剛力、目の前のアラガミはあらゆる点で“異端”であった。

 かつて何度も戦ったあのアンノウンと同じ、否、アレとは違うベクトルでの異端さをこのアラガミからは感じられた。

 

「あー……」

「――――!!?」

 

 徐に口を開くアンノウン、刹那――そこから強力なオラクルエネルギーが込められたビーム砲がフィアに向かって放たれる。

 その突拍子のない攻撃に反応が遅れ、フィアは回避ではなく防御を選択。

 

「ぐ、ぁ………!?」

 

 装甲にビームが当たった瞬間、大砲が直撃したかのような衝撃がフィアの全身に襲い掛かる。

 それも二度、三度と連続で受け続ける事になり、歯を食いしばってそれに耐えるフィア。

 五度目のビームを受け終えたが……力を入れていた両足はガクガクと震え、膝が折れそうになる。

 

「っ、………!」

 

 迫る銀光、それが自分の首を薙ごうとする相手の戦斧だとわかり戦慄した。

 眼前に迫った死の恐怖に、フィアは全神経を集中させ回避行動に移る。

 しかし先程の防御で足は満足に動かせず、咄嗟にフィアはアスガルズから手を放し真横に跳びながらゴロゴロと地面を転がっていく。

 それが幸いしたのか、戦斧はフィアではなく先程まで彼が居た地面を大きく抉るだけに留まった。

 

 ……アスガルズで受けていたら、間違いなく防御ごと身体を斬り飛ばされていただろう。

 運で生き残ったと思い知らされ、フィアは悔しげに唇を噛み締める。

 

『フィアさん、応答してください! フィアさん!!』

 

 と、ここで漸くフィアは先程から通信越しにフランが自分を呼んでいる事に気づいた。

 相手との距離はおよそ八メートルほど、少なくとも一息で踏み込める距離ではないと確認し、フィアはフランに返事を返した。

 

「フラン、現在正体不明のアラガミと交戦中、たぶんこいつがフェルドマンの言っていたアラガミだと思う」

『えっ……!? ですがこちらのモニターにアラガミらしき反応は……』

「……ステルス機能を持つアラガミ、か。本当に何でもありなんだな」

『フィアさん後退してください、予想以上の得体の知れなさです。これ以上の戦闘は……』

 

「………フラン、ブラッドレイジを使う。感応制御システムは問題なく稼動してるね?」

『フィアさん、危険です!!』

「ここでコイツを逃がす方が危険だ。ブラッドレイジを使わせてもらう!!」

 

 フランの言葉を無視し、フィアは鞘からニーヴェルン・クレイグを抜き取る。

 神機の喚起率は現在260%ほどまで高まっている、ブラッドレイジは充分に使える筈だ。

 こちらが何か仕掛けてくると理解したのか、アラガミは攻めようとしていた姿勢を止め、フィアに対して身構えていた。

 

「フラン、ブラッドレイジを発動する!!」

『っ、了解。感応制御システムオールグリーン、いけます!!』

「―――ブラッドレイジ、開放!!!」

 

 刹那、フィアの背中に現われる黄金色の輝きを見せる漆黒の翼。

 溢れ出しそうな力を制御しながら、フィアは爆撃めいた脚力で地を蹴った。

 地面を踏み砕きながら飛び出したフィアは、刹那の時間よりも速くアラガミの眼前に迫り斬撃を放った。

 

 まずは上段からの振り下ろし、速度も威力も申し分ないその一撃は、アラガミの左肩から右わき腹までバッサリと切り裂き鮮血が舞う。

 続いて返す刀で横薙ぎの一撃、しかしこれは浅くアラガミは後方へと跳んで致命傷を回避。

 ――だが遅い、回避したとアラガミが思った時には再びフィアの姿が眼前に迫っていた。

 

「――うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 裂帛の雄叫びを上げ、ひたすらに神機を振るっていくフィア。

 一撃、二撃、三撃、四撃………!

 その全てがアラガミの身体を引き裂き、抉り、斬りつけていった。

 だがフィアは止まらず攻撃の手を緩めない、否、緩めるわけにはいかないと言った方が正しい。

 何故なら、既に十数撃もの斬撃を相手に叩き込んでいるというのに――相手は、まだ倒れもせずに生きている。

 ブラッドレイジによって出力を限界まで増大させた神機を用いているというのに、一向に倒れる気配がなかった。

 

「く、おおおおおおおおおっ!!!」

 

 内側に宿り始めたある不安を払拭するように叫び、更に攻撃を激しくさせていくフィア。

 既に彼の神機はおろか彼自身も相手の血によって真っ赤に染まっており、それでも尚彼は止まらず攻撃を続けていき―――

 

 

「――図に乗るなよ、餓鬼が」

 

 

「―――!!?」

 

 視界がブレる。

 首元に凄まじい衝撃と激痛を感じながら、フィアは自分の身体が近くの巨木に叩きつけられた事に気づく。

 

「ぐ、ぅ………」

「不可思議な力だが、それでもまだ届かんさ」

「な、に………?」

 

 全身に走る激痛も、目の前の広がる光景によって消え去った。

 

――効いていない。

 

 あれだけの猛襲を一身に受け、全力の攻撃を仕掛けたというのに。

 目の前のアラガミは全身から血こそ出すものの、最初に対峙した時と同じように不動であった。

 この事実はフィアに驚愕を与え――やがて、ブラッドレイジが終了する。

 漆黒の翼が背中から霧散し、ブラッドレイジによる疲労と反動が一気にフィアの身体に襲い掛かる。

 

「く、そ………!」

 

 だが諦めるわけにはいかない、たとえブラッドレイジが相手に届かなくてもまったくのノーダメージというわけではないのだ。

 まだ戦える、そして勝ってみんなの元へと戻らなくては……自らを奮い立たせ、フィアは再び神機を握る。

 その姿を見て、アラガミはまるで汚物を見るかのような冷たく暗い瞳をフィアに向けながら。

 

 

「――気に入らん目だな、前の方が良かった」

 ぽつりと、呟くようにそう言った。

 

 

「え―――」

「つまらん男に…いや、人間になったな。化物は化物らしくしていればいいものを」

「なにを……」

 

 言っているのか。

 目の前のアラガミは、まるで自分を知っているかのような口振りだ。

 だがそんな事などありえない、目の前の存在はアラガミであり出会うのは今日が初めて………。

 

「――――――」

 

 そこまで考え、ある考えがフィアの脳裏に過る。

 ……思い返せば、自分は()()()の最期を見ていない。

 しかしそんな事はありえない、否、あってはならないのだ。

 そう思えば思うほど疑惑は膨れ上がっていき、ありえないとは言えなくなっていく。

 

「まあいい、こうなってしまった以上もはやお前に用はない。――始めから、こうすればよかったのだ」

「………お前、は」

「さらばだフィア、だがこの世界もいずれ消える……悲しむ事はない」

 

 そう言ってアラガミは笑う、歪で…異常で、けれどよく見慣れた、忘れられない笑みを。

 瞬間、フィアは限界まで目を見開き――自分の考えが確信へと変わったのを自覚する。

 その次に浮かんだのは何故という疑問、しかし目の前のアラガミはフィアが言葉を放つ前に跳躍しその場から居なくなってしまった。

 

「待て――――っ!!?」

 

 慌てて追いかけようとしたフィアであったが、突如として地面が揺れ動きたたらを踏む。

 揺れは秒単位で激しくなっていき、まともに立っている事すらできずフィアはその場に座り込み神機の刃を地面に突き刺し倒れるのを防ぐ。

 一体何が起きているのか、揺れ動く世界に身を委ねる中――彼は見た。

 

――螺旋の樹が、変わっていく。

 

 清楚さすら感じられた白の世界は、瞬く間に汚濁に塗れたような紫へと変貌していく。

 それだけではない、所々から鋭く尖る棘のようなものが生えていき、悲鳴を上げるかのような音を響かせながら樹が()()()()()()()()

 自分は地獄の中に居るのだろうかと錯覚してしまうほどの、異質で奇異な惨劇が広がっており……自分自身が、魂がここから逃げろと叫び出した。

 ここにいれば死ぬ、逃げなくては死ぬ、そうなれば……もう二度とみんなには会えないという内なる声が、フィアに訴えかけていた。

 

 わかっている、それぐらいフィアにだってわかっている。

 だが動けないのだ、ダメージも大きくブラッドレイジ発動による疲労もあり、更にこの揺れでまともに立つ事ができない。

 そして――呆気なく、本当に呆気なく()()()は訪れてしまった。

 

「ぁ、――――」

 

 浮遊感、視線を下に向けると……先程まであった地面が無くなっており、漆黒の闇が広がっていた。

 落ちていく、抵抗もできず、奈落の闇へと。

 光は遠ざかり、自分の周りにあるのは――全てを呑み込む闇だけ。

 

(みん、な………)

 

 仲間達の顔が、フィアの脳裏に浮かび上がり。

 そして彼はそのまま、どこまでもどこまでも……闇の中へと堕ちていった―――

 

 

 

 

 

『―――ふざけるなあああああああっ!!!』

「ギル、落ち着くんだ!!」

「よせって、一旦落ち着け!!」

 

 フェルドマンに向かって憤怒の表情を浮かべながら殴りかかろうとするギルとロミオを、慌てて止めるカズキとリンドウ。

 どうにか羽交い絞めにする事で事なきを得たが、相も変わらず2人は拘束から抜け出そうと暴れる事を止めたりしない。

 しかしカズキもリンドウも2人の気持ちは痛いほど理解できた、しかしだからといってフェルドマンに殴りかかろうとしているのを止めないわけにはいかない。

 一方のフェルドマンはそんな2人の憎しみに満ちた目を向けられても、表情1つ変えないまま口を開いた。

 

「――螺旋の樹に異変が起こった件についてだが、現在螺旋の樹外縁部に近づく事すら困難な状況になっている。原因の調査を行ってはいるが……難航しているのが現状だ」

「そんな事は聞いてねえ、フィアはどうしたんだ!!!」

「………尚、ブラッド隊隊長についても現在行方を調査中だ。オペレートをしていたフランによると調査対象であろう正体不明のアラガミと交戦した後に……行方がわからなくなった」

「っ、テメエが……テメエがフィア1人で行かせたからこんな結果を生んだんだぞ!! どう責任を取るつもりなんだ、ええ!?」

「……………」

 

 喚き散らしているのはギルとロミオだけだが、後ろに居るナナも言葉には出さないが視線がフェルドマンを責めるものになっている。

 カズキやリンドウ達極東の人間達もまた、フェルドマンに対し明確な敵意を見せていた。

 

「現段階で螺旋の樹に起きている現象は不明だが、何らかの外的要因によって引き起こされたのは間違いないと思われる。引き続きこちらで調査を進めていくので、経過が発表できるまで待ってほしい」

「ふざけるなっ!! うちの隊長を行方不明にさせておいてまだそんなふざけた事を言いやがるってのか!? 誰がテメエの指示に従うか、こっちはこっちでアイツの捜索をさせてもらう!!」

「ブラッド隊長の件では確かにこちらの落ち度だ、すまないと思っている……」

「まだアイツは生きてる!! 死んだみたいな言い方すんなよ!!」

「…………すまない」

 

 ギルとロミオに向かって頭を下げるフェルドマン、しかし当然ながらそんな事で引き下がる2人ではない。

 完全に頭に血が上り、もはや2人が誰の言葉にも耳を傾けない……そう思っていた矢先、凛とした声が場に響く。

 

「――ギル、ロミオ、落ち着いてください。それに情報管理局とは協力関係です、こちらの勝手な都合でその関係を断つ事は許されません」

 

 そう言ったのは、今の今まで沈黙を守っていたシエルであった。

 彼女はいつもと変わらない表情で、その声で、ギルとロミオに戒めの言葉を放つ。

 そのあまりに変わらない彼女の態度に、他のブラッド達は驚愕しながら彼女に詰め寄った。

 

「シエル、お前はこんな事が許されると思ってんのか? 先に裏切りやがったのは向こうだぞ!?」

「あの状態ではフェルドマン局長の指示以外に最善だと思える手はありませんでした、それに今の私達には「螺旋の樹」の調査という最優先事項が存在しています」

「……おいシエル、お前…本気で言ってんのか?」

「私はフィアさんから自分が居ない間ブラッドの指揮を任せると言われています、つまり隊長が不在の間……権限は全て私に譲渡されるという事です。どういう意味かわかりますね?」

「……………」

 

 睨み合うギルとロミオとシエル。

 暫しそれは続いたが……徐にシエルは視線を外し、フェルドマンの元へ。

 そして彼に向かって、深々と頭を下げた。

 

「局長、感情的な行動を見せてしまい申し訳ありません。……今日の所は、この辺りで」

「……そうだな。ご苦労だった」

 

 その言葉を受けて、シエルは失礼しますと一言告げて部屋を出ていく。

 すぐさま後を追おうとしたブラッド達であったが…彼女の後ろ姿を見て、躊躇いが生まれてしまう。

 ………泣いている、精一杯感情を押し殺してシエルは泣いていた。

 顔を見なくてもわかってしまう、それでも彼女は自身を押し殺して自分の成すべき事を模索している。

 そんな姿を見てしまえば、ギルもロミオも怒りに身を任せている自分がただただ滑稽だと思い知らされるのは必然であった。

 

(……凄いね、シエルちゃん)

 

 ギルとロミオがすぐさま怒りの声を上げたから出遅れてしまったが、ナナも2人と同様にフェルドマンに対し形容できない怒りを抱いていた。

 すぐにフィアを捜しに行きたい、邪魔をするならたとえ誰であっても叩き潰してでも捜しに行きたいと本気で思っていた。

 きっとシエルも同じ事を考えていただろう、けれど彼女は怒りに身を任さず…フィアに託されたものを背負い、前に進もうとしている。

 

(適わないなあ………)

 

 なんて強い心だろうか、同じ事をやれと言われてもきっとできないとナナは思い、悔しさが彼女の内に芽生え始めた。

 その後、ブラッド達は無言でそれぞれの部屋へと帰っていき……ナナは自室に入るとベッドに飛び込んだ。

 いつもならおでんパンを五個は食べるのだが、今日は食欲が湧かない。

 考えるのは――当然フィアのことだ。

 きっと大丈夫、彼は自分達の所に帰ってきてくれる、自らにそう言い聞かせながらナナは目を閉じる。

 

(フィア……お願い、無事でいてね……?)

 

 今はただ、彼の無事を祈るだけだ。

 そんな事しかできない自分に歯がゆさを覚えつつ、ナナはだんだんと意識を手放していき。

 その日彼女は、夕食も食べずに深く深く……眠りに就いた。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




当初はただただ原作沿いになる予定でしたが、どうせならオリジナル展開を思いつく限り入れていこうと思いこうなりました。
少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。

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