さて、今回の物語は………。
――瓦礫に囲まれた悪道を、一台の装甲車が走る。
運転するのはブラッド隊の一員であるギル、そんな彼の運転に身を委ねているのは、フィアとローザ…そしてリヴィであった。
今日もリヴィの指示に従い、極東の戦力確認の為に任務に赴いたフィア。
目的のアラガミを倒し、アナグラに向けて帰還している最中なのだが……車内の空気は、決して明るいものではなかった。
ギルは元々ロミオのように場を明るくする事は好まないし、フィアもどちらかといえば静かな空気を望んでいる。
しかし、現在車内には明るく社交的なローザが居るというのに、彼女は一言も喋らずただ一点――腕を組み目を閉じたままのリヴィへと視線を向けていた。
それも友好的なものではなく、少しばかりの敵意と警戒心を含んだ視線を向けている。
「……私に、何か言いたい事でもあるのだろう? 遠慮する必要はない」
ローザの視線にいい加減うんざりしたのか、やや棘のある口調でリヴィが口を開く。
一方のローザもその表情通りの口調で、自分の…もとい多くの極東メンバーが抱いているであろう不満を口にした。
「正確にはあなたにじゃなくて、情報管理局に言ってやりたいんだけど……あなた達はローザ達の邪魔がしたいの? そして螺旋の樹を独占したいの?」
「………私達は決して極東の邪魔をしに来たわけでも螺旋の樹を独占するつもりもない」
「じゃああの傲慢で横暴な態度は何? あなた達の態度や物言いで極東のみんなの迷惑になってるってわからない?」
普段のローザからは考えられない、明確な敵意と怒りを込めた言葉が放たれる。
しかしそれを聞いていたフィアもギルは、ローザを咎めたりはせず我関せずを貫いていた。
何故か、などという野暮な事は聞かないでもらいたい、彼女の言葉は自分達の言葉の代弁でもあるのだから。
――ローザの言葉は正しく、情報管理局は傲慢で横暴な者達が多かった。
リッカ達技術班が実験している最中だというのに、我が物顔で入ってくるや平然の実験の詳細を記した書類を寄越せとのたまったり。
言う必要のない厭味や皮肉を言っては、わざわざ極東の神機使い達との関係を悪化させたり。
何よりローザが許せないのは……彼女の姪に等しいラウエルや友人のシオに対し、興味深いサンプルだから調べさせろと本人に言った事だ。
……正直、あの場にカズキやアリサやソーマが居なくて良かったとローザは思っている、もし彼等がその言葉を聞いたら今頃その局員はこの世に存在していない。
とはいえローザもそれを聞いてただ黙っている事はできず、おもわずアラガミ化した剛力でその局員の首を捻り切りそうになってしまった。
幸いにもエリック達他の第一部隊のメンバーが居たので事なきを得、更にサカキがフェルドマンに直接抗議したため向こう側からの謝罪も貰う事ができた。
だが当然ローザ達は許すつもりは毛頭ない、できる事ならばそんなふざけた事を口にした局員を死ぬ事よりも苦しい目に遭わせてやりたい。
サンプルと言われた時の、あのラウエルとシオの悲しそうな顔を見てしまえば、そう思ってしまうのは当然であった。
しかし他ならぬ2人がその局員の事を許したので、ローザ達もそれ以上のアクションを起こす事もできず、鬱憤だけが溜まっている状況だ。
「確かにローザ達は普通の人間じゃないし、ラウエルとシオは世界中から見ても希少な存在だっていうのはわかるよ。
でもだからって「サンプル」なんて言い方は絶対に許せない、フェンリル本部の組織だからって何を言っても許されるわけじゃない」
「…………」
「数年前よりマシになってるとはいっても、今だってアラガミに苦しめられ死に至ってる人達が居るのに、人同士が手を取り合わずに自分の利益だけを求める事がどれだけ愚かしいかわからないの?
フェンリル本部は神様でも支配者でもない、ただの人間だって理解しないと……足元、掬われるよ?」
ローザの言葉がそのまま威圧に変わり、リヴィの身体に襲い掛かる。
なんというプレッシャーか、冷静さを失わず胆力に優れたリヴィですら、今のローザの瞳を直視できない。
冷や汗がリヴィの頬に伝い床に落ちる、だが尚もローザは怒りを込めた瞳を彼女に向け続けた。
…………どれくらい、そうしていただろうか。
リヴィが呼吸をする事すら忘れかけていた頃、ローザは冷静さを取り戻せたのか彼女から視線を外した。
「……ちょっと言い過ぎたかも、ごめんね? だけど、そっちが傲慢な態度を崩さないと……こっちも協力なんかできないよ?」
「それは、脅迫の類か……?」
「そう思いたかったらそう思っても構わないよ? ――人の絆や想いを自分の欲と自尊心の為に踏み躙れるような連中に、この世界は支えられない」
「…………」
リヴィはそれ以上何も言わず、視線を外へと向けた。
……状況管理局の者達が、傲慢で横暴な態度をとっている事は、リヴィとて自覚している。
彼女自身そのような態度で接しているつもりはなかったが、ローザの態度を見る限り間違いだったようだ。
確かにこちら側がそのような態度では協力体勢など築ける筈がない、だが……必要以上に馴れ合う意味もないのも事実だ。
仲良しこよしのグループではないのだ、今の自分達――情報管理局が行うべき事は「螺旋の樹」の調査のみ。
ただそれだけを考え行動すればいい、リヴィは改めて己に言い聞かせた。
『――おかえりー!!』
「…………」
アナグラに戻ったリヴィ達を出迎えるのは、アラガミの少女であるラウエルとシオであった。
にこやかな微笑みを浮かべ、とてとてと近寄ってくる姿は愛くるしい。
だが…リヴィの強張った表情を見て、2人は足を止めてしまった。
――けれどそれも一瞬で消え、2人は改めてリヴィに声を掛ける。
「おかえり、リヴィ!!」
「おかえりー!!」
「――――」
リヴィの目が見開かれ、顔には驚愕の色が浮かんだ。
当たり前だ、情報管理局の一員である自分に対しても、2人は先程フィア達を迎え入れた時と同じ態度を向けてきたのだから。
ローザの話で、2人が自分達に対して好意的な態度を見せられないと思っていたのに、何故……。
不思議に思い固まっているリヴィを見て、2人はにっと明るい笑みを彼女に向ける。
「リヴィは嫌なやつじゃないって、シオ達わかってるからな!」
「うん。ちょっと目つきは恐いけど……パパ達と同じくらい優しいって、わかるから」
「…………」
純粋な瞳、この少女達がアラガミだとは思えないほどの優しい目だ。
……ズキリと、リヴィの胸に小さな痛みが走る。
だが何故胸に痛みが走ったのか判らず、リヴィの頭はますます混乱していった。
その光景を見てフィアとギルの口元には笑みが浮かび、一方のローザは少しだけ不満そうな表情になっていた。
「もう……ラウエルもシオちゃんも甘いんだから」
「でも仲良くなれないよりはずっといいと思う」
「それはそうだけど、2人の優しさすら利用しようとする気がして…恐いんだ」
果たしてその時、2人が負う心の傷はどれだけ深くなるのか。
そう思うとローザは恐かった、あんなにも純粋で優しい2人には極力傷ついてほしくない。
「――だから僕達が居るんだ、そうでしょローザ?」
「あ……お兄ちゃん」
背後から声を掛けられると同時に頭を撫でられ、視線をそちらに向ければそこには優しく微笑むカズキの姿が。
「あっ、パパ!!」
「カズキーーーーッ!!」
「あっ………ぐはっ!?」
ラウエルとシオの声を耳に入れた瞬間、カズキは無意識のうちにローザ達から少し離れた。
瞬間、カズキの腹部にラウエルとシオのタックルによる衝撃と痛みが走り、そのまま数メートル吹っ飛ばされてしまう。
それでも彼は慌てないし怒らない、何故ならもう日常茶飯事と化しているからだ。
半身を起こし、やんわりと2人を引き離してから立ち上がり、カズキはフィアに声を掛けた。
「フィア、これから何か用事ある?」
「? ううん、ないけど……」
「なら第四休憩室に行ってくれる? ――レア博士が、君に会いたいって言っていたから」
「えっ………」
懐かしい名を聞き、驚くフィア。
レア・クラウディウスがこの極東に居る、ラケルの姉であり…有人型神機兵の開発者である彼女が。
自分に会いたがっているというのには多少驚いたが、そういう事ならばすぐに向かわなければ。
そう思ったフィアはギルとローザに一言告げ、すぐさまカズキの言ったように第四休憩室に赴く。
そこには彼の言ったようにレアの姿があり、視線が合った瞬間彼女はフィアに対し嬉しそうな微笑みを向けてくれた。
「お久しぶり、元気だった?」
「……うん、レアも元気だった?」
「ええ、私は大丈夫よ」
そう言ったレアであったが、よく見ると少しだけやつれたように見える。
それに覇気はあるが同時にどことなく元気がないようにも見えた、彼女は彼女で妹のラケルの事や本部に召還された事で心身ともに疲弊してしまったのだろうか。
だが、そんな彼女がこの極東に戻ってきたという事は……。
「相変わらず、察しがいいのね」
「……フェルドマンから「螺旋の樹」の調査に有人神機兵を使用すると聞いていたし、フライアがまた極東に戻ってきた事も聞いた。だからもしかしたらと思っただけだ」
「ええ。――あなたの言ったように本部の主力となるのは有人神機兵、私はその責任者として派遣されたの」
やはりな、とフィアは心の中で呟く。
彼女は有人神機兵の研究者だ、それにラケルの件で本部に出向したがサカキ達の弁明もあり事実上お咎めなしになるという話だった。
ならば彼女が研究者として歩みを進めるのは道理であり、きっと妹の事で罪滅ぼしをするだろうというのは極東の誰もがわかっていた。
……たとえ狂気に堕ちた妹の傀儡になっていたとしても、彼女もまた被害者なのだ。
「ブラッド隊隊長、またお世話になるけど……よろしくお願いしますね?」
「こちらこそ。――質問したい事があるんだけど、いいかな?」
「ええ、もちろん」
「――神機兵は今度こそ大丈夫なの?」
「……そう言われると思ったわ、アラガミと化した無人神機兵が未だに問題を起こしているのだから。
でも大丈夫、暴走の原因であった自立制御装置を使わない有人兵器として神機兵は生まれ変わりました。こんな言葉では信じられないかもしれないけど……」
「ううん。レアの事は信用しているよ、僕だけじゃなく…ブラッドのみんなも」
「…………ありがとう」
嬉しそうに、本当に嬉しそうにレアは笑う。
その笑みは憑き物が落ちたような、大人の女性でありながらあどけなさを見せる少女のような純粋な笑みであった。
彼女はずっと苦しんでいたのだろう、ラケルの件や神機兵プロジェクト……きっと寝る間も無かったというのは、彼女の顔を見れば否が応でも理解できた。
けれど彼女からは絶望や失意といったものは感じられず、前を向いて歩こうという確かな意志が見えた。
「実はね、この問題が終わったら……引退しようと思っていたの」
「えっ?」
「神機兵プロジェクトは私達親子の夢だったけど、こうなってしまってはもう叶える事もできない。だからもういいのって……諦めていたわ」
そもそも自分は咎人、そんな自分が人類の為になどというのはおこがましい、そう思っていた。
寝る間も、疲れる暇もなく駆けずり回って……気がついたら、「螺旋の樹」調査のチームに有人神機兵責任者として加わっていた。
躊躇いはあった、こんな自分がという思いもあったし何よりも…レアは疲れきっていた。
けれどそんな中レアの頭の中に浮かんだのは――父であり偉大な存在であった、ジェフサ・クラウディウスのあの言葉。
――富める者は、人類の未来に奉仕する義務がある。
父はいつだってそう言っていた、たとえ自分がどんなに苦しくとも…その言葉から逃げる事もせずその言葉を曲げる事だってしなかったのだ。
自分にはもう何も残されてはいない、けれど父のその言葉を聞き、幼き頃に科学者になると誓ったのならば……そこから逃げる事は許されない。
こんな自分でもやれるべき事、やらなければならない事があるのならばそれに立ち向かっていかなくては。
だからレアはここに居る、罪の意識は変わらず彼女を蝕んでいるが、それでも彼女は前を向いて歩み始めていた。
「………レアは、強いね」
「そんな事……でも嬉しいわ、なんだか私のやっている事を認めてくれているような気がして」
「……自分の罪が消える事なんて未来永劫ありえない、どんなに罪滅ぼしを願っても……その事実は決して変わらない」
「…………」
「でもだからってそこから逃げたって同じ事だ、僕はそれをわかっていなかったけど、みんなが居たからレアみたいにそれに立ち向かっていけるようになった」
たとえ人間ではなくても、最後まで人間らしく生き抜いてみせる。
そんな決意が今のフィアの心の中に芽吹いている、もう彼は…自分が人間ではないとは思わない。
「あなたも私も、恵まれているのね」
「うん、本当に……恵まれてるよ」
だからこそ、守りたい。
大切な人が居るこの極東を、この命尽きるまで。
「そういえば、クジョウ博士もこのプロジェクトに参加しているのよ」
「………クジョウ?」
首を傾げるフィア、何故なら彼の記憶の中にそんな人物は居ないからだ。
そんな彼に苦笑しつつ、レアはクジョウがかつて無人神機兵の開発をしていた研究者だった事を告げる。
そこで漸くフィアも思い出し、そんな彼を見てレアは再び苦笑を浮かべるのであった。
「ラケルの事があって意気消沈しているけど、よかったら話し相手になってあげてね?」
「気が向いたら。レアもシエル達に会って来てよ、みんな凄く会いたがっていたから」
「ええ、わかったわ」
それじゃあ、そう言ってフィアは休憩室を後にする。
この後は任務はない、もうすぐ「螺旋の樹」の外縁部分のアラガミを掃討し観測装置を置くという話だから、今の内に鋭気を養っておく事にしよう。
そう思ったフィアはそのままの足で自室へと向かい……その途中、あまり会いたくもない人物に出会ってしまった。
「…………」
「睨まれる筋合いは、ないとは思うがね」
自販機の前に佇む男性――フェルドマンはそう言って購入したコーヒーを口に含む。
相も変わらず威圧的な態度を隠そうともしない、話しているだけで体力を消耗してしまいそうだ。
しかし彼もこの若さで本部の一部門の局長という立場にある、色々と敵も多いのだろう。
だから常に気を張っていなければならないのかもしれない、まあ尤もそうであっても気に入らない態度なのは確かだが。
「………リヴィとは、ちゃんと共に戦ってくれているようだな。感謝する」
「別に……同じ神機使いだし協力すると言った、なら必要最低限の事はするさ」
「君は、あの男とは違うのだな」
「…………っ」
無意識の内に、フィアの表情が険しくなる。
フェルドマンが言ったあの男というのが誰なのかわかれば否が応でもこうなるというものだ。
――グリード・エグフィード、その名を思い出すだけでも吐き気を催してくる。
「不快だったか?」
「当たり前だ、あの男の話題をこれ以上出すのなら許さない」
「……仮にも本部の人間である私に一介の神機使いの君が何か不届きを行えばどうなるかなど、わからないわけではないだろう?」
「なら、試してみる?」
何の感情も込めずに、フィアはフェルドマンを見やる。
その冷たく無機質な瞳を見て、ぶるりとフェルドマンの身体が震えた。
若干13歳にしてこれだけの冷たく重い瞳を見せるなど、普通ならば考えられない。
どれだけの地獄を見れば、このような目を他者に向けられるというのか……。
「……冗談だよ。そちらの傲慢で横暴で身勝手な態度は心底気に入らないけど、さっきも言ったように協力すると誓った以上“今”は何もしないさ」
「今は、か……」
「僕の仲間や友達の日常を壊そうとするのなら、その時は……生きているのが嫌になる地獄に叩き落してやる」
「肝に銘じておこう。――ところで、ロミオ・レオーニ上等兵について少々訊きたい事があるのだが」
「? 何?」
「………彼は、リヴィとは仲良くやっているだろうか?」
「……………は?」
思いがけない質問に、おもわずフィアの口から間の抜けた声が出てしまった。
一体この男は何を言っているのだろうか、先程までの重苦しい空気は一瞬で霧散し、なんともいえない空気に包まれていく。
しかしフェルドマンの表情は真剣そのものだ、決して冗談の類で訊いていないのがわかり、フィアも真面目に答えを返す事にした。
「別に仲が悪いとは思えないけど……」
「けど、なんだ?」
「ロミオ、リヴィに嫌われてるって思ってるよ?」
「………それは、何故?」
「リヴィ、よくロミオの事を睨んでいるし、話しかけても目を見開いたまま固まって、結局何も話さないから」
「……………」
フィアの答えを聞いて、フェルドマンは何故か疲れたように溜め息をついて頭を抱えてしまった。
なんだか珍妙な光景である、それにフェルドマンからなんだかおかしな空気を感じられた。
先程のような威圧感はまるでなく、どこか哀愁漂うというか……苦労人のオーラというか、どちらかというと馴染み易い空気である。
「……そうか。質問に答えてくれて感謝する」
「別に……」
「先に言っておく、あの子は決してレオーニ上等兵の事を嫌っているわけではない。それだけは覚えておいてほしい、それとこの事をレオーニ上等兵にも伝えておいてくれ、頼む」
「うん……」
「そろそろ「螺旋の樹」の外縁部分の調査を行っていく、君達にはリヴィと共に周囲のアラガミ掃討をお願いするだろうがよろしく頼む」
「了解」
うむ、重苦しく頷いてフェルドマンは行ってしまった。
その後ろ姿は長身も相まって大きく感じてしまったが、今はどことなく小さく見えたような気がしたのだった。
「………拙いな、レオーニ上等兵がリヴィに向けている好感度が低過ぎる」
「あー……まあしょうがないですよ局長、特務少尉はあまり社交性が高いとは言えませんし」
「むぅ、とにかく我々のやるべき事をするのは当然として、この件も同時に考えていかなくてはな。
それと我々の態度に不信感を抱く連中も居るようだ、あまり度が過ぎるとそれがそのままリヴィに向けられる態度が変わっていくので気をつけるように」
「局長、特務少尉に対して過保護過ぎでしょ。完全にお父さんじゃん」
「まあ気持ちはわかるけどなー。……レオーニ上等兵爆発しろ」
「でもああいう局長を見るのはレアだよな、ある意味極東に来て良かったかも」
To.Be.Continued...
うちの情報管理局の人達は、横暴で傲慢な人もいますが中にはこんな感じの人が居ます、ご了承ください。