「――サカキ、何?」
フェンリル極東支部の支部長室。
サカキから呼ばれそこに赴いたフィアは、ノックもせずに中へと入った。
「やあ、急に呼び出してすまないね。でもフィア君、キチンとノックをするものだよ?」
「気をつける。………誰?」
フィアの視線が、見慣れぬ男女へと向けられる。
服装から察するにオペレーターのようだが、見かけない顔だ。
彼の視線に気づいた青年の方が、好感の持てる優しい微笑を浮かべながら彼に向かって自らの名を明かした。
「はじめまして、本日より極東支部のオペレーター業務を勤めさせていただきます、真壁テルオミです」
「新人?」
「ええ、クレイドルの野戦整備士をしていたのですが、同時に行っていたオペレート技術を買われ、極東支部配置となったんですよ」
「そうなんだ……僕はフィア、よろしくね?」
「存じていますよ、あのブラッドの隊長にして最強の神機使いである抗神カズキさんに勝るとも劣らないエース、でしたよね?」
「………そんな事ないさ」
青年、テルオミが皮肉の類ではなく純粋な賞賛を送っている事はフィアとて理解している。
しかし、彼との力の差を思い知らされたフィアにとって、その言葉は少しだけ不快に思えた。
「……写真では見た事がありましたけど、本当に義姉さんにそっくりだ」
「えっ?」
「ケイト・ロウリー、その名前は知っていますよね?」
「うん、でも…………あ、真壁ってもしかして?」
「ええ、いつも兄がお世話になっています」
恭しく頭を下げるテルオミに、フィアは先程感じた違和感の正体を理解した。
この青年はあの真壁ハルオミの弟だ、そういえばどことなく雰囲気が彼に似ている。
しかし似ているのは雰囲気だけだ、軽薄そうには見えず寧ろ生真面目さすら感じられた。
「おっとすみません、話し過ぎちゃって。――ウララちゃん、次は君の番だよ?」
「は、はい!!」
テルオミに促され、今度は少女の方がフィアの前に出る。
幼い顔立ちのなかなかに可愛らしい少女だ、しかしその顔は緊張に満ちてしまっており見ているこっちが緊張してしまいそうになった。
少女は一度深呼吸をしてから、自らの名をフィアに明かす。
「ほ、本日からオペレーターを勤める、星野ウララと申します!!」
「よろしくねウララ、僕はフィアだ」
「は、はははははい!! よ、よろしくお願いします!!」
「…………」
握手を求めたら、何故か大声を返されてしまった。
よっぽど緊張してしまっているらしい、これには場に居た全員が苦笑い。
「ヒバリ君とフラン君の負担を減らす為には、早急に優秀なオペレーターを育てなくてはならないからね。
フィア君のような高い戦闘能力と安定性を持った神機使いと組んで経験を積ませていくつもりだから、2人の事をよろしく頼むよ」
「いくらクレイドルでの経験があるとはいえ、ここでのオペレーター暦はゼロの一年生ですからね、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「わ、私も不束者ではありますが…精一杯頑張りますので、よろしくお願いしますです!!」
「……ウララは、もっと肩の力を抜いた方がいいと思う」
「うぐぅっ……わ、わかってはいるんですけど、ど、どうしても緊張してしまって……」
「別に緊張するなって言ってるわけじゃないよ、少しずつ強くなってみんなを支えていけるようになればいいんだから」
「は、はい!!」
フィアの声に励まされたのか、ウララの表情が少しだけ明るくなった。
それを見てフィアも笑みを浮かべ、その笑みを見たテルオミは…今は亡き義姉の事を少しだけ思い出したのだった。
「とりあえず今日の所は顔見せだけにしておこう。フィア君、悪いけれど次は第五訓練場に行ってくれないか?」
「訓練場に?」
「詳しい話はそこに居るリッカ君から聞いてほしい、頼んだよ?」
「………わかった」
特に急務もないので、ここはおとなしく従っておこう。
そう思ったフィア支部長室を後にして、そのまま第五訓練場へと足を運んだ。
そこにはサカキの言ったようにリッカの姿があり、同時に彼女の傍には固定アームに固定された自分の神機が見えた。
「あ、サカキ博士の用事は終わったんだね」
「うん、それより僕に何の用なの? リッカ」
「急かさない急かさない、きっとフィアもこの話を聞いて喜んでくれるだろうからさ」
「………?」
一体何の話なのだろうと思っていると、早速リッカは本題に入ってくれた。
「神機には暴走して使用者を捕喰させない為にリミッターが施されてるって話、覚えてる?」
「うん……」
神機は、人工的に作られたアラガミだ。
アーティフィシャルCNSと呼ばれる人工的に造られたコアをベースに、刀身や銃口パーツを装着させ、アラガミを倒す武器。
しかし人工的とはいえそれはアラガミであり、如何に腕輪を通じて偏食因子を用いて制御するといっても限界があり、出力を敢えて抑える拘束パーツを使用せねば運用ができないのが現状だ。
だがその拘束をパージした際に得られる出力は並外れたものだ、故に研究者達はどうにか安全性を維持しつつ神機の拘束を解こうと研究を続けていたが…成果を得られないでいた。
「でもね、君の血の力である『喚起』能力と『感応制御システム』を用いれば、短時間ではあるけど神機の拘束をいつでも解く事が可能になったんだ!!」
「……そうすると、どうなるの?」
「一時的だけど爆発的な力を引き出す事ができるようになるの、君も何度かそれを行った事があるでしょ?」
「あ………」
リッカに言われ、フィアは思い出す。
自身の感情が爆発した際、背中に骨組みの翼のようなものが現われ瞬間的に凄まじい力を得られた事を。
どうやらあれは神機の拘束を解き、力の全てを解き放っていた時の現象だったらしい。
「だけどあれはフィアが一方的に激情によって引き出した力だったから、その分消耗も段違いに大きかったし発動させるのだって限定的過ぎる。発動した後にまともに動けなくなったし神機に掛かる負担も並外れたものだった。
でも『感応制御システム』を介して血の力で神機と「対話」すればその負担は限りなく減るし発動終了後も戦える、今日はその訓練をしてほしいんだ」
「………凄い」
もしそれが本当ならば、フィアとしても願ってもない事だ。
あの力は本当に凄まじい、もし自在に扱えるのならばと思った事は一度や二度じゃない。
自然とフィアの口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいき、予想通りの反応にリッカは内心ほくそ笑んだ。
「まずは神機を持って訓練場の中に行ってくれる、私は上で説明の続きをするから」
「わかった!!」
言うやいなや、フィアは固定アームから自分の神機を掴み上げ訓練場の中へと走っていく。
まるで新しい玩具を与えられた子供のようなはしゃぎっぷりだ、なんだか見ていて微笑ましくなった。
笑みを隠し切れないまま上に移動するリッカ、そこには既に予め呼んでいたブラッド隊の姿が。
「なんだかフィア、すっごくはしゃいでるね」
ガラス越しから下に見えるフィアのそわそわした様子を見て、ナナが笑った。
だが仕方ないと言うものだ、いつも物静かで子供らしからぬフィアが、歳相応の反応を見せているのだから。
なんだかずっと見ていたいとも思ってしまうが、それでは訓練が終わらないのでリッカは早速マイクを手に取り下のフィアへと説明を始めた。
「フィア、神機のアーティフィシャルCNS付近に小さくモニターが設置されてるでしょ?」
『うん、100%って表示されてる』
「それは神機の「喚起率」、それが100%に達すれば「感応制御システム」を使用する事ができるの。100%になったら自分の血の力を発動させてみて、そうすればその力――ブラッドレイジが使えるようになるから」
『わかった、やってみるよ』
「ただブラッドレイジを発動させるには中型や大型アラガミのような大きな感応波を持つ個体が居ないといけないみたいなんだ、そこだけは注意してね?」
『了解』
「よーし、じゃあ今からダミーを出すから」
コンソールを操作し、フィアの前にヴァジュラのダミーを生み出す。
これでブラッドレイジの発動条件は満たされた、後は彼が発動させるだけだ。
どこか緊張めいた面持ちで、訓練場を見るブラッド達とリッカ。
そして――彼はブラッドレイジを発動させる!!!
「ブラッドレイジ……開放!!!」
その声と同時に、喚起率のモニターに表示されていた100%の字が0%に変わる。
瞬間、フィアは全身のオラクル細胞、更に神機から凄まじい躍動を感じた。
この感覚は知っている、今まで何度か体験した事のあるものだ。
次の瞬間、フィアの背中に骨組みの翼が現われ周囲に突風が吹き荒れていく。
「うおっ、すげえ………!」
「あの時と同じだ、相変わらずすげえ力だな……」
「見て! フィアの背中に生えてる翼が変わってる!!」
ナナがフィアの背中を指差す。
確かにあの時とは違い、漆黒ではあるがその中には眩いばかりの黄金の輝きが見られた。
強大で、けれど禍々しくなく美しさすら感じるその姿に魅了されそうになりながら、リッカはすぐさまモニターに視線を向けた。
(計器は正常、ブラッドレイジ時の出力は……うわ、凄い、技術班が出した予測値よりも大きい………!)
更にフィアの肉体に余分な負荷が掛かっていないか、別のモニターもチェックするリッカ。
計器は全て正常値を表示している、どうやら問題なくブラッドレイジは発動しているようだ。
まずは第一段階クリア、次は……いよいよその破壊力を確かめる番だ。
「フィア、ブラッドレイジは負担と発動終了後の戦闘行動にも支障が生まれないように30秒に設定してあるの、だからダミーを攻撃してみて!!」
『了解』
神機、ニーヴェルン・クレイグを両手に持ち、フィアはそれを右上段に構える。
まるで羽のように軽い神機に驚きつつ、フィアは全力で刀身をダミー目掛けて振り下ろし――後悔した。
「あ」
彼の口から間の抜けた声が放たれるのと、訓練場が
右上段から放たれた振り下ろしによる一撃は、確かにダミーへと命中した。
しかしその被害はダミーだけに留まらず、そのまま一直線にダミーの後ろの地面を切り裂き、壁を切り裂き、巨大な亀裂を生み出してしまった。
パラパラと破片が宙を舞い、地面に落ちる。
その光景を、フィアは神機を振り下ろした体勢のまま茫然と見つめ……上に居た者達も同様に茫然としてしまっていた。
「なに、これ」
「こ、これはあまりに予想外と言いますか……」
「……ギル、オレ腰抜けそうになった」
「心配すんな、俺もだ」
「これは……参ったね………」
予想を遥かに超える出力に、リッカはそんな呟きしか零せない。
リミッターを解除した神機の力がこれほどまでとは思わなかった、数値上の破壊力だけならばカズキの光の剣に匹敵する。
しかも条件さえ揃えば好きなタイミングで発動できるのだ、もしかしたらとんでもないものを発明してしまったかもしれないと思う、リッカなのであった。
―ー最後の物語が、幕を開く。
「――リヴィさん、次の我々の目的地が決まりました」
――部隊は再び極東の地、そこにある「螺旋の樹」で行われる。
「次の目的地は――極東支部になります」
――荒ぶる神は、常にその牙を磨き構えを崩さない。
「……極東支部、か……」
――人と神、生き残るのは果たして人か、それとも神か。
「―――ジュリウス、目覚めの時ですよ」
――結末は、この世界しか知りえない。
To.Be.Continued...
これにて導入編終了、次からレイジバースト編になる第4部開始します。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それとこの作品のブラッドレイジはゲームと違い血の誓約がありません。
理由としては上手く描写ができないのと、どういう原理で血の誓約を行っているのかがいまいち説明できなかったからです。
なのでこの作品では喚起率が100%になればすぐに発動できるというなんかチートじみた感じになってしまいましたが、ご了承ください。
ブラッドレイジを多用したいんです、それにこの作品にしかない特殊な発動も考えてて……。