今回から少しシリアスが続きそうです。
「―――足り、ない」
枯れ果てた荒野が、血に染まっている。
赤茶色の大地が赤黒く変色し、周囲に散らばるのは――アラガミの死骸。
その中央に、小さな少女が無表情のまま立ち尽くしていた。
見た目は十も満たぬ子供だが、少女の全身はアラガミの血で赤黒く染まっており、口元には肉片がこびり付いている。
それだけでも異常だというのに、灰色の髪と褐色の身体に生える漆黒の獣耳と六尾の尾が少女が人間ではない事を告げていた。
近くに転がっているコンゴウの身体を片腕で掴み上げ、少女は大きく口を開きその身体を貪るように捕食する。
その光景はただただ醜悪、しかし同時に“食す”姿としてはこの上なく自然に映った。
やがて巨大な身体を持つコンゴウの身体を喰らい尽くし、それでも少女は物足りなそうに。
「足りない……こんなんじゃ、足りない……」
うわ言のように、呪詛のように、同じ呟きを繰り返す。
やがて少女は、ある方向へと先程と変わらない無表情のまま視線を向けた。
その先にあるのは――フェンリル極東支部。
「……コウガミ、カズキ……」
「――おい、ちょっといいか?」
「? ソーマ?」
廊下を歩いているとソーマに呼び止められ、フィアは足を止め彼へと身体を向けた。
見ると彼の表情が僅かに強張っている、それを見てフィアはすぐさま大切な内容の話になると悟り、自然と表情を引き締める。
「……キュウビの姿を調査隊が発見したそうだ」
「キュウビ………」
独立部隊『クレイドル』がずっと捜し続けていた純血のアラガミ、キュウビ。
最近この極東近辺で目撃されるようになり、フィア達ブラッドもキュウビの身体を構成している『レトロオラクル細胞』の重要性は、ソーマやリンドウからは聞いている。
そして、キュウビが見つかった時はクレイドルと共に共同戦線を張るという事もだ。
「周囲に存在するアラガミは他のクレイドルメンバーとブラッドに抑え込んでもらうが……フィア、お前はオレとリンドウ、そしてアリサと共にキュウビ討伐チームに加わってもらう」
「それはもちろん構わないけど……カズキは?」
クレイドル最大の戦力である筈のカズキがキュウビ討伐に加わらないのは不自然だ。
そう思ったフィアがソーマに問いかけると、彼からおもわず首を傾げてしまうような返答を返された。
「アイツは今回後方支援に回った、というよりアイツから後方に回ると言い出したんだ」
「えっ、どうして?」
「……どうも嫌な予感がするそうだ、大事な作戦を前にしてそんな事を言うアイツじゃねえんだがな。
オレ達にはわからねえ“何か”を感じ取ったのかもしれねえ、だがかといってキュウビなんていう未知数な相手と戦うには3人じゃ心許なくてな、お前には悪いと思うが」
「そんな事ないよ、寧ろ頼ってくれるのは嬉しいから」
「…………気負うなよ?」
優しく告げるソーマに、フィアは力強く頷きを返した。
と――ソーマの通信機が鳴り響く。
「どうした? ――わかった、フィアが傍に居るからすぐに出撃準備を整える」
「…………」
通信を切るソーマ、そして彼はフィアへと視線を向け――静かな口調で、戦いを告げる言葉を口にした。
「――キュウビを追い詰めたそうだ、出撃するぞ」
「………了解」
ソーマと共にフィアは神機保管庫へ。
そこで愛用の神機を手に取り、彼と共に外で待機していたリンドウとアリサと合流。
ヘリに乗り込みキュウビが居るであろうエリアへと向かう中、フィアは1人……緊張していた。
レトロオラクル細胞を手に入れる事ができれば、人類の未来が確立される第一歩に繋がる。
そんな大事な任務に赴くチームに選ばれたという事実は、彼に不安と緊張を齎すには充分過ぎた。
如何に精鋭揃いの『ブラッド』の隊長だとしても、彼はまだ13の子供。
ましてや漸く彼は歳相応な面を表に出すようになったのだ、精神面での綻びが生まれるのは必然であった。
「大丈夫ですよ、フィアさん」
そんな彼に優しく話しかけるのは、彼の隣に座っていたアリサだった。
「あなたの実力はここに居る全員が認めていますし頼りにしています、いつも通りに戦ってくださればたとえキュウビだろうと問題ありません」
「アリサ……」
「そーそー、お前さんみたいな若い芽が着々と育っててくれておじさんは嬉しいわけですわ」
「何を言っているんですかリンドウさん、まだまだ現役引退させるわけにはいかないんですからね?」
「おー……アリサ君は恐ろしいですなー、ソーマ博士もそう思いませんか?」
「博士はやめろと言ったぞリンドウ。……さっきも言ったが気負う必要はない、お前は1人で戦っているんじゃないんだ」
「………ありがとう、みんな」
フィアの中から、不安や緊張が消えていく。
1人で戦っているわけではないという安心が、彼の心を支えてくれた。
大丈夫だ、1人じゃないのなら自分はどんな相手とも戦える――フィアがそう思った瞬間。
「っ、調査隊より報告! キュウビがこちらに向かってきているようです!!」
恐怖と驚愕に満ち溢れたヘリパイロットの報告が場に響いた。
「えっ!?」
「そいつはヤバイな……よし、俺達はここから降りるからヘリはすぐにここから離脱しろ!!」
「り、了解!!」
ヘリパイロットに指示を出すと同時に、リンドウはヘリの扉を全開にし、数十メートルはあろう高さから躊躇いなく飛び降りた。
続いてソーマ、アリサもその後に続き、フィアは一度大きく深呼吸をしてから、3人の後を追いヘリから飛び降りる。
十秒も経たずに地面に着地、既にヘリのプロペラ音は遠ざかっており、ちゃんと避難できた事にほっとしていると、前方の空から何かが降り注いできた。
「くっ………!?」
「チィ―――!」
装甲を展開するフィア達、彼女達に向かって降り注いできたのは都合百近いレーザーの雨であった。
オラクルエネルギーが込められたそれは一つ一つが必殺の威力を誇り、けれどその全てを装甲で防ぎきるフィア達。
衝撃に顔をしかめながらも、その場に居た全員が今の攻撃が誰から放たれたものなのかを瞬時に理解し、攻撃が止んだと同時にあるアラガミが彼等の前に降り立った。
巨大な狐のような肉体を持ち、三本の実体尾と高密度のオラクルエネルギーで構成された六本の尾を持つアラガミ。
「キュウビ………!」
「おーおー……ようやっと対峙できたな」
現れたアラガミ、キュウビを見て全員が改めて身構える。
リンドウは変わらずいつもの口調で呟きを零すが、キュウビの威圧感を真っ向から受け頬に冷や汗が伝っていた。
アラガミ化を果たしているフィアとアリサも、キュウビの身体から発せられる力に驚愕する。
なんという膨大な力の塊なのか、今まで相手にしてきたアラガミとは比べ物にならないエネルギーがキュウビの全身から溢れんばかりに放たれていた。
「グルルルルル………!」
「っ………」
「うおっ、こいつはすげえな……」
唸り声を聞いただけで、戦意が喪失してしまいそうになる。
だがフィア達とて歴戦の神機使い、キュウビから発せられるプレッシャーを真っ向から受けても逃げるなどという選択肢は選ばない。
それが気に食わないのか、それともフィア達を脅威と認識したのか。
「――ギュギャアアアアアッ!!!!」
「っ、来るぞ!!!」
先程よりも更に大きな唸り声を上げ、巨体に似つかわしくない速度でフィア達に向かっていった。
同時に左右に散るアリサ達、その中でフィアだけが真っ直ぐキュウビへと向かっていく。
両手でアスガルズの柄を握り締め、キュウビがフィアの身体を噛み砕こうと口を開くと同時に、彼は横殴りの一撃を振り放った。
「っ………!」
アスガルズの刀身とキュウビの牙がぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いに発展。
全力の一撃を放ったフィアであったが、真っ向から牙で止められ、更に少しずつではあるが圧されていく。
なんという力か、遂にはフィアの両足が地面に埋まっていき圧し切られそうになるが、その前にキュウビの身体に銃撃による衝撃が走った。
更に三発の弾丸をその身に受け、キュウビは堪らず後方へと後退。
「隙ありだっ!!」
「し―――!」
跳躍し空中に逃げたキュウビに、左右からリンドウとソーマが迫る。
同時に振り下ろされる2人の斬撃、空中に居るためにキュウビは避けられない……筈であった。
「な―――!?」
「―――に!?」
驚愕の声が、リンドウとソーマの口から放たれる。
空中に跳躍し回避行動に移れないキュウビに対する追撃は、確実に決まった筈であった。
しかしキュウビはなんと空中に自らの身体を高速回転させ、その際に生まれた衝撃波で2人を吹き飛ばしたのだ。
なんという柔軟でしなやかな身体なのか、しかもその衝撃波にはオラクルエネルギーが込められており、2人の身体には幾つもの裂傷が刻まれていた。
「……おいおい、衝撃波だけでこれかよ」
「チッ………」
ダメージは小さい、しかし不用意に接近できないという事実は、近接攻撃しかできないリンドウとソーマにとっては致命的な問題だ。
「ガアアッ!!!」
口を大きく開くキュウビ、すると口から高密度のオラクルエネルギーが込められた漆黒の球体が三つ現れる。
やがてその球体は高速回転を始め、地面を削りながらリンドウとソーマに向かって撃ち放たれた。
「おいおい………!」
「くそ………っ!!」
あれはヤバイ、こちらに向かってくる球体を見て2人は瞬時に理解する。
高密度のオラクルエネルギーの塊というだけでなく、更にそれを高圧縮させたあの球体は爆弾に近い。
当たれば神機使いの肉体だろうと一撃でバラバラの肉片に変わり、装甲で防ごうにも間違いなく神機ごと砕かれる。
かといって回避も不可能、球体の速度は思った以上に早く互いの距離も遠くない。
ならば――相殺させるしかないと、ソーマは瞬時に思考を巡らせチャージクラッシュの準備に入り。
「ぐ―――ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「っ、アリサ!?」
2人を守るように割って入ったアリサが、真っ向から球体をたたっ斬ろうと斬撃を放った光景を視界に入れた。
「ぐ、ぎ………!」
球体に刀身が触れた瞬間、全身がバラバラになったかのような衝撃と痛みがアリサの身体を襲う。
神機を持つ両腕は裂け始め鮮血が舞い、それでも負けるものかとアリサは両足に力を込める。
「アリサ、逃げろ!!」
「ぐ、このぉぉぉぉ……人妻、なめんなあぁぁぁあぁぁぁっ!!!」
激昂しながら、アリサは体内のオラクル細胞を強制的に活性化させる。
それにより彼女の身体は擬似的なバースト状態に移行、当然痛みも増したが猛りだけで蓋をした。
増大した腕力を用いて無理矢理神機を振り下ろし――漆黒の球を文字通り真っ二つに切り裂いた。
「――――」
バキンッ、という甲高い音がアヴェンジャーの刀身から響き渡った。
……砕け散った、折れたではなく粉々に砕けてしまった。
神機の刀身だけではない、砕けたのは……自分の両腕の骨もだ。
(……これでいい)
骨なら暫くすれば復元できる、アラガミとなった自分ならば可能だ。
神機だって直せる、極東の技術班は超が付くほどに優秀だから。
ただ、きっと物凄く怒られるが……仲間を守れたのならば安い代償だ。
それに――
「うおおおおおおおおっ!!!!」
「おらあああああああっ!!!!」
ぐらりと地面に倒れ込むアリサの背後から、キュウビに向かっていく影が2つ。
1人はリンドウ、そしてもう1人はソーマ。
アリサが作ってくれた道を無駄にしないため、この一撃で終わらせる気概で2人はキュウビに迫る。
そして、風切り音を響かせながら2人はキュウビの頭蓋を砕かん勢いで神機を振るい。
『―――――』
それでも、その一撃は相手に届かなかった。
――本当に、化物だ。
今まであらゆるアラガミと戦ってきた、接触禁忌種に該当するアラガミだって倒してきた。
だがこのアラガミは、キュウビは……本当に規格外な存在だと、認めざるおえない。
せっかくアリサが両腕と自身の神機を犠牲にしたというのに、繋げる事ができなかった。
不甲斐ない己に腹が立つ、後悔の念が一瞬でリンドウとソーマの脳裏を埋め尽くしていく………が。
「ギャアッ!!?」
次の瞬間、場に居た全員が耳に入れたのは、キュウビの悲鳴であり。
「――みんなで繋いだ一手だ、絶対に繋げてみせる!!」
背中に機械仕掛けのような漆黒の翼を生やしたフィアが、キュウビの肉体にアスガルズの刀身を深々と突き刺しており。
アスガルズを離し、鞘からニーヴェルン・クレイグを抜き取り、キュウビの首を跳ばそうと刀身を振り下ろした―――
To.Be.Continued...
もう少し続きます、お付き合いくださると嬉しいです。