神々に祝福されし者達【完結】   作:マイマイ

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今回の主役はこの2人。
本来なら第三部の時点でこの話をねじりこもうとしたのですが、展開的に無理でした。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。


第4部導入編捕喰171 ~エリックとローザ、変わる関係~

――ローザは不機嫌だった。

 

お気に入りの紅茶とムツミが作ってくれたクッキーを食べながらも、彼女の眉間には皺が寄り表情も険しい。

しかもそれは今だけではない、この数日間彼女はずっと不機嫌なままだった。

そんな彼女と共に仕事をしている第一部隊のコウタとエリナは、彼女とお茶をしながら表情を固くしていた。

まあそりゃあそうである、アラガミと戦っている時も不機嫌なままで、半ば八つ当たり気味にアラガミが駆逐されていく姿を見れば顔も強張るのも当然だ。

とはいえこのままでは精神衛生的によろしくない、なので勇気を出してエリナはローザに問いかける事にした。

 

「あの、ローザ先輩……最近なんだか、機嫌が良くないような気がするんですけど……」

「……別に、なんでもないよ」

「いや、なんでもねえわけないだろお前。何かあったのか?」

 

コウタもこの状況を何とかしたいのか、ローザに問いかけるが返ってくる返事はエリナの時と同じく「なんでもない」であった。

しかし彼等は引き下がらない、このままの状況が嫌なのは勿論だが、同じ部隊の仲間がこのように悩んだままというのは見過ごせない。

じっとローザを見つめるコウタとエリナ、暫くそれが続き…観念したのか、ローザがぽつりと呟くように自身の不機嫌の理由を口にした。

 

「…………エリックが、最近ローザの事を避けてるの」

「えっ、お兄ちゃんが?」

「あー……そういえばエリックさん、最近ローザと一緒の任務に行ってないな」

 

ローザが協力してほしいと言っても、何処となく焦った様子で断っていた事もあったなとコウタは思い出す。

それを聞いて、エリナは少しだけ表情を歪ませた。

 

「もう、お兄ちゃんってば何してるのかしら!」

「いやいやエリナ、エリックさんが悪いってわけじゃ……」

「じゃあコウタ隊長はローザ先輩が悪いって言いたいんですか!?」

「いや、そういうわけじゃねえけどさ、何が原因なのかわからない以上安易にどっちが悪いとか決め付けるのは拙いだろ?」

「むう……」

(………エリック、どうしたのかな?)

 

不機嫌になっているだけでは解決しない、なのでローザはもう一度考えてみる事にした。

エリックが今のような態度を見せるようになったのは、ローザがアンノウン率いるアラガミの大群と戦い怪我をして、その怪我が治ってからだ。

怪我をしている最中は特に今までと態度は変わらなかったと思う、だというのに怪我が治ってからの彼の様子はあきらかに今までとは違っていた。

自分と目を合わせようともせず、声を掛ければ返事を返すもののすぐに焦ったように会話を切り上げ自分から離れていく。

任務に誘っても、食事に誘っても、彼は自分を避けるようになってしまった、前は余程の事が無い限り断る事などなかったのに……。

 

「……エリックに、嫌われちゃったのかな?」

そう思うと、ローザの心に鋭い痛みが走った。

アラガミから受ける痛みとはまた違う、寂しくて…辛い痛みだ。

 

「そ、そんなわけないですよローザ先輩!!」

「そうそう。エリックさんが何の理由もなくローザを嫌うなんてありえないって」

「……じゃあ、ローザが何かエリックに嫌われるような事、しちゃったのかな?」

「っ、コウタ隊長!!」

「いてえっ!?」

 

何のフォローにもなっていないコウタの言葉を受けて、ますます意気消沈していくローザ。

やべっと思ったコウタだがもう遅い、しっかりとエリナから割と本気の肘鉄を受け悶絶する羽目となった。

そんな彼を冷たく見下ろしてから、改めてエリナは言葉を続ける。

 

「わたしはローザ先輩がお兄ちゃんに何かしたからとは思えません、でもお兄ちゃんが理由もなくそんな事をするとも思えないんです」

「うん、ローザもそう思うよ。優しいエリックがこんな事するなんて普通じゃありえないもん」

 

だからこそ、自分が何かしたのだと思わずにはいられなかった。

しかしそんな覚えなどない、覚えなどないのに謝った所でこの問題は解決しないだろう。

……八方塞りである、どうしようもないこの状況にローザはなんだか泣きたくなった。

 

 

 

 

 

――場所は変わって、抗神夫妻の部屋。

 

「――カズキくん、僕を殴ってくれ!!」

「………はい?」

 

久しぶりの休みを得られ、極東に戻ってきたカズキ。

残念ながらアリサはサテライト居住区の護衛、ラウエルとタマモはそのお供としてこのアナグラを離れてしまっているため、読書でもしてゆっくり過ごそうと彼は考えていた。

その矢先に突如としてエリックが現れ、神妙な面持ちで上記の言葉を口にしたのだが、案の定カズキはポカンとしてしまった。

……とりあえずやたらと僕を殴れとぬかしてくるエリックを宥め(若干力ずくで)、事情を訊く事にした。

 

「……それで、どうしていきなりあんな頓珍漢な事を言ったんですか? エリックさんもうそんなキャラじゃないでしょう?」

「いや別にボケたわけじゃないし、もうってなに!?」

「それで、どうしたんですか?」

「あ、うん。実はね……最近、ローザに冷たくしてしまっているんだ……」

「? それは……何故です?」

 

ローザに冷たくしている、その言葉に一瞬エリックに対し怒りを覚えたカズキであったが、すぐさまいつもの調子で問いかけた。

エリックが理由もなしにそんな事をするとは思えないからだ、何か大きな…少なくとも彼にとっては大きな理由があるのだろう。

でも自分だけではどうしようもなくて、けれど自己嫌悪に苛まれ、こうして罰を受けようと兄である自分の元に来たのだろうと容易に考えられた。

するとエリックは、何故か頬を赤らめ……驚くべき事を口にした。

 

「……彼女の顔が、まともに見れなくなってしまったんだ。多分…いや……彼女を、異性として意識している」

「…………」

「……驚いただろう? それとも、怒ったかい? 大切な妹が僕のような男に好かれているというのは……」

「驚きはしました、でも……僕はエリックさんなら大丈夫だと思っていますから。でもどうしていきなり?」

「前の戦いで、彼女は身体だけじゃなく心も今まで以上に傷ついて、でも泣こうとも逃げようともせずに僕達の為に戦ってくれた。

 ――それを見て僕は情けなくて恥ずかしくて、命を懸けても彼女を守りたいと思ったんだ。肉体だけじゃなくその心も」

 

その時からだ、エリックがローザを仲間としてではなく異性として見るようになったのは。

そして怪我が治り原隊復帰をして、彼女の笑みを見た瞬間――エリックの心は完全に彼女に奪われてしまった。

それは別に構わない、寧ろそういった事を自覚できたのは中途半端だった自分としてもありがたいものだから。

しかしその結果、彼女の顔をまともに見れないという思春期真っ盛りな事態になってしまったのはあまりにも予想外であった。

 

それはもうエリックは困惑した、もう成人を過ぎたいい大人がまるで子供のようではないか。

けれどそれから彼はまともにローザと顔を合わせるどころか、会話すら成り立たなくなってしまった。

だというのに、ふと考えるのはローザの事ばかり……難儀なものだ。

どうにかしなければと思ってもどうにもならず、自分1人では解決しないという結論に達し、同時にこんな情けない自分に喝を入れてほしくて、今に至る。

自分の情けない心中を全て話し、それを聞いていたカズキは内心苦笑…する事はなく、逆にエリックに感謝していた。

だってそうだろう?今の彼は真剣にローザとの関係を変えようとしてくれている。

確かにあまり褒められた行動ではないものの、彼は投げ出さずになんとかしようとしてくれているのだ。

ならば感謝するのは当然であり、同時にローザの兄として、またエリックの友人として応援したくなった。

 

「告白、してみたらどうですか?」

「ええっ!?」

「そんな素っ頓狂な声を出さなくても……というかエリックさんなら、そういうの慣れてるとばかり……」

「いやいやいやいや! カズキくんは僕をそんな軽薄な男だと思っていたのかい!? じ、自慢じゃないけど僕は生まれてこの方異性とお付き合いした事なんて無いんだ!!」

 

真っ赤な顔で、本当に自慢にならない事を自白するエリック。

その姿にカズキは苦笑し、けれどますます彼なら大丈夫だと思った。

 

「でもこのままじゃ解決はしませんよ。エリックさんが本気でローザの事が好きなら、想いを伝えるべきです」

「そ、それはそうかもしれないけど……そう簡単にはいかないんだよ。

 情けないのはわかってるさ、だけど断られたら……そう思うと、考えるだけで身体が震えそうになる」

 

ならば、今の同じ部隊の仲間としての関係でもいいではないか。

断られて関係が崩れてしまうのならば…一度考えてしまうと、なかなかその考えは払拭できなかった。

けれど誰もエリックの事を責める事はできないだろう、誰だって通る道なのだから。

――しかし、かといってこのままというわけにもいかないというのもまた事実であった。

 

「エリックさんは、ローザの事が好きですか?」

「………うん。好きだ」

「どんな所がですか?」

「そうだな……子供っぽい部分は時折疲れると思う時があるけど、芯はとても強くて、優しくて、誰よりも人の痛みがわかる子だ。

 本当に綺麗なんだあの子は、外見じゃなくてその心が。まるで宝石のように輝いていて、彼女と居るだけで本当に幸せな気持ちになれる」

 

今まで、そんな気持ちを抱いた事などなかった。

だから傍に居たいと願った、もっと彼女の心に触れたいと思ったのだ。

 

「ローザは幸せ者ですね。本当に」

「はは……」

「――あの子にはもっともっと幸せになってほしい、アラガミになったあの子には僕と違って人間として生きている時間が少なかった。

 だからというわけではないけど、あの子には本当に幸せになってほしいです。その為には……あの子を常に傍で支えてくれる人が必要なんだと思います」

 

そしてその役目は、兄である自分ではない。

昔とは違う、自分も彼女も成長しいつまでも兄妹だけの世界に留まる期間は終わりを迎えたのだ。

自分にとってのアリサのような存在を、ローザにも見つけてほしい。

そしてその役目を担えるのは、きっと目の前に居る青年だとカズキは強く信じていた。

 

「――お兄ちゃん、いる?」

「っ!?」

「ローザ? いいよ、開いているから入ってきて」

「ちょ、カズキくん!?」

 

制止しようとするエリックだが、もう遅い。

ガスの抜けたような音を響かせながら扉が開かれ、ローザがカズキ達の部屋へと入り……エリックと目が合った瞬間、固まってしまった。

そしてそれはエリックも同じであり、2人は目を見開いたままお互いを見つめあっている。

 

――なので、カズキがそっと2人の背中を押してあげる事にした。

 

「ローザ、エリックさんがローザに用があるって言っていたよ?」

「ファッ!!?」

「えっ……」

「僕は少し出るから、ここで話すといい」

 

言うやいなや、すばやい動きで部屋を後にするカズキ。

突然の事態に思考が停止したエリックが我に返った時には既に彼の姿は無く、ローザと2人っきりになってしまっていた。

……嫌な汗がダラダラとエリックの身体から流れる、なにこれイジメ?

 

「………話って、何?」

「えひゅえいっ!? あ、いや、その……」

 

顔を上げるエリック、だがまたしても彼はローザから視線を逸らしてしまった。

ダメだ、無理だよ、彼女を意識しているのに顔なんて見れるわけがない。

顔が熱くなっていく、鼓動だってさっきから煩いぐらいだ。

 

「あ、えっと、僕は……」

 

逃げ出したい、なんでもないと言って誤魔化して無かった事にしたい。

頭に浮かぶのはそんな逃げの一手ばかり、でも……何故かそれを実行に移せなかった。

否、移せないのではない、移したくないと己自身が訴えていた。

 

「……エリック、最近なんだかローザの事避けてるよね?」

「えっ、あ、いやそれは……すまない」

「ううん、いいの。でも、ローザはまたエリックと仲良くなりたいと思ってるんだ……」

「ローザ……」

 

――ああ、やっぱり僕は大馬鹿者だ。

ローザは自分に避けられている原因があると思ってしまっている、そんなわけがないのにだ。

悲しそうに自分を見る彼女を見て、エリックはもう誤魔化すのも逃げるのも止めた。

結果がどうなろうとも――彼は己の想いを伝える事に決めた。

 

「………僕はねローザ、今まで異性を好きになった事がなかったんだ」

「えっ………」

「当然交際なんかした事ないし、僕は基本ヘタレだから……異性を好きになっても、恥ずかしくて逃げてしまっていた」

「………エリック?」

「想いを伝えたいと思っても、今の関係が崩れたらどうしようなんて考えて……結局、それだって逃げなのに僕は安易な道に向かおうとしたんだ」

 

だが、もうそれもお終いにしよう。

彼女を大切にしている兄から背中を押されて尚逃げを選んでしまったら、きっと一生後悔するから。

それにそんな事をしたら、自分はその彼から親友だと呼ばれる資格だってなくなってしまう。

 

「――でも、君が誰か他の男の人と一緒になるのは……どうしても納得できないんだ」

「え―――」

「僕は君が好きだ。だから、その……もし君さえよければ、僕の恋人に、なって、ほしい……」

 

これ以上ないほどに顔を赤くし、最後の方に至っては小さすぎてよく聞き取れない。

けれどエリックは確かにローザに己が想いを伝える事に成功した。

……ローザは突然の事態に驚き、目の見開きエリックを見つめながら呆然としている。

当然だ、けれどエリックの中に後悔の念は存在していなかった。

たとえこの想いを受け入れられなかったとしても後悔は無いと、胸を張って言えるくらいだ。

 

「…………」

「ローザ……?」

 

どれくらい沈黙が続いていたのか。

彼女の言葉を待っていたエリックだったが、ローザは無言のまま動きを見せ……エリックの元に歩み寄っていく。

見つめあう両者、表情からローザの真意が読めず若干混乱するエリックであったが。

 

――唇に、柔らかく暖かい感触と。

 

――ローザの顔が、眼前に迫ってきた事により、彼は彼女の答えを理解する。

 

「………………」

「……………えへへ、ちょっと恥ずかしいね。でも言葉よりもこういう方が判りやすいでしょ?」

顔を赤らめ、はにかみながら微笑むローザ。

でも嬉しかった、好きだと言ってくれて……本当に嬉しかったのだ。

だから気がついたらこんな事をしでかしてしまっていた、これではアリサの事をとやかく言えないかもしれない。

「……………」

「………あれ? エリック?」

いつまで経っても、彼からの反応が返ってこない。

もしかしたら嫌だったのかもしれない、不安がるローザであったが……。

 

「――――ぐふっ」

可笑しな悲鳴を上げ、エリックはそのままバタンとぶっ倒れてしまった。

 

「ちょ、エリック、エリックーーーーーーッ!!?」

慌ててエリックを抱き起こすローザ。

 

そんな彼が浮かべていたのは、満面の笑みだったのは言うまでもない………。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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