だがその道は、あまりにも脆く険しいものであった……。
『…………』
アナグラ、ラウンジ内の一角に集まるブラッド達と、歌姫ユノ。
その誰もが顔を強張らせており、そこには隠し切れない不安が見えていた。
無言のまま、重苦しい空気の中ただ時間だけが過ぎていき……そんな沈黙を最初に破ったのは、ナナであった。
「……あのさ。終末捕喰……本当に止められると思う?」
「どういう意味だ?」
「だ、だってさ、終末捕喰なんて想像もつかないような事…本当に止められるのかなって。
サカキ博士から止める可能性がある作戦を聞いたけど、正直……上手くいくって思えないんだ」
「…………」
何馬鹿な事言ってんだ、頭ではそう思っていても誰もその言葉を口にする事はできなかった。
だが無理もあるまい、先程サカキから聞いた終末捕喰を止める方法を聞けば、不安に思うのは当然だ。
――終末捕喰を止めるために、特異点をもうひとつ作り終末捕喰を相殺させる。
それが、サカキが出した終末捕喰を止める方法であった。
終末捕喰とは「意志の力」で世界を変える現象であり、特異点となったジュリウスの「意志の力」を相殺させる事ができれば……人類は生き延びることができる。
その為には、黒蛛病患者の「意志の力」を一つにまとめ、人為的な終末捕喰を引き起こし完成された特異点にぶつける、それがサカキの見解だ。
しかし――その為には、ユノの歌とフィアの血の力である【喚起】能力が必要となる。
ジュリウス以外の黒蛛病患者は、単体での特異点としては意味を成さない。
だがその「意志の力」を一つに纏めるために、絶大な人気を誇り人々を魅了する歌を歌うことのできるユノ、そしてユノの歌によって集められた黒蛛病患者の「意思の力」をフィアの血の力である【喚起】によって増幅させる。
……分の悪い勝負、などというものではない。
はっきり言って勝算など無いに等しい、それはサカキ自身も言っていた事だ。
それに、彼は言っていなかったがフィアは気づいてしまった。
数多くの黒蛛病患者の「意志の力」を一身に受け止める、そんな事をすれば………。
「――諦めるわけには、いかないさ」
「フィア……」
「僕はまだこの世界で生きていたい、みんなに生きてほしい。だから……諦めない」
「……凄いねフィアは、ううん…フィアだけじゃなくて、みんなも」
「ユノさん……?」
全員の視線が、ユノに向けられる。
彼女は顔を俯かせ、よく見ると小さく身体を震わせていた。
「私、凄く恐がってる。戦場に立つなんてなかったから……身体の震えが止まらないの」
「ユノさん……」
「……だけど、私もフィアと同じ気持ちだよ。恐いけど、でもそれ以上にこのまま世界が終わってしまうのは耐えられないから……諦めたくない」
そう言って顔を上げるユノ、まだ明確な恐怖の色が見えていたが…それ以上に強い決意がその瞳に宿っていた。
戦えない彼女が、ゴッドイーターではない彼女が戦う意志を見せてくれた。
その姿を見て、不安がっていたブラッド達の表情にも強い決意の色が宿っていった。
「とりあえず、今日はゆっくり休もう。――明日のためにも」
フィアの言葉に、全員が頷きそれぞれラウンジを後にする。
……残された時間を、無駄にしないために。
(……って言ってもなあ……)
皆と別れた後、ロミオは1人屋上へと足を運んでいた。
屋上には誰も居らず、ロミオは中央部分で寝転がり空を見上げる。
今日もいつもと変わらぬ空、遠くからは僅かにアラガミの声が聞こえる変わらない世界。
これがもうすぐ無くなってしまうかもしれない、そう言われても……正直ロミオにはピンと来る内容ではなかった。
(……ユノさんも、フィアも、やっぱすげえよな……)
重大な役目を背負わされても、2人は戦う意志を見せていた。
もし自分が2人のような立場だったら、あんなにも簡単に決意を抱く事はできないだろう。
そう思うと、ロミオは自分の心の弱さに失望すら覚えてしまう。
未だに血の力には目覚めず、焦っていたばかりのあの時よりも成長したかもしれないが、まだまだ一人前とはいえない自分。
「………ダメだなあ、オレ」
「――なにがダメなんだ?」
「うえっ!?」
自分の呟きに反応が返され、おもわず素っ頓狂な声を上げながらロミオは飛び起きた。
そして入口付近へと視線を向けると、そこには自分に向かって訝しげな視線を向けるマリーの姿が。
「な、なんだマリーか……おどかすなよ」
「別に驚かせようと思ったわけじゃない、お前が変な反応をするからだ」
「………何の用だよ」
「別にお前に用事があるわけじゃない、時間ができたから外の景色を眺めに来ただけだ」
そう言って、マリーはじっと外の景色へと視線を向け始めた。
……なんだか邪魔になってしまうかもしれない、そう思ったロミオはその場から立ち去ろうとしたが。
「……恐いのか?」
マリーの呟きに近い問いかけに反応し、動きを止めてしまった。
「は? こ、恐いって……オレが? バカ言うなって、もうオレはあの時とは違うんだっての!!」
「無理をする必要なんかないぞロミオ。――わたしだって、恐いんだ」
「マリー……?」
そこでロミオは、漸く気がついた。
マリーの表情がいつもと違い弱々しく不安に満ちた表情へと変わっている事に。
いつもクールであまり表情を変えない彼女にしては本当に珍しい、少女のようなか弱さ。
「もうすぐ世界は終わってしまうかもしれない、そう言われて恐がらない方がおかしいさ」
「……なんか、意外だな。お前もそういう風に考えるんだ」
「失礼なヤツだなお前は、わたしだってこう見えても女でお前より年下なんだぞ? そんな発言をするからお前は女に縁が無いんだ」
「ぐぐっ………!」
「だが、そうだな……確かに今のわたしはわたしらしくないかもしれない……」
「あ……いや、そういうわけじゃないって! その…ごめんマリー」
素直に頭を下げるロミオに、気にするなとマリーは返してから言葉を続けた。
「でもお前はただ恐がっているだけじゃないな、何を考えているんだ?」
「……別に。また変な劣等感を抱いてるだけだ」
言うつもりなど無かったのに、ロミオはあっさりと自分の心をマリーに吐露した。
彼女の前では、くだらない虚栄などなんの意味も無いからだ。
「ユノさんも、フィアも、あんな役目を背負わされてるのにさ……オレ、何もできないって」
「そんな事は無いさ。お前の無駄に明るい性格はそこに居るだけで力になる」
「無駄には余計だっての! ……でも、そう言ってくれるのは嬉しい、かな?」
「もっと自分を信じろロミオ、ブラッドの中で誰も欠けてはいけないんだ。自分のできる事を精一杯やればいい」
「背伸びしたって意味は無い、だろ?」
「よくわかってるじゃないか。お前も成長したな」
「なんで上から目線なんだよ!!」
がーっと怒鳴るロミオに、マリーは小さく笑みを作った。
するとロミオも毒気を抜かれたのか、どちらからともなく笑い声を出した。
――お互いの不安や恐怖が、少しだけ薄まってくれた。
それを感謝しつつ、けれどお互いにその事は決して口にはせず。
暫しそのまま、2人だけの時間を過ごした―――
「…………」
「――ねえユノ、本当にやるの?」
「やるんじゃなくてやらなきゃいけないの、サツキだってわかるでしょ?」
「そうだけど……」
「そんな事より、ちゃんと衣装の用意しないと、ね?」
「…………」
ユノの態度はいつも通り、そこに不安や恐怖の色は見られない。
でも、それがサツキにはかえって不安であった。
まるで、成功させるためなら自分の命など投げうってやるという覚悟を抱いているようで……。
「――帰ってくるよ、サツキ」
「ユノ……」
「自惚れているわけじゃないけど、私の歌を楽しみにしてくれている人達がいっぱい居るのに、ここで私が死んじゃったらその人達を裏切ってしまうもの。
それにみんなとも約束したの、絶対に生きて帰るって……ジュリウスを連れて、ね」
「………強くなったわね、ユノ」
友人として、幼馴染として誇らしいとサツキは心からそう思えた。
そんな彼女に、ユノは少し気恥ずかしそうに笑いながら……ジュリウスの事を考える。
(待っててねジュリウス、きっとみんなが……貴方の事を助けてみせるから……)
「―――ふぅー」
度数の高いウイスキーをロックで飲み干し、大きく息を吐くギル。
一度部屋に戻った彼だったが、結局ジッとしていられず今はラウンジに戻り酒を嗜んでいた。
「隣、いいかな?」
「リッカ……」
ギルの言葉を待たずに、彼の右隣の席に座るリッカ。
すぐにリッカはムツミに酒……ではなく、冷やしカレードリンクを注文した。
「神機の調整、終わったのか?」
「うん。大体はね、後はちょっとした微調整だけだから。安心してよ? 全力を出せるように頑張ってるからさ!」
「ここの技術班を疑った事はないさ」
「ふふっ、ありがと」
……会話が途切れる。
互いに何も話さず、ただ黙って時だけが過ぎていった。
だが決して不快ではない、だからこそ2人の表情は穏やかなものから変化しない。
「―――恐い?」
そんな穏やかな沈黙を破ったのは、リッカだった。
「……ああ、正直ビビってる。あまりにもスケールがでかすぎるからな」
「そうだよね……でも大丈夫だよ」
「どうしてそう思える?」
ギルがそう問いかけると、リッカはニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべてから。
「女の勘、かな?」
少し得意げに、そんな答えをギルに返した。
「…………」
「……ごめん。私が悪かったからそんな顔しないで、でも大丈夫だって思ってるのは本当だからね?」
「じゃあ、そう思ってる本当の理由は何だ?」
「簡単だよ。だってこの極東には沢山の凄腕ゴッドイーター達が居るんだから!
優しくて、強くて、どんな苦境にも決して諦めない強い心を持った人達が沢山居る……なら、絶対に上手くいく。今までだって何度も奇跡を起こしてきたんだから!!」
「…………」
それは、何の根拠も無い答えだった。
それをまるでこの世の心理のように、強くはっきりと言い放つリッカを見て……ギルは己の中にあった恐怖心や不安がひどく滑稽なものに思えた。
未来がどうなるのかなど誰にもわからないのだ、ならば最後まで諦めずに足掻けばいいだけ。
ただそれだけなのだ、それ以外の事をごちゃごちゃと考えるなんて無意味でしかない。
そう思っていると、ギルの心はいつもと同じように軽くなってくれた。
「よーし、それじゃあ最終調整に入ろうかな!!」
「……ちょっと待て。俺も手伝う」
「いいの?」
「ああ、お前の言う大丈夫を現実のものにするために、自分のできる事をするだけさ」
「………ありがと、ギル!」
ラウンジから神機保管庫へと向かっていくギルとリッカ。
自分のできる事をするために、そして未来を掴むために……。
「――もぐもぐ」
「~~~~~っ、美味しいー!!」
「ありがとうございます。フィアさんもお口に合いますか?」
「うん、美味しいよシエル」
「よかった……」
フィアの自室にて、フィアとナナ、そしてシエルの3人は小さなお茶会を開いていた。
シエルの用意してくれたクッキーと紅茶に舌鼓を打ちつつ、3人は穏やかな時を過ごす。
「ふぅ……なんかさー、もうすぐ終末捕喰が起こるなんて信じられなくなってきちゃったよ」
「ふふっ、ナナさんもですか? 実は私も、今のような穏やかな時間を過ごしているとそう思えてきます」
「でしょー? でも……私達で止めなきゃいけないんだよね?」
少しだけ不安に、けれどナナの表情は先程と同じく穏やかなものであった。
大丈夫だと信じているからだ、皆と一緒に戦えばきっと上手くいくと信じているから、ナナはもう不安を抱かない。
フィアとシエルも同じ気持ちだ、だからこそナナの言葉に強く頷きを返した。
「それにー、終末捕喰で世界が変わっちゃったら、答え貰えないしねー」
「えっ?」
「あー、なにその反応! フィア、ちゃんと戦いが終わったらきちんと私とシエルちゃん、どっちが好きなのか決めてもらうからね?」
「…………」
ナナとは違いシエルは何も言わなかったが、僅かに頬を紅潮させ訴えるようにフィアへと視線を向けてきた。
……これは、ますます負けられない理由ができたようだ。
「うん。正直僕はまだそういうのよくわからないけど……ちゃんと答えは返すから」
「ん……宜しい」
満足そうに微笑み、ナナは徐に立ち上がった。
そしてそのままフィアの隣へと座り、ギュッと彼の身体に抱きついてしまった。
「ナナさん!?」
「むふー……いい気持ち……」
「あ、あの……ナナ……?」
「いいでしょー? こうやって密着して親密度アップ!!」
「あ……あぁ……」
フィアを抱きしめるナナに、羨ましげな視線を向けるシエル。
正直に言えば自分もやりたい、だが羞恥心が邪魔をして一歩踏み出せない。
うーうー唸るシエルを見て、ナナはニマーッと勝ち誇った笑みを彼女に向けた。
瞬間、シエルの中の対抗心が羞恥心を上回る。
「し、失礼します!!」
「え―――いたあっ!?」
「ちょ、ちょっとシエルちゃん!?」
ナナとは逆方向からフィアに抱きついたシエル。
ただあまりにも勢いがありすぎたのと、抱きしめる力に加減が無かったのが災いして、フィアの全身に激痛が走った。
しかも飛び込むように抱きしめたものだから、そのまま3人とも地面に倒れてしまう始末。
その後、シエルはフィアとナナにこっぴどく怒られた。
明日が勝負だというのに、彼等はいつもと変わらぬ日常を過ごしていく。
自分を信じ、皆を信じ、未来を信じているから。
――決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。
To.Be.Continued...
あともう少しで第3部も終わりそうです。
最後までお付き合いしてくださると嬉しく思います。