世界はこのまま「終末捕喰」によって、作り変えられてしまうのか。
そんな中、フィアは不思議な体験をする事になる。
そこで彼は、決して叶わぬ…けれどずっと果たしたかった再会を果たす事になった………。
「――カズキ、入っても大丈夫?」
「フィア? 大丈夫だよ、どうぞ」
「………失礼します」
カズキから入出の許可を貰い、フィアは病室の扉を開く。
「……こんな格好でごめんね?」
「大丈夫、気にしないで」
ベッドに横たわったままのカズキにそう言って、フィアは近くのパイプ椅子を手に取りベッドのすぐ傍で展開し座り込んだ。
……そこで彼は改めて今のカズキの状態を見て、表情を曇らせる。
アンノウンとの戦いで、彼は左腕と右足を失った。
当然その部分には痛々しく包帯が巻かれ、それ以外の箇所の傷も決して浅いものではない。
普通の人間なら、否、ゴッドイーターであっても耐えられない程の傷。
そんな傷を負っている彼の身体には想像を絶する激痛が走っているというのに、カズキは変わらずフィアに向けて優しい笑みを浮かべていた。
やはり敵わないと、フィアは改めてカズキの強さを認識した。
「……話は、サカキ博士から聞いたよ」
「…………」
「残念だけど、終末捕喰が起こる前に僕の身体は治らないよ。
いくらレトロオラクル細胞を取り込んだこの身体でも、左腕と右足の再生には時間が掛かるからね。だから君達の助けにはなれなそうだ」
「でも、治るの?」
時間は掛かるけどね、カズキの答えを聞いてほっと安堵の溜め息を零すフィア。
よかった、彼はまた再びゴッドイーターとして自分達と共に戦える、そう思うとフィアは嬉しかった。
……だが、そんな未来が本当に来るのかという疑問が、同時に彼の頭の中へと浮かぶ。
「――まだ、諦めてないよね?」
「………うん、でも……どうすればいいのか」
「今はサカキ博士を信じて待つしかないさ、幸い終末捕喰が発生するまで多少の時間があるみたいだからね。
だから、フィア達はいつでも戦えるように英気を養っておくといい、それが今の君達にできる最善の選択だと思う」
「………うん」
ああ、情けないなとフィアは思った。
カズキの見舞いに来たというのに、他ならぬ彼にこうして励まされている。
でも、カズキの言葉を受けてフィアの心は随分軽くなり、未来への希望が抱けそうだ。
――彼の優しい言葉が、フィアの心から頑なさを無くしていく。
だからだろうか、こんな状況なのにと冷静に考えている自分が居るというのに。
「ねえ、カズキ」
「ん? なんだい?」
気がついたら、フィアは。
「―――シエルとナナに、「好き」って言われた。異性として好きだって……言われたんだ」
自分の中の悩みの一つを、カズキに向かってぶちまけてしまっていた。
「…………」
「フライアで、言われて、でも……どうすればいいのかわからなくて、まだ何も言えてないんだ」
フライアから帰還後、フィアはシエルとナナとまともに話せていない。
一方の2人もフィアに答えを求めては来なかった。
だけどこのままにはしておけない、かといって今はそんな事を考えている場合ではない。
ごちゃごちゃと頭だけで考えてしまった結果、フィアはそれに対する答えどころかまともに考えられなくなってしまっていた。
「……そっか、2人はついに伝えたんだ」
「えっ、伝えたんだって……カズキは知ってたの?」
「僕だけじゃないよ。フィア以外は全員知っていたし気づいていたさ」
「ええっ!?」
「……僕もあまり人の事は言えないけれど、フィアは僕以上に鈍感かもしれないね」
「…………」
全然気がつかなかった、しかも2人の気持ちを自分以外の全員が知っていたとは……。
しかし、思い返すと色々と納得できるところがあったのも確かだ、主にロミオやコウタの態度とか。
「それで、フィアはどうしたい?」
「………わからない」
「じゃあ質問を変えるよ、フィアは2人に想いを伝えられて嬉しい? それとも迷惑?」
「迷惑じゃないよ、それは確かだ。
でも、嬉しいかって言われれば……それも、よくわからない」
いや、曖昧な返答を返してしまったが、想いを伝えられた事に関しては嬉しいと思う。
しかしだ、いざそう言われてもどうすればいいのか、自分がどうしたいのか、それがフィアにはわからなかった。
2人の事は好きだ、でもそれは仲間として、友達として、同じブラッドであるギルやロミオに向けるものと同じ。
それは【異性としての】好きではない、では……2人の事は異性としてどう思っている?
「――焦っても、答えは出ないさ」
「カズキ……」
「僕もアリサが好きだと自覚するまで、結構時間が掛かったんだ。あの子はそれよりずっと前から僕の事を好いてくれていたのに」
「そうなんだ……」
「ゆっくり自分の心に問いかけていけばいい、異性として意識した事が無かったのなら、もう少し意識して接してみれば答えの一端が見えるかもしれない。
でも答えが出ないからって今までとは違う接し方をしてはいけないよ? そんな事をすれば2人が悲しむからね」
「………答え、出るかな?」
「さあて、ね。でもフィアが真摯にその想いに答えようとするのなら……自ずと答えは出てくる筈さ」
「…………」
焦っても、仕方ない。
確かにそうだ、寧ろ焦って答えを求めようとしたらそれは2人に失礼だ。
いつまでも答えを出さないままというわけにはいかない、でも……この答えを得るにはもう少し時間が必要なのかもしれない。
「カズキ、ありがとう」
「どういたしまして。――無理だけは、しちゃいけないよ?」
「うん、もう大丈夫。僕はもう……1人じゃないから」
そう言ってフィアは笑う、歳相応の無垢で優しい笑みを。
そこに歪さなど欠片も無く、今度こそ彼は大丈夫だとカズキは確信できた。
――電子音が響く、フィアの持っている通信機からだ。
すぐに出ると通信機から聞こえたのはリッカの声、すぐに神機保管庫へと来てほしいという連絡であった。
「……カズキ、それじゃあ」
「うん。またね」
医務室を後にし、そのままフィアは神機保管庫へ。
保管庫へと辿り着くと、待ってましたと言わんばかりにリッカがフィアへと駆け寄ってきた。
「ごめんねフィア、突然呼び出したりして」
「ううん。それよりどうしたの?」
「うん……それがさ、ニーヴェルン・クレイグの様子がちょっとおかしいんだ」
「えっ?」
一体どういう事なのだろう、とりあえず見てみようとリッカと共にニーヴェルン・クレイグが固定されているアームへと移動する。
……見た限りでは破損の類は見つからない、いつも通りのように見えるが。
「それがさ、いきなりこっちの干渉を受け付けなくなっちゃって……」
「え、じゃあ使えなくなったって事?」
「そういうわけじゃないんだけど、こんな状態で使用したらどうなるかわからないし……一体どうしたんだろ」
「…………」
もう一度、ニーヴェルン・クレイグへと視線を向ける。
リッカの言う通り一体どうしてしまったのか、フィアにもわからない。
ただ、何故だろうか。
自分の神機が、ニーヴェルン・クレイグが
「うっ………!?」
一瞬だけ、全身に衝撃が走ったと思った時には。
「…………えっ?」
フィアは、どこか知らない場所へと1人立ち尽くしてしまっていた。
周りに広がるのは白い景色、薄い霧に覆われたそこには文字通り何も無い。
……思考が、目の前の現実に追いつかない。
この現象は一体何なのか、自分は一体どうしてしまったのか、混乱するフィアに――第三者の声が響く。
「――やっと会えた、上手くいってよかったー」
「おーい、こっちこっち!」
「えっ………?」
自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらへと視線を向け……フィアは目を見開いた固まってしまった。
誰も居なかった筈の白い世界に現れたのは、2人の少女と女性。
女性の方はフィアと瓜二つの容姿をしており、違う点と言えば向こうが女性的な体つきをしている程度か。
それだけでも驚きだというのに、少女の方は――フィアのよく知っている、忘れられない少女であった。
「…………マリア?」
「ふふっ、久しぶりだねフィア。大きくなったねー」
「…………」
知っている、フィアはその笑みをよく知っている。
あの地獄の中で何度も見せてくれた、見るだけで安心できる優しく暖かな笑み。
間違いない、目の前の少女は正真正銘のマリア・ドレイクだと、当たり前のように確信できた。
そして、隣に立つ自分と瓜二つの容姿を持つ女性の事も、フィアには誰なのか理解できた。
「……ケイト・ロウリー」
「そうだよー、って改めて見るとホントに私そっくりなのね……世の中には同じ顔が3人居るってハルから聞いた事があったけど……本当だったんだ」
「どうして……」
自分は夢を見ているのだろうか、おもわずそんな事を冷静に考えてしまう。
だってそうだろう、マリアもケイトも既にこの世には存在しないはずの人間だ、その2人がこうして自分の目の前に居るなど夢以外の何だというのか。
「夢、っていうのは当たってるかもね。正確には私達3人の偏食因子を感応現象によって増幅させながら交じり合った世界って言った方がいいかな?」
「君の、えっと……血の力だっけ? その能力で神機の中で眠ってた私の偏食因子が目覚めたのよ、ただ目覚めた当初はまだ君の血の力が弱かったから意思の疎通ができなかったんだけど」
「…………」
「……やっぱり驚いてる? 当たり前だよね、でも私の意志はずっと前からフィアの中で眠ってたの。それがフィアの血の力でケイトさんと同じように目覚めてこうして疎通ができるようになったんだ」
「…………」
言葉が、出なかった。
目の前の現実が信じられないというのもある、でもそれはフィアにとって些細な事だ。
それ以上に彼の思考を止めていたのは……マリアに対する罪悪感であった。
守れなかった、守ると約束したのに守れなかった。
裏切りに等しい事をしてしまったというのに、マリアは前と変わらない笑みと優しさを向けてくれている。
それがフィアにとっては辛く、でも――その罪悪感を他ならぬマリアが否定した。
「ダメだよフィア、またそうやって自分を責めるのは許さないから」
「……でも、僕は」
「失ったものは戻らない、起きた事は戻せない。なら今を生きている人間にできる事は、今を生きている人達を守る事。
そして守るだけじゃなくて、失ってしまった人達の分まで幸せになること。生きている限り人は幸せを求める権利があるの、私はフィアに幸せになってもらいたいよ」
「…………」
「君は優しい子だね、ハルがあんなにも気に入る理由がよくわかるよ。
でもマリアの言う通り過去ばかりに囚われてたら前に進めないよ? 前を向いて歩いていかなきゃ!」
「ケイト……」
「私達がこうしてフィアの前に現れた理由、わかるでしょ?」
「…………うん」
わかっている、最初から、フィアがこの世界に来た瞬間から理解していた。
マリアとケイトは、フィアの心に根強く住み着いている「闇」を肯定するなと言っているのだ。
過去に対する罪悪感と後悔ばかり考えず、未来に目を向け幸福になれと…言ってくれている。
「……でも、わざわざ改めて言う必要も無かったかな?」
「えっ?」
「だって今のフィア、ちゃんと“生きてる”もん。優しい仲間に恵まれたんだね」
「…………」
「まあ実を言うとね、ぶっちゃけ私はハルやギルの事でお礼が言いたかっただけで、マリアだってただフィアと会って話がしたかっただけなんだ」
「あっ、ケイトさんぶっちゃけ過ぎですよ!!」
「いいじゃない別に、嘘は言ってないんだし」
涼しい顔でそんな事を言うケイトに、抗議の声を上げるマリア。
それを見て、フィアはおもわず笑ってしまい――それと同時に、周りの景色が霞み始めた事に気がついた。
「もう、時間だね」
「もう少し話がしたかったけど、この現象も結構負担が大きいからね、君にとっても私達にとっても」
「……また、会える?」
「勿論。フィア達が世界を救えればね!!」
「…………わかった。任せて」
フィアの返事を聞いて、2人はニコッと満面の笑みを見せる。
――白い世界が、消えていく。
2人の姿も霞へと消え、フィアの意識もだんだんと薄れていき……。
「――フィア、フィア!!」
「…………」
自分の名を呼ぶリッカの声で、彼は現実へと戻ってきた。
「…………」
「大丈夫? 一体どうしたの!?」
「……大丈夫。それよりリッカ、もうニーヴェルン・クレイグは大丈夫だから」
「えっ、それってどういう……」
「調べればわかるよ。それじゃあ神機の調整、お願いね?」
いまだ混乱しているリッカにそう告げ、神機保管庫を後にするフィア。
……不思議な体験だった、もしかしたらあれは自分の都合の良い夢だったのかもしれない。
もう一度マリアに会いたいという願望が形になった、都合の良い夢……。
そこまで考え、フィアはそれこそ都合の良い考えだと一笑した。
あれが夢だろうと現実だろうと関係ない、ああやって再びマリアと出会い、いつも力を貸してくれるケイトにも出会う事ができた。
それだけで充分だ、それだけでフィアの身体には際限なく力が宿っていく。
「――フィアさん」
「っ、シエル……」
自室に戻ろうか、そう思っていたフィアの前に現れたのは――シエルだった。
おもわず上擦った声が出そうになってしまった、あれからまともに会話していないのも拍車を掛けた。
どうしよう、何を話せばいいのか、内心で軽くパニックになっているフィアをよそに、シエルは口を開き用件を伝える。
「フィアさん、サカキ支部長がブラッドの全員を集めるようにと」
「………サカキが?」
「――さて、時間も無いのですぐに本題に入るとしよう」
サカキに集められたブラッド達、そしてアリサにコウタ、エリナ達。
そしてユノ、更にカズキにも話を聞いてほしいが為に、全員が彼の病室へと集まっていた。
「色々と考えたんだが、さっきも言ったように時間が無い、だから現状で一番可能性があるとするなら……」
――それは、あまりにも賞賛の低い戦い。
「ジュリウス君の「終末捕喰」に対抗するには」
――世界は変わるのか、それとも……続くのか。
「――やはり、「終末捕喰」しかないと思うんだ」
――結末は、まだ誰にもわからない。
To.Be.Continued...
GEBのリンドウとのイベントをベースに今回の話を書いてみました。
少しでも楽しんでいただければ幸いに思います。